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また”笑い”の価値観を広げてくれた、M-1グランプリ2021【笑いのブン学】

小林 文/エディター

私にとって、”一年で最も好きな時間”、M-1。あれからもう10日以上経っているというのに、寝ても覚めてもM-1のことばかり考えている。まあそれ自体はいつものことだけれど、今年は特に、かもしれない。

今年のM-1は、2019年にミルクボーイが優勝したときのような圧倒的なドラマはなかったし、2020年のマヂカルラブリーほどのわかりやすい論争も巻きおこっていない。

けれど、それも全部踏まえた上で、今年のM-1は魅力的だった。「そうそう、M-1はこうしていつも”笑い”の価値観を広げるきっかけを与えてくれるんだよな〜」と、しみじみ思う大会だった。(しみじみしすぎて、noteを書くまでに10日もかかった)

そのあたりを中心に、グッときたポイントや忘れたくない場面を書き記しておこうと思う。

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決勝進出者の発表会見で、ロングコートダディ堂前氏が「今年は、結構なお笑いファンが高熱のときにみる夢のような大会になりそう」と表現した。それを聞いた瞬間、”結構なお笑いファン”のひとりである私は、「まさに!」と手を叩いて笑った。

2015年のM-1復活年からずっと準々決勝(ときどき準決勝も)を生で観戦しに行くのも、決勝までは残らないかもしれない、でもその粗削りな様子がたまらなくおもしろい芸人たちのネタを観るため。
(この記事に各年の感想を記載したインスタグラムのリンクあり。)
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予選でしか観られないと思っていた(失礼!)芸人たちを決勝で観られる。その事実だけでも信じられないくらいうれしいのに、ネタはブラッシュアップしつつも、いい意味で予選で観るあの空気のまま、思いっきり楽しんでいる姿が最高にまぶしかった。

数組ピックアップして…

・モグライダー:
私がランジャタイを推している間、夫がずっと推していたのはモグライダー。今まで、私としてはボケのともしげ氏のターンが危なっかしくて、正直変な汗をかいてしまっていたけれど、今年はそんな心配が一切ナシ。初めての決勝かつトップバッターにもかかわらず堂々としていた。ネタ終わりの瞬間、自然と夫婦揃ってテレビ越しに拍手していたほど。ネタは準々決勝で観て、大笑いしていたアレ。一度観たことがあるのに笑える、モグライダーで過去イチ笑ったネタ。大会中リアルタイムでラジオ実況していた笑い飯・哲夫氏、銀シャリ・橋本氏、NON STYLE・石田氏が「いいネタやな〜」「俺もこのネタやりたいわ〜」と絶賛。そのコメントにもまた拍手してしまった。

・ランジャタイ:
2017年の準々決勝を生で観て以来、ランジャタイのネタが死ぬほど好き。最初から最後までまったく意味不明なストーリーなのに、なぜか”情景”が見えて、笑いが加速していく。最近、「なぜ私はこんなにランジャタイのネタが好きなのか」について真剣に考えてみた。行き着いた答えは、子どものころに好きだった意味不明系の絵本に似ているから。『ノンタン』や『ぐりとぐら』のような万人受けするほっこり系絵本でもなく、教育的オチがある絵本でもなく、ちょっと不気味で意味不明な絵本が私は好きだった。その感覚に、ランジャタイのネタは通ずる。たぶん、細胞レベルで欲しているのだと思う。意味不明な”情景”が年を増すごとに鮮やかになって見えるのは、国崎氏の表現力はもちろん、伊藤氏の”困惑しつつもどうにか着いていこうとする姿”がくっきりとしてきたから。今年に関しては、伊藤氏の「なに?」「なんで猫がこんなに飛んでるの?」のツッコミ(困惑)にハマって大笑いしてしまったほど。審査員のコメントを待つ時間、感想を求められ伊藤氏が言った「本当に幸せです」に思いがけず涙した。大会後のGyaOの番組で、マヂラブ野田氏が「ランジャタイがランジャタイをするのは実は難しい。ランジャタイは、観ている人に追いついてもらいたくないと思っている」とコメントしていて、深く納得し、また泣いてしまった。来年はラストイヤー。また決勝で観たいぞ! でも決勝に残らなくても、ずっと好きでいさせて、ランジャタイ!

