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露 大塚楠緒子

『田住さんは實に美人だわ、貴女は、そら、何時か西洋の雜誌に有つたクレオバぶかほトラの繪ね、あの顔に似ていらつしやるわ、』かたと、肩を敲く、ゃしまかはコケツト『厭よ、島川さん、クレオパトラだなんて、妖婦じやありませんか、似て居るひどすゞねたんけそでたかたよなんて酷いわ、』と、鈴音は脫いた平常着を袖疊みにして片寄せる。


大塚楠緒子 著明文堂 1908年

 これ漱石の『虞美人草』への返しじゃないの?

094 580-000-1特10-415露大塚楠緒子/著M41 DBQ-2100
特10 415露著子緒精爆大堂8 14

大阪あほ寄宿舍その一-(1)-おごゝひそつげふしきかうだうしよけうしつおりかざつ:0一昨日卒業式があつたばかりなので、講堂や諸〓室へ其日の飾り付けに用ひたシはまあを〓〓のきしゆくしや〓はう杉の葉は、未だ靑々して、取り除けたまゝのが、そつくり寄宿舍の裏の方へ積ゐあんたこじくわびんささくらしほしほみあげられて居る、靑葉に交つて花瓶へ挿した桃と櫻も、萎れたのも萎れぬのひとなあす〓も、一つに成つて盛り上げられて捨てられて居る。そのそばすゞねしづこつだとほ其側を、鈴音は鎮子と連れ立つて通つた。も、そのそば其側を、
露おしろもヽえだめっすゞねすこくつささつ落ちてゐる白桃の小枝に目を付けた鈴音は、もう少しで靴の尖端で踏み付けさしミひろぁうに爲たのを、踏み止まつて、拾ひ上げる。こらんしづこエしは〓『あら、御覽なさいよ鎭子さん、こんなに未だちつとも萎れては居ませんわ、』まいのちいのちあ『まあ、未だ命があるのねえ、かはいさうに命が有るのに捨てられて······うけとしづこと言ひ〓〓受取つた鎭子は、ゆきえだむさしろもはな雪のやうに小枝に群れ付いて咲いてゐる白桃の花じつみを熟と見る。おなくらすおなきしゆくしやこつねんかんおともたずみすゞねひもりしず同じ級に同じ寄宿舍の一室に、四年間の起き臥しを其にした田住鉛音と梢森鎭なにごとうちああほどかまじはりむすあひだがらん子とは、いつとなく何事を打明け合工程の深い交際を結ぶ間抵になつたが、運めいふたりにかよところ命までも二人は似通つた所があるのである。せんこうくわそつげふにんそつげふしきすエジむかく專攻科を卒業した二十五人は、卒業式が濟むを待ち兼ねて、迎へに來る父母やきやうだいうれにもつてはつさきああきしゆくしやで同胞に連れられて、嬉しさうに荷物も手早に整めて、飽き飽きした寄宿舍を出てん〓〓とほちかうちかしエのこらッにんて、各自に遠い近い家へ歸つて仕舞つたので、殘つたのは僅に五人しかない、すこくつささつもう少しで靴の尖端で踏み付けさそのにんうちにんとほではずたゞつからたうぶんきしゆくしやミ其五人の內の三人も遠からす出る筈、只都合があるので當分寄宿舍に止まつてなかすゞねしづこふたりこれからけんきうくわ居るといふに過ぎないその中に、鈴音と鎭子の二人のみは、是抵研究科へ入つけんきうなもとなほがくかうせいくわつやくとくして〓究といふ名の下に、猶しばらく學校生活を續けてゆかうといふ約束を爲あひかはきしゆくしやのこしけんやすかがくかうて、相も變らす寄宿舍にとり殘されてゐるので、試驗休みの問も斯うして學校おしふたりか、じ、しじういに起き臥し爲て、二人とも歸るに家が無いといふやうな事ばかりを始終言つてゐ居る。みごゐぎリあつせわゐしづこごかくとうきやうまんなかにほん水戶に居る義理ある兄に世話になつて尼る鏡子は兎に角、東京も眞中の、日本はしかんぶつごんやおほのきかまひざうひとりむすめすゞねなんあ橋に乾物問屋の大きな軒を搆へてゐる父母の、秘藏の一人娘の鈴音が、何で彼んひとごとうたがいちどきみきミ樣なことを言ふのであらうと人毎に疑つては一度は幾いて見るが、聽かれる毎すゞねいつうつくめだまほゝゑほかかんに鈴音は何時も、その美しい目を伏せては、默つて微笑んでゐるより他は何にかたもを語らなかつた。きしゆくしやうらてねみにらよしばふでふたりヒこしかけこしおろ寄宿舍の裏手を拔けて、見晴しの好い芝生へ出た二人は、其處の腰掛へ腰を下寄宿會(3)-みにらよしばふでふたり見晴しの好い芝生へ出た二人は、ヒこしかけこしおろ其處の腰掛へ腰を下
露した、二人は一日に一度は必ず此處へ來て、遠く見える靜かな景色を眺めてはミ語るのを、愉快な事の一つに爲てゐる。にか市に離れた巢鶴の送へ廣大な藪地を取り圓んである學校のうちは、時間の鐘きや、行進の足音や、體操の號令などが聽えぬ程は、まるで田園生活の閑靜な趣がある。彼方は、ずつと板橋の方であらう、藁屋が見える菜種畑が見える、桃や櫻が其の3第處にも比處にも長閑な天地に紅を點じて、空氣は活氣の滿ちてゐる靑春の芳は三しい匂を傳へて、靜に動いて來ては若い處女の頰に、そつと觸る。協会〓濃い葡萄色の袴の膝に手を置いて、恍惚と眺めて居た鈴音は、ちり〓〓『ねえ、鎭子さん、同級の方が、みんな散々に成つたので、學校が俄に淋しくなつたやうねえ、』ら『ほんとうねえ、何うして皆樣は彼樣に嬉しさうに家へ歸宅つていらつしやるした、遠く見える靜かな景色を眺めてはんでせう、」『美やましいわ、』と言ひ合せたやうに二人の溜息は同時になる。Chu〓〓ら鎭子は生得の低い沈んだ聲で、持つて居る白桃の枝を弄りながら、う〓『けれども、私なんぞは、何うせ不幸に生れて居るんですから、不幸に終るの",も仕方がないでせうが、貴女なんぞは、お家も豐なんだし御兩親も揃つていん6らつしやるんだし、たつた一人の大切なお孃樣で、何樣にでも爲て幸福な暮しがお出來さなるくせに、貴女のは畢竟、一つは醉興なのよ、』ミじ『ま、豈女は同情の無い事を仰しやるわ、」と鈴音は並んで居るなの膝に置いて、〓『苦しいわ、鎭子さん、貴女にまで、其樣なことを言つて資められちや······」がヽと詰らなささうに、向ふの雜木林の上に傘のやうに止まつてゐる雲を見る。(5)寄.宿舍
露ニ寄宿舍その二か〓『そりやあ、私貴女には眞實に深い同情を表して居ますわ、けれども、又貴女の御兩親のことを考へると、お氣の毒にもなるじやありませんか、御兩親よりは、もつと御氣の毒なのは、何とか仰しやつたわね、あの······その方······』と、鎭子は鈴音の片手を抱へて搖り動かす。『知りませんよ、』と、鈴音は厭な顔を爲て、『私、思ひ出てしも、ぞつと爲るわ、』と、鎭子の持つて居る桃の枝を取つて、2考がへ無しに、花を一片々々と捲り始める、白い花片は葡萄色の袴の膝へ、ばら〓〓と落ちる。二三之「困るわねえ、』と、鎭子は何がなしに親友の上を歎じる。八大私鎭子さん、彼樣な男を良人にする位なら、彼の平だつても好いやうなものよ、』八大『オホヽヽヽ平が、田住さんの良人に成つたら、まあ、何うでせう、』鎭子が笑ふと、鈴音も笑ふ。いis平とは學校の門番の總領息子で、二十五に成るが、智識は十歲の兒童にも及ば〓ない、その平が、或時鈴音が廊下へ落したハンケチを拾つて、己に吳れと言つミこて、なか〓〓返さなかつた事があつて、白痴の平でも美しい人の持つた物は何となく離したく無いのであらうと鈴音が、さんざ一同に調〓はれた〓とがある。美玉米鎭子は又眞面目にかへつて、『けれども田住さん、貴女も始めは其方を、それ程嫌とは思はなかつたんでせまあ、何うでせう、』(7)それ程嫌とは思はなかつたんでせう、』『始めは左樣かも知れないけれど······』『それじやあ貴女、欺いたことに成りはしなくつて、』寄宿舍
臨むけミすゞねいらうごひざはなびらてのひら『え、欺いた事に······』と鈴音は色を動かして、膝の上の花片を掌へ載せて見ながら、ひとしうやうしだいせいしつかんがへかはあたりまへ『だつても、人は修養次第で、性質も思慮も變るのは當然のことじやありませいくらけういくようばうかはたんか、白痴でも〓育に因つちや、容貌まで變るつて云ふんでせう、智慧が出きくようばうかはtろんかんがへミかはt來て來れば容貌まで變るんですもの、無論思慮や爲る事の變つて來るのは無おうミせわたし理はないことだらうと思ひますわ、それを不道德だつて責められちや、私ほどニ眞實に困るわ、』あなたさうりくつにんじやう『貴孃のやうに、左樣理屈で言つてしまへば、それつきりだけれど、人情からさうあなた言へば左樣じやないわ、貴女、濟まなくはなくつて······』いつしやういやひとゞせい『濟まないのかも知れないけれど、さうかと言つて、一生を嫌な人の犠牲になしまあたしっらほんとうわたしませうがくかうかよつて仕舞ふのも、私厭苦いわ······實際を言へば、私が未だ小學校へ通つてじぶんりやうしんくちやくそくことあたしけいさくゐる時分、兩親がバまあ口約束のやうな事をして、私と慶作とちよつと、ひざはなびらてのひら膝の上の花片を掌へ載せて見(8)にんじやう人情からいすゞねねつしんかたしあまぶと、言ひかけて鈴音は、はつとした、熱心に語らうと爲た餘りに、言ふまいと思つ〓そのひとなおも(0だしままめかんべうなかしうじつて居た其男の名を思はず口へ出して言つて仕舞つたので、豆や干瓢の中で終日ニぞうしきはたらいろくろせひくそのひとすがため오かで小僧を指揮して働いてゐる、色の黑い背の低い其男の姿が目の前へ浮び出て、ふゆくわいたま不愉快で溜らなくなる。しづこほゝゑ鎭子は、すかさず微笑んで、けいさくおつかたあたしいちごミ『さう〓〓、慶作さんと仰しやる方だつたわ、私、かんがみあミせに、よく考へて見ると、いつかお宅へ伺つた時、たやみんだわ、ねえ、田住さん、』しづここまやまゆへんたせだまむしゆき鎭子は、濃かな眉を寄せて、返答も爲ずに默つてゐる、ひざたま〓やうに膝の上に溜つて居る。いちごミ度うかゞつた事があるくミお目にかゝつた事もあるむしゆき掩つた白桃の花は雪の寄宿舍
露三寄宿舍その三90貴女が元の貴女でなくなつてお仕90『つまり、慶作さんは元の慶作さんなのに、貴女が元の貴女でなくなつてお仕舞なすつたからだわ、』325『まあ、左樣ねえ、』と、鈴音は點く。大ら『貴女が、あんまり豪く成り過ぎておしまひなすつたのよ、』『さうじやないんだけれど、何時となく、全然氣が合はなくなつて仕舞つて、=·a何うしたつて私には、乾物屋の御新造さんで澄して居る母の樣な眞似は出來ないんですもの、』二三とう!『困るはねえ、』と、鎭子は又歎かはしさうにいふ。?〓のき「何代も續いて居る家の其代を大丈夫に此末持ちこたへて往く者は知つた者まの中には彼男より他には無い、お前も家を襲いで往くんだから、自分勝手ば(10)かり考へずに、ちつとは家の利益も思ふが好い、つて、私父に叱られるのよ、けれどもねえ、鎭子さん······察して頂戴よ、』いろ〓〓きと、鈴音は、種々の人の姿や聲が見えたり聽えたりして、却やかされる樣に覺えるので、堪へ難げに兩手で顏を葢つて仕舞ふ。こ『田住さん、お察しするわ、』と、鎭子も慰めやうが無いので、鈴音の悶えて居ミる樣子を氣の毒と見遣りながら、胸を押へる。の夜を手を離すと鈴音の顏は、逆上て赤くなつて、眼は濕んでゐる。『だから、私父に言ふのよ、そんなに慶作がお氣に入つてゐるのなら慶作を世繼に定めて、他所から嫁を貰つて下さいつて······慶作にも、私:さう言ひましたわ、』『それで、慶作さんは何と仰しやつて、』ミ「私は何處までもお店の事は」正懸命に遺つて徒きききけれども妻寄宿舍私父に叱られるの却やかされる樣にこ鈴音の悶えて居(11)
かんがいろ〓〓き〓たいちやあ考がありますつて言ふの·····もつと種々聽いて居ると、私の妻女になひとあなたほかなおも成つて表れるなは直麺より他には無いと思つてゐるんだからなんて1/あたしはらたなんしふねんぶかをとこ憎らしいつちやないわ、私腹が立つて······何て、執念深い男なんでせう、』すゞねひどいやかほ鈴音は、强く厭な顏をする。あなたおもゐしづこきなにかんがニ『貴女を戀つて居るんだわ、』と、鎭子は、しんみり、と聽いて何か考へ込む。〓.ねたかニュー鈴音は、はずんだ高い聲で、たはじきつといつしよなほかたやくそく『だつて何も、始めつから、必定夫婦に成るつていふ程の固い約束じやないんりやうしんかんがへとほえん8)ふときみせ〓ですもの、兩親の考だつて、遠緣の者じやあるし、小さい時から店に居て、きごゝろしおほきくなふたりきいくらゐ氣心も知れてゐるから成長つて、二人の氣が若し合つたら、つて言ふ位のもこのごろきいくさいはひのだつたんでしよ、それを此頃、父にだん〓〓氣に入られて來るのを好い幸ひとりき1/しやうばいいうじやうづにして、自分で定めてゐるんですもの、憎らしいわ、商賣の方は上手だか知しづこ鎭子は、きなにかんがニと聽いて何か考へ込む。しんみり、(12)せうがくかうやつそつげふれないけれど、小學校を辛と卒業してゐるばかりなのよ、』かうないひようばんびじんうそつげふせいせきくらす·と一·だますゞね卒業の成績も級の首席鎭子は默つて、鈴音は校內でも評判の美人である上に、ようばうがくさいもすゞねかんぶつやみせしひとすぐ乾物屋の店で仕込を占めた、その人に勝れた容貌と學才を持つてゐる鈴音と、あえんわかけすゞねなにいけいさくなるほど鈴音は猶言ふ。まれた慶作とは成程つり合はぬ緣であると、考へる、おうちつあたしあひとはかりち1、家へも寄り付かずに、私こん『彼の男がゐる計に、きらゐ父にも母にも逢はずに、しまひあきら他から嫁を貰ふことに成るだほかよめヒ〓なに嫌つて居るんですもの、終には斷念めて、おもあたしらうと思つて、私それを待つてゐるのよ、』ミなしづこひくこえあたしい『あら、そんな事は無いわ、』と、鎭子は低い聲に力を入れて、きらひとほどかへつあしここ『嫌はれる人程、却て思ひ切る事の出來なくなるものよ、』すゞねみうかんがしばらわす1·ねそうつしづこかい暫く忘れてゐた鈴音よりも一層厭鎭子は斯う言つて、鈴音の身の上を考へて、こむね12けつしよくわるかほらじぶんきやうぐうおもだあぢき無さが急に胸に迫つて、血色の惡い顏が苦い自分の境遇を思ひ出すと、ちからなひとしほ力無くなる。寄宿舍(13)
露しづこきつめすけいとこ鎮子には麻之助といふ從兄がある、ほどおも程には思つてゐないのである。しケ一あさのすけした鎭子は麻之助を慕つてゐるが、あさのすけ麻之助は左四寄宿舍その四をぐさやっかぜふくかぜのミいろてふとそよ〓〓と小草にそよいで柔らかい風が吹いて來る、風に乘つて黃色い蝶が飛きこんいろしづこはかますそもつんで來て、紺色の鎭子の袴の裙に縺れて舞ふ。すゞねざふきはやしうしづかミニはじくもかたちかは鈴音は、雜木林の上から徐に動き始めた雲の形の、いろ〓〓に變つてゆくのをながゐこしかけたちあがさつきむししろもになはかま眺めて居たが、腰掛から立上つて、先刻から搾つた白桃の花を袴から、ばらば(とトうへはらしらと芝生の上に拂つて仕舞ふ。しづこみ鎭子は見ると、せつかくひろそんなむししまひつくふ『まあ、折角拾つたものを、いつのまにか其樣に捲つてお仕舞なすつて·······。かぜのミいろてふと風に乘つて黃色い蝶が飛(41)そんなむししまひつくふいつのまにか其樣に捲つてお仕舞なすつて·······。うさおいの上にでも挿してお置きなされば好いのにねえ·······』と言ふと、かしまはなあたしむしやに)ニ『だつても、何うせ枯れて仕舞ふ花ですわ、私が捲つて遣る方が好いのよ、御らんあをしばう~しらちきれい覽なさい、靑い芝の上へ白く散つて奇麗だこと、』しづこちがきかくわいくわつしやうぶんすゞね21鎭子と違つて、氣の勝つた快濶な性分の鈴音は、何處か强いところがある、かんがへことしよたおもか、ししこ考事を爲てゐても直ぐ又思ひ返して、さえ〓〓と爲て仕舞ふのが常だ。『さあ、さあ、往きませう、』ほんやりしづこてごかひた"と、茫然してゐる鎭子の手を取つて、抱へるやうに組むと、氣を引き立てゝ歩はじみ始めた。たつらけうしつはうむかしはふつたゆはなぞのいうてふくわ建ち連なつてゐる〓室の方へ向つて、芝生を傳うて行くと花園がある、遊蝶花まんねんぎくひくせならさなかてごげひんはなや万年菊が低い背を〓べて咲いてゐる中に、手に取つては下品な花であるが、きんせんくわかばいろめたいろどりき錦仙花の橙色が、目に立つて配合よく交つてゐる、ヘリオトロープや、ヒアチなかある二人は花壇の中を縫つて歩きながら、くわだんいろにほひに人を引き付ける、ひとンテは色よりは匂寄宿宮ニ御(15)-か抱へるやうに組むと、ひた"氣を引き立てゝ歩
露たやみあたしかていけうしなおもふ『ねえ、田住さん、私家庭〓師に成らうかと思ふのよ、何でせう、』と、不意しづこさうだんはじしふくわんしづこすゞねせいに鎭子が相談をかける、始めからの習慣で、鎭子は何時も鉛音の姓を呼ぶ。かていけうしすゞねくびかたむ『家庭〓師、さうねえ、』と、鈴音は首を傾ける。きしゆくしやかよをしいところいふんたまきせんせいp『客宿色から通つて〓へに往かれる所だと好いと思ふのよ、玉木先生にお願ひきあはいたおもごそつげふして聽き合せて頂かうかと思ひますの、何うしたつて、もう卒業してしまへあやつかいなば、さう〓〓義兄の厄介には成つて居られませんもの、』すゞねてんじぶんみうかしづこじくいつくら『さうねえ、』と、鈴音はその點は自分とは分の上の違ふ儀子の自活の苦しみをおもやつ思ひ遣て、あナたまたあたしちがさうことこま『貴女には又私と違つて、左樣いふ事があるから困るわねえ、』たやみあたしあなたたよしべこなづか『それにしても田住さん、私貴女が賴りなのよ、』と、鎭子は懷しさうに組ん〓てちからで居る手に力を入れる。あたしむないちからた『そりやあ、私だつてもよ、お互に力に成りませうねえ、』(16)さうことこま左樣いふ事があるから困るわねえ、』あたしあなたたよしべこなづか私貴女が賴りなのよ、』と、鎭子は懷しさうに組んむないちからたお互に力に成りませうねえ、』しんいう『いつまでもの親友よ、』さラふたりこヽろこゝろかたつなあは『左樣ですとも、』と、二人は心と心とを固く繋ぎ合せる。ふたりともとしすゞねごしわかみひかしづこふた)人共、年齡は廿二三なるが鈴省は年齢まりもなし見えるに引き起みすゞねあためいせんあらしまわたいれきこのろ好んでつも三つも老けて見える、鈴音は新らしい銘仙の荒い縞の綿入を着て、ながたそでふりいうぜんてたもやうかど長く仕立てゝある袖の振から、友禪モスリンの蔦の摸樣が鮮やかにこぼれて見しづこふたこきもの三ほうせきかすりえりへんはやよさるおり鎭子は二子の着物に細かい紡績絣の、襟の邊は早捩れ〓〓に古びた羽織える、きすゞねいろつやにくたつぶりひ之ひどかほを着て鈴音の色艶よく肉も豊富してゐるに引きかへて、痩せてゐる上に强く顏いろみ〓なりわはなだちかハ色がよくないので見すぼらしく、可成な目鼻立も一向ひきたゝぬ。まひるにちりんうさひめゆりはなたとしづこひかげコラすゞね鎭子は日蔭に辛鈴音を眞求の日輪を受けて咲いた姫百合の花に喉へやうなら、のなでしこいぢけはなすnあたみさむと延びた撫子の萎縮た花のやうだ、鈴音は溫かさうに見える、鎭子は寒さうにみにうあかじうくら見える一方は明るく一方は暗い。しぎはなしあ12くきしゆくしやはつけれども不思議に話は合ふ、話しながら來ると、寄宿舍の方から、十六ばかり寄宿舍きしゆくしやはつ寄宿舍の方から、十六ばかり
露せいとえびちやはかまあふかにはく;したきふ側へ來ると息の下の級の生徒が、蝦茶袴を飜らせて、とツと、と馳けて來る、きを切つて、たやみさつきさし〓どつこ『田住さん、先刻からお探がし爲て居たのよ、何處にもいらつしやらないんでニゐすもの、何處に在らしつたの、』あたしあたしあつちしばはう〓なに=よう私私は彼方の芝の方に居たのよ、何か御用、』やさき優しく聽く、と、けかつぼうたうばんあなたしまかにしまかはさつきcryニ『今日、割烹の當番は、貴孃と島川さんよ、島川さんが先刻から一人で困つてじいらつしやるわ、もう三時ですもの、』あたしゆふはんミすつかりわすわる『あゝ、さうでしたはねえ、私お夕飯の事を全然忘れて居て、まあ、惡かつすぐたわ、それじやあ直と往きませう、』すゞねびつくりはるやすみせいどたいていきしゆくしやでと、鈴音は吃驚した、今は春休業で生徒は大抵寄宿舍を出てゐるので、やつばきゆるきミミおろそわつかたにんだり氣が緩んで、つひ、規則を疎かにして惡かつたと語りながら、三人は連れ立えびちやはかまあふ蝦茶袴を飜らせて、かと馳けて來る、にはく;側へ來ると息とツと、どつこ何處にもいらつしやらないんでなに=よう何か御用、』-(18)しまかはさつきcryニ島川さんが先刻から一人で困つてわる惡かつまあ、きしゆくしやかつぼうしつはうゆつて寄宿舍の割烹室の方へ徃く。ひじにみざくらばんかうだうた講堂のピヤノを誰れか彈き始めたと見えて、八重櫻が一本、まごきはしろかーてんおくゆかねジる窓の際、白の窓掛の奧から、床しい音が響いて來る。たけなみまたはじま『竹波さんの、エテイユーデが又始つたわ、』かたす『あの方は、ピヤノがお好きだわねえ、』すゞねしづこゐ、そなたか鈴音と鎭子は耳を其方へ貸しながら。と、みごとに咲いてゐ五親同士その一ないよばちぎんゆどうふなべかふきこ拭込んだ長火鉢に三銀の湯豆腐鍋が掛つて、なかしきをどおの中で切りに躍つて居る。こゝろもちふとれいざうみいうふく見るから有福らしく心持よく肥つた禮造は、説同士あがとうふ浮き上つた豆腐は、にたゆ煑え立つた湯ざぶとんあぐら座布團に胡坐をかいて、さしみす刺身や醋
雪ものニざらのぜんひかにちらっどくしやくさんひばちわきの物の小皿の載つた膳を控へて、一日の勞を獨酌に散じてゐるので、火鉢の側ひとみつませきゆまるまげには四十を一つ越したとは、何うしても見えね妻のお勢喜が、結ひ立ての丸髷びんひとすぢみだはならしうじつふニちいやむの髪を一筋も亂さず、花を散らして終日吹いた東風が止んで、厭に蒸すので羽おりnひつかおびいきすがたたはこすあひて織は脫いだまゝの引掛け帶の粹な姿を爲て、煙草を吸ひながら相手になつて居いでんきっひとまかげあかる、今しがた、パツと電氣が燈いたので一間は蔭もなく明るい。人々もこいつもおそさわみせものこんなかはたかは電氣が來ないの、例より遲いのと騷いでゐた店の者は、今度は入れ替り立ち替かつてゆふはんたさうん〓;ちひとりミり勝手ヘ夕飯に立つので、やつぱりごだ〓〓と騷々しく戯け散らして、一人通なかニころものししけいさくらすりがゝりに中の間へ轉がされた者さへある、締め括りを爲てゐる慶作が留守だからでもあらう。あなたかんまよ『所天、お燗は未だ好うござんすか、』れいざうひざかつかんごくりてみ『むゝ、』と、禮造は膝の側の利徳利に手を觸れて見て、せきけ『お勢喜何うしたらう鈴音は、今日も來ないじやないか、』(20)ガニひばらひはひかき『とう〓〓來ませんでしたねえ、』と、起り過ぎた火鉢の火に灰を被ける。さこのあひだそつげふしきひなんき此間卒業式の日に往て、何と言つとい『來ませんでしたじやあないよ、お前、たんだ、』てしやくちよくほかあまれいざうすこじnどハと、くつと千酌の濟日を干して待る兼ねてるる餘りに體造は少し自烈意けエじy.〓くろめせきすゞねくゞにふ然れども眞面目になると威のある黑目お勢喜は鈴音が其儘似てゐる媚のある、がめみにつ勝ちの目を見張て、あなたしつこき是非一度學校のお休み內におビひがくかうやすう 『それは所天、執拗く言つて來ましたんですよ、そつげふでほうげざきふこしい出でつて······優等で卒业水が出來たんだから御存美に一重ね者物を推らへて遣いつしよみつこしみたとうさんいらうつて、父樣も言つて居なさるんだから、一同に三越へ往つて見立てゝ來きやうじやないかつて言つて來ましたの、』すゞねえん『鈴音は何て言つてた、』がくちんずしませえツは)おもたああなたあれで又おしやれなんで『彼の娘も所天、學問好きで書生棒の樣かと思へば、親同士(21)たあれで又おしやれなんで
露きものあなたきものこしらくらゐおびついですからね、着物つたもんだから所天、着物を拵へる位なら帶も序にこしらへくだいけない〃あがだて下さらなくちや不可なんて、付け上りの駄々をこねてましたよ、』よくばわがきおやおも『アツハツハ、慾張つてるな、』と、我儘も親なればこそと思ふと、むやみに可わゆおびきものやすほどちうもんきかほ千瓦愛く、帶や着物なら安いこと、何れ程の註文も聽かうやうな顏を爲て、のうれいざうおほぐちあわらきんたひか惱の禮造は大口明いて笑ふ、金齒がちよつと光る。きものこしらべんけきつとで『だから、着物の拵へたい一遍に、今日あたりは必定出かけて來るだらうと思ゆどうふなべおろなか5,あんぱいseつてましたにわえ、て、漫豆腐のの名を下して、中の物を體權しなぜんのて膳に載せると、れいざう÷はしつなにかんが禮造は夫れへ箸を付けながら何か考へて居たが、でこ、うさ『いゝや、なか〓〓出かけちや來ないだらう、お前往て連れて來るが好い、然からやすみまたど入りにちえうホう斯うしてる內に休暇が濟んでしまへば、又土曜だの日曜だのつて猶のこときらたつき來やあしまい、明日にでも往つて連れて來なさい、』(22)さうせきしあん『左樣ですねえ、』と、お勢喜は思案にくれる。このせつみミたこあこ己れのいふ事も何もちつと『彼んな娘じやなかつたつけがなあ、此節じやあ、きりくついも聽きやあしない、理屈ばかり言つてら、』れいざうぐちと、禮造が愚痴をこぼすと、せうがくかうぎ々がくもんさ『あんまり、學問を爲せ過ぎたからですよ、いつそ小學校切りで止めさせるとあなたあんまかつてさよ好かつたんですに、それつてが所天が餘り勝手にお公せなさるもんだから、そつげふうちつあがあ付け上つてるんですよ、もう卒業したつていふのに家へも寄り付かずに、や〓しんるゐぢうぐわいぶんわこゝ遣つて居ちやあほんとに、親類中へも外聞が惡いじやありませんか、』せきこの、Cと、お勢喜の眉は曇る。れいざうさかづきわすうで『むゝ、』と、禮造も盃を忘れて腕を組む。みミたこ己れのいふ事も何もちつと六親同士その二親同士
露だい〓〓つたは今日でこそ商人になつて居れ、田住家の先祖には儒者があつた、代々傳る此家の實物といつたやうな物の中には、蠶蟲の喰つた漢籍が澤山ある、系統は爭はうう·れぬもの、商家に生れても自ら實く擧問好きに生れた娘に不思議はない、その〓學問好きといふのが强く自慢の禮造であるが、聟に爲やうと思ふ慶作を嫌ふには弱り切つて、妻の云ふことも一理があると聽いて、キ·モt2う六『何で又、彼娘は慶作を後樣に嫁ふんだらう、」と、猪口を膽の上へ伏せて仕ふ。『夫れがさ、所天、あんまり學問を爲せ過ぎたからですよ、」n『じやあ、彼娘にやあ、何んな男が氣に入るんだらう、』『大かた、學士とか博士とか言ふ人なんでせう、」と、お勢喜は、良人の不機嫌を期して、微笑みながら、上目遣で見ると、『學士とか、博士とか······』と、總造は難しい顏をして、册に落ちぬ首を振る。-(24)良人の不機嫌所天から能く言つてお慈かせなすつたら好御坐『何しろ、も一度呼び寄せて、もと〓〓自分の育てた育んせう、元來、物の分らない娘じやあ無いんですから、』と、て抦をお勢喜は少し自慢する。『分り過ぎてゝ、却つて困るんだ、』と、is禮造は、ぐつたりと肥つた頸を垂れる。例醉も發しないと見えて、平常のやうでもなく酒も早く切り上げて仕舞つた、お勢喜も良人の一口淨瑠璃も出ぬ、眼の內を赤くして息ばかり喘まして居る、の心痛を思ひ遣つて、ミ鈴音が彼樣動靜『彼樣やつて、ちよつと、耳に入つた事が有るもんですから、だと、〓更慶作に氣の毒でしてねえ、」慶作の方じや全然そのに成つてるんだから、』『左樣よ、ニ一『困りますねえ、慶作なれば私共にも親切に爲て呉れるし、商賣には巧者だし、家の善には打って付けなんですけど····此事ばかいは罰の無理親同士鈴音が彼樣動靜
