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【長田区地域づくり活動助成】地場産業で、長田をもっと面白く。顔の見える関係×自由なコラボが生み出す無限の可能性

【団体名】熾リ株式会社

2023年度の地域づくり活動助成の中でも、営利企業でも利用可能な「ものづくり活動助成」を受けて活動された、熾リ株式会社の代表・前川拓史さんにお話を伺いました。
長年のファッション業界・地場産業での経験を生かしつつ、2021年から神戸ザックの事業を承継している前川さん。地域で活動する上での工夫や、長田に感じておられる可能性についてもお話しいただきました。

新長田でやっていっても大丈夫やろか…という不安が払拭された

-記者-
今日はよろしくお願いします!それでは早速ですが、今回の助成を受けて行った活動について教えてください。

-前川さん-
長田のものづくりの知名度を上げたりコラボレーションを進めていったりすることを目的に、「神戸ザック山の日」というイベントを夏と冬にそれぞれ1回ずつ開催しました。

1回目は飲食店や遠方のものづくり系企業ともコラボして多くの方に来ていただきました。2回目はより地域に根差す形を目指し、近隣にあるten裁断所さんと柳谷縫務店さんにも協力してもらって見学ツアーやワークショップを実施しました。

-記者-
普段長田にあまり来ないような人も、地元の人も、どちらも来ていて盛況でしたね。やってみていかがでしたか?

-前川さん-
人通りも少ないし新長田で店をやっていって果たして大丈夫やろか…と思っていた中だったのですが、きちんと宣伝をすれば遠方からも来てもらえるということが分かりました。偶然でしたが、メディア関係の人が来てくれたのも良かったですね。

-記者-
2回目のイベントでコラボしたten裁断所さん・柳谷縫務店さんはどんなところですか?

-前川さん-
裁断の工程は元々別の会社にお願いしていたのですが、ten裁断所さんは、「こうしたらもっとうまくできるんちゃう?」という具合に色々と教えてもらったりして関係ができていきました。今ではすっかり頼りにさせてもらっています。イベントの時にも、クイズを催してくださったりしていました。

柳谷縫務店さんとは下町スタートアップ(※新長田周辺でのビジネスのスタートアップを支援する神戸市の事業)で出会いました。柳谷さんは「縫製を通してまちの困りごとを解決する」という事業を展開していて、オリジナルのキャップを作ったり、傷んだ服や布製品にダーニングという手法で新しい価値を加えたりといったことをしています。

神戸ザックのファンでもあった柳谷さんと「一緒に何かやりたい」と言っていた矢先だったので、イベントは絶好の機会になりました。一緒にやる中で、ブランディングのための値付けの仕方や原価計算の仕方などを伝授させてもらうことも。思い切って高価格帯にしたにも関わらず、イベント中にもかなり売れていたので手応えはかなり感じました。その縁がきっかけで、今度は抜型をつくる長田の別の工場さんを紹介したりと、どんどん繋がっていっています。

「どこの馬の骨か分からない」という状態から関係を築いていく秘訣


-記者-
イベントをきっかけに事業の可能性や繋がりが広がっているのが素晴らしいですね。お客さんだけではなく、コラボしている皆さんも楽しそうにされていたのが印象的でした。
このように営利企業の活動に使える補助金を用意することは区としては珍しいのですが、営利企業でも使える、地域の活動のための助成についてどう思われますか?

-前川さん-
企業は何か企画を実行する時、上司にプレゼンして、採算が取れるかどうかのすり合わせを行った上で行います。そこに補助が出るとなると、シビアな「費用対効果」以上に、「地域の方々と一緒になって盛り上げる」ことに重きを置きやすくなるように思います。今回のイベントに関しても、「地域活性化」や「長田のものづくりのPRにつなげる」といった要素を大事にしながら出来ました。
逆に、地域貢献になるような活動がボランティアだとしても、結局はどう継続していくかが大事だと思っています。社会貢献の目的をしっかり達成するためには、運営を継続できる費用を適切に稼いでいくことも大切だと感じています。

-記者-
イベントを今回実施するにあたっては、どのようなことを大事にしていましたか?

-前川さん-
イベントはあくまできっかけに過ぎませんから、その前後にどれだけ関係を築いたり、知名度を上げたりといった効果を作れるかが鍵だと思っています。その1つが、SNS運営をしっかりやること。イベントで来てくれた人たちのほとんどはSNSを見て来てくれていました。

-記者-
SNS運用は苦労している団体さんが多い印象です。どんな工夫をされていますか?

-前川さん-
うちも四苦八苦していますが(笑) 決まった時間に毎日投稿するのは継続してやっています。投稿内容は商品自体というよりも、日常や長田の地域のこと、ものづくりの現場のことを伝えるようにして、そこからサイトに繋げて…という工夫はしていますね。

-記者-
前川さんは、イベントでも異業種の方とタッグを組んでいたり、近くのお店とも顔なじみになっていたりと関係を上手く作りながら地域に入っておられるなと感じます。何か秘訣はあるのでしょうか?