・ハライチ:
準々決勝で観て、「まだこんな新しい目線でネタを作れるのか!」と感動したネタ。準々決勝より、”ヤバイやつの怒り方”の具合が増していて、決勝でまた心を掴まれた。敗者復活したときの岩井氏の「やりたいネタがあるんです」のひと言、それから暫定ボックスから脱落するときの「楽しかった、M-1ありがとう」の清々しい顔、そして、それを横で見て安定のキレに徹するプロフェッショナル澤部氏…。全部が青春で、全部が眩しかった。ありがとう、ハライチ!

・真空ジェシカ:
いや〜最高だった。いい意味で予選の空気のまま、のびのびと漫才していて、いい意味でこちらが緊張せずに笑えた。ウィットに飛んだボケとツッコミの掛け合いも、真空ジェシカのふたりがあの雰囲気でやると嫌味がなく、それが気持ちいい。ランジャタイのネタが”絵本”だとしたら、真空ジェシカは”少年漫画”のよう。私は今までの人生で”少年漫画”を通ってこなかったからこそ彼らのネタに憧れがあるし、もっと知りたくなっている。

・オズワルド:
テレビ観戦したあと、前述の哲夫氏たちのラジオ実況を、タイムフリーで再生した。すると、ラジオでは断トツでオズワルドのネタで笑った。動きや表情が見えないラジオ、耳だけの情報でどっと大きな笑いをとるネタ。飄々として見えて、ふたりとも優勝に対して前のめり。最高にかっこよかった。

・もも:
関西文化を感じるネタ。かといって、ベタな関西人ネタではない。古臭さがない。シンプルなボケとツッコミのやりとりで、設定漫才が多い今、とても新鮮に感じる。「〇〇顔」ネタなのにルッキズムと結びつかない。それは、彼らのネタに湿度がなく、カラッとしているから。せめる。氏の「センキュー」で終わるところも含めて、「〇〇顔」に通じている。ふたり揃うとロック。痺れて拍手した。ネタの雰囲気同様、平場での雰囲気も尖っていて、「ふたりともM-1顔だな〜」と思った。松本人志氏のコメント「3年後優勝顔やな」のあと、まもる。氏が「いや、来年優勝獲りますんで」と答えたところ。個人的には、この大会でベスト3に入る名場面だったと思う。M-1初出場時の笑い飯が、高得点なのに全然うれしそうにしていなかったあの姿を彷彿とさせた。

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もちろん、予選を観ているからこそ、「あっちのネタのほうがよかったのでは?」とか「もうちょっと出順がよければね〜」とか、勝手に悔しくなってしまった組もあった。お笑いラバーとしての”サガ”なので仕方がない。けれど、本人たちが審査を受け止め、前を向いている姿を観て、私も審査や順位には納得している。

そしてやっぱり”審査”って難しい。ちなみに敗者復活戦で私が選んだ3組はこちら。
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ヨネダ2000は、ダークホース的存在だったのに、すでにアイドル的人気が高まりつつあり、来年以降が大変かもしれない。けれど、その壁さえも軽やかに乗り越えてくれそうなオーラを感じる。男性ブランコは滑らかな設定漫才が心地いい。この敗者復活戦ネタを観た後、彼らのLIVEチケットをポチったほど。


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毎年”笑い”の価値観を広げてくれるM-1グランプリ。

名古屋生まれ、名古屋育ちの私。

名古屋にいたころ(2007年まで)は関西ローカルが映る環境だったのもあり、私の笑いの価値観は完全に”西”寄りだった。けれど、M-1で新しい漫才に触れるにつれて、”東”の漫才のおもしろさにも魅せられていったし、予選から生で観戦し粗削りのネタを浴びることで、どんどん”笑い”の価値観を広げてもらった。

2021年のM-1は過渡期だったと思う。

それは例年に比べて「つまらなかった」ではまったくなく、M-1が、漫才が、また新しいステージへ向かっているということ。芸人たちがどんどん新しい価値観を生んでいる過程だということ。だから、私は2021年のM-1は、本当に味わい深く良い大会だった、と心から思う。

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1組あたりのネタ時間と同じ”4分”でまとめられた、この動画。何度観ても嗚咽してしまうほど涙がとまらないのは、勝負を決して降りない芸人たちの本気を、M-1にかかわるスタッフの愛を、感じるから。

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最後に、年の瀬ということで、来年の目標を。

「東京開催に加え、大阪開催分の準々決勝にも生で観に行くこと」そして、「いろいろな事務所の劇場に積極的に足を運ぶこと」(ついつい数の論理で吉本の劇場へ行ってしまうから)、この2つ。

ありがとう、M-1グランプリ。来年の大会が、すでに楽しみで楽しみで仕方がない!



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