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芥川龍之介 大正三年十一月三十日 短歌 八首


駅路(はゆまぢ)はたゞ一すぢに青雲(あをぐも)のむかぶすきはみつられなるかも

烏羽玉の烏かなしく金の日のしづくにぬれて潮あみにけり

海大海よ汝より更に無窮なる物ありこゝに汝をながむる

ねまくほしみ睫毛のひまにきらめける海と棕櫚とをまもりけるかも

嗄声(からごゑ)に老いたる海はしぶきつゝ夕かたまけて何かつぶやく

わが聞くは海のひゞきか無量劫おちてやまざる涙の香か

夕されば海と空とのなからひにくゞまりふせる男の子ちさしも

この海のあなたにどよむ海の音のありやあらずや心ふるへる


[大正三年十一月三十日 恒藤恭宛書簡]






【余談】

 こうした和歌を見れば、室生犀星が「皮かむりの古さ」と呼んだものが案外芥川の根にあったのかと思えて来る。はゆまづかいはすでになく、「駅路」とは当時は既に「駅前通り」である。

 それは「すゑひろがりず」の三島君が珈琲を「黒苦み汁」インドカレーを「天竺辛味汁かけ飯」と呼ぶ程度の言葉遊びに過ぎないのだ。警察官を検非違使と呼んでみる。そんな遊びが繰りかえされている。

 潮あみは本来「しほゆあみ」であり禊である。

 それでいて「烏羽玉の烏」とはふざけてもいる。「夜」「闇」「黒」「宵」「夢」の枕詞でありながら、意味の解らない言葉が「烏羽玉」なのだ。「月」にもかかる。「射干玉」とも書く。けして烏には還元できない言葉が「烏羽玉」なのだ。

ひま【隙・暇・閑】
①物と物との間の透いたところ。すきま。すき。源氏物語帚木「見ゆやと思せど―しなければ、しばし聞き給ふに」
②継続する時間や状態のとぎれた間。源氏物語桐壺「―なき御前渡り」。「車の流れの―を縫う」
③仲のわるいこと。不和。源氏物語澪標「―ある御仲にて」
④仕事のない間。てすき。閑暇。「―をもて余す」
⑤都合のよい時機。機会。源氏物語紅葉賀「例の―もやとうかがひありき給ふ」
⑥何かをするのに要する時間。手間。「―がかかる」
⑦雇用・主従・夫婦などの関係を絶つこと。いとま。「―をもらう」
⑧休暇。休み。いとま。「一週間の―をいただく」
◇「隙」は、透き間の意で使う。時間の意では、今は「暇」が一般的。 

広辞苑

 この①の意味の「ひま」はほぼ使われなくなった。


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