露ますまいしね、』せきいさと、お勢喜も息を吐く。けいさくことしとかものわいざうとほえんもりすぢめい三慶作は今年二十七の靑年である、いへがら禮造の遠線の者で筋目の好い家抦に生れたのちいときはヽおやゆゑりえんししばくくちてひとであるが、少さい時に母親は故あつて離緣して仕舞つたので、暫時父の手一つそだちびやうしんなかたがしゆつせたご〃ミれいぎうに育つうち、父も病身に成つたので秀た出世の爲めでもあると十歳の時、禮造ねんきニざうどうやうつか六しにわかに、年期小僧同樣に遣つて吳れと托されて、間もなく父には死別れた。みよりなさけぶかれいざうろよう한う つけいさくしやうぢきかしこしやうばい緣者に情深い禮造は快く引き受けて世話する內、慶作の正直に賢く、商賣氣のうへたうせいふうなまいきねせごころひどきっなある上に、當世風の生意氣な眞似を爲の所が强く氣に入つて、何時となく成らひとりむすめすぐねひ、おもなうなら一人娘の鈴音の聟にとまで思ひ成した。すヾねときなかいふたりまじやうだんはんぶんやう鈴音の十一ばかりの時であつた、仲の好い二人を坐らせて戯談半分の樣に、言きこすぐねゆふべみゆめはなしニンつて聽かせた事があつたのを、鈴音は、昨夜見た夢の話よりも淡く聽き捨てゝしそのときけいさくそのひふかむねえつof仕舞つたが、其時十六の壓作は其目から深く胸に彫り付けて忘れぬのである、(26) aiなんまんしんしやうひそすぐねこ何十万といふ財產より秘かに鈴音を戀ひ初めたのである。しやうにんがくもんかけひきおほミかんじんしゆぎこけいさくせう商人は學問よりは掛引を參える事が所官であるといふ主義の福建は慶作が小がくかうそつげふちうがくマせたこのしゐたけなかミ學校を卒業してからは、中學へ遣らうとは爲ずに、只、豆や麩や椎茸の中で極〓〓かたぎしたしここにはひし々固氣に仕立てあげやうと爲た、何處までも、コスメチイツクの香に浸まぬやしてらこしきそだこんにちたいけあるじなじぶんけいけんうにと爲たので、寺子屋式で育つて、今日大家の主人に成つてゐる自分の經驗てらしやうにんそすこうたがあんしんに照して、商人は夫れで好いものと少しも疑はずに安心して居る。かまねまかごニがくもんさつひぢよしそれにも係はらず鈴音には、好きに任せて何處までも學問を爲せて、終に女子だいがくゐんしかそのせいせきうとうa〓じまんがくらんきらだんな大學院にまで入れて、然も其成績の優等なのを常に自慢した、「學固嫌ひの旦那ち3つあんたがくもんさみせものいつもかげぐちが何うしてお嬢さんには彼樣に學問を爲せるんだらう」と店の者は平常蔭口をつまりれいざうばんなうぁこんにちはじききくが、畢竟、禮造の子煩惱からで有つたので、今日始めて氣が付いても、おそすゞねまへだれがけけいさくきらはじがくもんう遲い、鈴音が、前乗掛の廢作を嫌ひ始めたのは學問を公せたがためである、なぜさいまさらじぶんきしとすると何故爲せたらう、と、今更自分の氣が知れぬ。親同士(27)
露いやからけいさくざたベクのれん42かんぶつとひやさん厭なら厭で、慶作には義理を立てゝ別に暖簾を分ける法もあれ、乾物問屋で三だいちすぢ2ほんけ〓あいじぶんおすめゆづむすめき代血筋の續く本家は、何うしても可愛い自分の娘に讓りたい、その娘の氣に入むがくしはかせまつたかんぶつやはめる聟はと言へば、學士か博士かといふ、それでは全く乾物屋の齒に合はない。ごれいざう(1)さて何うしたものと、禮造は苦しい。七親同士その三-(23)さけマれいざうめしたセンせきしよはど酒は止めて禮造は飯を食べ始める、お勢喜も一〓に始めながら、ちひときあ0.『幼さい時には彼樣じやなかつたんですがねえ、慶ちやん慶ちやんて、それはなかがくもんじやよす仲が妊かつたるんでしたつけが····やつばり學問が邪魔を爲るれざいまかんかこあぢものか〓禮造は考へ込んで、味も無さゝうに物を嚙んで得る。とかくあたしあしたがくかう『兎に角、私が、明日學校へ往つて見ませう、』しやかんたまきあひとものわが〓彼の女は物の分つた『むゝ、若し居なかつたら含監の······玉木さんてつたか、たまきあすつかりうもじヽやうういかたいつそ全然、家の事情を打ち明け善い方なんだからな、玉木さんに逢つて、すぐねせつとく10たのて、よく鈴音に說得して貰ふやうに賴んで來るが好い、』ぁせんせいおつすゞねたまきせんせい彼の先生の仰『そうですねえ、玉木先生は鈴音が何日も讚めてるんですから、きしミしやる事だつたら、ひよつとか爲ると承くかも知れません、』なにおどきつき〓〓ひおく『何しろ、嚇しが利かないんだから困ら、もう月々の費用を送らないときへばゝノおほ()じくわつ自活して往きますからなんて、大きな口をきくんだから始末に不可い、』がくもんいやみあなたまつたあな『けれども所天、全く彼樣なると學間の無いものは厭に成ると見えますよ、すぐねじなんけいさくずん〓〓と鈴音には讀めて往くんにしろ、慶作の讀めない字でも何んでも、ものはかみですから、讀めない者は愚にも見えやうじや御坐んせんか、』きやうげむいいきすわすよそいつ禮造は不興氣だ。『其奴あ、生意氣の爲る業さ、善くないよ、』と、リざあなたさあ『けれども所天、いつとなく氣の合はなくなるのも無理は御坐んせんよ、親同士ぁせんせいおつ彼の先生の仰(29)何時
露あなたきしきなかせいやうじんしやしやうのりかへミなにたづかも所天、汽車の中でね、西洋人が車掌に乗換の事か何か尋ねて居ましてねちうとことはつうそのときされすぐねみか中途で言葉が通じなくなつて困つてたんですよ、其時も所天、鉛音が見兼ねつうべんマぢきかがくもんあごきちようて通辯を爲て遣りましたら直に解りましたの、學問てものは彼樣いふ時に重ほうあたしつく〓〓かんしんし寳するものかと、私熟々感心して仕舞ひましたよ、」れいざうかんしんきくちたしな禮造も感心して聽いてゐたのであるが、口では窘めた。まいだいさラれうけんあれけいわがます『お前が第一、左樣いふ了見でゐるから、彼娘が餘計我儘を爲る』あなたせきまたなにいおかぶ『けれども所天······』と、お勢喜が又何か言はうとすると、押つ被せて、しやうはいけいさくかんしんしやうにんニヒ『どうして商賣にかけちや慶作は感心なものさ、商人はお前、字が讀めるよりかけひきかんじんやあ掛引が肝腎なんだからな、こいそのきな言はるれば其氣にも成つて、さうぎだにんげんかた『ほんにそれは左樣で御坐んすよねえ、きあも氣を合はせる。(30)だにんげんかた第一人間が固いんですから、』とお勢喜噂を爲れば影がさす、うはさすかげ今朝から商用で横濱へ出向いてゐた慶作は今監つて來たけさしやうようよこはま〓ひけいさくいよかへと見えて、み仲の間の薄暗い方から、なかまうすくら159かしこまつあいさつつツと出て來ると、でえんじやふとき『旦那、だんな只今歸りました、』と正坐て挨拶した、たゞいまかへ緣者ではあるが、小さい時からきびだんな=しんとほ嚴しく言つて旦那御新造さんで通させてある。あしおとしふたリびつくり足音も爲なかつたので二人は吃驚しながら、けいさくれいざうゑ『おゝ、慶作かい』と、禮造は笑ましげに、あつちやうす『何うだつたい、彼方の樣子は、』すつかりうま『へえ、全然甘く往きました、』なんそんはずハ、『そうだつたかい、そりやあ好かつた、何でも其樣な筈は無いと思つてたんだなにしやうげふじやうきはなしわかニヘさ何か商業上が、お前が往つたんで、能く先方でも話が分つたんだらう、』と、もつれけいさくうでをさきの葛藤を慶作の技量で納めて來たらしい。せきちやむらこくらう『御苦勞だつたねえ、』と、お勢喜も茶を汲んで勞らふ。親同士ふとき小さい時から
露きboこみあつあつけいさくふしいとたもと『どうも汽車が混雜て······蒸し暑くつて······』と、慶作は着てゐる節糸の袂かはんけちだあせいろくろかはれら手巾を出して、汗ばんだ色の黑い顔を、ぐい、と拭つて、〓ねこんちいきすゞねりやうしん도『鈴音さんは、今日往らしやいましたか、』と聽く、鈴音が兩親に待ちに待たれゐけいさくして居ることは慶作は能く知つてゐるのである。いえかぜひたばこの『え、否ね、感冒を引いたとかつてね······』と、煙草を呑んでゐたお勢喜は、にいしきむせき言ひ惡くさうに言つて、切りに噎せて咳嗽を爲る。めしぜんさでニづかひたしな飯も濟んだので、膳を下げに出てゐる小間遣は、立ち際に、ちよいと、じろりけいさくかほみと慶作の顏を見て行く。(32)ちよいと、じろり八理想の人その一すゞねりさうひと鈴音には理想の人がある、りさうひとこひゞと理想の人であつて戀人では無い、ふあま戀するには餘りにたふとあまありがたすすうはいひと貴く餘りに難有過ぎる、崇拜の人である。かんざかとみをじひながおうしうりうがくちかごろきてうきてうご神坂登美郞は、自費で永く歐洲へ留學してゐたが、つい近頃歸朝した、歸朝後ふかけんさんつづなうするどくわんさつんさうけんはつべうたうじがくは深く研鑚を積んだ頭腦で、銳い觀察や創見を發表してゆくりなくも當時の學しや〓〓くわいひやうめつほ〓とがくゐえつとめわづ煮電ののををめるので、あまなく導主の骨位をも得だ、務としてはけうじゆしよくもときうちきかうちやうざたのぢよしだいがくゐんくわぐわい〓授などの職は求めず、舊知巳なる枝長の餘儀ない賴みで、女子大學院の科外かうえんひまりたごかおもだしんぶんざつしをり〓〓きかう講演のみは承け引いてゐるが、其他には都下の重立つた新聞雜誌へ折々寄稿すミとくめいばうえせくわいあまおほかほる事があるのみ、特に名望を得やうとも爲ず、會などにも餘り多く顏を見せず、しやうごだいちよじゆつじうじ〓せけんたい一生を賭する大著述に從事して居るのだと、世間は只言ひ〓らして居る。すゞねさうすうはいひとかんさかとみをそのひと鈴音が理想とする崇拜の人は神坂穿美即其人であつた。がくかうすゞねき12かうえんぶんがくにようしやうだたうじ學校で鈴音の聽いた始めての講演は、『文學と女性』といふ題であつたが、當時いうめいせんせいがくかうきかうミニあらかじせいと1.かう有名の先生が學校に來て講せられるといふ事が豫め生徒の耳に傅はるや、校ちうごよわたらんそのうわさなさまんさう〓〓しなほひだいかう中は動搖めき渡つて、專ら其噂に耽つて樣々の想像を爲たが、猶その日、大講理想の人
露堂の講境に立つた先生の秀麗なる容姿と、端正なる風釆と、〓水が巖根から沸ミChくやうな〓しい聲の盡きぬ講演振には、斯ばかりも大勢が感動させられやうとは思はなかつた、恰る女性の迷夢を混まさんが爲めに天から降つた使命者の前に點づくやうに一同は點いた。二博士は二時間に亘る講演に、文學と女性を說いて、女詩人サツフホーの傳を語さつた、戀の神秘をも說いた、失戀の悲慘をも說いた、假りに人間界に下つて居る天女の化身が、一少年に失戀した結果、現實と理想との衝突に悶えて、高遠なる天上界の光明を慕うて、終にロイカデアの巖頭から身を千尋の激浪の中に投げ入れた女詩人の憐れな物語を語り終つた時は、絲程細い笹の卷葉に堪へupず慄く露のやうに、妙齡の優しい處女の胸は震へて、講堂を出た時はみんな涙nに顏を濡らして居た。鈴音は始めて、血あり肉ある女の身に、貴い精靈の存するを知つて一向に天才(34)貴い精靈の存するを知つて一向に天才つ:の女詩人に憧憬れて知らう知らうと務めて、猶知ることの出來なかつた或物を、六あり〓〓て始めて知り得て、先生の講演に因つ顯然と暗中に光明をみとめる思がするのshiで、坐ろに血が沸き胸が躍る。共に講演を聽いた鎭子の感動は況して、他目にいた〓うも痛々しい程で有つた、さらでも消極的な性質である上に逆境に苦しむ現在のさ、身故でもあらうか、希望の光明を認める鈴音のやうな勇氣は無しに、いよ〓〓∴か、悲哀の暗に深く踏み入る心地がして、死といふ事を繰り返し考へた、『田住さん、あい.ミサツフホーの天才は無くとも、微笑んで死に就く事が出來たら、豪いでせう六らルヒ」。等字は間うた。微笑なで死にふくとが出來たち、それは英ミニ私なんぞは、怖ろしくつて、迚も死ねませんわ、』と鈴音は答へる、「さう······』とう、と鎭子は、淋しく言つたぎり口を噤んだ。1春は何時となく暮れてゆく、講堂の側の八重櫻も昨日今且の間に散りはてゝ、c萼ばかり枝に殘つて、疊まつてゐた若棄は次第に廣く〓しく擴がつて、靑く包理想の人
こやぶはつなつかぜかよんだ梢に初夏の風が通ふ。かしばふみわたはた〓れんげきなむぎほ彼の芝生から見渡すと、畑の鈴菜も蓮華も消えたやうに亡くなつて、麥の穂がの, 1.ごごんごニさ延び、蝶は去つて蜻蛉が飛ぶ時節になつた。なつあきうつときにかふんさうガニなんかはつきひ夏から秋に移る時ほどの、果敢ない感想は起らぬが、何となく變りゆく月日はあをばきふいまさらじぶんらをとめた春を削るやうに思はれて、今更に自分等處女の妙なるめざましい靑葉の空も心ぼそひとりせつりさつうあこがひとりみなしご〓し)細いと、一人は切ない理想に憧憬れ一人は孤兒の身を嘆いて、鈴音と鎭子は、ゆふべ〓〓50をし夕々に春を惜んだ。むぎほ麥の穂が(36)九理想の人その二すぐねかんざかにかせでなびぶんろんぶんそれからといふもの、鈴音は神坂博士の筆に成つたものは美文といはず論文といひとみのこうさくくいごくグニはあんしよう言はず、一つも見逃がさず購讀した、一讀し再讀し繰り返して果ては諳誦するあことも有つた。せんせいせんせいかうえんたゞうちうしんぴぞんざいせつめい先生の講演は貝宇宙の神秘の在在る說明するに過ぎなかつたものを先生の一えこ·ろシニーかてつせんせいひとしんびんせんfごくげ言一句が心の底に深く徹すると、先生その人が神秘の源泉で美の權化であるかすっはいねんたかすうはいねんたかかんざかはかのやうに、崇拜の念が高まる、崇拜の念が高まるのみならず、鈴音は神坂博せかへなほほかあやい子ミ日に去ら、士の名をくり返す每に、猶その外に怪しくも忘られぬものがあつて、ひげうのニ산たかいろしろ}ず殘るものがあつた、それは背の高い色の白い、カイゼル式の髯の美くしい、ものみつまなざしやわはかせ)。よつばうけだか物を見詰める眼光の柔らかい、博士の麗はしい容貌とての氣高い風彩とであつはくしきともびなんなかんざきとみそのようばいかおとめすうは、た、博識と共に美男の名のある神坂登美郞は其容貌だけでも、若い處女の崇拜こゝろひっうちからも〓の心を引き付け得る力を持つて居たのである。けさすゞねごカルドやかんざかせんせいおもにじにかをとこ今朝も鈴音は二階の我部屋に、神坂先生を思ひ始めて、『立派な方だ、男らしいかたよくがくせんせあせんせいしんこぶんすうはいねんおこ方だ、博學な先生だ』『彼樣いふ先生には眞から自分は崇拜の念が起る、何云ひとりさうひをんなせんせいをとこかんざかせんふ人を理想に爲ると若し他人に聽かれたら、女では玉木先生で、男では神坂先理想の人)
第せいこたつくゑうへちやうめんひろちがすたまきせん生、と答へる、』と机の上に帳面を擴げて、さま〓〓の散らし書きを爲る三九九せ.かかんざかはかせかリミ、か生を書いたる前依位とを書いたり、サラツホーと書いたり球態ときわたいれあつくる3.きかしこんいろやあはせべにいりいう綿入はもう熱苦しいので、昨日から者更へた紫紺色の矢がすりの袷に、紅入友ぜんくろしゆすはらあはうすおびちひしゐみはかま禪と黑糖子と腹合せの薄い帶を小さくがめて居るので、いつも見る袴を着けたいかつすがたちが〓だつきみたくさんかみけまへがみびん嚴い姿とは違つて、何處か婀娜に優しく見える、澤山ある髪の毛を前髪から鬢まるまいぐしごひくひらそくはつうしろはゞびろへかけて丸く、ふつくりと、三枚櫛で止めて低く扁たく結つた東髪の後へ幅廣こんいろおほむすの紺色のリボンを、大きく結んでゐる。すゞねめつたしろもりほどこけしやういろしろじまんりうかうほヽべに鈴音は滅多に白い物を施さぬ、化粧せずとも色の白いのが自慢で、流行の頬紅といくものっ)いらみそのきめ一三12細工物の樣な色を見せずとも、さくらいろに、其皮膚細かな類には、いつも溫かい櫻色をすゞねめおほひとひっくろめがちさ、め含んでゐる、鈴音の眼には多くの人が惹き付けられる、黑目勝の〓しい眼で、ゐしめこびみちゑじてつかはか、せヒ感をも觀し始をも見せる。「智慧と情が交るくに輝るいて応るのよ世辭しづこたともほかたつを言はぬ鎭子さへ、他の友に讃めて語たことがある。(38)すみどうしつじつこきものしよさい部屋の隅には同室の鎮子の着物も一〓に疊んだのを、四五枚積み上げて、そのうへふたりにかまひろおはしらまらぜんはざごよみがくじかんわり上には二人の袴が擴げた儘置いてある、柱には丸善の剝暦と學科の時間割と、べつきしゆくしやはうたうばんじゆんじよがきと別に寄宿舍の方の當番の順序書などが、ピンで留めたり、リボンで下がつたりし〓ほかすねかけ.しよくすゐさいぐわきんいろがくぶちかべか爲て居る他に、鈴音の〓いた景色の水形黄が金色の細線に行きつて壁に懸つてうちいかをりはなしたたしい1. n居る、部屋の內は何處となく好い香がする、花の滴に絕えず濕してある鈴音のそでたもとにほ袖や袂が匂ふのである。あるかはつくゑかけすゞねつくゑうへCoかざまんなか朝黄の州のかのかしてゐる鏡台の机の上しはままぐの物が帰つてるどつしきnかんざかはかせせうざうしやしんばんしやしんぱさいちたききせん雜誌から切り抜いた旗頃也十の竹像の富貴阪を送眞弾みに折んのあ玉木先せいしやしんなら%わきちひくわびんなかばしほしろばさ生の寫眞とを並べて置いて、その側には小さい花瓶に半萎れた白〓薇が挿してそのほかはがたふききいろちりめんひぢつきときますゞりばこある、其外クローバーの葉形のペン拭やら、薄桃色縮緬の臂突やら蒔繪の硯箱ふでたてきしゆすばりばこに、かきんどやら筆立やら、古鷹な越子服の小箱に入つた可愛らしい金時計さへ必いてある、きしゆくしやせいくわつぢよがくせいもちものあまぜいたくすおもしなおほ宮場合に生活きるな事生の持物には餘りに贅澤過ざるし忠ふ品の多如理想の人
かりやうしんひざうおもまそだわか何に兩親が秘藏して思ふ儘に育てゝあるかい分る。ならしづこつくゑうへおれあさびしよもつざつしつ〓んでゐる鎭子の机の上は、枯野のやうに寂しい、書物やら雜誌が積んであるそばひつえうしなちやんごのしよもつなかき側に、必要の品が端正と整つて居るばかり、書物の中に、只ちよつと、奇麗にあかみしさらさざぶとんやけあな赤く見えて居るのは、オーヅオースの詩集である、更紗の座布團にも燒穴が二みま〓つ三つ、それもその儘になつて居る。かゐけムなにつくゑしたしよもつざつし斯うしても居られぬ、今日は何を讀まうかと、机の下から鈴音は書物や雜誌をえ〓しづこはいきてかいふうてがみ選つて居ると、鎭子が入つて來た、手に開封した手紙を持つて、たずみまものいろはなかおのつくゑうつx『田住さん······』と、言つた儘、物の色も花の香もない己が机の上へ突つ伏してしまふだんおつくふひとこのごろそうおつくふけかみくし仕舞つた、平常から億劫がる人が此頃は一層億劫になつて、今朝も未だ髪に櫛はみつやまへみがくせ2.ぶんけみだの齒を入れぬと見える、光なくそゝげてゐる前髪に癖が付て、遅れ髪が亂れた今朝は殊更に鈴音は目を付けて、くびすぢかたやさことさらす.ねりやうしんねえさんまではいびやう頸筋から肩の痩せに、兩親も、姉樣迄も肺病なきこのひとこけんかうthで亡くなつたと聽いてゐる此人も、何處か健康を損なつて居るのではないかと☆(40)あん案じた。一〇理想の人その三たやみあにてがみきしづこかほあ『田住さん、義兄から手紙が來ましたわ、』と、鎭子は突つ伏した顏を擧げて、つくゑハーひろおてがみなほみ〓机の上へ擴げて置いた手紙を猶見つめて居る。なんいすゞねき『何と言つていらしつて、』と、鈴音が聽くと、あはな一し〓ニか『逢つて話したい事があるから、至急に、來られたら來いと書いてありますのはなしいはなしき〓ひぢ話と言へば、何うせ好い話じやないに定まつて居ますわ、」と、臂を突いこめがみおさて顳顬を押へる。モ『夫れでも、まあ、往つていらつしやるが善いわ、』さうしづinかねなしりよひ『左樣ねえ、』と、鎭子は答ふるものゝ、金錢の無いを知りつゝ、旅費も添へて理想の人しづこかほあ鎭子は突つ伏した顏を擧げて、(41)りよひ旅費も添へて
Coじ〃は送越さぬ義兄の無情が怨めしく、往つても面白くない家の態が有々と眼の前に動く。〓は、『姉の居るうちは往き好かつたんですけれど、姉が亡くなつてからは、往く張今の義姉は、合も愉快もありませんのよ、何だか氣の措ける人で、檜森家からは、義兄さんが大屑思に成つたと言ふから、鎭子さんの世話は是非爲なけりやならないと口では始終言ふんですけれど、私の事に付いて、義兄とは何さうだん。んな相談を爲てゐるんですか、それに、子供等でも、矢張伯ほさんとは呼ん÷でゐますけれど、血統が引いてゐない故か、何だか懐きませんの······親は無〓くつても責めて肉身の姉でも健康で居て吳れゝば······」と言葉が詰つて、見る見る鎭子の睫には露が宿る。〓往けば義理ある兄から、針で刺れるやうな話を爲れるに定まつて居るし、左樣往くには手士產かと言つて來いと言はるれば往かぬといふ我僅は言はれぬし、じ〃往つても面白くない家の態が有々と眼の前の一品も持つて往かぬば成らぬものを、學費は先月までゝ今月は送金して吳れぬ、世話をするも卒業する迄で、卒業式の濟んだ翌日からは自活するが當前とた.思つて居るのであらう、只さへ不足勝で引き足りぬものを、今月は况して何う}とも爲ることはならぬ、と、鎭子は切りに其事を思ひ煩ふ、事情を能く知つて居る鈴音は、それと悟つて、大人じ『鎮子さん、午後からでも往らつしやるが善いわ、今日はお天氣も好いんですえもの、』と、障子から外を眺める、下の運動塲には面白さうに叫んで、四五八っがもうテニスを始めてゐる、彼の人等の心は、あのテニスの球の樣に輕く跳んで苦がないのだらうと、鎭子は羨ましと見る。『お天氣なんぞは何うでもいゝけれど、田住さん、私眞實に往きたく有ませんのよ、』ニ『けれども、お義兄さんの仰しやる事に背いては惡いわ、失禮だけれども、金理想の人と、私眞實に往きたく有ませニお義兄さんの仰しやる事に背いては惡いわ、想の人失禮だけれども、金
第三錢の事なら、私何うでも爲ますわ、』:.言ひ惡くさうに鉛音は言つて仕舞ふと、と、親友の中でも金錢の不足を知らす愼ましい女の身には而目なく、こことの、左樣いへば、未だ鈴音に立替て貰つてゐるものも有るをと、二三『田住さん、私羞明が惡いわ、濟まない事ばかし爲て······義兄が義兄なんで〓すから······姉さんが生きて居れば······』と、又詫つてほろ〓〓と涙を零すと、鈴音も見て沮ぐむ。··12誰れでも親しみ易い元氣な美しい鈴音には、鎮子より外に猶ほ澤山の朋友が有1.るが沈酵を愛嬌の無い鎭子の友は同室の鈴吾只一人である、それ故、心細いご境遇にあるに付けて、何事に依らず鈴音を賴りに爲る、鈴音も多くの友が、精〓が神が空洞で淺はかな物質的にばかり傾むいて居るのとは違つて、鎭子が詩趣に富んで文學好きの點が好きで、話しが合ふので、その境遇をも出來るだけ慰めと、そし、出來るだけ助けた、他の友が言ひ合せたやうに、鎭子の執拗い陰欝な性質を識ると、鈴音は身を盾にして辯護して庇護つた、庇護れる友の蔭に、鎭子が嬉し涙に暮れたのも一度や二度では無い。鎭子は色の惡い顏を、淚で洗つて、ミ『田住さん、私若し死ぬやうな事があつても、息のある限は、親切な貴女のミ事ばかりを思つてますわ······』三三ミ『まあ、鎭子さん、其樣な延喜の思い事を······』と、鈴音は鐘子が餘りに厭なを眞面目で言ふので、眉を顰める。廊下に人の足音がして、隣の室へ、郷里から今歸校した生徒が入るのと見えて、?!笑つたり戯けたり、大勢が手傅つて柳行李を運ぶのである。息のある限は、親切な貴女の(45)理想の人
露二理想の人その四ご六七〇舎監に屈けて二人は外出した、午後から鎭子が愈よ水戶に行くことに定めたのい·十二で、朝も未だ早いから今の內に少しばかりの土產物を買つて來やうと、鈴音もS)一〓に出たのである、日本橋の方へは、若し店の者にでも逢ふと不可いといふミので、大したものでも無いからと、品物は神田で整へる事にして、其方へ出掛た。連れ立つて學校の門を出ると、射し付ける初夏の日が思つたよりも熱く、傘をミ翳しても猶汗ばむ面に時折靑葉から吹き起す風が心地よい、路幅は狹くないが凹凸の多い、此邊は、まるで田舍町だ、小さな店の駄菓子を少しばかり並べた圭箱の上に鞋が澤山吊してあるかと思へば、大きな店を何かと見れば種物屋なのである、行き逢ふ人と言へば、板橋の方へゆく小商人か此透の百姓かで、周圍(46)らく〓〓いに氣も置けず樂々と通れるので、汚穢しい肥料をつけた車が幾つも來るのを煩さげに避けながら、二人は語り合うて歩む。『麻之助さんは、此頃何うしていらつしやるの、だい、鈴音は不圖、去年髙等商業學校を出た、鎭子の從兄の麻之助の事を思ひ出して聽く。『何う爲て居ますか、此方から手紙を出しても、返事を送越すこともあるし、送越さないことも有るのですもの······』と、鎭子は沈んだ聲で、秘と、鈴音) 5には知れぬ樣に溜息を洩らす、口にこそ出さね從兄の麻之助の名は鎭子の胸に〓ほヽ)絕えず往來して居るので、卒業式の濟む迄は是れ程でも無かつたを、近頃一層1う欝ぎ始めたのも、麻之助からの便りの弗に絕えた、それが一つの原因である。『やつぱり、麹町の方に下宿していらつしやるの、』と、鈴音は何心なく〓『えゝ、左樣でせう、彼處の方の銀行へ勤めて居るんですもの、彼の男でも、ちつと私の賴りに成つて吳れると好いんですが、始終、私を嫌つてばかり居理想の人(47)
露るんですもの······、』と、口惜しさうに語る。『そんな事はないでせう、男の方といふものは、女と違つて、何かゞ面倒臭いので、心には思つていらしつても、便りはなさらないんでせう、』と、鈴音は言ひ慰める。『いゝえ、私の兩親も姉も肺病で死んだので、必定私にも傳染してゐると、そいれで私を嫌つてますの、鎭さんも今に必定、肺病になるつて······私は嫌はれ〓て居ますのよ、それでなければ······』〓それでなければ、結婚して居るものをと、心の中で思つて、自分と麻之助とは〓從兄の中で、絕えやうとして居る檜森家の血統を續けて往く者は、二人より他には無いので、高商を卒業したら、若し麻之助さへ承知なら、義兄も無論許し気 〓て、夫婦に成れるのであるものを、自分の慕つて居るには引き更へて、麻之助は自分を嫌つて居る、鈴音は慶作を嫌つてゐるが、嫌はれる身は眞實に果敢な必定私にも傳染してゐると、そ肺病になるつて······私は嫌はれそい嫌ふ者は罪が深い、今度鈴音に能く忠告して見やうと、そんな事も考へて〓す。默つて仕舞ふと、麻之助との關係を知つて居る鈴音は、鎮子の又何か考へてゐのる態を見て、言ひ出さなければ好かつたと、氣に爲ながら橫顏を窺いて、『鎭子さん、餘りお欝ぎなさるなよ、貴女、全體此節は、神經が興奮ていらつ〓わしやるわ、そんなに爲て居ると、終には眞實に病氣に成りますよ、」と、態と3戒しめる積で言つたのを、鎭子は肺脂を貫ぬかれたやうに聽いて、『あゝ、私病氣に成るでせうか、田住さん、私病氣にばかりは成りたく有ミりませんのよ、病氣といふと、直、死んだ姉の臨終の時の事を思ひ出して···...、』と、聲が切ない。た)その時、〓んで步く二人の間を押し隔てる樣に、肥料をつけた馬が向ふから來たので、二人はちよつと、右と左へ。き、癲狂院の前である。理想の人肥料をつけた馬が向ふから來
