芥川龍之介 大正三年秋 短歌十四首
あざれたる本郷通り白らませて秋の日そそぐ午後三時はも
紅茶の色に露西亜の男の頬を思ふ露西亜の庭の畑を思ふ
秋風は南瞻州のかなたなる寂光土よりかふき出でにけむ
黄埃にけむる入り日はまどらかにいま南蛮寺の塔に入るなり
秋風は走り走りて鶏の風見まはすとえせ笑ひすも
ゼムの広告秋の入り日に顏しかむその顔みよとふける秋風
をちこちの屋根うす白く光るなり秋や滅金をかけそめにけむ
ごみごみと湯島の町の屋根黒くつづける上に返り咲く桜
遠き木の梢に銀に曇りたる空は刺されてうち黙すかも
あわただしく町をあゆむを常とする人の一人に我もあり秋
かくかくにこちたきツエラアの書(ふみ)をよむこちごちしさよ図書館の秋
日の光「秋」のふるひにふるはれて白くこまかくおち来十月
木乃伊つくると香料あまたおひてゆく男にふきぬ秋の夕風
秋風の快さよな佇みて即身成仏するはよろしも
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