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M-1翌日の笑い飯単独LIVE/“漫才”とは何か論争のなかで【笑いのブン学】

小林 文/エディター

『M-1グランプリ2020』が終わった。一年で一番楽しみにしている日。究極に緊張感があって、集中して観ているけれど、ふわふわと夢の中にいるようでもある。翌朝起きて、優勝コンビが情報番組に呼ばれているのを観て、「ああ昨日のあれは現実だったんだ」と確認するもの、そこまでひっくるめてM-1。

今年は終わったあとの”ふわふわ感”が長く続いていて。その理由はやっぱり「漫才とはなにか」論争に日本中が包まれていたからだと思う。

ミスターM-1、笑い飯の単独LIVEへ

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”お笑い好き”を公言していると必ず聞かれるのが、「一番好きな芸人は?」という質問。

この質問の答え方、難しいんですよね(笑)。「何色が好き?」って聞かれるのと同じくらい。だって、「好きな色」は、服か花かインテリアか.…対象がなにかによってだいぶ違ってくる。全部答えが「ピンク」の人もいるだろうけれど、私はそうではないので。

それと同じで「一番好きな芸人は?」も聞かれると難しい。でも間髪入れずにパッと答えたい。「一番」と聞かれているのにいくつも出すのもダサい。上の例を出して長々話すほど、相手が私の「好きな芸人」について興味があるわけではないのも知っている。

ごちゃごちゃ考えるけれど、結局いつも答えるのは「笑い飯」。

2002年のM-1『パン工場見学』ネタで、「ブリック飲んでる」を観てからずっと好き。出囃子が鳴ると、肩で風を切りガニ股でふたりで競争するように出てくるあの姿! バカバカしいネタを大真面目にやっていて、とっきんとっきんに尖ってるあの感じ…たまらない。

…くらいまで話して、相手もある程度お笑い好きならそこそこ盛り上がるけれど、たいていは「へ〜」で終わってしまう。


その笑い飯の単独LIVEのため、ルミネtheよしもとへ行ったのは、M-1翌日。

マスク着用、入り口での消毒・検温、舞台から飛沫の避けるため、前列2列目までは空席。それ以外はコロナ前の劇場と同じ。”笑い飯好き”がぎっしり集まった。男性多め、年齢層高め(平均年齢40代くらい、35歳の私が若い方)、女性のひとり客(私含め)多め。私の斜め前は、50代くらいの女性ひとり客。小柄で物静かな雰囲気。電車内で隣りに座ったら絶対に同じ”笑い飯好き”とはわからないだろうな〜と想像すると、この空間を共有できていることが奇跡のように思えたりもする。


漫才3本とその途中コーナーで、『M-1グランプリ2020を話そう』をやってくれた。

漫才のネタは、
「(イナバの)物置き100人乗っても大丈夫、のCM案、社内会議で思いついて社長に発表するのかっこいいよな。俺思いつきたいから、お前、俺の前にちょっと実現不可能っぽい案を発表して、俺の案を引き立ててや」というものと、

「定食屋に4人で行ったとき、4人席をひとりで使ってるおっさんが席譲ってくれるとき、天使に見えるよな」と始まるものと、

「水族館のイルカショーで、調教師のおねえさんがうまいこと指示出してイルカが動くやつやりたいから、餌やりを手伝う子供やってや」というもの。

いずれも笑い飯らしく、ボケのやり合い、どんどんエスカレートしていく感じ…マスクをしながらも声を出して大笑い(前述の50代女性も天を仰いで笑っていた)。

笑い飯LIVEを観て思った、私なりの”漫才”の定義

「物置き」も「定食屋」も「イルカショー」も、なんでこんなに笑えるかって、ばっちり”情景”が浮かんでくるから。

「物置き」を線路の上において、インドの電車みたいに乗客がびっしり横にぶらさがって、向こうからも同じような電車がくる。ふたつが「物置き」にぶつかって、ぶらさがっていた乗客が空に舞って空中で100人に淘汰されて「物置き」の上に着地して、「物置き」の丈夫さを表現する…という(笑)めちゃくちゃなボケも、

「定食屋」でおっちゃんが席を譲ってくれたけど、床に座って食べていて余計に気をつかうわ!っていう流れも、

「イルカショー」で調教師のおねえさんが水に入ってむりやりイルカを動かしてしまうボケも・・・(いずれも細かい描写の違いはあしからず)

現実ではありえないことも、ちょっとありえそうなことも、”情景”が浮かぶからおもしろい(笑)。


そう。私の中での”漫才”の定義は、
「セットや音楽、小道具なしで、観客に”情景”を浮かばせるもの」なんだと思う。


今年のM-1でもしかり。
マヂカルラブリーの1本目の「フレンチ」も2本目の「揺れる電車」も”情景”がたしかに見えた。扉を突き破って入店する客も、揺れに耐えきれなくて車内販売にお金をばらまいている乗客も、実際に見たことなんてないのに。