爲三理想の人その五鎭子は、姉が肺病にかゝつてからといふもの、始終その夫から厭はれて、死際手打たには殆んど虐待といふ狀態であつた事を語つて、義『それはもう、可憐さうでしたわ、今日か明日かの命と醫者が言つてさへ、P兄は、傳染するといつて、姉の側へは勿論その部屋へも寄り付かず、死際にあ一目逢ひたいから、何うぞ逢はして吳れと、姉が切りに言ふので、私が手をついて、泣いて賴んで、辛と義兄を姉の病室へつ張つて來ると、姉は口惜しいやら悲しいやらで、久しく見なかつた義兄の顏を見ると、何う言はうかと强く急き込むだので、苦しさうな咳嗽が出始めると、黴菌が飛んで出て口へでも入るやうに、義兄は袖で半分顏を蓋つて、遺言があるなら聽いて遣る〓から、顏を其方へ向けて早く話せと言ふじやありませんか、姉は怨めしさう死際(50) nに齒を喰ひ締つて、兄の顏を見詰めてゐましたつけ、それでも言ふ通りに私がの手を借りて寢返りをて壁の方へ向き直ると、『私が死んでも妹の世話は爲圭む のて下さいまし、』と、何を言ふかと思へば、私の事を賴んで、それつきり、私が縋り付いて泣いても叫んでも、もう生は無く、冷たくなつて居ましたの、、11父が死んだより、一母が死んだより、私は姉に死なれたのが、いちばん落膽しましたわ、』〓いす.いた〓〓'と、鎭子は道を歩いて居るのも忘れて、一力を入れて語る、鈴音も痛々しい其心何根を思ひ遣つて、此儘置いたら、眞實に肺病に成つてしまふかも知れない、흔うかして、最少し健康の快復するやうに爲て這らねばならぬ、夏に成つたら大磯の別莊へでも伴つて往かうかしらと考へて見る。その內に白山まで來ると、人も車も往來が繁くなつて、話などはして歩かれぬので、二人は本〓まで人力に乗つた、本〓から小川町までは電車で一息に來理想の人(51)
二理想の人その五しづこあねはいびやうし;をつといとしにきは鎭子は、姉が肺病にかゝつてからといふもの、始終その夫から厭はれて、死際ほとぎやくたいすがたことかたには殆んど虐待といふ狀態であつた事を語つて、かあいけムりすいのちいしや『それはもう、可憐さうでしたわ、今日か明日かの命と醫者が言つてさへ、義でんせん姉の側へは勿論その部屋あねモもちろんつ兄しにぎはは、傳染するといつて、へも寄り付かず、死際にひょうあああねしきあたして一目逢ひたいから、何うぞ逢はして吳れと、姉が切りに言ふので、私が手をなたのつつあにあねびやうしつひはあねついて、泣いて賴んで、辛と義兄を姉の病室へ引つ張つて來ると、姉は口惜かなひさみあにかほみしいやら悲しいやらで、久しく見なかつた義兄の顏を見ると、何う言はうかひどせくろせきではじばいきんとで"と强く急き込むだので、苦しさうな咳嗽が出始めると、黴菌が飛んで出て口あにそではんぶんかほおほゆゐごんきやへでも入るやうに、義兄は袖で半分顏をつて、遺言があるなら聽いて遣るかほそちらむはやはないあね〓から、顔を其方へ向けて早く話せと言ふじやありませんか、姉は怨めしさうしにきは死際(50) aはしば兄の顔を見詰めてゐましたつけ、かほみっに齒を喰ひ締つて、それでも言ふ通りに私てかわが、しかいまうむなほむししいもうとせoの子を備りて建造りを爲て壁の方へ向きはるゝ、私が死んでも妹の分おもあたしミたのあだして下さいまし、』と、何を言ふかと思へば、私の事を賴んで、それつきり、私すがっなさけしやうなつの〓が縋り付いて泣いても叫んでも、もう生は無く、冷たくなつて居ましたの、ちししあたしあねしがつかり父が死んだより、一母が死んだより、私は姉に死なれたのが、いちばん落膽しましたわ、』レンニみちあつゐわすちからいれかたすゞねいた〓〓そのゝ5と、鎭子は道を歩いて居るのも忘れて、一力を入れて語る、鈴音も痛々しい其心はいびやうねおもやこのまゝおほんと何根を思ひ遣つて、此儘置いたら、眞實に肺病に成つてしまふかも知れない、もきけんかうくわいふくし々なつなおほうかして、最少し健康の快復するやうに爲て遺らねばならぬ、夏に成つたら大いそべつさうともなガチみ磯の別莊へでも伴つて往かうかしらと考へて見る。うちはくさんくひとくろまわうらいしげはなしかるその内に白山まで來ると、人も車も往來が繁くなつて、話などはして歩かれぬふたりほんがうらのほんがうをがはまちでんしやひといきので、二人は本〓まで人力車に乘つた、本〓から小川町までは電車で一思に來理想の人(51)
おaccess bo nて、小川町で下りると、明治32年玩具の汽車と人形とを買つて、義姉へは、下戶の義兄へは餅菓子を一折、赤のれん、で、半襟を一かけ、それ〓〓に氣をミ付けて、それで用は達したので、後は鈴音が雜誌店で新刊の雜誌を買つたり、ニ:小間物屋で造花の簪を見立てたり、唐物屋の前を通ると、見るともなく見る流行の蝙蝠傘や美しい夏肩掛に惹き付けられては、自ら靴を留める。は折しも齒磨きの廣〓隊が齒の浮くやうな、キイ、キイ鳴る樂器を鳴らして行音に氣を取られて鈴音は茫然爲てゐると、列を立てゝ來たので、鎭子は、ちよつと、其袂を引いた。呀と思ふと、向ふから神坂博士が片手に書物を抱へて、片手に杖を振つて、ずむん〓〓此方へ來るのである、鈴音の胸はどつきりして、何う挨拶したものかと〓ら·思つて居る內に、男の足の早くも自分等の前へ來たので、二人は差明惡く丁事に挨拶をすると、顏は知らぬが、巢鴨の學校の女生徒であらうと、博士は帽子(52) 13)を取りながら、容貌が人の目を惹く華美やかな鈴音の方を、ちよつと見た儘、輕く會釋して行き過ぎた、行き過ぐる後姿を熟と眺めて、曲まぬ高い背に、仕立の好い洋服の能く相應したスタイルは、何うしても歐羅巴人だ、と、鈴音は〓思つた、頰は逆上せて、紅に染まつて居る。『神坂先生は、立派な方ねえ、』と、流石に鎭子も感じたか、何氣なく言ふと、鈴音は香水の匂ふハンケチを出して、『貴方も、さう思つて······、』と、汗ばむわナ井ch額を押へて、猶胸を躍らした、思ひがけなく先生を見たことの嬉しく、先生は自分の方を見て居られたと、それも嬉しく。一三舍監室その一±直人力車にして急いだので、歸途は電車から下りると、含監室十二時過には學校に着
3.いふたりおけにみ門を入る二人の姿を見ると、3.いふたりこ,いた、門を入る二人の姿を見ると、何處からか、のつそりと白痴の平が出て來て、たまきせんせいますゞねかほみす『玉木先生が待つてるよ、』と、鈴音の顏を見て、にやりと爲る。ほんとうおもnひとりご『眞實かしら、』と、思はず鈴音が獨語と、いめくらじまつヽツぼこんもめんおび『はやく往きな、』と、平は盲目縞の筒袖に紺木綿の帶を、だらしなく〆めて、かたちんばさつけたにたけはうきしつヽた片跛の古下駄を穿いて、竹箒を持つて突立つて居る。べんえヤらうこつちニみもんぱんおおほごとさけ『こうら平の野郎、此方來うよ、』と、見付けた門番の爺が、向ふから大聲で叫せむいしんだので、くるりと背を向けて、のそ〓〓と往つて仕舞つた。はるやすみをはにちらしんがくねんじゆげふはじきくゆくしやせいと春の休暇も終つて、二三日の內には新學年の授業が始まるので、寄宿舍の生徒おひ〓〓かへつふたりけさ〓だいぶかへきみしつことは追々歸校て來る、二人の今朝の留守の間にも大分歸つて來たと見えて、室毎だんせうi2やうきなふたりしやかんしつたまきせんせいに談笑の聲が殖えて陽氣に成つてゐる、二人は含監室へ往つて、玉木先生に挟さつたまきねはなミひろにん拶を爲ると、玉木は鈴音に、ちよつと話したい事があるから晝飯が濟んだら來こ何處からか、は〃,てきのつそりと白痴の平が出て來すにやりと爲る。だらしなく〆めて、(54)て吳れと言つた。たまきひさよ〓しんきんのうしむすめくにいたミはう〓るわかとき玉木壽代は、維新の勤王の士の娘で國を痛む父と共に方々を流浪して若い時かさま〓〓しんさんなっいまごきぢよがくせいゆめみけなげけいれきら樣々の辛酸を甞め盡くし、現今の女學生などが夢にも見られぬ健氣な經歷をきかつこんにちおほひとそんけいとくばうあつもとゐハ經て來たのが、却て今日多くの人に尊敬せられ、德望を飛むる基を作つたので、しやくわいぢよしにんたつとかんとくいくひやくせいとじはしつか社會よりは女子の摸範として尊ばれ、監督する幾百の生徒よりは慈母の膝下になづ〓けいあいはらじふねんこのかたかうちやうしんらいしやかんたく懷くが如き敬愛を拂はれて、此校に十年以來、校長から信賴されて舍監を托さゐまかうちやうかいぐわいけういくしさつてるけうとうれて居るのである、目下校長が海外へ〓育の視察に出かけてゐる留守をも數頭おもたまきせきにんもつごしまよりは重に玉木が責任を持て取り締つてゐるのである。ミ年輩は五十を越して居る筈であるが、しこ〓はず早くから寡婦になつて子を持たぬ其故もはやけそのせいこわか〓〓くらくなづまくつたくなさときろももおのづかあらうが、何處か若々しく、苦楽に拘泥ぬ屈托の無い悟り切つた心持は、自らかほかたちあらひろひたひめ69ひきなづにうわさうしめ容貌にも現はれて、廣い額つきから眼元に、人の懷く柔和な相が祝されて居る。きりがみいつもきよしろえりきくろつむぎひき切髪にして平常〓らかな白襟に、定まつて黑紬の被布を着てゐる。舍監盜(55)
すゞねはいにほんふうしつらIしやかんしつまいさむか鈴音が入つてゆくと、日本風に裝置へてある八曼の舍監室に、窓の側の机に向こちらせむたんぜんすわ〓つて、此方へは背を向けて端然と坐つて居る。ぜんがくまなせんせいざぜんしミいさう『禪學を學んでゐられる先生は、能く坐禪を爲て居られる事がある、今も左樣じ、わっすゞねちうちよではないか、入つては惡いかしら、』と、鈴音は、ちよつと躊躇してゐると、しよもつごおとしてかこなたむなほばたり、と、書物を閉ぢる音がして、徐に此方へ向き直つて、たずみこちらゑがほつくしろ、田住さんですか、ずつと此方へいらつしやい、』と、笑顏を作る、すゞねゐやまた.ゑしやくたここゝろす『はい、』と、鈴音も愼ましげに居住ゐを正しながら會釋する、何やら心の澄むかをりおもミまかうろけむりたのはやうな香のすると思つたは、床の間の香爐から一縷の烟の立ち上る、それであつた。たやみさきほどつかさんおひさよなにげ『田住さん、先刻、お母樣が見えましたよ、』と、壽代は何氣なく言ひながら、まどがらすさしやくひらにこちくうきか窓の硝子戶を一尺ばかりも開いて、立て籠つた空氣を入れ替へる。こけうしつたてものみわざよつめがきゆ此室からは、〓室の建物は見えずに、態とらしからず四垣目を結うていくらかまいさむか窓の側の机に向(56)うゑこみじゆもくうつくてにひろそばもみちおうつく前栽めかして樹木が植ゑてある、八手の葉を擴げた側の、紅葉の芽が美しい。せんせいはすゞねひさよかほみまじひたふるおどろ『先生、母がまゐりまして、』と、鈴音は、壽代の顔を見守つて、一向に驚くを、さうなづ然もこそと、點きながら、ますゞねあまを『もう少しお待ちになつて、鈴音さんにお達ひなすつたら、と申したんですが、おつさきほどかへりお急ぎとか仰しやつて、つひ先刻お歸宅になりました、』すゞねなにゆゑにきあかラおもわづさまみかほいろ鈴音は何が故に母が來たかと、斯樣か此樣かと思ひ煩らふ樣の、見る〓〓顏色あらはに現るゝを、たやみつかさんすつかり;)じヾやううかひさよにうかほ.『田住さん、お母樣から全然お家の事情を伺がひました。』と、ゑ笑んで、たやみまたよ『田住さん、』と、又呼びかける。すゞねさてさラエニかた'.ニオこ『は、』と、鉛音は、偖は左樣かと、何を言はれるかと、肩を縮めて、聲を小さつくてにひろそばもみちおうつく八手の葉を擴げた側の、紅葉の芽が美しい。すゞねひさよかほみまじひたふるおどろ鈴音は、壽代の顔を見守つて、一向に驚くを、みかほいろ見る〓〓顏色つかさんすつかり;)じヾやううかお母樣から全然お家の事情を伺がひました。』と、ひさよにうかほ.壽代は柔和に微エニ何を言はれるかと、かた'.肩を縮めて、ニオこ聲を小さ舍監室
露一四舍監室その二ひさよすこひざす壽代は少し膝を進めて、やみごいやうしんあなたかていひとなミミニきばう『田住さん、御兩親は貴女が家庭の人とお成りになる事を、ありませんか」すゞねつぶりさ『はあ、』と、鈴音はだん〓〓頭を下げる。くはこじゞやうあなたこゝろさつたまわたくし『委しく御事情をうかゞふと、貴女のお心もお察ししますが、又私、=しんちうさつ御心中もお察しします、』〓ニきばう御希望ださうぢやごりやうしん御兩親の(58)たやみわたくしおけひときくだかあさ『何うでせう、田住さん、私の考へも一つ聽いて下すつては······斯うして朝にはんひとがくかううちおしちよくせつかんせつあなたがたせし晩に一つ學校の中に起き伏し爲て、直接に間接に貴女方のお世話を爲てゐるせんせいおほぜいかあいむすらもゐきたれひとりまヽこと、先生は、大勢の可愛い娘を持つて居るやうな氣がします、誰一人繼兒にしどなたわらミなかげゆくすゑかうふくいのは爲たくない、何方にも惡い事の無いやうにと、蔭ながら行末の幸福を祈つなかミあなたかうちうすぐかたなかでうてゐます中に、殊に貴女は校中でも勝れた方なんだから、世の中へ出た上でないひとひなんなわたししいうおもも、猶のこと、人から非難されることなどの無いやうにと、私は始終思つてゐます、』ごろうやまなつ〓たまきせんせいこんじあいふかことはす.日頃敬ひ懷いて居る玉木先生から、此樣な慈愛の深い言葉をきかされて、鈴音そ、あかしらさがことはつまでなみだの ひとしづくはかまは座ろ有りがたさに、頭のみ下つて言葉は咽に詰つて出ぬ、涙の露が一雫、袴ひざひだつたの膝の襞を傳ふ。ひさよなほねつしんまごヽろほじゃことばしづ壽代は猶も熱心に、眞心から迸しる辭徐かに、たすみあなたかうどうけういくひとでがくもん『田住さん、貴女も、高等な〓育をお受けなすつて、人に勝れた學問も持つてこのうけういくがくるんゐられるのだから、何うでせう、此上は、その〓育と學問とを活用なすつては、』すゞねせんせいこゝろはかなほだま〓鈴音は先生の意を量りかねて、猶默つて居ると、舍監室どなたわらミなかげゆくすゑかうふくいの何方にも惡い事の無いやうにと、蔭ながら行末の幸福を祈つミあなたかうちうすぐかたなかでう殊に貴女は校中でも勝れた方なんだから、世の中へ出た上でひとひなんなわたししいうおも人から非難されることなどの無いやうにと、私は始終思つても、なほだま〓猶默つて居ると、
露くわつようけうしなしよもつらまたくわいニー何『活用といふのは、〓師に成つたり、書物を著はしたり、又會を起したり、そのやうミすひとさんも其樣な事を爲るのではありません、まあ、譬へてみれば、人はお麩どんのすしごとはしたなひとくちわたくしすしミはしたな爲る仕事を卑いと、一口に言ひませう、私は、爲る仕事が卑いのでなくつて、すひとはしたなあおもなるほどむけういくこヽろもちいやしをんな爲る人が卑いからで有らうと思ひますよ、成程、無〓育な、心持も、卑い女こめかしおまえしたたつきさわさがいが米を炊いだり、竈の下を焚き付けたりするから、水仕業といへば一〓にはしたなしごとおもがくもんけういくひと卑い仕事に思はれるのですが、それを若し、學問もあり〓育もある人が遺はあひきさわざすそのひとじんかくにはかされる場合があつたら何うでせう、水仕業を爲るがために其女の人格が俄に下るじんかくひごゆづミもらできでせうか、-人格といふものは、他人に讓る事も貰ふことも出來ないものあんしてなじんかくさかでせう、安心して居つて好いぢやありませんか、-人格が下るどころではかへつあがおもかへつおくゆかたやみない、却て上ると思ひます、却て奧床しいぢやありませんか、ねえ、田住さあなたせんせいわたしニくだわたしものおきん、貴女は、先生々々と、私を敬まつて下さるが、私が若し今、物置へ往つまきbごまきわたしみせんせいあがたて薪を割つたら何うなさる、薪を割る私を見たら、もう先生と崇めるに足ら(60)をんなおもわたしおじぶんしゞうじぶんまきもぬ女にとお思ひなさるんですか-私は若い時分には、始終自分で薪を割り9. =はんたまきわかぎかごミニました-御飯を焚いたり新を割るには限りませんが、なにしろ家庭の事にむちさをんなてんしよくまつたあなたがたがくもんし携はるのは、女の天職を全うするといふものです、貴君等のやうに學問を爲ひとよなかでかてい{りつばかこできらかていた女がどん~-世の中へ出て家庭を作れば立派分家庭が出來る、立派な家庭たくさんつくあたたがたけういかうちやうおシ澤山作らがかめめ貴貴なをい育のが校長ろんの重うを置かれてんてゐる點です、』ひさよこん〓〓かたしなすゞねいまかうとうけういくうぢよがくせい壽代の懇々と斯う窘めたのは、鉛音も今の、高等〓育を受けた女學生に、ともあ~おちいかていまおもなすれば有りうちの弊に陷つて、家庭に入ることを詰らぬものゝやうに思ひ做しなまいきどくしんろんた〓かんがて、生意氣な獨身論なんぞを立てゝ居るのではないかと、考へたからである。すゞねつゝしコノカン振替うおおのてみつ鈴音は愼んで點きながら、袴の上に置いた己が手を見詰める。(61)舍監室
露一五舍室その三つかさんあなたはいぐうなかた『それから、お母樣からうかゞふと、貴方には、配偶に成るべき方が、おありなさるさうじやありませんか、』すぐねににかほうほておほかたがくもんなあたた『は、』と、鈴音は俄に頬の殻るを覺える、『その方に學問が無いから、貴方がおきらつかさんおつたすみモほんどう嫌ひなさると、お母樣は仰しやつたが、田住さん、夫れは眞實ですか、若し、ほんとうわたしまなミ眞實なら私は申したい事があります、』せんせいしつかりきゐことニざ『でも、先生······それは、確固定まつて居る事じやないんで御坐いますもの···あなたはいぐうなかた貴方には、配偶に成るべき方が、おあり(62)す.ねうつたあはこごとれい鈴音は、訴へて憐れみを乞ふが如く、ひさよにつこりほゝゑ壽代は莞爾と微笑んで、つかさんさうおつ『それでも、お母樣が左樣仰しやいましたよ、れいちからひとみうご例の力ある瞳を動かして、せんせいみ先生を見と、る、あなたわがま貴女の我儘でせう、』と、ますまほ益す微三笑む。すゞねふたくびた鈴音は再び首を垂れた。しづこくちさたすゞねさただれわはつきり鎭子は口よりも筆の立つ方であるが、鈴音は筆も立つが、談話も判明として居ものおたちけふやさやうげんかくひさよ·かゞみて、物に惟ちゐ質であるを、今日ばかりは、後しい樣でも感倍だ喜のの鏡のまへひだこヽろくもりうつ))きとがたゞゐさ前へ引き出されて、心の墨までも映される樣で、氣が咎めて只展縮んでゐる。たやみあたたニtぶんだけかたえらぶど『ねえ、田住さん、貴女は御自分が何れ丈その方より豪いとお思ひなさる、あナたよよこもじたかよあなたじらかた貴女の讀む橫文字がその方には讀めないかはりに、貴女に、一日でもその方かはみせし!できしかあたたがくもんあなたじしんすこに代つて、お店の締め括りが出來ますか、然も貴女の學問は、貴女自身に少ひかりつゐすおほみせとりひきまいにちしまいしばかりの光を附けて居るに過ぎないが、大きいお店の取引を每日締つて行かたほとしミまいにちししやうげふじやうかれるその方は、何れ程の仕事を每日爲てゐられるでせう、それに、商業上はたらきあかたおんたた·には技量の有る方だといふぢやありよせんか、同じじやありませんか田伯さがくもんせいだしやうはいせ、だことばかるん、學問に精を出すも、商賣に精を出すも、え、何うでせう、』と、言葉を輕舍監室(63)
露きチはさじまたとく切つたが、再び爽かに又說いた。たやみリさうげんじつしようとつ=ぞん『ねえ、田住さん、理想と現實とは衝突するものと言ふことは御存じでせう、けいけんなかとき:まあなたしん券3)未だ、貴女は經驗が無いから、お信じなさるまいが、若い時に書く理想といきらゆめげんじつしようとつくだとききつとふものは、全然で夢のやうなもので、現實と衝突して碎ける時は、必定ありゑがりさうおほほどくだときしつばうきつとおほます、書いた理想の大きい程偉けた時の失蒙も必定大きいのですよ、」なにへんじひさよだまみすゞねうなづ何か返事を爲るかと、壽代は、ちよつと默つて見たが、鈴音は只點いたばかりである。へいばんひとわたくしニんやかまちうもんまなあなた『これが平凡な人になら、私此樣な姦しい註文は申しませんけれども、貴女ひとすぐところすこしひとでないさまなは人に勝れた所がおありなさるから、少は人に勝れた豪い事をお爲せ申したおもかミまをにつこりいと思へばこそ、斯ういふ事も申すのです、』と、莞爾して、しゆみじやういやり()おもわたくし『趣味もない情もない、脈な理窟ばかりを言ふとお思ひなさるでせうが私わかむかしあいろミニかんがふるとても若い昔は有つたのですもの、種々な事を考へたり思つたりしたことも(64)ああったむねなかわかゐひとあしさきうま在りますから、貴女のお胸の中は能く解つて居ます、が、一足先へ生れて居、わたしめみそまかんがへわかまをる私の眼から見ると、夫れは求だ考が若いと、何うしても申したくなります、わかなほよかんがへこらんこざ何うです、お解りになりましたか、猶能く考て御覽になるが好う御座んす、」ひさよすゞねかほみと、壽代は鈴音の顏を見た。あゐまどあんた=ひかりゆらなまねるかぜひざて開いて居る窓から、靑葉に午後の光が搖いで、生溫い風が吹き入る、膝に手をかさせんせいたんねんほゝゑ重ねて先生は端然と微笑んでゐられる。=けうくん=ぎすゞねきやうしゆくていねいじ『いろ〓〓御〓訓を、ありがたう御坐います、』と、鈴音は恐縮して、丁寧に辭ぎし儀を爲た。をしものをしへうものしはらくさうはうむごんときたゞおきどけい〓ふる者と、〓を受くる者と、暫時は双方無言の時を、只置時計のチクタクがつな繋ぐなまねるかぜ生溫い風が吹き入る、ひざて膝に手をすゞねきやうしゆく鈴音は恐縮して、ていねいじ丁寧に辭をしへうもの〓を受くる者と、しはらくさうはうむごんとき暫時は双方無言の時を、たゞおきどけい只置時計のチクタクが舍監室
露一六舍監室その四ちようど其時、小遣が、玉木に面會人の有るよしを報じて來たので、鈴音は、よき機と引き退らうと爲たが、思ひ出して、『あの、先生、』と、膝の邊へ手を突いた。『何ですか、』と、壽代が尋ねると、= :) (『あの、先生、是れは別の事で御座いますが······檜森さんの事で、彼の方は、ミいろ〓〓御不幸な事があつて、此頃は强く欝いでいらつしやるんで、私も心おじ、(, =配してゐるんで御坐いますが、もし、先生、家庭〓師の口でも御座いましたら칸ミば、何うぞ檜森さんをお世話下さいますまいか、』と、鈴音は友の身を賴む、ミえ『はあ、私も彼の女の事は氣にかけて居ます、眞實に可愛さうな身の上で、何生なら此學期から、豫備科の助けでも頼まうかとも思つて居ますが、何にせ、鈴音は、今は校長さんの御留守でも有るし、私の一存にも行きませんから、其内〓頭=つ)さんに御相談して、何うにか都合の好い樣に爲てあげる積です、今日は水戶へ行くやうな屆がありましたが往くのでせうか、』きお『はあ、支度の出來次第行くと仰しやつてます、』それで話は濟んだので、鈴音は舍監室から引き退つた。廊下へ出ると、平常のテニスの連れが切りに誘つたが、無理に斷つて、玉木先in生に說得された事を思ふ、先生の說得に理は有ると思へど、迚も自分には行へ〓さうにもない、若し行ふ事が出來たらば、自分は先生の仰しやる通りに豪い者であらうが、行ふだけの意志の自分に無いのが耻かしい。か.か、二階の端の自分の室へ歸ると、鎭子は獨で机の周圍を引き散らして取り片付け〓を爲て居る、柳行李も風呂敷包も出て居る、着汚した綿入やら羽織やら、古び〇〇た袴や襦袢や、丸めて突つ込んであつたのを取攘げて、何り始末を爲やうかと、舍監室(67)
露はい、鎭子は眺めて居る所である、鈴音の入つて來たを見ると、案じ顔に『先生から何んな御話が有つて、』と、聽く、鈴音は濕んだ眼をして情然と己が机の前へ座りながら、『先生に叱られたのよ、』と、常の元氣が無い、『貴女がお家へ往らしやらないつていふ事でしよ。』ミ『まあ其樣事よ、私やつばり自分が惡いと思ひますわ、先生の仰しやる事が眞實なのよ、あゝ······』と、溜息を吐いたが思ひ付いたやうに、周邊を見廻はして、『それはさうと、貴女是から水戶へ往らしつて、」い『えゝ、もう人力車まで賴みましたわ、今から往けば、ちようど汽車の都合も好いんですの、』う) aか、ら『さう、其解物はお家へ持つて往つて、縫ひ返してお貰ひなさるが好いわ、』(68)ちようど汽車の都合もaか、ら縫ひ返してお貰ひなさるが好いわ、』ご『さうよ、私左樣爲やうかとも思ふけれど、又義姉が面倒がつて厭な顏をするだらうと思つて、止めやうかとも思つてますの、』〓いと、鎭子は、大分垢の附いて居る瓦斯絲の細入の樣を引の張つて居る。(I)鈴音は机の引出しから何か出して、紙へ包んで鎭子の側へ寄ると、片手へ夫れを握らせながら、ふい『鎭子さん、惡く思はないで遣つて頂戴、もつと上げたいが今は是丈しか無くつて······いもつと上げたいが今は是丈しか無くに鎭子は呆れて握らせられた物を見ると、五圓札である、『あら、田住さん、私此樣には要りませんわ、少しは未だ殘つてるのも有るんですもの、』つ『いゝえ、好いのよ、私貴女には何樣にでも爲て上げたいんですもの···後を向いて知らん顏を爲て見つて下さらなけりや私怒つて仕舞ふわ、』と、含監室つ貴女には何樣にでも爲て上げたいんですもの···後を向いて知らん顏を爲て見怒つて仕舞ふわ、』と、
路せる態に、日本橋で育つた勝氣な娘氣が出る。〓『ほんとに私は······』と、鐘子は五圓札を見詰めて居たが、「そんなら田住さん、拜借します、御親切は忘れませんわ、』と、ほろり、と爲る。ミ『檜森さん、人力車が參りましたよ、』と、誰れかゞ聲をかける、ごミ『ありがたう、』と、鎭子は返事を爲て置いて、汚れた衣類は又元の通り行李や〓ふ風呂敷へ整めて戶棚へ納れて仕舞つて、し.に今朝買つた土產物と、オーヅオースの詩集とを、藤の花の付いた新らしい唐ちりめんの風呂敷へ包んだ、身仕度は今朝の儘で、別に髪一つ掻き上げやうとも爲ぬ、風呂敷包を持つて立上ると、『それでは、田住さん往つて來ますよ、』鈴音は蝙蝠傘を持つて遣りながら、る『貴女が居ないと、今夜は寂しいわ、島川さんに泊りに來て貰ひますわ、」ノ·十左樣なるいよ。」を鏡了は發低く笑ひなが。主本分生に接接を云に(70)人力車が待つて居る、て、鈴音と共に昇降口へ出る、『それぢや、鎭子さん往つていらつしやい、私も明日は、家へちよつと往つて來ます』『あゝ、それが宜しいでしよう、そんなら、さよなら、」『さよなら、』',それと知つて、他の朋友も大勢見送りに出て來て、『指森さん、さよなら、さようなら、』と挨拶する、車夫の梶棒を擧げる車の上で、搖られながら此方を向いた鎭子の顏の、「平素から色の白い女じやないが、紅一つ潮さぬから居に赤みと云〓1:ふものが無くつて、顏色といつたら土色を爲て居る、目が少し釣つて鼻の隆いのが猶さら愛矯の乏しい、氣も心も顏附まで、何て淋しい女だらう、それで私許りを賴りにして、』と、鈴音は下駄箱の蔭で友の後影を熟と見送つた。家へちよつと往つてそんなら、さよなら、」(71)含監室