-前川さん-
「直接訪ねる」ことは大事にしているかもしれません。お店に行って喋るとか、とにかく現場に足を運ぶとか。これは地場産業に携わるときに培った姿勢ですね。

僕が地場産業に参入した当初、他の企業はほとんど全くと言っていいほど携わっている所がありませんでした。ファッション業界の中ではある程度自分たちの名は通っていて取引がしやすかったのですが、地場産業に関わり始めたとき、当然職人さんたちからは存在が認識されていない状態だったんです。「どこの馬の骨か分からない」という状態から関係を築いていくためには、直接顔を合わせることが大事なのだと身に染みて感じています。

長田のお店の人たちにはいちいち名乗ったりはしていないのですが、何度も顔を合わせる内に覚えてもらって、ふとした時に「この前テレビ出とったな」みたいなきっかけで認識してもらえるようなこともありますね。

「となりの人間国宝さん」にも認定されている前川さん


ファッション・地場産業の先駆者として、長田に感じる課題と可能性

-記者-
店舗と工房がある新長田のまちに対してはどんな印象をお持ちですか?

-前川さん-
アメリカ・デトロイトのような可能性のあるまちだと思っています。
デトロイトには十数年前に訪問しました。車のまちとして工場が集積し、80年代までは好景気な街だったのが、日本車の勢いに押されて一気に不景気になり、スラム化してしまっていました。
そこにある時Made in USAを復活させるブランドが出てきて、そこを皮切りに工房の様子が見えるおしゃれなショップができ、ハンドメイドのセレクトショップやドッグカフェなんかも作られてきたり。治安が悪かった街中にそんな場所が増えてきて、全体とはいかないまでもその周辺はとてもおしゃれなまちになってきていました。
ものづくりに誇りを持つ人が増えたことによってまちが変わった事例として、とても印象に残っています。

長田はデトロイトのようにスラム化こそないけれども、長田が発展してきた要因である靴産業が今苦境に立たされている中で、デトロイトのように地場産業を大事にする姿勢が、まちが盛り上がっていくヒントになるのではないかと思っています。
神戸ザックの承継を決めたのも、ものづくりの技術を受け継ぎたいというだけでなく、世界のものづくりのやり方を新長田から発信することができると考えたからでした。モノを売るのはWEB上のショップだけでも良かったのですが、長田に実店舗を構えることで、今空き工場となっている場所にものづくりに関心のある人たちが来てくれたら…という想いがあります。

自社が運営してきたセレクトショップ乱痴気も、神戸のトアウエストや乙仲通りに構えた当初、おしゃれなお店はほぼ皆無状態でした。今は多くのセレクトショップが並ぶ通りになったように、新長田もその可能性を秘めていると思います。

あとは、すぐに仲良くなれる雰囲気のあるフランクな人が多い印象ですね。たまに常連さんばかりのお店に入ると、ちょっと気まずい時もありますが(笑)

-記者-
地場産業が盛り上がることで街も盛り上がっていくビジョンは、とてもワクワクしますし可能性を感じます!では、そんな長田のまちに現在感じておられる課題はどんなことでしょうか?

-前川さん-
商売に関しては若い人が少なくて、後進を育てる意識が薄いのかなと感じています。持っている技術を他の人に教えると替えが利くようになってしまうので、教えようとしない人が多かったと聞いています。産業全体の元気がなくなってきてしまったのも、そのことが一因なのではないでしょうか。
あとは、良くも悪くも町全体が工場のようになっていて、それぞれに昔から続く既存のルートがあり、仕入先や卸先を柔軟に変えにくい事情があるようです。
その点自分たちは、外から入ってきたので一緒に動く人を自由に選ぶことができています。

-記者-
将来、長田にはどんなまちになってほしいと思いますか?

-前川さん-
変わらないところは変わらないでいてほしいですね。具体的に言うと、ハード面は変わらなくても良いと思っています。
でも、ソフト面では、長田が持つ、多国籍で三宮とも違う独特の雰囲気や「味」を分かってくれる人が来て大切にしていってほしい。変な言い方かもしれないのですが、あんまり垢抜けてほしくないんです。

-記者-
長田の持つ独特の味わいが分かる人たちに来てもらうためには、どんなことが必要だと思われますか?

-前川さん-
地場産業ブームや移住ブームで助成金が多く出る地域もあるけれど、地元のことやその土地の歴史をよく分からずに外から来た人は、助成金が切れるとすぐに辞めてしまうというパターンをたくさん見てきました。地元の人と交流しないままブームに乗っかると、一過性のもので終わってしまいます。僕は取引先やお店の人たちと顔を合わせていく中で、長田の歴史についても教えてもらいました。交流することはとても大事だと感じています。
それから、地域に根付くには食も大事だと思っているのですが、長田はここだけの豊かな食文化があるまちなので理想的ですね。

-記者-
これまでの慣例を一旦抜きにして、もっと柔軟に交流やコラボレーションが生まれていくと、長田のものづくり、ひいては街全体が元気になっていくかもしれませんね。今後はどのような活動を行っていきたいと思っていますか?

-前川さん-
きちんと宣伝すれば人は来てくれることも分かったので、今後は補助金を使わずにできることをやっていこうと思っています。週末のワークショップは、月1くらいのペースで開いていきたいですね。
それから、今年の4月にリニューアルオープンする神戸ポートタワーの中にも店舗をオープンする予定です。多くの人に地場産業やものづくりの価値を伝えられる場になると思うので、長田のものづくりの面白さも併せてどんどん伝わっていけばと考えています。

-記者-
長田の良さを愛してくれる人たちに、長田の人たちと交流してもらい、根付いてもらう。そのために私たちができることも、もっとありそうだなと感じたインタビューでした。

この春からもどんどん波に乗っていきそうな神戸ザックさん。この波に乗れば、長田のまちもどんどん盛り上がっていけそうな予感がしました。前川さん、ありがとうございました!