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咲いたりな一死報国須磨明石 夏目漱石の俳句をどう読むか39

咲たりな花山続き水続き

 連なっている花山に花が咲いた、小川が流れている、という程度の意味ではあろうが「花山続き水続き」という表現は凝りすぎていてよく解らない。花山天皇という人がいて、花山薫という架空のキャラクターがある。しかし花山とはそもそも何だろうかと考えてみると案外これが解らない。花山天皇はクワザン天皇である。主要な辞書に「花山」の説明はない。ただ文字面から漠然と花が咲いている山かなあと思うだけである。しかしそれはたまたま花が咲いている状態の山ということであり、その花が桜ならば二週間くらいで散ってしまう。実際に「花山」という状態があるとして、それは実に限定的なものである。

 また「花山続き水続き」という景観があったとして、「水続き」の解釈は「小川が流れている」でいいものだろうか。

咲たりな石神井川に水続き

 なら解る。しかし山々が連なっているところに「水続き」の解釈は?

 これはまさしく「春の水」、ためて流れる春水なのではないのか。

咲たりな梅高し春ひくからす 

誹諧諸集訂誤


一茶叢書 第6編


四季発句一万集 和歌山発句互撰会 編和歌山発句互撰会 1892年

 なんとなくではあるが「咲たりな」と詠みながら「花山」はくどいように思うし、続き続きもやかましい。水は要らなかったんじゃなかろうか。

桜ちる南八男児死せんのみ

 この句には「一死報君恩といふ意を」と添えられている。とはいえ、徴兵を逃れるために送籍したんじゃないのとなんとなく意地悪なことも考えてみる。「南八男兒、死せんのみ」は「大丈夫は屈すべきでない」という意味らしい。

此語は有名な語として、後世、大丈夫を指すに南八男兒の語を以てするほどである。蓋し霽雲は南家の第八男であるから此の名を呼ばれたのである。

死に直面して
加藤咄堂 著大東出版社 1944年

 そして「一死報君恩」は近藤勇の絶筆からきているものか。

孤軍援絶奈俘囚
顧念君思淚自流
一片丹衷能死節
唯陽千古是吾偉
靡他今日復何言
取義捨生吾所尊
快受電光三尺劔
只將一死報君恩

 しかしやや遅れて、渡邊緝の絶筆にも、「一死報君恩」が使われている。

元期一死報君恩
志操從今聞衆論
不管微軀連刑戮
豈汚天禀大和魂

 というあたりのところから「一死報君恩」という言い回しそのものは既にあり、もともとは一死報国の方が古くから使われていたところ、近藤一十三の時代には「国」という概念が何を指すのかが曖昧だったので、「一死報君恩」と書いたのであろうか。

 それにしてもこうした言葉が第二次世界大戦まで続く大和魂の精神に利用されることを鑑みるといささか軽薄に感じる。この時点では漱石には『吾輩は猫である』の「大和魂の歌」に見られるような批判性がなかったのだなあと少し残念に思う。

 時代が違うとはいえ、この年齢の谷崎潤一郎はもう皇国批判の精神を身に着けていた。子規と共に当時の漱石は少し甘ちゃんだったと感じる。平和な時代に生きているからこそ、やはりそこにはきちんとした線引きが必要なんだと思う。旗を振るという行為にはそれなりの責任が付きまとうと考えた方がいい。そういう意味では形も中身も感心できる所の見つからない句である。

鵜飼名を勘作と申し哀れ也

 解説によればこの「勘作」とは「日蓮上人御法海」という浄瑠璃に出てくる人物のようである。と言われても何のことかさっぱりわからない。

 ざつと読んでみたがやはり解らない。しかし子規の評価は「◎」だそうである。

 要するに二人の間では「勘作」とは「日蓮上人御法海」というものが共通の風俗としてあり、「勘作」という名前は「ひろゆき」や「ホリエモン」のように何某かのキャラクター性を獲得していたのではあろうが、「日蓮上人御法海」という話そのものがピンとこないので、勘作がどのくらい哀れで、そのことを俳句に詠むことにどんな価値があるのかがまるで解らない。

マルキスト名を幸平と申し哀れ也

 みたいなことだとは思うが、勘作……。考えを突き詰めて作るという名前なのに、鵜呑みにしているのが哀れ?

 ともかく死んだことが哀れなら名前は関係なくなる。3,10,5のリズムで詠んで「◎」の評価もいただけない。


時鳥たつた一声須磨明石

 解説は

かたつぶり角振り分けよ須磨明石 

 と「須磨明石」が被った芭蕉の句を紹介する。

霧に立つや蝸牛の角の山二つ

 この子規の句は芭蕉への返しか。子規には三十ほど「須磨」の句が有るがいずれも秋の句である。

須磨明石みぬ寝心やたから船   嵐雪

 まあ須磨明石とは只の場所なので新年の句もある。

山かけて卯の花咲きぬ須磨明石  支考

名月の帆先にうれし須磨明石   里紅

 なんでもありだ。

ぺいぺいのペイするときは須磨明石

 なんでもありだ。

インボイス確定申告須磨明石

 なんでもありだ。

性加害ただの飲み会須磨明石

 なんでもありだ。

仲里依紗案外エロイ須磨明石

 なんでもありだ。

本麒麟あなたの今日に須磨明石

 なんでもありだ。

人民銀金利は据え置き須磨明石

 なんでもありだ。

本まぐろイカタコ鰺と須磨明石

 なんでもありだ。

ハム胡瓜レタスとトマト須磨明石

 なんでもありだ。

時鳥たつた一声須磨明石

 これも何でもありの句だ。

時鳥たつた一声インボイス

 これでも成立する。

時鳥たつた一声仲里依紗

 これでも成立する。

 二人の間では通ずるものがあったかもしれないが、他人には解らない句だ。

[余談]

 巻き込むな。

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