福一七我家その一しやうにんいへみえほうこうにんてまへきんじよてまへいやわゆ商人の家には虛飾といふものがある、奉公人の手前近所への手前、我家へ往くすゞねゑみうつくきかざておほぜい;ひそでひうつく鈴音は繪に見るやうに美しく着飾つて出た、大勢の友は目引き袖引き、美しいひとしあはせひとうらやあながかついろあらしまおめしむにしろりんず人、幸福な人と美ましさうに飽かず眺める、褐色の荒い縞御召の裕に、白綸子えりわざあははかまうすぶだうはくはうはかみからの襟を態と、きゆツと合せて、袴も薄葡萄の琥珀の方を穿いた、髪も平常よりたん.とき019ゆにくいろおもさまちほまへがみむすは念入りに時を費して結つて、肉色のリボンを思ふ樣大きく前髪へ結んだ。おしろいくちびるせいやうぺにさかほいき〓〓:00はな白粉はつけぬが、唇へ西洋紅を彩した顏は、活々として、丸みを持つた鼻からひたひ、りんくわくうる5もとさえ〓〓ゑたびふかふくばりやうほう額の輪廓の麗はしく、ぱつちりした眼元が冴々と、笑む度に深い笑醫が兩の頰きんどけはかましたおしんじゆめちのひとひだりなかにいる、金時計を知れぬやうにの下へ押し込んで、眞珠の指輪を一つ左の中ゆびはうごはかまな指へ箝めた、動くたびに袴がさやさやと鳴る。へうきんしまかはわざ〓〓みき瓢輕な島川といふのが、態々見に來た、(72)たやみじつびじんあなたせいやうざうし『田住さんは實に美人だわ、貴女は、そら、何時か西洋の雜誌に有つたクレオバぶかほトラの繪ね、あの顔に似ていらつしやるわ、』かたと、肩を敲く、ゃしまかはコケツト『厭よ、島川さん、クレオパトラだなんて、妖婦じやありませんか、似て居るひどすゞねたんけそでたかたよなんて酷いわ、』と、鈴音は脫いた平常着を袖疊みにして片寄せる。たやみかんざかせんせいみ『田住さん、そら、神坂先生が見ていらつしやるツ、』おも『えツ』と、はつと思つて振り返ると、ニつくゑうしやしんはさみとあかんざかせんせいみなさん『そら、此處に、机の上にさ、』と、寫眞挟みを取り上げて『神坂先生は皆樣がすうはいまたもととほお崇拜ね、』と、又元の通りに置く。しまかはなにこヽろいすゞねむねあやとヾろ島川は何心なく言つたのであるが、鈴音の胸は怪しく轟いて、ひどびろうどしやしんはさつくふ2しま『まあ、酷い、』と、言つた儘、天意絨の寫眞挟みを机の上へ伏せて仕舞つた。みんなまた(三うちいぞすゞねおくかうでむる、皆に又いろ〓〓な事を言はれぬ內にと、急いで鈴音は學校を出て、人力車の拾我家似て居る
端乘をして本〓まで、それからは例の通りに電車に乘つて、須田町で乘り換へてにからは、もう我家までは直、父や母が何と言ふであらうと、俄に慕はしいやらミいほ〓〓懷しいやら、又廃作が何んな顏を爲るかど、夫れは怠々しいやら氣の春なやら、つ)に其間にも電車は大通りを矢の樣に走つて、時の間に日本橋へ來た、久しく見ぬIs我家の河岸の庫が、もう直其處に見える。さをり〓〓あざや電車から下りると、少し長めに穿いた袴の裾から、磯色の裏を折々鮮かに飜へして、此邊には珍らしい女學生の姿を、前の靑物屋の若い者共が早くも見付け〓て、見て居るも構はず、寛潤に鈴音は、店に並んで建て續けてある、藏造りの我家の格子をするりと開けた。크づかひ;出て來た小間遣が、『まあ、お孃樣』と、奧へ注進に飛んで入ると、靴を拔いてにぶ。上る間もなく、早や懷しい母の聲が聽える、帳塲から立上る父の擧動も思はれる、茶の間まで來ると、(74)る、〓『まあ、鈴ちやん、』と、藏前の座敷で針仕事を爲て居たと見えるはは、指貫も箝めた儘でいそ〓〓と出て來て、暫く見なかつた娘の姿を見上げ見下ろし爲ながら、『やつとこさと、來て吳れたねえ、』と、何だか泪を眼に溜めてゐるやう、鈴音ミは俄に申譯の無い濟まぬ事を爲たやうで、挨拶を爲た儘、例のやうでも無く打〓俯いて坐つてゐると、後には何時か父が來て居て、『鈴や、大分長いこと來なかつたな』と聲をかける。〓『えゝ、』と、鈴音はうつ俯いた儘微笑んで、持つて居る手巾を繩の樣に捩る。一八我家その二う『別に御變りはなくつて、』と、我家鈴音は愛嬌を作つて父の龍を見る。
露ニ ミい?。來たらば怖い顏ばかり見せて居て、ちつとは手强く痛め付けて遣る積であつた圭禮造は、何もかも忘れた樣に、ほく〓〓と悅んで、煙草盆を提げて對合に生つて、『何故來なかつたんだ、』と、娘の顔を珍らしさう、『だつても父樣、忙がしいんですもの······、」121『忙がしい、何が忙がしい、』一『だつて、忙がしわ、學校の事が忙がしいじやありせんか、」と、鈴音は甘えるき樣な眼をして、少し袴の膝を橫にしながら、『母樣、昨日來らしつて下すつたんですつてわえ』で勝手へ何が命令に立つに往つた母が、又來たのを見て言ひ掛ける、『往きましたともね、』と、お勢喜は、さつさと、禮造の煙草盆を片手に提げて、の方へお出でよ、「さあ、鈴ちやんや、此處は何だから藏前所天、彼方が好う鈴音は甘える御坐んす、』と、片手には座布團を持つて立つと、禮造も鈴音も其方へと立つ。s土一升金一升の大江戶の眞中に建てた家居は薄暗い、隣の土〓や自家の土藏じ の影で、日がな一日、一尺四方程しか日日當當ぬ中庭の、それでも小さい築山いと池とが形を成して、石燈籠も有れば五月躑躅も咲いて居る、池には其處を廣한ごいい世界にして緋鯉が幾尾か游泳いでゐる、その池とても、鈴音が幼ない痛氣盛ちの時、父に强願んで無理に狹い所へ掘らしたものである。coお勢喜は久し振に來た鈴音への馳走拵へを、女中委せでは加減が惡からうと、勝手へも立ちたけれど、又娘と久方振の話も爲たく、慶作の一件の夫れより先へ、彼れも是れもと言ふ事の澤山あつて、順序も立たず、a『鈴ちやんや、』と、素顏でも色白の美しい而差を嬉しさうに見て、ミ『お前さん、汚れた冬物は何うお爲だい、』と、聽く、『何うつて母樣、學校に置いて在つてよ、』我家
露おあすつかりと2ものあら『置いて有つてじやありませんよ、全然、解くものは解き、洗ふ物は洗つて、したてなほなビけ仕直立さないじや不可ませんじやないか······何故、今日、持つてお出でゝなかつたの、』かあさんあたしあるきこんなりひるひまちろ『だつても母樣、私歩いて來たんですもの、此樣な姿をして、晝日中着物のろしきづゝみもあら包んだ風呂敷包なんか持つて、步けやしないじやありませんか、」なるほどひんきれいなりぶかつかうろレンチ云ある成程、その品の好い奇麗な風をして、無格好な風呂敷包を持つては歩けまいとがてん合〓して、こんどたとす)わすシ『そんなら、今度誰れぞに取りに遺りませう、それから、鈴ちやん、忘れない內もやすゐてんぐうさまおふだじょに言つとくが、何時か持たして遣つた水天宮樣の御れね、彼れはちやんと帶あげなかい上の中へ入れといたかい、』だsこうわすおもだうろ『え、お札······え、在つてよ』と、實は忘れて居たのを思ひ出して、胡亂々々ニハと答へる、2ものあら洗ふ物は洗つて、持つてお出でゝな(78)-こうわすおもだ實は忘れて居たのを思ひ出して、うろ胡亂々々おびあげなか「帶上の中へ納れといたかい、」『いゝえ、』あほんとまへさんいひとし),なひと『いゝえじや有りませんよ、眞實にお前樣と言ふ人は仕樣の無い人だ、あれはあらたなくしものあときみづなかうかゞひお前、灼かなんですよ、失物が有つた時なんぞ水の中へ入れて伺をたてるとこなひださみせはなしだ···此間もお前、店でね······』と、話出さうとすると、そんなつまかあさんきうちけ:『其樣詰らない事母樣』と、聽きもせずに打消して仕舞ふ、つまミ『詰らないつて事があるもんですか、』かあさんそんミめいしん『だつても母樣、其樣な事は迷信ですわ、』めいしんなんき、『迷信だつて何だつて、お前······めいしんミはんKあること『迷信なんて事は野蠻の國に有事ですもの、」ばん『野蠻ですとえ······』なんそばふたりゐミおぼろげみしれいざう1.何だか側の二人が、ごた〓〓言つて居る事は廳氣に耳に爲ながら、禮造は鈴音-(79)れいざう1.禮造は鈴音我家
露ニ、ひ聽かせやう、量の眼序を考えてでん〓〓とと輩葉の吸急ばか居る。6ミ女中が茶盆を運んで來る、菓子鉢を持つて來る、京燒の、上が角で底に丸みをに:持つた、牡丹を燒き付けた菓子外には梅花亭のどら燒が入つて居る、どら燒は小さい時から鈴音の好物の菓子である。(80)一九我家その三『鈴や、』と、禮造はあらたまる。う、u.通りの電車が耳に付いて響く。『なんですの、父樣、』と、鈴音は手巾を兩手で揉みながら、瞬を爲て答へる。さ〓き『お前、何時迄學校に居たつて切やあ無いやね、もう、家へ歸つたら何うだ』「私·····だつても、未だ勉强が爲たいんですもの、』20『勉强が爲たけりや、家で爲するが好いやね、』『だつたつて此楼な騷々しい中ぢや出きや爲ませんわ、」·茶筒やら湯冷しやらを觸つて、丁寧に茶を出して居たお勢喜は働から、商人の家に生れて居ながら生意氣:)『鈴ちやん、其樣な我儘をお言ひでないよ、な、』と、嗜めると、〓さ『まあお勢喜は默つて居なよ、』と、禮造は靜に制して、『なあ鈴や、父樣も此頃はさ體がめつきり弱つてな、』と、肥つた體を大儀さうに搖る。『御酒をあがり過ぎる故ちやなくつて、』と、鈴音は、さういへば小髪の白髪がち、俄に目に付くと、父の顏を見上げる。『いゝや、夫ればつかりじやあない、歲の故だあな、斯う身體が弱つちや何時ニ死ぬか知れやあしない、己が死んだら此身代は何うなると思ふ、お前もちつ我家(81)
露かう〓〓たあ、其處を思つて孝行を爲て吳なきやあ困るじやないか、」u父の聲はしんみりと胸に反應へる、流石に心細さうに、其頸短かに、はちきれたる樣に肥え過ぎてゐる父の五體を見詰て居たが、に『母樣、父樣はそんなに此頃お體がお惡るいの、』と、母の方を向く。お勢喜もちよつと、眉を顰めて、츠『父樣ばつかりじやありませんよ、母樣だつてもお前、此頃じやあ全然弱つておね、もう始終溜飮が起つて困るんだよ。』三の入つて居『さう、』と、鈴音は心配さうに溫順やかに答へる、お勢喜はどら燒る鉢を取つて、お撮みと眼で知らせたが鈴音は首を振つた、禮道が一つ撮む。〓)ニ'〓か、『なあ鈴や、其處を考へて、お前も家へ歸るのは厭だらうが、孝行だと思つてな······厭だらうが······』と、慶作の事は態と言はずに禮造は疊みかける。「こんなに父樣とがお、びなきるなら家へ臨らないことは有もませはちきれに母の方を向く。此頃じやあ全然弱つて(S2)わ、』か、『家へ歸るかい、』〓『えゝ、家へ歸つて······その代り獨身で居ますわ、」と口を結んで鈴音は打俯く。『これ、夫れじやあ不可い、それに付いちやあ玉木先生から何かお話が有つたらう、』と、禮造は膝を搖りながら菓子を頰張る。む.玉木先生を思ひ出すと鈴音も行詰る、玉木先生の說得は深くも胸に徹みたので30ある、昨日の今日であるから觀然とは悟り兼ねるものゝ空には公ない積で二三から、それを言はれると困り入るのである。お勢喜は自烈たさうに、『先生も、さう〓〓親に剛情を發れとは〓へて下さらやあ爲まい、何と仰しやつたえ、鈴ちやん、······お前、ちつたあ、慶作への義理もお考へなさいよ、」我家
と、慶作の名は憚つて小さく言ふ。出はせぬか、出はせぬかと、案じて居た慶作の名が、とう〓〓言ひ出されたと鈴音は口惜しさうに、〓〓い『母樣は直ぐ慶作々々つて、何かてえと慶作で、私をお苛めなさるんですもの』と、突然手巾で眼を押へて仕舞ふ。な.何をいつても聽かれぬといふ事の無い自分に對して、一生に一度の結婚の事許りは、私が壓だと言ふものを兩視が無理に强ひる、何うして、此の私を、あの盲目縞の簡秘を着てゐる慶作に配はさうと成さるので有らうと、口惜しいやら腹が立つやらで、甘やかされた兩親の前では、堪へ切れずに、直に斯う淚が出て仕舞ふ。とう〓〓言ひ出されたとい私をお苛めなさるんですもの(84) -66二〇我家その四る鈴音が學校に居る時は、物にはき〓〓して、勝氣で、年齡よりは若く見えても、年齡よりも老せた質い擧動をも分別をも爲るのであるが、兩親の前での鈴音か、は、全然年齡よりは幼く成つて、一人娘で甘やかされた昔に返つて、子供らしaあ.い擧動を爲るのが常である、それが又兩親は無間に可愛いのである。『私、もう今度から、我家へなんぞ來ませんわ、我家へ來れば、何時でも其樣ミな厭な事ばかり言はれるんですもの···お金だつて、もう送つて下さらなくた=つて好御坐んすわ······私獨で何うでも爲るから······』、と啜り泣く。ミ1お勢喜は又始まつたと、餘りの事と、承知せぬ聲を態と强くして、き、ミ『鈴ちやんや、お前さん其樣な事を言つて、それで父樣に濟む氣かえ、眞實に學問を爲ると生意氣に成つて仕方がない、」我家(85)眞實に
露がくもんすなまいきなふるこへあたしふかうむすめ『何うせ、學間を爲ると生意氣に成つて·····』と震へ聲で、「私はもう不孝娘がくかううちちやつもり〓くだくやなんだから、二學校へ打拾つた積で居て下さい、」と、口惜しさに、つひ言ひ過ぎを言ふ。せくちばやねるちやなんそんなきひ消して、『何ですね、其樣ことを言つて····』と、お勢喜は口早にい溫い茶のにがかほんれいぞうめみぁなげくびすをがぶりと呑んで、苦い顏ばかりして居る禮造と目を見合はせて、投首を爲かあ.ひとりむずめあまる、可愛い一人娘を持て餘すのである。すゞねすこはれなまぶたおもまたねはんけらニはくにかまう鈴音は少し腫ほつたく成つた瞼を重さうに雌いて、濡れた手巾を琥珀の袴の上ひろだまうなんかまたでも何でも構はず、疊んだり攘げたりして、いつまでもいつまでも、黙つて打俯いて居る。りやうしんそのやうすにわかちなもうすこきisふる兩親は其樣子が俄に慘らしく成つて、最少し言ひ聽かせて懲さうと思つて居たミじまましミすけいさくけんあいかはやう事もとう〓〓言はず終ひに、負けて仕舞ふ事に爲る、慶作の一件も相變らず要りやうえ..............................領を得ぬ事になつた。(86)そのときみせこなるゐつたなしたちらうばがうしなかけいさくめほうくは其時店では、粉類の積んである棚の下の帳塲格子の中で、慶作が目を八方に配すわゐえろおほかたかしらぢかうりばかみせつて坐つて居る、卸しは大方、河岸の庫から直接に爲るので、小賣斗りの店はきれいかたづきくらえびほしするめだいづあづき()ざやうぎなら奇麗に片附いて、櫻鰕や干鯣大豆小豆、麩の類などが行儀よく〓べてある。けいさくおくすゞねき〓isむししさつき慶作は、奥に鉛音の來て居る事は、蟲が知らすやうに先刻から、ちやんと知つ〓こぞうどもけいさくきーとこるて居る、小僧共は魔作の聽えぬ所で耳こすりを爲る。きつみ·てきうしき2『松どん、見たかえ、素敵なハイカラ風を爲て來て居るせ、』なまいきし『生意氣な風を爲て居ら、』をんなけいを『でも、好い女さ、慶さんにや惜しいや、』をと慶作の方を見る、けいさく『惜しいや、』と、ちよつけいさくへいきよそほわきめちやうめんひあはかんぶつうりあげしきそろばん慶作は平氣に裝つて、側目もふらず、、帳面と引き合せて乾物の賣上を切りに算盤〓で彈ちいて居る。こきづかひおむじきあかほだけいさくおく小間遣が、ちよつと中仕切を開けて顏を出して、「慶作さん、ちよつと與まで、』我家(87)おくちよつと與まで、』
靄と、言ひ捨てゝ入る。慶作は算盤を置いて、直立つて往くと、お勢喜が仲の間まで來て居て、『慶作、鈴音が來ましたから、ちよつと······』と、逢はさねば惡からうと、彼方へ伴ふ。帶は博多に、前垂こそ、セルの粹な抦のをバめて居れ、商人は皆是れで通る手つ) ?習子の着る樣な盲目縞の筒袖に、脊の低い身を飾りもせず、律義一退な風をした慶作は、種も秋も何となく好い香の爲る花の樣な鈴貫の遊へ來て固言しく生夫むけつた、『西洋臭いのが難だけれど、見る度に好い女に成る、』と、見ぬやうに見る彼方-(88)と、o『鈴ちやんや、慶さんに挨拶を爲さい、』と、氣を揉んでお勢喜が世話を燒く、1.さ、『鈴音さん、よく、いらつしやいました、』と、先づ慶作から辭儀を爲ると、鈴いほ〓〓音は、此時此男に顏を見られるのが忌々しく、默つて頭を下げたまゝ、緣側〓の鳥籠の中で、カナリヤが止木を上つたり下りたりするのを見る。魔作はそれつ切り默つて坐つて居る。我家その五折抦、お勞資は勝手から女中に呼び出されて、仕方なしに往つて仕舞つたo0物案じ顔を爲て居た禮造も、ばつの惡い二人の間を何とか取り做さうと、『鈴は、博覽會へ往つたかい、』と、煙草を吸ひ付ける。す.『えゝ、この間、』と、鈴音は、一羽のカナリヤが一羽のカナリヤの背中を隊くを見る。『己は此間往つて、雨に逢つてな、」=いつしよ5『あの時あ强う御座いましたな、」と、一緒に往つた慶作は合槌を打つ。我家いつしよ5一緒に往つた慶作は合槌を打つ。
露『新聞で雨漏だつて、まさか彼樣じや有るまいと思つたら·······『旦那、金佐から電話で御座います、』と、店から呼びに來る、禮造は其方へ立一つ六ジまたみ·つと、後は藏前の八疊の座敷に慶作と鈴音と二人切、電車の響が又耳に付く。鈴音は慶作の厭はさしさに、用のある風をして立上らうと思つてゐる間に、す.『鈴音さん、先達は御卒業でお目出度御座います、』と、言ひかけられる。『なにもお目出度ことは有ませんよ、』と、厭な顏をして、鈴音は菅ない。; ;「こぼるく家へは來ないしさせんでしたねゝ寒じや大唐お待ち兼ね一·『さうでしたか、』と、鈴音はやつばり愛想の無い返事を爲て、長い袂を膝に載)せて白地友禪の福神の袖を揃へてゐる、其橫顏を廢作は熟々兒て、商賣にかけては隨前胸も廣い了見も大きい自分なれど、幼馴染の鈴音にばつかりは愚痴も出たり怨も出たり、何時か魂が擒に成つて仕舞ふ、十六の時から此女を女房にと思へばこそ、夫れが勵みに成つて自ら自分の身にも今日きでの貫目が付いた:れ、心心不亂に働くる日那と新御悉さんの恩返しよりは鈴書さんのの名カ)それが此頃は何時となく、自分と口をきかぬやうになつて、きく折も無いが齒u掻いのを、今此時にと一生懸命になると、顏が赤らんで、男の胸も動悸を打つ。〓い.『それと言ふも、私が居る故なんださうで、お氣の毒で仕方がありません、」1ミと、少し皮肉な語氣でいふと、『何とでも仰しやいよ、』と、鈴音は寄所を向く。「最嫌は深い製者に考成りなつつたんだから尊業ばかりのいて居るの、嫌はれるのは無理もないんだが、アハヽ』と、態と輕く笑つた積であるが、心の重たさが、寂しい聲音にあらはれる。『私も、いつそ、お店を出て仕舞はうかと思ふ時もあるんですけど、今私が出iiちやあ、見す〓〓旦那が困んなさるだらうと思つてさうも成らず·····〓=『そんな面當を爲なくつても好御坐んすわ、出るつてなら私が出ますわ、どう我家と、
露せ私は、父樣にも母樣にも氣に入られないんですから······」と、鈴音は氣荒roに言ふ、慶作の顏を見ぬ程は、『自分が惡い自が惡い嫌つては濟まぬ濟まぬ、」〓と、詫びて居るのであるが、逢つて斯う愚痴を〓べられると俄に腹が立つて、し學問もない小信上りの癖にと、側近く座つてゐるのも厭に成つて仕舞うからである。「鈴音さん、貴孃、それは眞實に言ひ成さるんですか、』と、慶作は眼を見張つて呆れて守る。代々も鈴音は答を爲ぬ、電話の話は長いと見える、父はなか〓〓來さうにもない。『私は、貴孃と一緒に緣日へ往つて、鈴虫を買つたり酸菜を買つて上げたりしミた昔の事ばかり考へてゐます、」と、慶作は低い切ない聲を絞る。た一人は嫌はれて悶えて居る、一人は嫌つて悶えて居る、二人の胸を貫いて、午それは眞實に言ひ成さるんですか、』と、慶作は眼を見張つ(92)た二人の胸を貫いて、午砲の音は、けたゝましく、日本橋の大店に響いた。三我家その六頓てお勢喜は、煮付物の皿を勝手から持つて出て來たが何の話が有つたかと、二人の樣子を、じろ〓〓と見ながら、女中を相手に茶の間へ食器を取り揃へて、·ヘ三『鈴ちやんや、さあ、さあ、お畫ですよ、ほんとにお前さんには困つて仕舞ふ、少し何か言やあ、直左樣ふくれておしまいだもの、······さあ、まあ、稀に來ニたんだから怒らずに御飯をおあがんなさい、辨松の、そら、お前の好きな、彼物を取り寄せてあるんだよ、』『はあ、』と、言つたが、鈴音は直立ちそうにも爲ぬ、慶作はちよつと會釋して店へと立つた、立つて往く時始めて鈴音は、斜に睨む樣に其姿を見た。我家(93)そら、
露『筒袍の片袖に、葛か饂飩粉か、むら〓〓に成つて白く附着て居る、眼付こそう凛凛しいが、利のみに輝いて物質前の慾にばかり滿ちて居るのであらう、幅の無い丈も詰つた脊中に、ちよこんと角帶を〆めて、何かと言へば、人に頭ミ〓ゃを下げる事ばかり知つて居て、嗚呼、厭なこと、厭なこと、」と、思ふと、ふつと神坂先生の容貌が目の前へ現れる。c『慶作が人間ならば、神坂先生は天の人で、肩に羽根でも生えて居なければ成らぬ「高遠なる天上界の光明を慕うて、」と講壇に立つて、あの情に滿ちた美じしい眼を見張つて、すらりとした脊を延ばして、空を指さゝれた時は、ii恍惚と、魂が吸ひ込まれるやうに思つた、襟飾は黑地に赤い細かい星が附いて居た、小川町の通りで不意にお目にかうつた彼の時は·····と思ひ出い土今でも胸が動悸つく、』と、鈴音は夢見るやうに茫然と爲てゐると、『か、『これ鈴や、早く來ないかい、』と、父の呼ぶ聲が耳に入る、我に返ると、茶の(94)茶のい間へはちやんと、膳立が出來てゐて、父と母とが自分を待つて呉れて居る。今〓:ふ〓此胸に思つて居る事を父と母とに知られたら何うであらう、と思ふと、些か面目なく思はぬでもない慶作を嫌ふ一方には神坂先生を崇拜して居る、夫れを圭〓何も、後めたい事と思ふのではない、何も戀して居るのではないから、ちつとも憚かることは無い、然れども、學生の自分は處女で、崇拜の先生は男である日本橋に育つて日本橋に容してゐる昔風の兩親には、哲學も無い文學もないがモミ『女か男を好く、』と、一〓に首を捻るには定まつて居る、迚も打明けて言ふ事(anyふは出來ぬ、畢竟、父母の前では、假に自分に弱點が有るやうにも、思へば思はれるので、然う思へは氣が答める、さう〓〓不機嫌な顔を爲るのも氣の毒と、鈴音は快よく母の心を籠めた糞養の膳に向ふた。か、から顏附も元に返つて、辨松の鱚の煮付をも玉子燒をも、久し振に味はふ樣を、機ミ嫌の直つた事と、父と母とは嬉しさうに見て、玉木先生の仰やつた事もある、我家
露)其內には娘の心も何うにか成らうと、先づ當分は、彼の慶作の一件は封じる事ににして、晝からは、約束の誂物に母は鈴音を三越に伴うた。や)ㅊ5言ふが儘に、絞りに刺繍をあしらつた蝶の模樣を江戶被に、縮緬の二枚袷、帶は厚板の金絲入、思ひ切つて値段の張るをも構はず、『これが、出來上つて來たら、又家へお出でよ、』と、お勢喜が言ふと、『えゝ、』と、鈴音は、その染上りを思ひ見て、流石に嬉しく、輕く返事を爲て仕舞ふ。いま三時過に三越を出て、今一度、我家へ戾ると、父は若干の紙幣を鈴音の紙入へP入れて遣つて、い猶寄宿舍の朋友への土產には、梅花亭の餅菓子を風呂敷に人力車が來る頃には、包み、雇ひつけの車夫を呼びに遣つて、彼れ是れと手間取つて五時近くもなつた。一、『時候の變り目だから、氣を付けなよ、』縮緬の二枚袷、帶(96)さ『少しでも氣分が惡かつたら、學校のお醫者にでも直ぐ診察て貰ふんですよ、』『巢鴨の學校までだから、氣を付けて送つて呉れなよ、』『冬物は取りに遣るからね······t人力車に乘り移るまでは、代る〓〓に世話を燒いて、がら〓〓と去る影を見送つて、始めて、禮造とお勢喜は、ほつと爲る。慶作は、それとなく店口で見送つて居たのである。がら〓〓と去る影を見送一三此世その一100外出時間として許された定刻に、辛と間に合つて、鈴音は歸校した、廊下でパツタリと、鍵を持つて圖書室の方へ往く玉木先生に逢つたので、遲くなつた由ときの挨拶を爲ると、壽代は、家の樣子は何うで有つたか、自分の說得が少しは此世
露七甲斐が有つたか無かつたかと、案じられるが、夫れは又聽く事と爲てと、か『檜森さんが先刻水戶から歸つて來ましたが氣が惡いとか言つて就でゐますから、早く往つてお上げなさい、』と、注意する。さ『おや、左樣で御座いますか、まあ、』と、鈴音は驚いて、少し滑り落ちた袴が廊下の塵を擦るをも構はず、急いで己が室へ來て見ると、鎭子は夜着を被いで〓うと〓〓〃寢て居る、氷囊を頭に戴せて、半睡と爲てゐたのが、障子が開いたので眼を開く『鎮子さん、何うなすつたの、』と、鈴音は枕元へ寄つて、さし窺くと、血の氣の無い顔をして、鮮かな友の姿を殺ながら見上げたが、最う三十分評り前にご『お家へ往つてらしつて······私は、歸つて來ましたの、』;『條り早いじや有りませんか······頭痛が爲さるの、」;いろ〓〓「えゝ、頭痛が酷くして······夫れにもう·····田住さん種々なお話が有るわ、鎮子は早5く着物を着換へて、御飯を上つていらつしやいよ、貴女が歸校ていらしつたニ〓少しは聲んで、急に氣强くなつて氣分が引さ立つて來ましたわ、』と、に力がうついて、身動きを爲ながら、氷囊を除けて盆の上へ置く。〓鈴音は言ふ通りに、平常着に着換へて出て往つたが、頓て食堂から歸つて來るミと、もう部屋は暗く成つて居るので、洋燈を付けて、窓の戶を閉めやうとする〓ひ.と、運動塲の方で誰れかヾローレライを歌つて居る、好い聲で響いて來るので聽き惚れる。1.明日から新學が初まるので、今夜は寄宿生等が談話會を催す筈であるが、鈴音は出席を斷つた、もう朋友は出て居るから隣の室も寂寞としてゐる、鈴音はニ再び鎭子の枕元へ座つて、『鎮子さん、貴女、御飯は上らないの、』と、聽く、『えゝ、食べたくありませんの······私、もう全然病人ですもの、」此世