見取り図は、めちゃくちゃなマネージャーに振り回されるタレントが浮かぶし、ニューヨークの細かい犯罪も浮かぶし、オズワルドは「ざこ寿司」が口の中に入っていくのが浮かぶし、東京ホテイソンは「アンミカ」の文字が浮かんでくる。

古い話をすると、2007年のPOISON GIRL BANDの、コンタクトレンズのように目に入れたり、耳栓にしたりして島根と鳥取を見分けようとするネタも、なんだかよくわからないけれど、NHKの教育テレビで出てくるような『ピタゴラスイッチ』的な情景が目に浮かぶし、2008年のオードリーの選挙演説では、野次を飛ばす群衆が実物の人間というより、「棒人間」として浮かぶ。

笑い飯の単独LIVEのあと、そんなことを考えていたら過去のM-1も観たくなって、2001年〜2010年、2015年〜2019年まで、Amazonプライム(2001-2010のDVDは今の時代、インテリアと化している)で一気に観てしまった。平日の夜2日使って…。

その”情景”は、みんなが体験したことがあるリアルでも、ファンタジーでもよくて、いかに上手く、飽きさせることなく”情景”を描けるか。それは、ボケの演技力であり、ツッコミのワードセンスや間の妙にかかっているのだと私は思う。

ただ、ひとつ問題があって。
上記の私なりの定義でいうと、2019年のすゑひろがりずや2002年のテツandトモに関しては小道具を使ってしまっているから、”漫才”ではないことになる。うーん、テツandトモはちょっとおいておいて(笑)、すゑひろがりずは”漫才”でいいような。どうしたものか…と寝不足で仕事をしながらTBSラジオ『たまむすび』を流していたら、水曜パーソナリティの博多大吉先生の言葉が耳に入ってきた。

「元々は漫才師は鼓を持っていたし、昔の師匠たちは平気でボクシンググローブつけて殴り合っていたし…」と。

なるほど〜。”漫才”の歴史を知って、2019年のすゑひろがりずも”漫才”なんだと理解し、ほっとした。

審査員ではなく、”お笑い好き”でいるために

M-1が終わってもう3日が過ぎているっていうのに、まだまだ「M-1論争」が収まらない。でも、私はあのレジェンドな審査員たちが決めたことだから、批判する気持ちはまっったく1ミリもない。

だって、敗者復活戦の国民投票ですら、難しいんだから。

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自分でつけた採点を元に上位3組をそのまま「ベスト3」として投票。

準々決勝で観て「これをやったら優勝候補だな」と思ったし、男女コンビの最高峰ネタをやったゆにばーすを1位、めちゃくちゃだけどその精度が高かったコウテイを2位、準決勝と同じネタだけど、物議を醸しそうな最後のオチを「生命保険かけられてる」に変えてきて、決勝に勝ち残ろうとしている本気度に感動した金属バットを3位にした。

そして、ランジャタイ。元々ツボすぎて、今年のネタも大好きだった。途中の投票経過を観て、「最下位だから私だけでも加点してあげたい」気持ちをぐっと堪えて、上のベスト3に。

審査って…なんて苦しいんでしょう。

本戦前にぐったりしていると、途中の国民投票にランジャタイ国崎さんが「国民サイテー!」と叫んでいるのを観て、2008のM-1で笑い飯西田さんが、暫定3位からオードリーに負けて4位に陥落した際の「おもてたんとちがう!」の叫びを思い出して、大笑いしてしまった。両コンビ、あんなに舞台では思いっきりアホなことやってるのに、めちゃくちゃ本気なのが面白くて仕方ない。

ちなみに、笑い飯LIVEで哲夫さんは「敗者復活戦で泣き笑いしたのはランジャタイ」と言っていた。もう…やっぱり笑い飯最高。


ちょっと話が逸れたけれど、私は準々決勝から見届ける”お笑い好き”であって、”審査員”ではない。だからこそ、たくさん笑って、理解して、来年の開催も楽しみに一年を過ごしたい。

私のような”お笑い好き”にぴったりの解説がかまいたちのYou Tube。

ご自身たちも最後におっしゃっているけれど、出場者たちに向けてのアドバイスではなく「”お笑い好き”視聴者へのかまいたちなりの考察」というのがしっくり。”お笑い好き”の方にはこの考察をぜひオススメしたい!


最後に・・・みんな、LIVEに行こう!

M-1直後の見取り図盛山さんのツイート。これだな! と本当に思う。
”お笑い”が好きで”お笑い”を応援したいから、これからもどんどんLIVEへ行くつもり。お笑いは”不急”ではないかもしれないけれど、”不要”ではないから。絶対に。




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