露;『貴女の好きな甘いお土產を持つて來たのにねえ、』と、鉛音は本意なげに、風呂敷包みを引き寄せたが、又机の下へ押し込んで、『島川さんの室へ持つて往つて上げませうや、貴女の留守に、昨晩泊りに來てた.下すつた御禮に=『あゝ、それが好御坐んすわ、』と、鎭子は寒しい笑ひ方を爲て、ん『田住さん、私ね、昨日彼れから、學校を出て、上野へ着いた時分から、變に成り始めたんですよ、頭痛がして氣分が惡く止めやうかとも思つたんですけbbれど、此座まで來たからと思つて、無理に費事に乘つて仕舞ふと、餘計强くなつて、もう水戶へ若いた時なんぞは、眩暈つて倒れるかと思ひましたわ、日は奔れるし心如したなるし、それでも家は停車場から遂くも無いん無理において作うましたわわ······それでも衆の君が考んで鉛音は本意なげに、風昨晩泊りに來て『お喜びなさらないの、彼樣にお土產なんぞも持つて往らしつたに······」n『張合は有りませんわ、彼物を悉皆出しましたらばね、義姉が、半襟は色氣が高等過ぎるつて言ふじやありませんか、然うしてね、子供には、東京には好い拂があるだんる名物に成る様な唐細麺でも見立ミ来を吳れゝはなに、つて言ふ樣な不足をいふんですよ、私餘りだと思つて······其内餘計氣か分でも惡くなつて義兄の家で寝込むやうにでも成つたら、それこそ何んな厭な顔を爲れるかと思つて、一晩泊るのを辛との思で、苦しいのを我慢して歸2ミつて來ましたの、それから、未だ私厭な車を言はれて來ましたわ········』と、jo冷した極に髪の毛が濡れて煩きく附着くのを猶子は極きよげる。世
西四此世その二だん〓〓こお鎭子の語るやうを聽けば、義理ある兄は、段段子供も大きく成るし、學資も要るやうに成るから、鎭子も卒業したを幸自活の道が付くで有らうから、毎月nの送金は止めて仕舞ふといふ、夫れから別に総談があるといふのでそれは義姉の親類績きに成つて居る、職業と言つては無いが、多少の甲產があつて、小金か완1)〓を貸したり家作の世話を爲たり、其利で豐に活計を立てゝ居る、齡は四十七になる男で、子は三人有るが大きいから世話は無い、去年主婦に亡くなられて非こ 常に弱つてゐるといふ、嫁つて吳れゝば義姉の顔がいゝと言ふ、齡を老つて居何しろ金が有から片附ては如何だと、3ると、子供の有るのが疵であるが、義姉が切りに義兄に勸めて、義兄が又乘川に成つて、鈴子を勸めるといふ、麻之助ミが實際鎭子を貰つて吳れるのなら、言ふことは無いが、迚も彼の男は、お前はミ貰ふまい、全體麻之助の樣な氣の利いた才子には、お前のやうな意久地の無いミ者は釣合はぬといふやうな事を言て、その金貸の爺と鎭子とが、ちやうど似合の緣だと、僻耳か知れぬが、然う聽えたと、『田住さん、善兄も義姉も係りにいじやありませんか·······何何に私をるつたつて······』と、鎭子は口惜しさうに涙を流す。『ほんとに、餘りですわねえ、貴女、何とか仰しやれば好いに······』と、鈴音も共に口惜しがると、『それは私だつても、麻さんに貰つてもらひますと、意地にも言つて浦りたかつたのですけれざ·····麻さんが又賴みにはならないんですも:嫌はれて居るんだからやつばり義兄に然う言はれても仕方がないんですわ、私何處へも嫁には往きませんと、斷然り言ひましたの、』『あゝ、鎭子さん、お察しますよ、けれども鎭子さん、麻之助さんといふ方は此世鈴音:麻之助さんといふ方は
かたしあたたちかisべんあはな何ういふ方だか知れないけれど、貴女、近い內に、一遍逢つて、よくお話しまたはかんがへぁなさるといゝわ、又何ういふお考が有るかも知れませんわ、」けとてわたしあいなみ『さうねえ、然れども迚も私には逢つちや吳れますまいよ、いつぞやの手紙のへんたあところなにかつけつけ返事も吳れないんですし·······それに、逢つた所で、さう何も斯も、直接にはなれたすあかめまぶしらんぶひみ言はれませんもの······』、と、涙に擦り赤めた眼で、羞明さうに洋燈の火を見詰めて、わたしつく〓〓よなかいやななんためにんげんうま『私、もう、熟々世の中が厭に成りましたわ、何の爲に人間は生れてゐるのかおもじぶんそんざいうたかうふくと思つて·····自分の存在だつて疑がはれて來るんですもの·せめて幸福みえおもしろゆめみおもはつあひな身の上なら、面白い夢を見てゐると思つて、生きて居る張合もありますけあたしみらいきほうなげんざいまんぞくくわこおもひでれど、私には、もう未來の希望も無いし、現在の滿足もないし、過去の思出いち〓〓つらことばか〓ねうちあは一々厭苦い事計りだし、これじやあ生きて居る値は有りませんわ······死んはうましおもだ方が益だと思つて·······はなよくお話し(104)またあなたそんミニすゞねたしななんニよひじ『又貴女は、其樣な事を言つて······』と、鈴音は窘めたが、何となく今宵は自〓も引きズれられさうに爲る。いなしづこあつよぎかたひらひと一かすこふまはろし鎭子は、〓さうに夜着を肩から引き脫した儘、低い、少し掠れた聲で、幻でもおめしかたあをほらんぶひはんしやいまぐでみミ追ふやうな眼を爲て語る、靑ざめた頬に洋燈の火が反射して、今迄に見た事のせいさうおもゝしない悽愴な面色を爲て、たやみわたしはかまゐしきにあねはなぁ『田住さん、私墓參りを爲て來ましたの······父と母と姉とのとみづあなどわたしひとりこのよのこそしかほ水を上げて、さうして、何故私一人を此世に殘して、其處で知らん顏を爲てみうらき見ていらつしやるつて、さんざ怨んで來ましたわ·······』あなたとめどひあひしずしづこなんなぐさ『まあ、貴女は······』と、止度もなく悲哀に沈む鎭子を、何と慰めやうかと、すゞねきくからくさよぎもわ)じつみまも鈴音は菊唐草の夜着の摸樣を熟と見守る。こ:らんぶまはか蛾が飛び入つて、が何處から洋燈の廻りを、くる〓〓と舞ふ。すゞねたしな鈴音は窘めたが、なんニよひじ何となく今宵は自と、(105)なんなぐさ何と慰めやうかと、くる〓〓と舞ふ。此世
露二五此世その三鈴音は熱心に、『世の中は廣いんですもの、貴女よりも最つと酷い迫害や苦痛を受けて居る人、は、何のくらゐ有るか知れやしませんわ、その位の事で、其樣に世の中を悲ない夫自分の境遇は半は運命で觀して如何爲さるの、餘り弱いじやありませんか、、19も、半は自分が作るのですから、』と、勵まして見るが、なか〓〓勵まされさうにもない。『それに明日から、生活問題に苦しまなければ成らないんですもの、』と、と、鈴音は辭に勢を得て、『いゝえ、夫れはね鎭子さん、昨日、序に、も、生活問題に苦しまなければ成らないんですもの、』と、いふ昨日、序に、ちよつと玉木先生にお話し爲たんですよ、然うしたら先生も大屑心配していらつしやるんですの、それで此學ハ期から豫備科の方の手傳でも賴まうかつて、言つていらしやるんですから、貴女、其方は安心なさるが好いわ、』『まあ、然うでしたか、例ながら貴女の御親切は忘れませんわ、眞實に有り難흔う、』と、それに少しは鎭子も落居た樣に見える。= so『あんまり失望なさらないが好う御坐んすよ、私だつても、それやあ貴女に比べれば、勿體ない程幸福だけれど······けれども亦、相應の心配があるんですそ、もの、』と、鈴音は坐ろに今日の我家の樣を思ひ出す。『お家は何んな御樣子だつて······』と、今度は鎭子が氣に爲て聽く。『私今から考ると、惡い事を爲て來たと思ひますわ····駄々ばかり揑ねてさ二ま來たんですもの、好自由な事を言つて、親を困らして···』と、機嫌を取らミれて、三越へ雜物を爲て來だ迄の事を爲ると、病んで疑て危る世界の選子此世眞實に有り難
露つつじぶんきやうぐうもつたいおやじもいまさらはねみ1ひやあかげひなた冷汗が蔭と日向の樣な自分の境遇が勿體なく、親の慈愛が今更骨身に徹へて、ながおも流れるやうに思ふ。しづこわたしわがま『鎭子さん、私はほんとに、我儘ですわねえ、』わがまごりやうしんあいわがまなごりやうしん我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我我=どんなあなたかあいあかたこに取つては、何樣に貴女が可愛いか······それで、彼の方の事は何うなつて、』きと聽く。あたしにつきけせんせいおつ『何うつて、私やつばり彈ね付けて來ましたわ······然れども、先生の仰しやミわたしわるおもすゞねきすつた事もあるし、私惡いとは思ふのよ、』と、鈴音は、何うも氣が済まぬのである。たるきらみなつあなたあかたきら『それは惡いわ、嫌はれる身に成ると、厭苦いものよ、貴女は彼の方を嫌ふし、わたしあひときらふたりおもかほみあほ私は彼の男に嫌はれる······』』、二人は思はず顏を見合はせたが、鈴音は微〓しつこほゝゑ笑んだが、鎭子は微笑まなかつた。おやじもいまさらはねみ1親の慈愛が今更骨身に徹へて、ひやあ冷汗が(108)うもつじよ=せ.じうyたまいたみくも下の應接所の時計が八時を打つ、鎮子は又强く頭が痛むと見えて、苦しさうなかほひようなうさぐすゞねごこほりあみあたまの顏をして氷囊を探るので、鈴音は取つて、氷の有るか無いかを見て、頭に載せそのまゝめつぶすこレンチやすすゞねことはて遣ると、其儘目を閉る。少し靜に休ませるがよからうと、鈴音は、もう言葉つそまくらもとなだしとをかけずに付き添ひながら、枕元に投げ出してある、オーヅオースの詩集を取なにこヽろなかほどあみかみぎれなにかはさちいつて、何心なく半程を開けて見ると、紙片に何か書いて挾んである、思はず讀むと、おもおもおひすゑ思はじと思ふ思の末よりぞなほひとまばろした猶しも人の幻に立つかつしづこじさくと、書き付けてある、鎭子の自作であらう。あたりしんだんわくわいきようたけなは周邊は寂とする、談話會の與は酣であらう、(1C9)とほわらひごえきこ遠くに笑聲が聽える。どつと、此世
露二六此世その四すゞねたゞひとりつくゑよヒしよてぢかおひろ〓鈴音は只單獨机に凭つて、字書を手近に置いて、ハムレツトを擴げて居る、が、じおおもおもおもひすゑかみハムレツトの字は眼に入らぬ、『思はじと思ふ思未よりぞ、』と、上の何を繰りかへなひとまほろしたしもかへなひとまぼろした返して、『猶しも人の幻立つ、』と、下の句を繰り返す、『猶しも人の幻に立つ、』またくかへうたむねいつぱいなとりのたてよこど、又繰り返す、何うしても、歌が胸充滿に成つて、取除けられぬ、縦橫十文じもんじみからねけ字に三十一文字が身に揭んで拔られぬ。うしろひとけすびつくりかおもほどふつと後に人の氣が爲る、吃驚して振り返ると、思ひがけないにも程のある、かんざかはかせはいじぶんnまききふらたてじまウィあさゝ神坂博士が入つて來られたのである、自分は寢衣に着古した、堅縞の水淺黃のしまつひじゆすにかましたほそおびしめぬフランネルに、それも締め古した純禮子の管下の細帶を糎て居る、こんな姿をはづかほまつかなして、まあ恥かしいと、顏が眞赤に成ると、たやみ=ぺんきやうこゑいきなりじぶん1:『田住さん、御勉强ですか、』と、聲をかけて、突然自分の側へ座られる、何時その四--(110)いきなりじぶん1:突然自分の側へ座られる、何時まじぶんしゐの間にか、自分の名をも知つて居られる、まあ、何うした事と、差明の惡いとおどろみ言つくゑしさすやんせいりは、驚きに身が震へて、机から退らうと爲ると、止めやうとする先生の手が、にだうすかたさはつと、肌薄の肩に觸る。むねをどむねをご胸が躍る、胸が躍る。うごせんせいかたひざヒぶんそでしみニ動かうとしても、いつか先生の片膝は、自分の袖を敷いて、身動きもならぬ、わけややうふくちよつきしろあかほしねくたいびん鼠の洋服に胴着の白、赤い星のちら〓〓する襟飾に、オバルの襟止が、刺し込めいひごろなつかしばらくわすせんせいごんであるのが目に入るのみ、日頃懷しいと、須臾も忘るゝ間のない先生の顏は、あふもう、まぶしくて仰がれぬ。だれききこんさまみあゝ、誰か來はせぬか、來て此樣な樣を見られたら何うしやう、と、退かうとせんせいひざそでしゐ爲ると、先生の膝が袖を敷いて居る。よせんせいつくゑういあなた『是れを、お讀みですか』と、先生ほ机の上のハムレントを弄りながら、「言わたしかうえんわかき私の講演はお分りでしたか、』と、聽かれる。此世もう、あゝ、と、退かうと
第っ. s『はい、』と、返事を爲た積であるが、先生には聽えたか何うだか、あの時は感じて泣いた程で、それ以來といふもの、此れ程に自分は先生を崇拜してゐるも()のを、其思の半だけでも通じたいと思つても、舌が動かぬ、怪しくも身は痺えて自由にならぬ樣な心持がする。うa先生は本を机の上へ投げるやうに置いて、猶犇と身を擦り寄せられる、葉卷の香がする、精神は膝朧となる。云ジ、『日本の婦人は因循で不可んです、歐羅巳から歸朝つて尙然う思ふです、私もi六未だ獨身で、居るんですが、何うも理想の婦人が無い、」と、その濃な口髯を捩つて、柔かい瞳に、處女の情も溶けよと計り見据ゑられる。身に知らぬ男の息が眞近い、胸が躍る、胸が躍る。自分の腕を抱へて手先1『貴孃、私の妻君に成らんですか、』と、つと、先生は、を握る。a犇と身を擦り寄せられる、猶葉卷自分の腕を抱へて手先1〓素肌に着て居たフラネルの袖は捲くれて、白い腕あらはに恥かしく、瞬間なりとも、掌と掌と、皮膚の溫みが······呀、と思ふと、褥の中で鈴音は始めて現在に醒める、「嗚呼、夢であつた、』と。ほつと爲ると、破れるやうに胸の動悸の打つのが知れる、夜は未だ深いと見えハきて、火の付いて居ない室は何をも見分かぬ、窓の戶を、こと〓〓と風が搖る音がして、遠くに半鐘が鳴る。好い梅鹽に鎖子は寢てゐると見えて、すやすやと、息の音がきこえる、『あゝ、か、か、夢であつた、夢であつた、』と、繰り返しても思ひ返しても夢のやうでない、押ハの二へられた右の腕に、未だ溫みが殘つてゐるやうで、言はれた先生の言葉は、未だ耳の邊に·····0い鈴音は、もう寢付かれぬ、暗い中で重い空氣に壓し付けられて、息が詰まるやis〓うなので、堪へ兼ねて、そつと起き上つて、心を細く洋燈を付けた。此世白い腕あらはに恥かしく、瞬間なり
路二七此世その五けさ.時計を見ると、未だ夜深いので、思ひ直して再び鈴音は床へ入つたが、「あゝ、ヒ自分で自分の膽のあんな夢を見て、····やつぱり私は先生を······かしら、』と、1急に新底に、そつと隱して有つたものが、夢から曝露したやうに思はれると、バb溜息を爲らしい煩悶が沸き始める、眼が冴えて、其方此方へ寢返りを爲たり、たりする。鎭子は、いつか眼を醒まして、鈴音の常にも似ぬ氣勢を危ぶんで、き『田住さん、何うか爲すつて、』と、聽く。『えゝ、夢を見て····玉『夢·······怖い夢でも御覽なすつて······』『いゝえ、然うぢやないの、けれども、餘り眞實らしく見たもんだから、私(114)餘り眞實らしく見たもんだから、私もう····もう····とさすがに言ひ兼ねて口籠つて仕舞ふ。鈴音が神坂先生を非常に崇拜してるる事は雄も能く知つてゐるから、何時も5:らは言ふを憚らぬが、今宵の夢ばかりは語られぬ、否、永久に神坂先生の名を口にするのは、もう後めたいいでなくば、今の夢をも、夢といふものは愚らしい、滑稽た夢も見るも±のと、親友の鎭子には打明けて、名殘なく笑つて仕舞はれるのであるものを、たまざ〓〓30鈴音は處女の悶えを、正々と覺えて、始めて秘密の蟠を、承知しながら優しい胸に蓄へ初める。『今思ふと、自分は自分に白狀せねばならぬ、今見た夢に似た事を、いつも、ふつと、ふつと、思ひ〓〓爲たに相違ない、上手に書いてあるドラマや小說こtを見る度に、情人同士の戀を、泣きもし感じもし、處女の胸は湖の水のやうに沈澱では居ぬ、讀んだ紙頁を閉ぢた後は、いつも脚色の中の男女は、自分此世と
猛せんせいなあかうじぶん先生とに成つて、彼樣あつたらば、此樣あつたらばと、自分にもガマニきよううそ〓是れは、罪でそつと、そつと、胸の底で興じたに僞はない、あゝ、すゞねじなにおもなや(93°ご:鈴音は無言に、何をか思ひ惱む樣子を、鎭子は兎角に怪しんとガマニきよううそ〓ないしよ是れは、罪で內密に、そつと、そつと、胸の底で興じたに僞はない、あゝ、すゞねじなにおもなや(93°ご:あらうか、』と、鈴音は無言に、何をか思ひ惱む樣子を、鎭子は兎角に怪しんで、ごゆめらんまたとやみ又問ふ。『田住さん、何うなすつたのよ、何んな夢を御覽なすつて、』と、なんはんやりつみ『何だか、もう、朦朧した夢なんだけれど、』と、紛らして、ゆめこのよ何ういふ關係があるごしづこ鈴音は夜着の『鎭子さん、夢と此世とは、のでせう、』と、なかみじろ中で身動く。ゆめこのよしづこからず〓『夢と此世と······』と、鎭子が考へて居ると、ゆめccfかけこのよゆめかけ『夢が此世の影でせうか、此世が夢の影でせうか、』むづミニおつわたしs『まあ、難かしい事を仰しやるわ、けれども、私なんぞは、此の世に斯うして、いまね〓じぶんかただじつざいうたこのよそのものゆの今寢てなる自分の證の育社きへ疑がはれるのでするあ、此世其物がごゆめらん何うなすつたのよ、何んな夢を御覽なすつて、』と、はんやりつみもう、朦朧した夢なんだけれど、』と、紛らして、ゆめこのよ何ういふ關係があるご夢と此世とは、のでせう、』と、またと又問ふ。鈴音は夜着のたるれいこんげんめうふ〓ちからはたち〓おし只靈魂がを妙不可思議な力で働いて居るとしが思ひませんのよ、』あなたこのごろてつがくisおつcしづこ『貴女は此頃、哲學じみた事を仰しやるわねえ、そんな理屈で無くね、鎭子さあなたゆめなにこのよミうらななん、貴女、夢で、何か此世の事が占はれたことは無くつて········』ゆめうらミまおちあたあわたしし「でてなにはな····未た黑び驚つたことは付きまさんけれどもじうみなどくの;)ふゆめわたしうらな終身を投げたり、毒を呑んだりする夢ばかり見るから、若し夢が私を占ふわたしへんしものとすると、私は變死をするでせう、』あなた:『また、貴女は······』と、鈴音は消して、あなたづはなしあんましわる『それはさうと、貴女、頭痛は何うなすつて、お話なんぞ餘り爲て、惡かつたき-しづこしんほそらんぶ12はつわねえ、』と、氣遣ふと、鎭子は心を細くしてある洋燈の火影に、鈴音の方を向いて、むせいないなほなんじ『少し眼つた故か、大へん治りましたよ、もう何時でせう、』すゞねごいみ鈴音は時計を見て、此世しづこ鎭子さわる惡かつたはつ鈴音の方をないなほ大へん治りましたよ、なんじもう何時でせう、』世
『まだ、三時、』三時、』と、ま夜風が窓を打つ。『まだ、それつきり二人は默る、二八夏その一新學期が始まると、鈴音も鎭子も多忙に成つた。)息を休めて居た學校が、新らしい呼吸を始めた樣で、形勢は全然變つて仕舞ふ、きちん、きちん、と、時間每に鐘が鳴る、どや〓〓と靴の音が爲る、、體操の號き令が聽える、合唱や、進行曲が耳に附いて、〓塲や運動塲には、蝦茶や葡萄色振替金ミや紫色やの、袴の裙がちら〓〓して、暫時見なかつた先生等が出校する毎にち) 1:取り捲いては、懷しさうに休暇中の物語を爲る樣には、女學生の眞誠も現はれる。(113)〓鎭子は校醫の診察を受けると、神經衰弱で、强く貧血して居ると言ふ事であつて、服藥することにする、自分では非常に肺病を恐れて居るから、何處かに其樣な徵候は無いかと尋ねたが無いと言つた、體質は良い方では無いから、此後罹らぬとは限らぬが、現在に其樣な〓候は少しも無いと保護されたので、餘程安心した、それに、玉木先生の盡力で、此一學期間、病氣で缺勤て居る〓師し)ミ若が有るを幸豫備科の讀書と作文とを、一週に五時間宛助ける事に成つて、干の報酬を學校から得ることに成つた。鈴音は、毎日定まつて一二時間講義を聽きに出る外は、圖書室へ入つて、文學といろ〓〓そいほう書を繙く、鎭子は、馴れぬ〓授に骨が折れるので、種々其方を調べる旁、少しでも暇が有れば、詩集を見たり、それに此程から哲學や宗〓の初步の書物を讀とき〓〓ほんやりみ始めた、讀んで、は時々茫然と、沈んだ面色を爲ては考へ込んでゐる、「信仰とこいふものが有つたら安心で好いでせう。、『信仰といふ何うし夏(119)何うし
露たら出るでせう、』などゝ鈴音に聽く事もある。〓ミ自分の身の此頃の有樣を書いて、麹町に下宿して居る筈の、麻之助の許へ手紙こ1を出したが、附箋が付いて戾つて來たので、また强く鎮子は失望爲る。梅雨の;時期が來る、鴨居や障子の棧へ、優曇華の花が咲く、鼠色の雲は、腹這ふ樣にき;手を擴げて空を閉いで仕舞ふので、日光の屆かぬ地の上は、じめ〓〓と濕氣にに滿ちて、黴が生へる、物が臭ふ、寄宿舍は筧が損んだり、雨染が出來たり、のみならず氣候の變目は、人の健康をも損うて、食の進まぬ者が出來たり、下痢引"する者が有つたり枝醫の往來が繁く成つて、寄宿舍は何時か、日から閉された谷の底にでも建つてゐる樣な、陰鬱な氣が滿ちた。レン·(一)を〓〓〓き鎭子も、少し恢復した體が又元に戾つて、折折氣分が惡いと言つては、三日出うては二日休み二時間出ては一時間体んで、重い頭を机の上に支へて、眼を曝しい.て居るは、例の哲學や宗〓の書物であつた。むに八n袷の袖さへ重くなつて、單衣に脫ぎ更へて、鈴音は單獨で、雨の晴間に、彼のらあな〓〓裏の芝生に出て見ると、いつか苗の植付が濟んで、靑々と微風に首を振つて居る、兒童が二三人、お尻端折になつて、溝へ入つて泥鰌か何かを抄つて居る。ふふ『梅雨があがつたら熱くなるであらう、暑くなると海や山が戀しい、大磯の別さ)는さ、莊も珍らしくない、今年は鎭子さんを誘つて、涼しい山へ往つて、寫生でも爲... taて來たいと思ふ、』鈴音は水彩書が得意である。(註文の着物が、三越から出來上つて來てゐるから、是非來いと、端書が、もう我家から二度も來てゐる、『いつそ往つて、その相談を爲て來やうかしら」と、我ふら家を思ひ出すと、慶作を思ひ出す、『玉木先生も、其後は何とも仰しやらぬが、〓自ら悟るのを、待つて居られるのであらう、私は、もう、彼時からといふもぶ:ミの、玉木先生の前へ出ると、氣が答めて、氣が谷めて、』と、自分に語つて、夏
露『あゝ、それは然うと、明日は神坂先生の講演がある、』と思ふと、類に血が潮すを覺えて、時ならぬに動悸が打つ。鈴音は、ほつと、二九夏その二暑中休暇は來た。ミ鈴音は鎭子の氣の毒な身の上を、委しく話して、是非一〓に避暑に伴なひたいで、といふので、禮造も娘のいふが儘に、三週間の豫定で、宿は千明と定めて、母親に連れさせて、一行は三人伊香保へ往く事に爲た。八月の十日に東京を出た、〓い日で、鈴音は、慶作が商用で、旅行してゐると〓(いふを幸前の晩から我家へ往つて居つて、我家から母と人力車を連ねて、鎭か。3子は學校から、小さい柳行李に手輕く支度して、上野の停車場へ朝の七時に出會うた。や)鈴音は紫紺の矢絣の明石に、白茶の堅わく摸樣の單帶を締めて、信玄袋やら扇ホ〓ト子やら白い蝠蝠傘を持つた姿は、何處の令孃かと、雜杏の中でも群衆の視線を大惹くのを、お勢喜は滿足らしい顔を爲て、粹な町風に、小奇麗と着こなした衣紋を搖り〓〓、娘の後から附き添ふて、プラツトホームの入口で押しつ揉まれつ。と二·鎭子は、紺地に蚊飛白の透綾が、年齡には餘り質素と思ふも、亡き姉の遺品と,: :56こ覺しい、是れも今日は袴を着ねば、絽の帶の痩せた背に涼しく、華美やかに美〓育された顏立に品が有つて、しい所は無いが、何處となく、蓮葉でない女〓師風に見える。前橋へ來ての暑熱は格別であつた、鐵線亭で畫食をしたゝめて、鐵道馬車に乘〓ところ〓〓くるまる、線路は有つても田舍の馬車の、がた〓〓と搖れる計で捗取らず、所々に車夏(123)鐵線亭で畫食をしたゝめて、鐵道馬車に乘ところ〓〓くるまがた〓〓と搖れる計で捗取らず、所々に車
露ごうまかちやみせじゅしやしやうおもを止めては、馬を附け更へる、茶店の嫗さんと車掌との應對がある、ガタリと(ofご馬車が止まると、はやばあカ『お早うお着きなさいまし、』と、嫗さんが迎へる、あつしやしやうひくぎよしやだいごニきやくほし『熱いねえ、』と、車掌が低い御車臺から飛び下りる、お客は放つたらかしに爲おほくろき초やうゆびはへたかくわしはこだぐわし3て、大きい黑い、木の校の樣な搖で、蠅の群つてゐる菓子箱から駄菓子を摘む、はあちやくだ嫗さんが茶を汲んで出す。くるまはなあちらひゆうま'あちら車から放たれて、彼方へ引かれて行く馬は嬉しさうだが、彼方から引かれて來うままたこのくるまひ室ミくびやしn、る馬は、又此車を挽かねばならぬかと、辭むが如く首を振る、車掌が菓子を喰ちやのうまかつて茶を呑むと、馬を付け更へて、おほせt (土のうつむらカッ'くらまひ『大きにお世話、』と、車に乘り移つて、鞭を上ると、ガタリと馬が車を挽き始める、よはあみおくむん〓〓cはcoなか『またお寄んなさいまし、』と、姫さんが見送る蒸々と蒸して居た馬車の中は、ちやみせじゅしやしやうおも茶店の嫗さんと車掌との應對がある、ガタリと(124)むらカッ鞭を上ると、'くらまひガタリと馬が車を挽き始はあみおくむん〓〓cはcoなか姫さんが見送る蒸々と蒸して居た馬車の中は、ニーだかぜ搖き出したので少しは風が通す、ごすゞねしありさまおもしろみD鈴音と鎭子とは、有樣を面白く見て居たが、くるまうごだまたみぎひだりたはおけごこあを〓〓へんくわむがめ車が動き出すと、又右も左も田や畑で、何處もかも靑々した變化のない眺望なu.おとへいめんなびいねはミみので、ガタ〓〓と響く音を聽いて、平面に靡く稻の葉の動くのを見てゐると、さいみんじゆつやうねむけセせんすかほゐねむり催眠術をかけられる樣に、睡氣ざして來る、お勢喜は扇子を顏に當てゝ居眠をはじ始める。=ねてつきやうちかけしきあらた〇一いろみついうめさ利根の鐵橋に近くなると、景色ががらりと改まつて、山の色水の色が眼が醒あざやなハすゞねすけつふぶつくだにbめるやうに鮮かに成る、急いで鈴音は、寫生帖を出して、〓き惡くさうに馬車うえんびつはししづこたあんみあしきな30の上で鉛筆を走らす、鎭子は和歌を案じて、見飽かぬ景色が惜しいと思ふと馬beわりあひはやおほしぶかは車が割合に早く覺えて、もう澁川に着いた。しぶかはけはのぼさかみちななしやふにんびき澁川からは險しい上りの坂道に成るので、馴れた車夫も、二人抱でさへ、はついきはづあるおそのみとほはつと息を喘まして、步くよりも遲い乘る身も厭苦い、遠くから見たらば、〓えんきりなかみみやつはんぶくむか雲の奥、霧の中とも見えやう、身は山の半腹に向ふのである。夏(125)
露さ周邊の空氣は、いつしか冷かになつて、小雨が顏に當る、小雨の奧で清しいCoミi鶯の聲がする、小路の兩側の叢の中には、釣鐘草や溝萩、桔梗、地楡、花園の萎縮たものには似ず、野生の延び〓〓と咲いて居るのを見付けると、草花好2きの鈴音は、人力車の上から欲しさうに、あれ〓〓と言ふと、株名の方へ『こんな花あ、お出でなさりやあ、幾何でもありまさ、』と、車夫に言はれる。車夫に三〇夏その三う伊香保の町は、坂で出來てゐる、上へ往くにも下へ往くにも石段を上り下り公〓ねばならぬ、其上から下まで、賣物店と相半して溫泉宿が立ち井んで居る、上112は貴顯紳士の旅舘から、下は、機や養蠶の合間に、「己も、ちよつくら、湯治に往つて來べえ、』と、同勢を誘合せて、ごろ〓〓と寢に來る連中の泊るにも都合〇二の好い宿屋まで、夏は山の奥もさながらの都をなす。ん千明は、武太夫や金太夫のやうに豪奢な風はないが、宿の者が親切で、客の便利を量つて、ちよつと運動に出ればといつて、番頭が案内めかして附いて來たり、煩さく客の座敷へ顏を出しては、祝儀を貪ぼるやうな事は爲ぬ、それに、かびつつめ銀杏に、引つ掛帶の、色の白い眼附の〓しいの利いたお內儀さんが居て、能く氣を付けて吳れるので、女連れの泊るには極好いので、三人は、本か舘の二階を二間借り切つた。お勢喜は、汽車や馬車や人力車の疲勞で、今夜は、もう運動に出ぬといふ、此地へは始めての鈴音と鎖子とは二人連で、湯元へと運動に出た、東京は、朝から汗が、だくだくと流れて、夜は夜で蒸して、骨も筋も溶けさうに成る今2口此頃で有るべきを、山の上は、フランネルに猶袷羽織でも引つ掛けたい位夏り、此
落ミ千代田草履に、しと〓〓と、極から湯の香の立つ石段を上つて行くと、『また東京から好いお孃樣が來た、』と、湯染を賣る店の主婦さんが首を延ばす。ところ〓〓人の出盛る頃を量つて、湯元の道は、處々に篝火を炊く、樹の枝に鐵網を吊し三て、松の枝を細かに折つては燃やすので、花火の樣にパチ〓〓と火の子が散る、ミ靑葉に火が反射する、斷間なく往來する人の顏が、ばつ〓〓と赤く成つては暗い彼方へ消える。た二人は手を引き合うて、溫泉塲の夜の景色の珍らしく、俳優らしい人、妻者らしい女、華族らしい奥樣と、逢ふ人每に、興じては評し合うて往くと、『あら、麻さんじや無いかしら、』と、鎭子が不意に言ふので、鈴音も驚いて其t方を見ると、挽物細工の店の前に立つて、何か買物でも爲さうに立つて居る男がある。さセルの單衣に、絞羽二重の兵兒帶を締めて、パナマの帽子を少し前下りに被つ妻者らさパナマの帽子を少し前下りに被つ絞羽二重の兵兒帶を締めて、〓〓て、卷煙草を咥べて居る、店の洋燈の火影に、半面が判然と見える。〓『然うよ、まあ、麻さんだ、』と、確かめて、早足に鎭子は馳け寄つて、a『麻さん、』と、店のお內婦さんが、見て居るので、愼ましく小さく呼び掛ける。『えツ』と、男は振り返つたが、『やあ、鎭さんかい、』と、手に持つた煙草を捨てゝ仕舞つて、笑みながら、鈴音の方を斜に見つゝ、〓『あゝ、吃驚させるじやないか、僕あ眞實に吃驚した、何宿に居るんだい、」『千明よ、貴郞は、』『僕は、金太夫、』す.鎭子は、手持なく側に立つてゐる鈴音を紹介すると、『あゝ、左樣、』と、麻之助2.1 rは帽子を取つて、『どうぞ、お心安く、』と輕く頭を下げる、鈴音は、默つて辭儀を爲た。て、笑みながら、鈴〓何宿に居るんだい、」(129)僕あ眞實に吃驚した、夏
露しづこあをさびかほみせほかげあお〓てうし鎭子は、蒼い淋しい顏が、店の火影に、ぼうと赤みを帶びて、聲まで調子づく。あさゆ90い『麻さん、もう、湯元へ往つてらしつて、』けあなたがたともまたおほこゑしづ『あゝ、然れども、貴嬢方のお供なら、又仰せつかつても好いよ、』と、聲は鎭おすぐねみとくちようなへいめんまろがほしろひたひみが子に、眼は鈴音を見る、特徵の無い平面な丸顔で、白い額が磨いてあると見しきつや〓〓えて切りに艶々する。べんしづこひとちがさえ〓〓『それじやあ、もう一遍往らつしやいな、』と、鎭子は人の違つたやうに冴々なさきたかゞりびまへにんとほと成つて、先に立つ、篝火の前を三人が通る。あさひどてがみへんじくだと『麻さんは强ひはね、手紙の返事を、ちつとも下さらないで······」と、鎮子は、あっちすけならあるたま2むね胸の不平を、をとこ麻之助と〓んで步行いて、溜つて居る男の氣を兼ねるらしく、少うちだし打出すと、はかてがみかめんだうでい、然うだつけかな、僕あ手紙を書くのは而倒でね······〓ひどしづこ『だがら、酷いわ、』と、鎭子が言ふのを、聽きつぱなしに爲て、しづこひとちがさえ〓〓鎭子は人の違つたやうに冴々(130)はかてがみかめんだう僕あ手紙を書くのは而倒でね······〓しづこ鎭子が言ふのを、聽きつぱなしに爲て、こちち〓、こざすぐねはな『此地はお凉しう御坐いますな、』と、鈴音に話しかける、さアラざすゞねたたた『左樣で御坐います、』と、鈴音は返事をして、かうとうしやうげふでたうせいさいしむりニけいはく『高等商業を出たといふ當世の才子だから、無理もないが、何處か輕薄な、ななをとこしつこふした。みの無い、此樣な男を、何うして鎭子さんが······』と、不思議に思ふ。こ、重三一夏その四(131)しづこおもこのちあさのすけきことえはなたの鎭子は思ひがけなく、此地に麻之助の來て居る事の嬉しく、離れて居れば頼みなひとゆうおもあみさかなりやさの無い人の樣にも思ふものゝ、逢つて見れば然うでもなく、可成には優しく、まるつきりきらゐおばはなししをりヒぶんけつこん全然嫌はれて居るとも覺えぬを、能く話を爲て、機よくば自分と結婚の事も、おもきみおる〓すぐおとすゞねいつそ思ひ切つて言つて見やうと、思つて居るが直に宿を訪づれるも、鈴音ごか、せきまへきまりわつひかへめがちきしやうかガは兎に角、お勢喜の手前差明が惡いので、控目勝の氣性とて三日四日と心なら
露すごせまごらうんごうではしよヒおはそのヽもガず過す、狹い生地でも運動に出かける塲所が其處此處と多いので、其後は掛けちがあさのすけあ違つて、麻之助には逢はなかつた。とうきやうおくしんぶんざつしつしよざいな東京から送つて來る新聞も雜誌も、讀み盡くして、所在の無い、とある午後、にんたいくつちひひきものざいくはんもくならicしづこ三人は退屈まぎれに、小さい挽物細工の碁盤で、五目並べを始める、鎭子が、じやうつすぐねせかなせやらいちばん上手で、鈴音もお勢喜も叶はないのを、お勢喜が口惜しがつて、『鎖子かなやひとひざ台さんには何うしても叶はない、どれ、口惜しいから、もう一つ。』と膝を直す折、こぢよちうしやうじあきやくさまさく人え炊婢がそろりと障子を明けて、「お客樣で御坐いますよ、」と言つて來る、三おなやうはんかしらあげは同じ樣に基盤から頭を上る。なんかたすゞねき『何て方、』と、鈴音が聽くと、なきヘおつをとこかたきんだいさ『お名前は仰しやいませんでしたが、男の方で、金太夫に居ると、左樣言つてわかおつ吳れゝば分るつて仰しやいます、」あさなしづこひとりごつすぐねひざう『麻さんじやあ無いかしら、』と、鎭子が獨言と鉛音も膝を打つて、そのヽもガ其後は掛けをとこかた男の方で、きんだい金太夫に居ると、さ左樣言つてさきつとあさのすけこちらとほかあさん『あゝ然うよ、必定麻之助さんですよ、此方へお通し爲ませう、ねえ母樣、」よこざたいくつしかたなょ『あゝ、それが好御坐んすよ、もう、退屈で仕方が無いんだから、ちようど好=ざせきすぐたちあがぢよちうしよ御坐んすわ、』と、お勢喜は直と立上つて、炊婢と一〓に、脫ぎつばなしに爲ゆかたてすりほてぬぐひざ〓てある浴衣を疊むやら、欄千に乾してある手拭を引つ込ますやら、急いで座敷ごおよびを取り片附ける。ぢよちうあんないあさのすけあがくけムめいせんひとへくろもんつき炊婢に案內せられて、麻之助が上つて來る、今日は銘仙の單衣に黑紹の紋付をき〓かみこうすゐしづこチツクで髪を分けて香がよく切ふ、もくれい着て居る、鎭子に、ちよつと日禮して。せんじしつれいあんまたいくつしか『先夜は失禮しました、餘り退屈爲たもんですから、あつかましく伺ひました、」すゞねあいさつと、鈴音に挨拶する。すぐねか、にひきあはせきじよさい『ようこそ、』と、鈴音は返して、母を紹介せると、お勢喜は如才なく、よいくだたうぢはひたあ『ほんに能うこそお出で下さいました、もう、湯治塲は日が經つと、他き飽きだいながあさのすけのうすみこのひとしづこつい致しまして·····と、言ひ乍ら、麻之助の樣子を見て、此男が鎭子さんの配夏
あひなしひといなんしづこつりあぷ、けいさく偶に成るかも知れぬ男だと言ふが、何だか鎭子さんには釣合はぬと思ふ、慶作さnつりあつりあはねさうゐおもみと鈴音とも、釣合はぬといへば、不相應に相違ないと思つて見る。ちやとうきやうもきくわしだよつたり茶を入れたり、東京から持つて來た菓子を出したり、四人は、それから四方山はなしきようはなしじやうづあさのすけすぐこうちき)なおもしるの談話に興じた、話上手な麻之助は、直に古くからの知己の樣に成つて、西白くにんあらいうげいはなしでかうさいじやうひつえうヒぶんえうきよくしやくはち三人を笑はせた、遊藝の話が出ると、交際上必要なので、自分は謠曲も尺八もぎだけいこうちぎだ1ミこんどさ義太夫も稽古した、その内義太夫が、まあ、ちつとは勝なのでと『今度お聽きに入れませうか、』などゝ但意らしく體を搖つて笑ふ、とくいからだゆずわらゆすたびかみ搖る度に、ちよつと髪をなくせ撫でる癖がある。せきおもはなしあひてなしづこだまよかたあさのすけくちもとみお勢喜が重に話相手に成つて、鎭子は默つて、能く語る麻之助の口元を見つめをり〓〓ひくわらかんしんつ)ききしょては、折々低く笑ふ、鈴音は感心した樣に聽いて居るが、侮蔑んだ目をしてはほヽゑゐ微笑んで居る。さつ)あさのすけはるなゆみいだしよまゐその內、廊之助は機名行をきか出して、、「、一一一にけいさく慶作(134)いすゞねまおもしろしづこさんせいせきよさひはひよろこたヾ言ふと、鈴音が先づ面白がる、鎭子も賛成する、お勢喜も好い幸と喜んで、直一ひきどうかうやくそくできあがちに日も定めて同行の約束が出來上る。じかんはかはなまきたばこすひがらはいふきあがらあさ二時間斗りも話し込んで、卷煙草の吸殻が唾壺に盛り上るやうになつた頃、麻のすけいとまつ之助は暇を〓げた。せさすぐねわざごめんかうむした一おくつざしきてお勢喜と鈴音は態と御免被ると、鎭子だけが送りにと、附いて座數を出る、部マはなはしごきはしづこうしろ屋を離れた階子の際で、鎭子は後から、あさあたしはなしたくさんあ『ねえ、麻さん、私話が澤山有るわ、』と、言ふと、あきくちはしごだんおし『有れば聽かうじやないか、』と、口では言ひ言ひ、さつさと階子段を下りて仕ミしづこお舞ふ、鎭子は追ひすがつて、あなたごいき『貴郞の旅宿へ往つても好くつて、』と、聽く。ほくミきいきいきんかうともだち『僕ん處かい、來ても好いさ、來ても好いが、銀行の友達が居るぜ、』ともだちいつしよしづこほ『あら、お友達と御一緒·····然う··と、鎭子は本意なさゝうに、そんなら、せきよさひはひよろこお勢喜も好い幸と喜んで、たヾ直あさ麻つざしきて附いて座數を出る、部(135)
露いろ〓〓何時、i'種々の話をする事に爲やうと、考へて居る內に、麻之助は、もう上り端で、番頭に下駄を揃へて貰つたり、お內儀さんに杖を取つて貰つたりして居る,ので、踏石に下り立つと、跡から其處に來た鎭子の顏を見て、『鎭さん、健康は、此頃好さゝうだねえ、』と、思ひ出したやうな案じ顏をする。だ『えゝ、ありがたう、大へん丈夫になりましたわ、と、、言ふ間もなく、『そんなら、失敬、』と、往つて仕舞ふ。9) ESH令逸かされた樣でもあるが、只何となく懷しさに、鎭子は熟と從兄の後影を見送る。(136)鎭子は熟と從兄の後影を見三二夏その五明日は榛名行と定めた前の日の朝、1至急と書き添へた手紙が日本橋の宅から、ミ屆いた。さ慶作の代筆で、禮造が少し病氣に罹つたから、お勞喜に歸京れと言つて來た、おた折角往つたものだから、鈴音は鎭子さんと宿へ能く賴んで置いて、迎へには又、誰れかゞ行く事にしてと、兎に角お勢喜に歸京れと書いてある、吳々も案じるなと書き添へてあるから、大した事は有るまいが、と、お勢喜は早速支度をして歸京て仕舞つた。旅馴れぬ二人は、跡に殘つて俄に淋しく、榛名行も止めやうかと一度は相談しハたが、宿の者が切りに親切に言つて吳るので元氣づいて、兎も角も行く事に爲る。〓こあくる日は、早朝から麻之助が京羅穿きに牛ズボンの感勢の好い裝をして誘ひに來た、お勢喜が東京へ歸つたと言ふことを聽くと、それはそれはと言ふを後見めかして何くれして、と二人の世話を燒く、その內にいひ付けた駕籠は來夏
露る。まち2かほじんじや伊香保神社の白旗も見えぬ程、しらはたみほときりふかおミラにんやどつひ町の上の、霧が深く下りて居る頃三人は宿できうくつのすゞねしづこふた窮屈さうに乘つた鈴音と鎭子との二つの山駕籠の側に、やまかしろやうふくを出た、は白の洋服に羽ぶたへねくたいめつあさのすけあとさきすてつきかわき二重の襟飾の目に付く麻之助が、lo後になり前になり杖を振る、駕籠の脇から白ろそで。かさすゞねなんどたもと絽の袖の重なつた、鈴音のお納戶の袂がこぼれる。ゆもとみちみをのぼなころあんてんきはかは湯元道から右へ折れて、上りに成る頃から、案じた天氣はガラリと晴れた代りやまうめづあつひあさのすけたあつあせ山の上には珍らしく熱い日になつて、かいに、麻之助は絶えず熱さうに汗を拭ふ。あさあつか=しづこあん『麻さん、熱さうね、』と、駕籠から鎭子が案じると、しづつ)やひとなつとぐしづ『鎭さんの樣に痩せた女は、きつとはいびやう夏は德だ、』と、言ふ、『鎭さんは、今に必定肺病になおもだしづこきわる成る、』と、言はれたことを思ひ出して、鎭子は氣を惡くする。ふただけしたゆほどみかぎはなのすゞれかへり二つ岳の下を行く程に、あ。見る限り花野である、鈴音は、歸途には此道を歩いて、をほどはなをおもむかみぼんみちとほ折りたい程花を折らうと思ひつゝ向ふを見ると、はるな一本道の遠い向ふから、榛名(133)きつとはいびやう今に必定肺病にひとばんとまりけさかへりみふたりづれをとこくうちひとりせいかつかうに一晩泊の今朝は歸と見える、二人連の男が來る、その內の一人が、「背格好が、かんざかせんせんみのつことからだちよつと神坂先生に似て、』と、見ると、むら〓〓と夢の事を思ひ出す。まことあゆめみのつかうだうせんせんみたびAA !!眞實らしく彼の夢を見た後は、講堂で先生を見る度には、お聲が耳に入るのみ、ゆめをりやうみなきうつとりミ〓えんびつ夢の折の樣に、身が痺えて氣が恍惚と成つて、動かしては居るものゝ、鉛筆でだひつきゐあやまりよくもてあそゐおもせんせい何を筆記して居るやら、まるで怪しい魔力に弄ばれて居るやうに思つた、先生しやしんつくゑ之だおぶんこそこたいせつしましづこの寫眞は、もう机の上にも出して置かぬ、文庫の底へ大切に納つたが、鎭子さるすときだおたまかほおあミんの留守の時、ちよつと出して眺めたが溜らず、そつと、顏に押し當てた事があたしせんせいらぶおすゞねかツのやまけある、『ああ、私は先生に戀して居る、』と、鈴音は駕籠に搖られ搖られ、山の景しきめいおもひくかa色も目に入らず、堪へぬ思を繰り返して居ると、みみみづうみみさきたあさのすけさけiiおどろ『見える、見える、湖が見える、』と、前に立つてゆく麻之助が叫ぶ聲に驚かされる。てんじんたふげきはるなふヒしやうめんはんせきかたちやま〓〓だいつか、天神峠に來たので、榛名富士を正面に、盆石の形のやうな山々に、園(139)てんじんたふげき天神峠に來たので、夏はるなふヒしやうめん榛名富士を正面に、はんせきかたちやま〓〓盆石の形のやうな山々に、だ園
露), 3, :まれて、眼の醒める樣な眞荅い海に景色が開ける、此處から十八町といふ榛名ご.け神社へまづ參詣して來て、直と引つ返すと、始めて其美しい景色を目の前に、湖畔亭ヘ三人は休んだ。三一悠然と晝食を濟ませると、ビールに目の側を少し赤くして、麻之助は、猶疲れyたやうにも無く、何やら向ふで談判を爲てゐたが、飛んで來て、六3『さあ、何うです、船を借りたが乘りませんか、』と、莞爾する。六でん、船ですつて、船で湖水を乘り廻すの、』と、鎭子は珍らしさうに、『田仕さん乘つて見ませうか、』と、いふ、鈴音は手を振つて、1LEA『だつて私は、船は嫌ひですの、一度潮干に往つて懲りましたのよ······折角でひすけれど······』と、氣の毒さうに麻之助に斷ると、らふ『おや、お嫌ひですか、此奴あ失策つたな、先へ聽いときや好つたつけなあ、」三三と、麻之助は困つたらしく頭を搔く。猶疲れ(140)老『然れども、何も私が參りませんだつて、お二人がお乘りになれば好御坐んすわ、ねえ、鎭子さん、』と、鈴音は深く笑靨を入れて鎖子を見ると、鎮子は麻之助の顏を見る。麻之助は詮方なげに、『ぢやあ、鎭さん、乘るかい、』と、上着を脫いで、支度をする。bil『然うねえ、』と、鎭子が躊躇して居るのを、鈴音は手を取つて、水際へ誘ふ、うつ〓水の上には小船が繫がれて搖れて居る、潑刺と小魚が跳ねる。水際へ誘ふ、(141)三三夏その六『麻さん、貴郞、今何處にいらつしやるの、』と、鎭子は、舳の方に扁く座つて、船側に肘をかけながら、船を押す麻之助を見上る。夏
語〓と『僕かい、今は芝の巴町に居るけれどもね、又引つ越すよ、引つ越したら報き六ニして上げる、』と、麻之助は切りに船を漕ぎ出す、濃綠の山の蔭が水の上で亂れる。KSD『私四月に水戶へ往きましたよ、』と、鎭子は、る0『然うかい、』と、冷淡に答へる、ㅊ『それで厭な事ばかり言はれて來ましたわ、え、』と、波紋を作る水の面を見る、「然うかい、其樣に酷いかい、何んなことを言つたの、』と、麻之助は、う處にして、山の上に動く綿の樣な雲を見る。『もう、學資は送らないつて言ふの、』『然うかい、それでも、もう、鎭さんには自活が出來るから好いや、』と、KSD四月に水戶へ往きましたよ、』と、鎭子は、糸を引き出す樣に語らうとすㅊ義兄さんも義姉さんも酷いわね麻之助は、氣は他口輕;)く言つて仕舞つて、春からの苦勞をも、向家して吳れる樣子もないのを、鎭子は梧擬かしく思ひながら、『意久地が無いんですもの、ろくに自活は出來ませんわ······それに、緣談が有るつていふんですの、』『緣談、結構じやないか、嫁けば好い、」と、麻之助は無雜作。『あら、嫁けば好いつて······』と、鎭子は男の菅なさをなさけなく熟と其顏を見守つたが、言ひ出すも此處ぞと、ニ、『麻るんが貰つて吳れやば好いがつて·····発兄さんが言ふの思ひ切つて意中を言つて仕舞つて打俯いた、さつと類に色が潮す、平常の鎭子に似氣もない〓; bo『え、僕がかい、』と、麻之助は怪限な眼を爲たが、『僕は鎭さんの樣な、女學者さんの良人には成る資格が無い、』と、笑ひながら嘯いて空を見る。夏鎭子ろくに自活は出來ませんわ······それに、緣談が有(143) bo女學者
爲あんいしづこちひこゐた『あら······彼樣なことを言つて······』と、鎭子は、小さい聲が震ふ、むねいつばいこゑのどつまでむりやうおもひたゞむえななはが胸に充滿あるが、聲が咽に詰つて出ぬ、無量の思は、只無言に成り終つてしまふ。あさのすけふねうみなかほどだこてミた麻之助は、(+船を湖の中程まで出したので、漕ぐ手を止めて、艦に立つて景色をながさましふなべんけいふし〓うたおもすぐまたここ眺める態を爲て、船辨慶の一節を小聲に謠ふ、かと思ふと、直に又漕ぎ戾しにか掛つて、ほくたのしよめいりくちあい13『僕なんぞを賴みに爲ないで、いをんなこ嫁入の口が有れば嫁く方が好いよ、女は其樣にがくもんししづちりとおにい學問を爲なくつたつて好いさ、鎭さんなんぞは全く健康を惡くする、』あたしいまはいびやうししまひや『然うよ、私は、もう、今に肺病になつて死んで仕舞ますわ、』と、口惜しさういにはかかなめまれたいつぱいたまに言つて、俄に悲しく、目に涙が充滿溜る。ゞあさのすけそのことはきふり麻之助は、其言葉は聽かぬ振をして、まつたはやえんづはうまたい『全く、早く緣付く方が好いよ、』と、又言つて、しづこちひこゐたいこと鎭子は、小さい聲が震ふ、言ひ度事むりやうおもひたゞむえななは無量の思は、只無言に成り終つてしミた(+艦に立つて景色をすぐまたここ直に又漕ぎ戾しに(114)またい又言つて、はくもらてバごこうとc『僕なんぞも貰ひ手があるから、聟に往かうと思つてる、檜森の姓を名乘つてゐゑらなんなまじやうしくちゝら居たつて、豪くも何とも無いもの、』と、眞面目に養子に往く口裏である。さてさしづこちつたぜつはうし〓きのふけ偖は然うかと、鐘子は、全く絕望して仕舞つた、昨日までも今日までも、かず〓〓のぞいとふつヽりきこのふねミニの望みをかけて居た糸は弗然と斷れてしまつた、えゝ、もう此船の底が割れて、みづなかしづし±ニ、uぜつぱうざぶ〓〓と水の中へ沈んで仕舞ひたい、いつそ飛び込まうかとも思ふ位絕望このよたましひあのよaさときまはうきの此世に、魂は曲冥へ拔け去つて、時の間に耆けたやうな氣がする。あさのすけとみしづこふさやうすみたら、きげんなほなにみ麻之助は、頓に鎭子の鬱ぐ樣子を見て、俄に機嫌を直させやうと、何か、と見またちまりくはうなにみ廻はしてゐたが、忽ち陸の方に何か見付けて、しづ=らんこらんたやみばくらしやせいおどろおごろはじ『鎭さん、御覽、御覽、田住さんが僕等を寫生して居る、驚いた、驚いた、始しやせさ。のあつるおどろめつから、寫生しやうと思つて、乘らなかつたんだな、驚いた、驚いた、』とんきやうこえさわてふくびいぞふねこ은と、頓狂な聲で騒いで、手を振つたり首を振つたりして、急いて船を漕ぎ戾す、えんぴつスケツチブツクもみづぎわまちうすゞねおもしろわら第二章生體シを持つて水座で待って行け、如昔は面白そうに炎つて夏みと見(145)
露とその、男の恍惚と爲るやうな力の有る眼元や、愛くるしい口元や、廣之助は「月ゴ、い女だな、』と、思つて、龜〓で甞て見た若い藝者に、何處か似て居ると、見詰める。あ船から上つた鎭子は、時の間に、顏色が惡くなつて居る、鈴音は怪しんだが、走り寄て、『鎮子さん、嬉しかつたでしよ、麻之助さんと一緒で······一つ船に乘つてらッ〓しやる處は、全然で繪でしたわ、詩にも成るわね、』と、笑ひかけたが、返事をchi爲ぬので、さし窺くと、鎭子は、ほろり、と涙を落した。鈴音は、大方の樣子を察して、始めから自分の好かぬ麻之助は何の樣に我友を苦しめたかと思ふと、惡いとまで思ひ成されて、彼方を見ると、彼れは、餘念つなく船を繫いで居る。あ鈴音は怪しんだが、時の間に、顏色が惡くなつて居る、(146)西夏その七{か、さひじひト俄に雲が出て、照る日が曇つたので、歸りの途は暑からぬを幸二つ岳の下にして、來てからは、駕籠を下りて、鈴音は鎮子と道を步いた。°ふ、鎭子は先刻から、怪しく無口になつて、思案に暮るゝ面色を爲ては、氣の拔けゆた人の樣に茫然ご居るのを、鈴音は大方を察して居るが、麻之助が終始側を離れねば、問ふにも語るにも折の無くて、船の上の樣子は聽かずに、只鬱がせまいと、慰さめるに務めた。)じ、麻之助は又、何と思つてか、妙に鎭子の機嫌を取り始めて、桔梗と女郞花で小さい花束を拵へて待つて來て。た「鎭さん、其方をお向さ、簪に爲てあげやう、」と、隔て無氣に添うて、肩を押へて髪へ手を觸れやうと〓しト二つ岳の下にじ、桔梗と女郞花で小た隔て無氣に添うて、肩を押
猛鎭子は無理に身を側へ外す。『よでざんすよ、』と、;『そんなら上げやう、折角僕の拵へた花束じやあないか、』と、優しく欺す樣な聲で、手渡しに爲ると、鎭子も詮方なげに受取る、麻之助は、それを見ると、莞爾ちよつと笑つて、再び花を集めに、茅萱の中へ踏入つた。1. (b鎭子は、熟と花束を、其濕んだ眼で見詰めてゐたが、つと、口を結んで、忽ち士に打ち付けるやうに投げ捨てゝしまつた、花束はばらりと解けて、女郞花が黄色に亂れる。其樣を見て居た鈴音は、默つて鎭子の手を抱へて、.『貴女、今日は、何も勘辨なさいよ、』と、其耳に囁いて、ミ『手傳つて花を取つて頂戴な、」と、點く鎭子と共に、路から横へ、背よりも高く芽萱の繁つた中に踏み入る。萩や桔梗や女郞花や、見る間に一抱にも成るを、猶鈴音は飽き足らず、美しい;優しく欺す樣なそれを見ると、背よりも高猶鈴音は飽き足らず、美しいほかや(花を見付けやうと、萱の葉に織弱な手の疵つくも構はす、彼方へ此方へ、草の中を迷ふ。麻之助も同じ樣に、花を取つて居たが、:『田住さん、田住さん、』と、向ふの方から、大きな聲で呼ぶ、と見ると、長いら莖に四つ五つ、燃え立つやうな六辨の花の群れ付いた、姫百合を一枝折つて、t) t)さ3杖で草を掻き分け掻き分け此方へ寄つて來る、白洋服の袖もズボンも、露と泥に夥に汚して居る。さ『何うです、奇麗でせう、上げませうか、』と、見せびらかす、鎭子は麻之助を避けて、疾くに彼方へ歩み離れてゐる、鈴音は、先刻から探してゐても、ちよつと見當らなかつた百合の花の美しいに、氣を奪られて、『下さるの、』と、聽くと、い、n『上げませうか、奇麗でせう、まるで貴女のやうだ、』と、近寄つて渡さうとす夏かや萱の葉に織弱な手の疵つくも構はす、(草の彼方へ此方へ、(149) n近寄つて渡さうとすまるで貴女のやうだ、』と、
区てさしだあさのうけとさいきなり麻之助は片手で、またるので受取らうと手を差出すと、支へる振をして、すぐねてさき?にきガーモはなシほどたか鈴音の手先を强く握つた、片手には花を、屆かぬ程に高く棒げて、ほんとうあなたわ)た、ねほどなはつよF『ね、眞當に、貴女の樣に奇麗だ、』と、鈴音が振り解かうとすると、猶强く握はなみうちゑもやうめり〆めて、花を見せびらかしながら、打笑んで、燃ゆる樣な眼をして、飽かずねかほみっも鈴音の顔を見詰める。すぐねはつさ鈴音は、腹立たしさうに、ひときヒじ『もう、要りませんよ、』と、强く振り切つて、くるり、と背を向けると、ぁぁすヾかな『あゝ上げますよ、上げますとも、』と、呼びかけても、鈴音は、ずん〓〓彼たゆおもじょむすびめあやめにな方へ行かうと爲るので、思ひ付いて、きちんと結んだ結目に、菖蒲の花の浮きてしろろしゆちんおびせおじたゆえださて出て居る、その、白の絽編珍の帶と背の間へ、百合の枝を挿さうと、手を延べはなむなちがやなかおあさのすけしたうちたが、屆かずして花は空しく茅黃の中へ落ち込んだ、麻之助は舌打をして、惜ながまたひろししさうに眺めたが、又拾はうとは爲なかつた。(150)-는:ツてまねし子の方へ歩んで往く、すゞねしかたあちら鈴音は、知らん顏をして、彼方に手招ぎ爲てゐる鎮かうさい〓あさのすけいやよい、ひたぶるしんちういか交際も薄い麻之助の卑しい無禮を、一向に心中に怒つて、未だ三五夏その八だかをかうかけぢやかいきほしやまのみはら駕籠屋山と野を見晴す小高い岡の上の掛茶屋へ、あと一里を一息に走るべく、こゑににんしほつかあしやすが先づ聲を懸けて入るので、三人も好い機に疲れた足を休ます。こやaウえだきむらさきやまかの屋根へ結へ付けられて、をはなふた枝もたわゝに、黃や紫や、折つた花は二つの山駕籠ひてやどな萩や桔梗が亂れ亂るゝ、はぎきゝやうみだみだ此處から日に照らされて宿へ行く間に、縱へばぐつたたしほしまあたをんせんひたいなたちはなくび立どころにりと花は首を垂れて萎れて仕舞つても、暖かい溫泉に浸すや否や、のものやうよみがへか=やとくいをんせんかうけんご野にある者の樣に蘇生ると、駕籠夫が得意に溫泉の効驗を說く。こつちしづこきくはすゞねさつきはるなニすゐふねうか榛名の湖水に船を浮べてから以來、鎮子が欝いで居るに加へて、夏か駕籠屋(151)すゞねさつき鈴音も先〓か
露ら不機嫌に成つて、〓〃二人共、麻之助とは餘り口をきかずに居れど、彼れは一向氣にも留めず、〓口笛を吹いたり、謠を謠つて見たり、構はず獨で元氣に爲て居る。片側へ鈴音と鎭子とがをかけて、天昼を張つてある下の腰掛臺に、i片側へ麻スタジア二人と一人と背中合せに腰をかける、つ麻之助は少し退屈さうに杖で地面を敲いてゐたが、『鎭さん、然ういへば、昨日金太夫へ來たよ、』と、ふお前の學校の先生が不意に言ふ、『さう、』と、鎭子は氣乘りの爲ぬ派答をする、ひやうばんぢよがくせい『評判の男さ、女學生の騒ぐ······おつと、惡口は言へない、鎭さんなんぞも崇ミ拜してゐる二人の說を見たが、六ら一人だらう、』と、橫に身を拈つて、ロ. a二人は向ふを向いて默つて居る、聽きたがりさうなものをと、麻之助は自烈度さうに、昨日金太夫へ來たよ、』と、お前の學校の先生がふ不意に±「神坂つて言ふ·······夫れでも博士さ、」と、言つて仕舞ふ。『まあ、神坂先生が······』と、思はづ鈴音が口走ると、すうはいたう。『おや、貴孃も崇拜黨なんですか、』と、麻之助は妙な笑ひ方を爲て、卷煙草を吹かし始める。ハ〓鈴音は我知らず、口走つた弊の調子の餘りに卑かりしを悔いたが更に我が居るこc33う何時何處でお目にかゝらうも此地に、懷しい先生が來られたといふが嬉しく、FER.知れぬと思ふと、俄に心が騒ぎ初める。麻之助は、冷かな眼で鈴音の方を見て、『何を講義して居るんです、』と、聽く、返事を爲ぬ譯にも往かぬので、をり〓〓『折々、科外講演にいらつしやいます、』と、少し身を橫に、腰掛臺に手をついて、鈴音が答へると、夏卷煙草を少し身を橫に、腰掛臺に手をつい
三『精神だの、理想だの、趣味だのつて事を、むやみに、井べ立てるんでせうな、』と、冷笑を浮べた鼻の突へ、煙草の烟を吹き付けて、輕蔑んだ眼で、烟のゆく迹を見て居たが、『あの男には、面白い話が有るんですよ、』と、又た薄笑ひを爲る。高が仕事といへば、帳簿を付けたり、紙幣を數へたりする銀行員の癖に、精神だ〓界に鞭を上げて、天馬に乗つて、一代の思潮を指示さうと爲て居られる、貴い、博學な先生を指して、あの男呼はりを爲るとは、生意氣にも程があると、鈴音は心から腹立たしく、鎭子と顔を見合せて點き合ふ。『面白い話つて、何樣な話しです、』と、鎭子は忌々しさうに、試みに聽いて見ると、〓『僕の銀行の理事がね、あの男の倫敦に居る時、同所に居たもんだからね、そもれで、能く知つてゐるんです、』と、麻之助は片足を折つて、膝の上へ載せて、試みに聽いて見された)悠然と煙草ばかり吹かす。鈴音は、その事の善き惡き、何に限らず、彼の先生の事と有つては、聽きたさに飛び立てど、先程の腹の立つたこともあり、心根を見すかさるゝ口惜しさに、二つ岳の峰を眺める。無理に默つて、三六夏その九(156)『面白い話なら、早く仰しやいなね、』と、が濟まないので、急き立てると、き、&『崇拜家の前なんぞで言つちやあ、〓之助は態と落ちついて嘯く。§『仰しやるが好いわ、』と、鈴音も終に我慢爲きれずに口を添る、夏鎭子も聽きかけた事は、聽かねば氣&何んな怨を受けるかも知れません、』と、麻麻之助は莞爾
露ゐとして居たが、えいこくせんせいじやうふこしらゐはなし〓c (,『英國で、先生、情婦を拵へて居たといふ話です、』と、惜しさうに口を切る。しづこすゞねかほみ『えツ』と、鎭子は鈴音の顔を見て、ほんとうたやみおくるめみにすゞねいろうご『眞當でせうか、田住さん······』と、驚いた眼を見張る、鈴音は色を動かしただまくちぐが、默つて口を噤んで居る。モんことあせんせいたやみしづこまたいつヾ『其樣な事が、彼の先生に······ねえ、田住さん······』と、鎭子は又言ひ續ける。し)めていつたいがく『そら、それだから······アハヽ鎭さんなんぞはお目出たいなあ、全體、學かうせんせいものめんかぶりたいのすけたばこすひがらむか校の先生なんて者は、みんな面被だよ、』と、麻之助は煙草の吹売を、向ふのくさなかなすおもあざやうかんしづこすこ草の中へ投げ捨てる、思ふさま、嘲けられた樣に感じたので、鎭子は少しむきなに成つて、あさひどことかんざかせんせいじやうふ『あら、麻さん、酷いわ、そんな事を言つて······それに、神坂先生だつて、情婦そのひとおくさんなつもりしる尊つたてて女女を幾ぼに爲さる稱だつたかも知れなにやありませ〓c (,惜しさうに口を切る。おくるめみに驚いた眼を見張る、すゞねいろうご鈴音は色を動かした(156)ところさなをかしニをんなニあかま『所が然うで無いから可笑いんだよ、四歲に成る女の兒の有るのも構はす、おしいろさたにつぼんにか、置いてきぼりに爲て、情婦には沙汰なしで、日本へ逃げて歸つて來たんだ、そこのごろそのをんなおきわけかほせんせいにげ其處で、此頃、其女が追つかけて來たと言ふ譯さ、伊香保へも先生、逃て來ゐしまたあとそのをんなおろよげて居るのかも知れない、又、跡から其女が追つかけて來るだらう、』と、快氣いあさのすけふたりおうちやうすわらに言つて、麻之助は二人の驚く樣子を見て笑つて居る。すゞねじぶんみのゝしマあだかちじよくろもち鈴音は自分の身を罵られたよりも口惜しく、恰も恥辱でも受けた心持が爲るのについめむかやままつきみで、腹立たしい眼に、向ふの山の松の樹を見て、えらひとちうしやうひとりごと『あんまり豪いから、人が中傷するんでせう、』と、獨言のやうに言ふ。ちうしやうあさのすけまたわら『中傷ですか······』とと麻之助は又笑ふ。こしかけだい2ふたりひとりせながあにむしはらくその腰掛臺の上に、二人と一人とは、再び背中合せに成つて、暫時しらけたが、其うちあさのすけあたわらぢかきか內麻之助は、新らしい鞋を買つて來て、穿き換へながら、をとこぶとくモニらさすうはいかミ、「男振りの好いのは德ですなあ、其處等にも、然ういふ崇拜家がある上に、此夏ひとりごと獨言のやうに言ふ。しはらく暫時しらけたが、その其ミ、此
露ミ頃じやあ又、或財產家の娘に見染められて、持參金つきの結婚談が持ち上つに付ては、て居ますぜ、』と、神坂博士僞か眞當か飽くまでも、知つたらしい事をいふ。鈴音と鎭子とは、顏を見合はせる斗りで、もう返答を爲ぬ、麻之助は平氣なもので、何か口の內で呻つて居る。身を休めて居る程に、t夏としも覺えず氣候は涼しい、と見ると、二つ岳の峰に切りに雲が動く、ひいやりとした風が袖に入る、惡瓦斯が幾人となく、人を倒したので、未だ其儘に廢家に成つて居る、蒸湯の有つた家が、ぼつんと小さく(見えて居たのが、白い雲に見る〓〓取り圍れて、雲が擴つて霧に成るか、目も〓遙かに七草の色を交ぜる茅童の野邊は、pos見る間に膝朧の夢見る野邊と變る、花つにも葉にも露が夥多に溜らう。か、『雨が降つて來ると不可ないから、早く歸りませう、』と、鈴音がいひ出すと、もう返答を爲ぬ、麻之助は平氣なも花か、早く歸りませう、』と、鈴音がいひ出すと、iー〓に一議に及ばず、再び二つの駕籠は昇ぎ上げられた、下り坂は駕籠夫の足が早いあゝS CUGので、麻之助は、草臥れた足を引き摺つて、後の方に成り勝になる。か、伊香保の町に歸つたは、日の暮れ暮れで、挽物細工の店には燈が付いて、仕出にし屋の店も忙がしげに、運動の浴客が、ぞろ〓〓と出かけるので、縮緬の羽織や、絽の帶や、華美な浴衣が散らついて、町はざわ〓〓と動搖めき初める頃であつた。三モ失望その一筧から湯殿へ流れふる湯の音と、筧から外へ流れ出る湯の音と、湯の音の絕間なく響く湯治塲の夕暮ほど、情の切なくなるものはない、溫泉に暖たまつた身nの弛懈く、ぼつんと思事を爲てゐると、よその宿から聽えて來る三味線の音編失ネ
露みながあんよふえしなんさほどが身につまされる、流して來る按摩の笛が胸に浸む、何となく氣が遠く、ぼつじやうあひとこひものなつかおもひすとして、情が溢れて、人戀しく物懷しく有るに有られぬ思が爲るものである。けふけさきりおニもちやまをのこやまそらうづゆふぐれきり今日も今朝から霧が下りて、子持山も男子山も空に埋もれて見えぬ、夕暮は霧こさめかはさめなかながっうすぐゆきが小雨に降り變つて、小雨の中を、流るゝ樣に薄雲が往來する。すゞねヒートからんかんもただそのゆふぐれかた鈴音と銕子は二階の橋干に凭れながら、果しもなく其夕暮を話り合ふ、部屋はか、はしひとしづはなしできとなりらうじんふうふよtざしき二階の端なので、來る人もなく靜かに話が出來る、隣の老人夫婦は他所の座敷はなしひつそりさらおこせをちこちきりなかへ話にでも往つたのであらう、寂然と更に音も爲ぬ、遠近の霧の中にちらほらともしびみモと燈火が見え初める。しづこあさのすけはくじやうかた鎭子は、麻之助の薄情を語つて、あんひとながあたししつばうし『ほんとに、彼樣な男では無いと忠つたら······私、もう、失望して仕舞ひましたわ、』かたおとと、ぐつたりと肩を落す。(160)しつばうし失望して仕舞ひましもう、あさのすけやうひとすしづこなゼかしつばう麻之助の樣な男に捨てられたとて、鎭子さんは、何故斯う失望するのであらうすぐねおちと、鈴音はそれが腑に落ず、しづこかまうなんあさのすけかたあんそたの『鎭子さん、斯う申しちや何ですけれど、麻之助さんといふ方は、餘り賴もしかたなしつばうほこミい方では無いじやあまるさんが、』と、「そんなに失望なるる程のみしづこじぶんしふちやくきまりわるじつかんがと、言ふ意味を籠めて言ふと、鎭子は、自分の執着を養明さうに、熟と考へ込んで居たが、さいさせいしつあたしエるシ『ほんとに然う言へば然うなのですよ、性質だつても、私とは全然で違ふし、あんまあなひとちひさときしよやだたんば餘り重みの無い力ですけれども····やつばり幼い時から一緒に田市ほたるごとんばおなになかうちふたで螢を取つたり、蜻蛉を追つたり、何かにつけて仲よく爲て·······その内二人ともあみなしごいとことしうへい共、いひ合はしたやうに孤兒にはなるし、從兄でも年長ではあり、何時が世たよしおもきいまゝでこのまでも賴りに爲やうと思つた氣が、今迄も徹み込んで除かないので、あんなをとこおもき男と思つても、やつぱり······』と、言ひ淀んで、失室しづこ鎭子さんは、なゼかしつばう何故斯う失望するのであらう(161)
露『高等商業へ入校てから、何時の間にか、彼樣いふ物質的な男に成つて仕舞つ···たんですの、今に富豪の家の養子にでも成る積なんでせう······』と、言つた;儘、久しく起らなかつた頭痛が、又始まつたと見えて、顳顬を押へる。ハ『だつても鎭子さん、麻之助さんといふ方は貴女がそれ程、失望なさるほどの値の有る方じやないかと思ひますわ、』『それは、左樣に違ひないの······けれども、私どうしても·····さ;『どうしても······』と、鈴音は鎭子の顏を窺くと、濕んだ眼を力なく瞬いて、『ねえ、田住さん、男といふものは、何故、此樣に信用が置けないでせう、麻ささんばかりでなく、神坂先生の事だつて、隨分呆れて仕舞ふじやありませんか、』と、純るゝ前髪を撫で上げる。ミ『私は、麻之助さんの仰しやつた事は、半分は信じませんわ、然れども全然僞〓たを仰しやる事も有るまいと思ふと······私、もう、眞實は苦しくつて溜らないもう、のよ······何といふ世の中でせう、』と、始めて鈴音も詫ち初めて、榛名の歸途がに、夫れを聽いた時の、心の驚愕を今更に、恐ろしと許り繰り返す。ミセミ夜と共に霧は深くなる、賑はしい二階の下の人聲や物音は、此世の外の響と聽えて、此世から遠く引き離す樣に、霧は欄干に凭る二人の處女を圍む、近い霧も''は小雨と變つて、四つの皆の悲哀に曇る、優しい面を冷たく打つ、憧憬の迷の:夢を、山の氣の凝つて落つる、あはれ此の〓い滴に直ちに醒ませよとばかり。三八失望その二ひ、鎭子は、鈴音の失望は、一世に秀でた學をも德をも備へて居られると、低糖化し切つて居た先生に頻に崇拜を打ち壞して仕舞ふ詰らぬ行爲を見出したからで、そやかしもの飛んだ、贋、物で有つたり、)〓喜捨してゐた本尊が、秘藏して居た金剛石が煉物で失望
露あミしつばうみ〓すゞねと有つたのと、同一の失望に見て居る、が、鈴音はそれのみに止まらぬ。をとこたによしやうあこがれわれしこひおちいニゆめあとお男に對する女性の憧憬は、我知らぬ戀に陷つて、かの果敢ない夢の跡を追うて、ゆつことしんべんじつげんきおもときuをで若し夢のやうな事が身邊に實現して來たならば·······と思時ならず胸が躍ひとなほあかたゞじぶんかんざかせんせ.ごくしんつたり、人も無きに類が赤らんだり·····自自たに神張元年の獨身といなんたのおもごくしんかんざかはかせひごなかざりじぶん何となく賴もしく思はれて、獨身の神坂博士が他人のもので無い限は、自分のをつとみかた.なくりおへおもした良人でなくとも、見ずとも語らずとも、唯その名を繰返すのみが嬉しく思ひ慕ねんあけくれほだししのぞのぞみいととこしたじふ一念を、明暮の袢に爲て、望めぬやうな望の糸を、永久に手繰り寄せる積でゐそのりさうひとへきがんびじんゐかねもちむすめえんだん有つたものを、其理想の人には、碧眼の美人が附いて居たり、富豪の娘の綠談うきけだかふうさいうようばうきよなとめなが有つたり、と聽いては、氣高い風釆も、麗はしい容貌も、淨い處女の、世馴れろあざむけがけいがいおもあさくゃひとりぬ心を欺く、汚れた形骸に過ぎなかつたと思ふと、淺ましく口惜しく、單獨でニュはんもんすゞねはじうちあし2は持ち堪へられぬ煩悶を、鈴音は始めて打明けて仕舞ふ。しづこわたしいしあたしかんざかせんせいおも『鎭子さん、私言つて仕舞ふりれど·····私は神坂先生を戀つて居たのですの(164)もゝいるじゆばんそでふこばながたもとらんかんうちかそいうヘよ······と、桃色の襦袢の袖を振り飜して、長い袂を欄干に打懸けて、其上がほかくしましづこあきみまもヘ、つと顏を隱して仕舞つた、鎭子は呆れて見守る。しづこあたしじぶんわるせんせいおもすぎし『鎮子さん、私自分が惡いのですけれど······つひ、先生を思ひ過て仕舞つてさニんしつぱう··然然して此樣な失望を爲て······あなたそんなかんざかせんせいちつし『まあ、貴女が其樣に神坂先生を······とは、些とも知りませんでしたわ、』と、わるいかしづこおのしつぱうかさミニしつばう五善いとも惡いとも言ひ兼ねて、鎭子は、己が失望に重なる友の失望を嘆いて、このよこんなつらいためいき『何うして、此世は此樣に厭苦でせうか、』と、溜息を、ほつと吐く。つらいくびがたすゞねほおなたながごとき···厭苦でせう、』と、首を傾げた鈴音の頬には淚が流れる、不圖その時、しいたけかんべうかたかかんぶつやきほどうづたかくらおめくらじまつゝば椎茸や干瓢の香の高い、乾物の山程堆い庫の中で、盲目縞の筒袖を振つて、はたらゐけいさくホ〓ホめまへふ働いて居る慶作の姿がちらり、と目の前に浮んで、あなたほかをんなにようぼうせき〓をとこたましひにほん『貴孃でなければ、他の女は女房には爲ぬ、』と、定めて居る男の魂が、日本はしおほだなむほわ士きりなかまよろんもおも橋の大店から、伊香保の山の霧の中まで、さ迷つて來る心持がすると、慕はる氣そいうヘ其上せんせいおもすぎし先生を思ひ過て仕舞つて
路をとこねんひしむねニたる男の念が犇と胸に反應へる。しづこきりをちかたみっ〓鎭子は霧に暮るゝ遠方を見詰めて居たが、たやみむジPニすつかりみなし1あそこやま『田住さん、向ふの山脈が全然見えなく成つて仕舞ひましたわ、彼處に山が有なみまばろしやエたまあしたみまぼろしやまつたか無かつたか、見えたのは幻の山で、又、明日見えたら、幻の山でしよあつてめざのつちふとこるそのやまう······たとへば、彼の山を的して上つて、土を踏んだ所で、如何して、其山しようこだばんやりミハサといふことが證據立てられるでせう、』と、漠然した事を言つて、考へ込んで〓居る。あなたおつかくしんことは.いかにきりとけこし『貴女のやうに仰しやると、確信といふ辭は伊香保の霧に溶込んで仕舞ひますわねえ、』あたしおむせきりニきしまふたりしたいだま『私の五體も、「霧に溶けて消えて仕舞へば好いに······』と、二人は暫時默つて〓しづこしきかたむね〓〓な居たが、鎭子は、切りに肩から胸の邊を撫でゝ、たやみあてしさつきむねいたけCIAおこふ『田住さん、私先刻から胸が痛んで不可ませんのよ、』と、病に怖ぢる聲が、(166)かくしんことは.いかにきりとけこし確信といふ辭は伊香保の霧に溶込んで仕舞ひますふたりしたいだま二人は暫時默つてCIAおこふ病に怖ぢる聲が、おろゐもう、震へて居る。おとろすよしづこかたおさとすゞね迫いた鎭子の肩を押へたが、むね擦り寄つて、『胸が痛んで······』と、鈴音も驚いて、きづかともかほみすよいろ吐く呼吸と吸ふ呼吸つて來る夜の色に包まれて、氣遣はれる友の顏は見えで、(〇〇たゞたなそこかんとの、苦しさうなが、只掌に感じる。たやみかにいやところ『田住さん、伊香保は厭な土地ね······』いやところふたりこゝろばそすがぁ二人は心細さうに言つて縋り合うた。『厭な土地ね·······』と、たもとさめふたり六りそでらんかんか霧の小二人の襟も袖も、欄干に懸けた袂も、いつか小雨に濡れそぼつて居る、さめそのそことほわらひごゑきか.いたおもしろきよまは雨と降る其底に、遠く笑聲が聽える、二階の下は、愉快い浮世の湯治塲である。(167)三九失望その三いやなきふいかほところ急に伊香保が厭な土に成つて、失望ふたりか、ヒたくにじ二人は歸り支度を始めた、とも知らぬお勢喜
露くはてがみミれいざうおもとほ委しい手紙が屆いて、たいびやうきからは、禮造は思つた通り、大した病氣ではないから、あんしんはちぐわつそつちを〓とき安心して八月いつばい其地に居るが好い、またあたしむかにま〓〓歸京る時は又私が迎へに往くと細々した認めてある。けも·れニ〓きししづこ然れども、鈴音は、もう此處に居る氣が爲ないので、そのむねいた:まゝおい鎭子の其胸の痛みも、其若し然しくもなニん儘置いて、ごちしやう成りでもしたら、此樣な土地では何うにも爲標が有るまおもつあすたいと思ふに付けて、きしまきのめすけ明日にも立たうと、そのそれに定めて仕舞ふ、麻之助は、其後おとこゆもといちどうしろかげみ訪づれて來ぬ、お湯元で一度、ミぁ後影を見かけた事はあるが、追ひ付いて逢はうとおもかはろなゆきひも思はなかつたので、らふたり二人は言ひ合はした樣に、あ彼の榛名行の日以來、;そのなくちせむろんさたたしまつもり其名は口に爲ぬ、無論沙汰なしに出立つて仕舞ふ積で居る。ちぎらかみあん千明のお內儀さんは案じて、うちむかくこと『家から迎へに來るからと、お〓としごろ宿へもお言ひ置きになつてあるに、じやうさまがたふたりミ,たき)わたくし御妙齡のお孃樣方をお二人切、おたくなくお立たせ申しては、私が御宅へ相濟みませんから、』と、さ(168)さそのいろじろおもてあいけふたしんせつか(と:んざ、其色白の面に愛嬌を湛えて、親切に搔き說いて、止めたのであるが、鈴ねしづこごき〓ことす音も鎭子も何うしても聽かずに、とう〓〓歸京る事に爲る。かひあさかうりおんえかふもりがさえびかない:0かござしき歸京る日の朝、行李や鞄や蝙蝠傘や、土產に買つた葡子蔓の籠などを、座敷のなかごあつ中へ取り集めて、なにわすものぢよちうみまはいつしよすぐねミ1み『もう、何も、お忘れ物は、』と、女中が見廻すと同時に、鈴音は床の間を見る〇·3分こごおろはんとうそつくりそのまおほくわびんこと、山駕籠から取り下して、番頭が依然其儘、大花瓶に打つ込んで吳れた過ぐひくさばなしほいあさかぜゆらる日の草花が、未だ萎れずに、吹き入る朝風に搖いで居る。あtすつかりはなミわすあぁひおもひでぐさ『あゝ、彼日から全然、花の事なんぞは忘れて居る、彼れも、彼の日の思出草ひやみか、ますゞねしづこつだにか.むみせぐち······』と、冷かに見返つた儘、鈴音は鎭子と連れ立つて二階を下りる、店口くるまき〓佳かみ난わとにかくちさらには人力車が來て居る、何くれとお內儀さんに話を燒かれて、兎角に千明をた立つた。いかほまちおひじやうきふはんさかおみつさはくわんのん伊香保の町を下りると、非常な急坂にかゝる、その坂を下りて、水澤の觀音へ失三:鈴ざしき座敷の(169)ひじやうきふはん非常な急坂にかゝる、さかおその坂を下りて、みつさはくわんのん水澤の觀音へ
露わかれみちほとりぢざうごうそばちやみせあきつかげとaながめの別路といふ邊に地藏堂がある、側には茶店が有つて、松の蔭やら利根の眺望いかほまちゆか、あきんどかならやすさ、はしよやら、伊香保の町へ、往くさ遠るさ、商人や馬子が必ず休む凉しい塲所がある、あさはんうんどうよくかくすくきすたばこほん朝に晩に此處まで運動に來る浴客も少なくないので、疵だらけの煙草盆に、吸すしがたかかをりひさあとのニめづかみちやみせひ捨てた葉卷の高い香が久しく跡に殘つて、珍らしさうに嗅いで見る茶店のち、かほたまよことたび〓〓爺の顏に立ち迷ふ事も度々ある。すゞねくだざかごはやまえごえうろつばじんなんによふた鈴音は、下り坂を飛ぶやうに早い人力車の上から、不圖、歐羅巴人の男女が二ちやみせまつかげこしかけガラつよみくさむらインニ人、茶店の松蔭の腰掛に睦ましさうに憇らふを見る、叢を隔つる前の往還を、るますせつなかざひゝみをんななつふくみづいろもすそひばくぎんせん人力車が過ぎる刹那、風に翻へる女の夏服の水色の裳裾が、飛瀑の銀線のやう六かすをとこしろむねねくたいくろのきよぎつばくらふに、さつと、眼を掠めて、男の白い胸の、襟飾の黑が、軒を遮つた燕の尾のやひらうに、すうと、閃めいた。おもまくらまわ玉みニおはやぶさつはさごとくうしゆんと思ふ間に、人力車の輪は、餌を見て舞ひ下りる隼の翅の如く、空を切つて峻はんくだけんけんひといきますしつくろものかたち始めキャキ坂を下る、五間、十間、一息の間に過ぎてから、今見た物の形が、て鮮かこヽろえいをとこぐわいこくじんなたしかかほりんかわくひげr4に心に映じる、と、男は外國人では無かつたと確める、顏の輪廓から髯の色、まゆこまや"かんざかはかせをんなまさミはな凛々しい眉の濃かなまで、まがふ方なき神坂博士、女は正しく異國の花、ちらみありさまあまつくろがねかたbなさけごあたかしなと見た有樣からが甘たるく、鐵の固きをも、我が情に溶かさでやはと、恰も品(にをんなごヽろすぐねひがを作るに似たと、女心に鈴音は僻む。四〇命その一いかほきりなかおかんとうきやうあつさほねみニーまへばし伊舍保の裳の中から下りて感じる東京の質氣は骨身にまでも微へる前橋からきしや:らじようきぢやうぶものめまかんしうの滊車は、全然で蒸氣に蒸されるやうで、健康な者でも、眩暈を感じるを、鎭ないたニみだねあ子は胸の痛みは去つたといふが、何處となく身が倦怠さうで.〓氣でも有りはす.ねあんうへのじごろせぬかと、鈴音は案じながら、上野へ着いたは五時頃であつた。すゞね=わがやかちびやうきみまひ鈴音は先づ我家へ歸宅つて、父の病氣が見舞たく、命
露こんやひとばんこまようちとましすぐあしたがくかへかへり『今夜一晩は、事に依ると我家で泊るかも知れませんが、直に明日は學校へ歸ますから、』と、言ふと、ひとばんいおやすみちうあなたかんびやういし『一晩と言はずに、休暇中は、貴女、看病してお上げになるが好いわ、』と、鎭くちいたのすぐねはなどんなこヽろほそ不安あん子は口には言ふが、頼みにする鈴音に離れたら、如何にか心細からうと、おもいうみみかほあらに思ふ色が見る見る顏に現はれる。びやうきかるあしたきつとがくかうかへ:『いゝえ、父の病氣だつて輕いんですもの、明日は必定學校へ歸ります、待つ〓ちやうだいふたりわかて居て頂戴よ、』と、二人は別れた。やエういやかつきとうきやうまたなほいやあたしこれな『山の上が厭で歸京て來ても、東京は又猶厭だ、私は、是から何う成るのであbilおもおもしよちうきうかエがらんどなのぞみならう』と、鎭子は思ひ思ひ、暑中休暇で、再び突洞に成つて居る、望の無い、つまさびきしゆくしやかへゆ詰らない、淋しい寄宿舍へ歸つて行く。すゞねれれもか、いせきおどろ鈴音は、ふらり、と我家へ歸ると、その不意なるに、お勢喜は驚くまい事か、おうちあきま驚くよりは呆れて仕舞つて、すぐあしたがくかへかへり直に明日は學校へ歸あしたきつとがくかうかへ明日は必定學校へ歸ります、:待つ(172)せきおどろお勢喜は驚くまい事か、きヘちゃ〓たtなし「お前、まあ、何うしたの、』と、茶の間で立つた儘に成つて仕舞ふ。あたしいかほいやなしまあつうきやう『だつても私、もう伊香保は厭に成つて仕舞つたんですもの、おゝ暑い、東京あつえもんこゆむすめさげは暑いはねえ、』と、衣紋を少し搖つて、娘は去り氣ない。ほんときヘひとあきひとしづこふたありつきりか、『眞實にまあ、お前さんといふ人は、呆れた人だこと、鎭子さんと二人切で歸きわかみみちなにごとな京て來て、まあ、若い身そらで······三十里からといふ路を······何事やうなビ、てがみでんしんミたから善かつた樣なもんの、何故手紙か電信ででも知らせてお造しでなかつむかおちじみたの、遞へに行つてあげると、彼れほど言つて置くのにさ、千明のお内儀さあほどたのおひとたいせつむすめんにも彼れ程賴んで置いたのにさ、この娘は、』と、大切な娘が飛んだそりやくあつきおもあミわか〓〓ミュ疎畧に扱かはれて來たやうに思つて、有るまじい事と、お勢喜は、若々しい聲つからで呟くと、かあさんかいきし『母樣、もう歸つて來て仕舞つたんだから、善いじやありませんか、』と、鈴音うろは煩さゝうに、命うきやう東京(173)善いじやありませんか、』と、鈴音
露とうさんおかげんう『父後は······御加減は如何なのよ、』と、で、せのつすけお勢喜は辛と茶の間へ座り込ん聽く、だん〓〓い11/3ろはいきなりたふ『あゝ、段々好い方よ、風呂塲で突然倒れなすつたんださうだよ、やつぱりおさけごくあたきヘあたしかまでけいさくよかん酒の毒に中つたんだね、それでお前、私が歸宅る迄、慶作が、それは好く看びやうしむすめかほいろみみ病を爲てあげたんだとさ、』と、娘の顏色を見い見い、うちゞうもの心九かんしんでんばうおも『家中の者が、一同感心しきつて居るわね、電報をかけやうと思つたけれども、モせつかくほやうおどろいきcoた夫れじやあ、折角の保養をお驚かしする事になるし、それに、お醫者は大しなてがみた事じや無いと言ふしと思つて、ことおもじあめて一時は周章てましたけれど、やつばり手紙あのみで上げましたつてね······よく考へて居るわね、」なうじうけつ『腦充血ですつてね、』なうじうけつごく〓〓かるさきんじミ.いけな『さゝ、腦充血でも極々輕いんだとさ、二度三度續いて起ると不可いけれど、をさべつしんぱいなあまげやうきあた是れで治まれば、別に心配することは無いんだとさ、』と、餘り病氣に當つた(174)ことせきむざふさ事のないお勢喜は無雜作にいふ。しんぱいすゞねまゆくもあとさきみまはそのなか『だつても心配だわね、』と、鈴音は眉を曇らして、前後を見廻すは、其中でもけいさくきせき慶作が氣になるのである、お勢喜は語を次いで、とうさんねしやうばいことすつかりけいさくや『父樣が寢ちまひなすつてからと言ふもの、商賣の事は全然慶作が遣つて居る昨日からも靜岡の方へ往つて居るの、きのふしづをか〓かんしんごんですよ、感心だよ、あの男は······こ'あせなこにわあたニ、の暑さに、汗みづくに成つて働らいて、暑さにでも中らなけりや好いがと思つてゐるんだよ、』さすゞねうなづけいさくないつぞや『然うねえ、』と、鈴音は頷く、慶作の名を、先般ほどは惡く聽かぬと、お勢喜たのう)きは賴もしい樣な氣が爲る。とうさんいよゐき『父樣は······今、お眠つて居らつして······』と、聽くと、こつられいざうねかさきた『まあ、此方へお出で、』と、禮造の寢て居る二階の部屋へ、お勢喜は先に立つ。おほどほならひでんとうみせおろ大通りの習慣とて、未だ電燈が付いてから間もないに、店では、もう、戶を下命あとさきみまは前後を見廻すは、そのなか其中でもけいさくな慶作の名を、いつぞや先般ほどは惡く聽かぬと、お勢喜
露〓して居る。四-命その二衰へた父の顔を2.暫時見ぬまに、見詰めて、蒸し暑い夜の空氣を、團扇で婦ぎながら附き添うて、父の枕邊に鈴音は座つた。と)『心配する事はないつて、お醫者樣は言ふけれどな、何しろ土用の此暑氣だから、起き上つても體が懈怠くつて、さつばり力が無くつて不可い、』と、禮造は大きい括枕の上で首を左右に振る。『父樣はお加減が惡くつちや、私心細くつて仕樣が無いわ、早く快く成つて起きて下さいよ、』と、はた〓〓と〓扇で輕く父の投げ出して居る腕を敲いてら六:鈴音は無理な物强請を爲るやうに言ふ、娘の言葉の中には、二人とない父親の2.團扇で婦ぎな病氣を、眞から思ひ煩らふ優しさが不愍な程籠る、後から射す電燈の蔭に、ぞまの〓しい眼を濕ました色白の美しい面を、ちらと見ると、禮造は微笑んで、『お前は夫れ程父樣の病氣が心配かい、』と、仰向に成つたまゝ嬉しさうに瞬きをする、だ『そりやお父樣······心配で無くつて何うするんですのよ、』と、懐しさうに再びち.父の顏を見る、いろ〓〓しんぱい『己も種々心配するからな、それで此樣に腦を痛めたんさ、』と、禮造は其廣い額に掌を載せる、しんぱい『まあ、父樣、そんなに心配なさる事が有るの、』と、言つたが、病む父の辭には、痛くも胸を貫かれるのである。!『お前も、ちつたあ、親に安心させなさい、』と、意有り氣に又言はれて、鈴音ち.크は身を縮めて圓扇の柄を嚙みながら打俯いて仕舞つた、庫造りと庫道りとの命ぞ-(177)それで此樣に腦を痛めたんさ、』と、禮造は其廣い言つたが、病む父の辭に
露〓、狹い間を、這ふやうに吹いて來た日本橋の上の風が、すうと枕元の窓から入ると、鈴音の髪の毛が一筋、鮮かな素顏の頰の方へ靡く折抦お勢喜は、見るから凉しさうな玻璃の器へ、アイスクリームを山程盛つて持つて來た、枕元に盆の儘据える。〓ミ,か見ると、禮造は珍らしく、威勢よく床の上へ起き上つて、『伊香保は何うだつたい、』と、鈴音に聽きながら、お勢喜にコツプを取らせる。24『ま、お起きなさるんですか、』と、お勢喜も鈴音も、今夜の禮造の機嫌を悅ばしく、共に冷だいクリームに咽を濕はして、それに少し夜の熱さを消しながらす.〇十涼しい伊香保の山の物語を續けた。神坂博士の噂こそ爲ね、鎭子の事も麻之助の事も、伊香保に有つたゞけの事を話して、〓ニ一私、父樣、少し我家に居て、看病をしてあげたいと思ひますけれど、今話しと、伊香保に有つたゞけの事を〓少し我家に居て、ニ看病をしてあげたいと思ひますけれど、今話しd.鎖子が重い病氣にd.た通り鎭子さんが、眞實に可憐さうなんですからね。』と、なりはせぬか、何う思ふと、父にも母にも聽いて見て、『ねえ母樣、あの麻之助さんといふ男は、ほんとに厭な男ねえ、』と、言ふ、c『さうさねえ、何うも輕薄らしい、賴もしく無い男だね······男は見てくれが惡くつたつて、强固した所が無くつちやねえ、』と、お勢喜の腹は、例の慶作が充滿に成つて居る。鈴音は、瞬間默つてゐたが、か、『だから父樣、明朝は、やつばり學校へ歸りますよ、鎭子さんが何樣にか、淋〓しがつて居るでせうから、然うして、ちよいちよい、家へ來る事に爲ませう、」と、言ふ。『あゝ、好いとも、ちよくちよく、顏を見せに來てさへ吳れゝば結構さ、己もミ停山に看病なんそ爲れる程の病氣じやア無い、もう、直に麻が上げられるだ(179)
露らう、』と、娘の顏を見た禮造は、目立つて今宵は顏持も好い。『早く然うなれば、ほんとに安心しますわ、』『さうですとも、お前も、然う心配しないが好いよ、』と、お勢喜は手を延べてが鈴音の着て居る瀧に鼓の絞つた、裕衣の襟の、深く折れ過ぎてゐるのを直して遣る。四二命その三玉木壽代は、三伏の炎暑をも、海にも山にも避けず、倦まず恐れず寄宿舍を城廓にして、己が監督の務を怠らぬ。ミ時刻、眠い倦怠い時刻の正午から二時三時頃までは、壽代は舍監室の眞中に端を引いて、;然と座つて、一縷の糸薄すりと燻ずる香の烟に相對して、木像の樣倦まず恐れず寄宿舍を城·〇に座る、座禪を組んで膽を練る、膽の底から、氷を撫でゝ吹き起るやうな凉しあい風が舞ひ上つて、壽代の身に沸く暑熱を掻き消してしまふのであらう、然れ(ばや、夏が來ても熱いとも云はねば、冬が來ても寒いと說いた事が無い。の二僅十五人ばかり殘つて寂しがつて居る寄宿生は、鎭子が歸校つて來たのを悅んで、又明日は田住さんがいらつしやると、嬉しげに動搖めき合ふ。胸の痛みは忘れるやうに去つて、別に氣分が惡いと言ふのではないが、何となの父子は適多多處じるのて、血色が怒くだ眉もう儀健。てがのにもしく見えるので、秘かに玉木は案じて、『檜森さん、貴孃に助けて頂いた級は、九月から又その〓師が出て來るさうですから、學校の方は何ですが·····他他家家〓師の日が有るのですがこ顏色が少しよくないが、お勤めになる事が出來ますか、も一度、醫者の診察をお受けに成つては如何です、胃でも少し惡く爲てゐらしやるんではないん命
露ですか、』と、穩やかに言ふと、『自分では、何處も何とも無いと思ひますけれども······其内に診察を受けて見ませう······先生、私は御存じの通り、如何しても自活して往かなければなら=何ないので御座いますから、さういふ家庭〓師の口でも御座いますのなら、〓卒、お世話を願ひます、一生懸命に勉强致しますから······」と、切無氣に賴む。『それは承知しました、然れども體は大切ですから、どうぞ要愼して下さい、」と、壽代は懇切に注意した。む. t鈴音は、翌日の朝、例の寄宿舎へ心添の土產物を持つて、暫時見ぬ巢鴨の通りじ、を懷しく、學校の門を入ると、大玄關まで雨側に植ゑてある檜葉が、植木屋の手がはいつたと見えて、奇麗に背比べをして、蠟燭形に井んでゐる、橫手の要木垣も、四角に角が刈り揃へられて、涼しさうに枝が透いて見える、請堂の側(182)どうぞ要愼して下さい、」と、の櫻の樹ばかりは、〓苦しく繁つて、其枝に、じじ、と鳴く蟬の音から、今日の暑熱が沸くやうに思ふ。か、い)鈴音は車夫に行李を持たせて、袴を少し揭げて急いで行くと、寄宿含の方から突然『首縊だい、首縊だい、』と、叫喚きながら、白痴の平が、福神一つで飛んで來た、くびく·『首縊だい、首縊だい、』と、又自分を越して、門外の方へ馳けて往つて仕舞つた。ニ鈴音は何とも分らず、胸部どつきりして、立ち縮んで仕舞ふかと思ふ程吃驚したが、常から無茶苦茶を叫嘆き廻る、辻褄も合はぬ、物のゆくたても分らぬ白痴の平が何を言ふかと、氣を落ちつけて思ひ直して、寄宿舍の窓の方を見ると、身を乘り出して、自分の方を向いて、切りに手招きを爲て居る者が有る命其枝に、じじ、と鳴く蟬の音から、今日か、袴を少し揭げて急いで行くと、い)寄宿含の方から首縊だい、』と、叫喚きながら、白痴の平が、福神一つで飛んで來くびく·首縊だい、』と、(183)又自分を越して、門外の方へ馳けて往つて仕舞つ
露とそれが鎭子で有ると知つた時、で下した。ミ鈴音は、な何故と言ふ事もなく、只安堵の胸を撫四三命その四た鎭子は再び校醫の診察を受けたが、別に大した事はなく、强ひて病名を付ければ、やつぱり輕い神經衰弱で、胸の痛かつたのは神經痛で有つたらうと言つた。それで一日壽代に、麻布の某華族の邸宅へ連れられて、目見えの樣な譯で、-度その〓師に逢つてから定めやうといふ主人や夫人や、預けられる令孃等に面こ,會して來だ九万がるぼく知間に成つて、〓令に精を出きうといふ積校醫の言葉を信じて居る故か、存外鎮子は安心して居るが、何うも食慾が進ま伊香保へ往つて一週間が程に見直ぬらしく、日に〓〓痩せるのが目に付いて、〓した血色は、再び惡くなつて、健康でさへ居れば、陰氣でこそあれ、ちよつとだん〓〓す.人の眼にも付く容標が段々と窶れて往くので、始音は當人よりも强く案じた。朝から入道雲が、のつそりと大空に首を出して、起きても寢ても、歩いても座つても、じとじとと汗ばかり流れて、草の一葉だに動かす風といふものゝなかつた日である、蟬は聲の有り丈を張り上げて、さま〓〓の鳴聲を立てる、聽き分けられたら、さま〓〓の文句を〓べてゐるのであらう。之玉木先生は座禪に岩を凌いで居られるであらうが、生徒は、机の上の轉寢の夢故郷の父母が出たり許の兄さんが出たりして居る時刻で、ミ枕に、夏の眞晝を寄宿舍は、しんと爲て居る。大もらP 3)二人の部屋では、鎭子が一通の封狀を取つて、鈴昔に見せた、鈴音は手に取るど、麻之助から來て居るのであるから、珍らしいと、『中を拜見しても好くつて、』と、聽くと、命鈴音は手に取る
露ちやうだいあやといすゞねしよめんだみ書面を出して見『えゝ、見て頂戴、』と、怪しく鎭子は濟まして居る、鈴音は、ほうしよまきがみら生はんすけつこんひろうじやうやうしると、奉書の卷紙へ立派に版に刷つた結婚の披露狀で、養子に往つたので、改せいひろ)モあ姓の披露も添へて有る。ごんくっしづこかほした·ほヽふみ『まあ······と言句も次げず、鎭子の顔を見ると、鎭子は、さびしい微笑を載ふうじやうiiくちびるふるすゞねてかつもらいきなり細かに引き裂せた唇を震はして、鉛音の手から封狀を返して貰ふと、しまいて仕舞つた。ちつみすゞねじぶんきのふそかんざかせんせいせうざうしやしんばんはさみ熟と見て居た鈴音は、自分も昨日、秘密と、神坂先生の肖像の寫眞版を、鋏できざしまおも刻んで仕舞つたことを思ふ。すゞねかぢざうだうちやみせかんざかはかせみあさのすけことはまこと鈴音は彼の地藏堂の茶店に、神坂博士を見てから、麻之助の辭の眞實らしきをしをとめまよひほんぜんさとさどうじたまきせんせふくんかいかは知ると、處女の迷から飜然と悟り醒めたので、同時に玉木先生の訓誠が、乾いのいのくだきよいづみしたヽりやうしとほた兩に存み下す〓い泉の濁の樣に浸み徹つたのである。たひとうきよよくばうみゐへいばんしうがいふうさいがくもんいつは15誰れしも均しい、浮世の慾望に滿ちて居る平凡の醜骸を、風釆と學問に僞り街そ秘密と、かんざかせんせいせうざうしやしんばん神坂先生の肖像の寫眞版を、はさみ鋏でふうさいがくもんいつは15風釆と學問に僞り街あらかだくせいみちびすくひねし〓そのひとヒぶんガつて、恰も濁世を導く救主のやうに擬して居た其人に、自分は斯ばかりも憧憬おもあさくマはらたれてゐたかと思ふと、淺ましいやら、口惜しいやら、腹が立つやらで、よくよかんがみかんざきはかせあさのすけくらけいさくはうくらゐまことにんげんく考へて見れば、神坂博士や麻之助に比べたら、慶作の方が何の位眞摯の人間しおもにんげんまごゝろめくらじまつ·ばシじつか知れぬと思ふ、人間の眞心といふものが、彼の盲目縞の筒袖を者てゐる胸のうちごのやうあいしおも內に如何樣に溢れてゐるか知れぬと思ふ。かくしやしよもつしやうにんそろばんモこほどたかいやしせてる學者が書物を持つも、商人が算盤を持つも、其處に何れ程の高い卑いの差別があくちせいけんごおこなひまだうすさがくしやどんこまみて有る、口に聖賢を說いて、行は魔道に荒む學者よりも、溫飩粉に塗れた手でもかたぎいつしんそろばんはじしやうにんはうくらゐたつとしあさのすけありふ固氣一心に算縫を彈く商人の方が何の位責いか知れぬ、n麻之助の如きは、有觸ばんさいかんざかはかせごとまれみはくしきひとヒけんゆるそのかんざかはかの凡才であるが、神坂博士の如きは稀に見る博識の人と世間が許す、其神坂博せかんぶつやけいさくをとかうゐぁけいさくこゝろもちきよしくさ士には乾物屋の慶作よりも劣つた行爲が有る、慶作は心持が〓い、死なば腐るひとたいしうびニおかたつとまごゝろ人の五體の醜美を問ふは愚か、貴いは眞心である。おもすゞねめミヘかぶゐさうまくすこやぶさけめ斯ふ思ふと、ひる鈴音の目の前に被きつて居た理想の幕が少し發れて、裂目から廣さけめひる裂目から廣
ぷい世間の片端が窺はれ始める、鎭子が、失望から失望の崖を傳うて、終には命の淵へ陷らうとするにひきかへ、鈴音は失望から覺醒して、容易に活動の光明に觸れやうとするのである。とう一こ鏡子は引き裂いた奉啻の紙を案の內へ丸めて熟とそれを見然そ居る鈴音も默つて何か考へてゐる、互に沸く胸の思に苦しめられてゐるのである。折抦、鎭子に、水戶からお兄樣が面會にいらしつたと、小使が〓げて來た、鎭a子は不思議な面色をして、考へて居たが、太儀さうに立上つて、衣紋を繕ろつか、て面會室へ下りて往つたが、一時間ばかりも爲て部屋へ歸つて來た、鈴音は待〓ち兼ねて居て聽くと、悄然と机の側へ座つて、か、『田住さん、私はとう〓〓義兄を立腹して歸しましたわ、」と、唇を嚙む。늘語るを聽けば、義姉の生家が、彼の鎭子を緣付けやうといふ男から、少なからきぬ負債を爲て居るので、今度期限が來たから何うしても返済せねばならねが、鈴音も(188)生家の方は、もう融通はつかぬ、融通をつけやうならば、義兄が自分の家作をい大カラ抵當に入れねばならぬ、然し、お前が緣付いてさへ吳れゝば、返濟の期限を暫時延ばさうと、先方で言ふのであるといふ。『きつばり斷はつて遣りましたから、義兄も義姉も、さぞ私を怨むでせう、怨らけまれても、何うせ、私は······』』、何やら口の內に言ひ消して仕舞つた、別に泣かうとも爲なかつた。怨別四四命その五ち鈴音は再び父の病氣を見舞に、我家へ往つたが、留守の間の半日を、鎭子は如かい.何して暮して居たらうと、氣に爲て歸つて來ると、机の上も本箱の上も奇麗に片付いてゐる。命
露『鎭子さん、奇麗にお片附なすつたわねえ、』と、言ふと、『えゝ、餘り散らかして置いては、醜いんですもの、』と、答へた。す.夕暮は凉しい風が立つて來たので、鈴音は、終日垂れ籠めて居た鎖子を促がして、夕飯を濟ましてから、彼の見晴しの好い芝の上へ出た、實つた稻穂は重さン〓二三羽飛うに風に靡いて、的もなく案山子が弓に矢を交へて立つて居る、烏が;んでゆく森の方では、蜩が〓しい聲で鳴き始める。つひ菜の花が咲いて居たのも昨日で有つたと鈴言と其に、腰掛に寄りながら、鎭子は悄然と眺めて、七五?「月月の立つのは早いものですはねえ····彼處の田市へ貴が頼もう直でせう、』と、言ふ。ま『此冬は少し奮發して、下の級の人に交つて、雪投でも爲て遊びませうか·······』ど、鈴音は快濶に笑つたが、其辭は鎮子の耳には、ズらなかつたらしい、(190)腰掛に寄りながら、もう直〓『春から以來、私ほど不愉快に暮らして居る者はないでせう、』『これから貴女、最少し快濶にお成りなさいよ、哲學書なんぞお讀みなさらない方が好いわ、』『えゝ、』と、生返事を爲る。『然うして、鎭子さん、家庭〓師の方は如何なつて······』『今朝、先方から斷つて來ましたの、體格が惡いと言つて······』と、失望にもひけ、ミ馴れてか、冷かに言つて仕舞ふ、鈴音は、ちつとも然うとは知らなかつた事を驚いて、『まあ、然うでしたか····華族なんぞを言くものは詰らない事を氣に爲ね、體格が何うだつて、精神が判明して居れば結構じやありませんか、」と、な態とらしい慰めを言つたが、鎭子は他の思に耽つてゐる。『雪が降る······雪が降ると、向ふの森の景色が奇麗なのよ······見たいわね命
第(ハ···森の雪といふ題で、新體詩を作らうと、何時かつから、思つて居たのでしたけれど······』と、靜かな氣高い眼ざしを爲て、恍惚と眺めて居たが、鈴音の片手を握つて、や)『田住さん、貴女の樣に親切な方は無いわ、貴女のお蔭で、私は今日まで生きて居ましたのよ、』と、言ふかと思ふと、顏を袖に押し當てゝ、さめ〓〓と泣き入つた。こ『あら、鎭子さん、何を仰しやるの、其樣に氣を弱くなすつて、何うなさるのよ····しょや、鈴音は心配さうに、優しく肩を抱いた。い『麻さんには捨てられるし、義兄には怒られて仕舞ふし、其上、斯う體は弱いんですもの······田住さん、私姉が墓の中で、私を待つて居るやうな氣がしちにuますの、父も母も、私が往つたら、さぞ喜ぶでせう······』と、泣き瞳ぶ聲が震へる。(192)何うなさるのよ····二『また、貴女は······』と、鈴音は慰めるに困り果てゝ、『鎮子さんもう、暗く成つて來るから、彼方へ往きませう、P然うして、今夜は島川さんのお部屋へ遊びに往さませう······』と、chi强ひて鎭子を屢掛から立たしめた。暮色が迫つて、森に騷ぐ晩鴉の聲が快よからぬ。森に騷ぐ晩鴉の聲が快よからぬ。四五命その六しまかはい. s家族合せでも爲て遊んで來ませうと、島川さんの部屋へ往つて、いる〓〓鈴音は種々にす.勸めたが鎭子は往かうと言はないで、兎角に言葉少なに十時頃床に就いた。ミ虫が知らせるといふ事が世の中には有るかも知れぬと、ごダ鈴音は不圖思ふと、床に入つたが動悸ばかり盛ぐ。床
ニヘカねか、ヒーあい今夜は、何うしても寢てはならぬと思つて居るので、鎭子には怪しまれぬやうむんくらなかめあみうごせあせに、洋燈を消した暗い中で、目をばつちりと明いて身動きも爲ずに居ると、汗bあつくるたかねむが、じり〓〓と沸いて〓苦しさに堪へがたい、それにも係はらず、眠つてはながまんとなりミしづこやうすちういぞんぐわいしづこらぬと我慢して、隣の床の鎭子の樣子に注意してゐると、存外、鎭子は、すやねむしづこねむおもすやと眠つて居るやうである、『あゝ、鎭子さんは、眠つて居る、」と、思ふと、かマちかかうなりごゑとほつ、とほ蚊帳に近い蚊の呻聲が耳から、だん〓〓遠くなつて行く、遠くなつたと思ふじぶんまどろねむまたと、うと〓〓と自分は微睡むのである、あゝ、眠るのではなかつた、ど、又、めああたりくらあつねむおもむねそこ眼を明くと周圍は暗い、〓い、睡いと思ふ胸の底から、しづこしづこないとニュき『鎭子さんが若しや··鎭子さんが若しや······」と、呼醒ます聲が聽える、ねむねむおもうちすゞねひるつか『眠るまい、眼るまい』と、思ふ內に、何時か鈴音は、やつぱり、畫の疲れに、なにごとしねむし何事も知らずに眠つて仕舞つたのである。し土ごめあまくらもとしらねむ不『あら、眠つて仕舞つた、』と、圖、眼を明けると、枕元は、もう白んでゐる、(194)まくらもとしら枕元は、もう白んでゐる、とりこゑとなりミしづこ〓何處かで鷄の聲がする、隣の床には鎭子が居ない。びつくりおあがかやでおよびしづこつくゑう一式吃驚して起き上つて、蚊帳を出ると、片附いてゐる鎭子の机の上に、たやみすゞねさましづこ田住鈴音樣、鎭子·····としてある。ふ、ミさふうしよごあはつ、として、封書を取り上げながら、若しや、若しや、と思つてゐた事が愈じつげんてわないきまどあさあかよ實現するのではないかと、手が慄く、息が詰まる、窓を開けて、朝の明りにふうきなかばよくだきどうてん封を切つて半讀み下すと、もう氣が動頗して、何うしてよいやら、あたふた、こヽろさわと心が騒ぐばかり。ねまきすがたつくろまきせふるててがみヒふるしどけない疑衣姿を繕ふ間も氣が急いて、慄ふ手に、手紙を握つたまゝ、震ふあしやつふこたひちうはしごだんおしやかんしつしやうじきまろ足を辛と踏み堪へて、無中で階子段を下りると、舍監室の障子の元へ轉ぶやうよねしづほかへや1:に寄つて、未だ寢靜まつてゐる他の室を憚かりながら、せんせいせんせいシミちひあーたよめさCarr『先生、先生、』と、聲を少さく周章だしく呼ぶと、眼を醒まして居た壽代は、どなたき『何方、』と、聽く、命一式
露『私で御こざせんせいしづこたいへんい分坐います、先生、鎭子さんが······大變で······ちよつと、往らしつて下ふるへごゑいきおどろひさよおさいまし······』と、震聲で言ふのを聽いて、驚いて、壽代が起きて來ると、こらんくだすぐねもてがみさしだ空『これを·······御質下さいまし······』と、鈴音は持つた手紙を差出して、二六ひろて繰り擴げる。うきよはくがいひくにまこのうへながゆうきつにさふら憂世の迫害は、日に〓〓加はり、今は此上永らふる勇氣盡き果て候へば、今ひかくごきはまをそろいまさらかなおんまへさまおんわかれやろ宵こそはと覺悟を極め申し候、今更に悲しきは、御前樣との御別に候、生れさちうすおいたうつくやさおんとでかげながらに、幸薄く、忌はしう生立ちし身を、ようも美しき優しき御袖の蔭に、けふかはたまうれまなよのつねそろけお今日までも庇護ひ給はりしと、ありがたし嬉しと申すも尋常に候、今朝、起くちそヽそろさいにはかきぶんわるしたゝかニけついたそろさけはきて口激ぎ候際、俄に氣分惡く夥多に吐血致し候、この吐血にこそ、父も母あねいのちうばさふらほしよういたそろいしおつみさにも姉も、命を奪はれたるものに候へ、保證致し候醫師よりも、己が身は己こよちさうらふおもあいよさらかなそろなぐささきたまそ豫知いたし候よと、思ひ當てたることの今更に悲しう候、小草の尖端に溜つゆにかまたかなつぐさなつひくさあくたる露よりも果敢なく、又は、刈りたる夏草の夏の日に腐れて芥に成るにも似かららくろがねくるまにひとおもひかくだぞんそうつまらぬ命は、とまる、鐵の車の齒に、一思に噛み碎かれんと存じ候、息の止るさいごあんたそろ最後までも呼ぶは御名に候。0ひとうらそろ〓ひとべつかのこおんちくだそろこと人は怨まず候、彼の人には別に書き殘さず、もし御會ひ下され候事もあらば、うらたヾおんつたくだたまきせんせいおんめぐみおんむくい怨みてにはあらずと、なん只御傳へ下されたく、玉木先生の御惠にも、何の御報いたくやそろも致さぬこと口惜しく候。0なほまをしおさうらふことおんまへさまそくさまこけつこんあそ猶くれ〓〓も申置き候事は、ミそろ御前樣、慶作樣と御結婚遊ばされたき事に候。またはいしやくきんすこヽろまおさうらふまさらおんはづ又拜借の金子心ならずもその儘にいたし置き候事。そろ今更なる御恥かしさに候。あいどくをさふらしヽゆうわたくしおんおもあと恋童いたし危り候ひしーイオーメの計業は私ニからか遊ぼこれていあなたおんそはをくだそろも貴女の御側へお置き下されたく候。かのこおさうらふこのふみおんまへさまおんひら書き殘し置き候此文、さうらふせつおんおどろおはかまゐ御前樣御開きあそばされ候折の、御黨きを推し量り參さふら只何も〓〓御ゆるしはり度候。おんたまさたくそろらせ候へども、かしこ。と止めてある。ひとおもひかくだぞんそう一思に噛み碎かれんと存じ候、とま息の止る(197)
露ひさよひごろみいうりよいろまゆうかためいき壽代は、日頃に見の憂慮の色を眉に浮べて、溜息を吐きながら、がみまをさねおどろなみだでこゑで紙を卷き納める、鈴音は驚きに淚も出ぬ、聲も出ぬ。 * てくる〓〓と手 * 〓あさとほいたばしわうじつてつだうせんるねこみむざんしづその朝、遠からぬ板橋から王子へ續いて居る鐵道總路の側に見るも無怪な鎭なきがらみときあさすゞねきうしひさようでの亡骸を見た時は、あまりの淺ましさに、鈴音は、氣を失なうて、書代の腕にあ倒れかゝつたので有つた。* * * * * やまひさいはつはんしんふやゐなれいざうやつおあがびやうじよくほとり八七け病が再發して、半身不隨に成つた禮造が、辛と起き上つた病褥の邊で、分家のらうじん七七七ひさよはいしやくなすゞねけいさくしうげんさかづきごか老人と、玉木壽代とが媒妁に成つて、鈴音は慶作と祝言の盃を取り交はした、けいさくけふめくらじまねすもんつきはをりはかま〇十七なヽめかますわ慶作も今日は、盲目縞を脫ぎ捨てゝ、紋付の羽織袴、扇子を斜に構へて座つたさまおのづかむけあるじはづくわんめそなすぐねみづいろろひと樣は、自ら大家の主人として恥かしからぬ貫目が備はる、鈴音は水色の絽の單ゑんにあめづたかしまだせきしろえりかさエめなんい衣に、艶に似合ふ珍らしい高島田、お勢喜も白樣の重ねに眞面目に成つて、禮〓 *ざそうれななみたこは造は嬉し泣きに涙を、ほろ〓〓と零して居る。げんしゆくかたさかづきニPすたまきせんせいむなほ嚴肅に、固めの盃の取り遣りが濟むと、やをら、玉木先生は向き直つて、すぐねあなたけしんしやうがな.ぢよしだいがくゐん『鈴音さん、貴女は、今日から新生涯にお入りになる、どうぞ、女子大學院のそつげふせいもにんむやうわたくしまをしあげミわす;わ卒業生の摸範と成られる樣に、私の申上た事をお忘れない樣に願ひます、然ごりやうしん=かうやうもちろんごりやうじんアハうして、御兩親への御孝養は勿論、御良人へ、何處までも能くお仕へなさらなニンニおれるうおやまざそうとしまことねば成りません、』と、言葉穩かに、生みの親にも勝る、〓の師の誠を籠めてい言はれると、ちひニすゞねうつぶこのときひあto『はい、』と、小さい聲で言つて、鈴音は、打俯いたが、其時、向き合ふて座つ2けいさくおめでつゆひとしづくちやうはかまひざおとみせつて居る慶作が、淚の露を一雫、はらりと、茶字の袴の膝へ落したのを見た、利なすゞねまことけけいさくわがをつとおしちまごころ°那に鈴音は、眞實に今日から慶作を、我良人と待かん眞心が沸いた。そのせきしりぞこんどひろうえん,けしやうじ.らそれで、其席から退いて、今度は披露の宴に列なるべく、化粧の間へ入るや否きやうだいひきだしレントかきおきこだや、鏡臺の引出から、鎭子の遺書を取り出して、命(199)
露しづこむねいだなそのみつ『あゝ、鎭子さん·······』と、胸に抱いて泣き伏したのである、このよはるうらあきゆふべかぜちツミきさなとた此世の春を怨んで、秋の夕の風に散る露の如く消え去つた、しの偲ぶのである。やがあゝるむかすゞねすめうちこわかくさはちぎ頓て、鏡に向うた鈴音の〓しい眼の內には、是れは若草の葉に契る、つゆきようるはなみだたまとも見る露ほどの、潔い麗しい泪が溜つた。みせおくこんれいことほひとごゑうづあらんうれひゆつミ店と奥とは、婚禮を祝ぐ人聲に埋まつて、恰も憂なき夢の國のやうに、あき合ふ。すゞねはるかとこしへかゞやゆ鈴音の春は、斯くて永久に輝き行くのである。そのみつ其身に厭苦かつなとまさら亡き友を今更にこわかくさはちぎ是れは若草の葉に契る、はるみたま春の資石さヾめ(200)かとこしへかゞやゆ斯くて永久に輝き行くのである。露終著作者大塚楠緒子月八年一十四治明行發日七月八年一十四治明二刷印日發行者本橘靖頁東市牛込區西五軒町五十二番地石田道三郞東京市東織區本裁町一番地中央印刷所東京市京鐵本橋町一不許復製錢拾六金價定印刷者露印刷所發行所昭文堂東京市本郷區弓町振替口座七六七四番
木下尙江氏著吉野臥城氏著吉野臥城氏著木下尙江氏著松本雲舟氏譯吉野臥城氏著吉野臥城氏編澤田順次郞氏著加前直士氏著木下尙江氏著說小說小說小說小說小日明人文飢○昭文堂發兌圖書要覽墓痛露乞何處ニ往ク電話番号の治藝と宗詩塲快食法集路〓渴版(三版)總ク(三版)口總クロー十名〓七枚入繪口給挿書入總クロース肖像自筆入六入家大塚楠〓子女史著木下尙江氏著松本雲舟氏譯吉野臥城氏著塲快版(三版)口給挿書入總クロース口總クロー繪入近近送定小送定小定送定小定送定送定定價壹圓貳拾料價料價包科價 包價 料價 包價 料價八六六卅料四四料七六卅料八六四拾拾拾拾五貳拾八拾五八五五刊刊錢發 錢錢 錢 銭 錢 錢錢 錢錢 錢錢錢錢拾
〓烈なる故人の健筆に依りて譯せられ將に美杜翁名著にして世界の文壇に嘖々たる本書は裝して今秋の文壇を飾らんとす。クロイチェル島村抱月君序德富蘆花君序リナタ長恨故筑山正夫君譯定價四六判總クロース美裝五拾錢
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