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橋立の山なき国の納豆売 夏目漱石の俳句をどう読むか73


  電気ケトルに水を入れお湯を沸かしてインスタントコーヒーを飲む。殆どそんな手軽さで、あなたはこれまでの人生を変えることができる。キンドルアンリミテッドに登録すれば、それだけで小林十之助の本は読み放題になる。そうするとこれまであなたが真実だと思っていたものがでたらめだと解る。
 そう、すべてはでたらめだった。

 たった一つの真実がここにはある。

橋立の一筋長き小春かな

 解説に「橋立は天橋立」とある。

 なるほど天橋立が一筋に長く伸びているよ、小春日和だなあという句か。小春であろうが真夏であろうが天橋立の長さには変化がなかろうに、その眺めが小春らしいということか。
 子規の評点は「◎」。少し甘いような気がするが、仲良しだから仕方ないか。

 それにしてもだ。

 芥川も高浜虚子に沢山俳句を送っていた筈。それなのに虚子のところから芥川の句は一つしか見つかっていない。絶対どこかに消えている。これは本当誰かに真剣に探してほしいものだ。


武蔵下総山なき国の小春哉

 日本はほぼ山なので、山のない国はない。武蔵にも下総にも山はある。ここは武蔵下総と言ってその国境の両国当たりの海抜の低さを指摘しているところであろうか。

 京都の日本海側から東京の太平洋側と移動がやかましい。そんなにあっちこっちに小春を見なくても良いような気がする。

寒山落木 1-5 [5] 正岡子規 著[正岡子規自筆] 1896年

天の川山なき国の真上かな

雲の峰や山見ぬ国のひろひもの   芭蕉


俳諧紅緑子 佐藤紅緑 (洽六) 著有朋館 1904年

目も遥か山なき国の雲の峰

 なにやら評点をつけ合った形跡のある中で、さすがにこの句なぞは芭蕉の句と意匠被りが嫌われたか。

 それにしてもこう並べてみてようやくはるかに眺め賺し、やや視線を高く、顎の上がった漱石が見えてくる。

武蔵下総山なき国の小春哉

 この時漱石は地べたを見ていない。地べたなんぞを眺めていても最近では何とかペイが普及したせいか小銭すら落ちていないのでつまらない。二十九歳で死を思うのは早い。そう感じさせてくれる句だ。


初雪や小路へ入る納豆売

 解説は「ふーん」しているがこれは面白い句なのではなかろうか。「初雪で冷えたか、納豆売りが小路へ入った、たちしょんぺんするつもりだな」というのが句意であろう。
 勿論たちしょんべんとは一言も書かれていないが、西新宿のこのあたりの路地に入ったことのある人なら解るはずだ。煙草警察みたいな人が見張っていて、切符を切ろうと尾行してくる。

 要するに「小路に入る」とははた目から見ると「よろしくないことをする」という動作なのだ。無論当時は煙草を吸うことは悪いことではないので、ここは初雪と絡めると「冷えて小便がしたくなった」という解釈は自然なものであろう。

宮藁雑記 [3]

 冷えて縮こまった小さい納豆売りのおちんぽから、黄色いおしっこが流れ出るさまが画に浮かべば、滑稽であろう。それでもなおかつ白い息を吐きながら「ナツトーウナットウ」と小声で言ってぶるっと震えるのが見えてくるようではないか。

有声無声 嶺雲生 著嵩山房 1908年

 え?

 お、おんな?

少女スケッチ 沼田笠峰 編博文館 1910年

 納豆売りの少女が路地で袴に着替えて学校に!


現代児童教訓実話 下田次郎 著同文館 1910年

 確かに少女が多いな。

 こうなると納豆売りの小さなおちんぽには消えてもらうしかない。


御手洗を敲いて砕く氷かな

 この句は、

御手洗の氷を敲いて砕くかな

 でないと手が痛い。それとも本当に御手洗を敲いて振動で氷を割ったのなら、漱石は寸勁ができることになる。あるいはここでは御手洗が水なのか場所なのか道具なのかを問うている句と言えようか。
 叩かなくても、つん、とやれば氷は割れそうなものだが、何か神頼みの前に景気づけをするような句に見える。

 そういう意味では、

幸先に源吾の碎く氷かな

明治俳諧五万句

 なんとなく被った感じがあり、

新纂俳句大全 冬之部

御手洗の氷叩くや鳩乱る 

 これなんかは意匠としては被っているんだろうし、

明治句集 新年の巻

若水を汲むべく砕く氷かな 

 これもね。


明治句集 新年の巻

石打てば氷のわるゝ響きかな

 これもまあ、被っていると言ってよいだろう。まあ子供でも大人でも氷と見れば砕かなくては気が済まないというわけではなく、氷と言えばそもそも砕かれるものだから被った感じになるのだろう。

ひもかわ温飩捨水碎く氷哉

柳亭筆記 3巻 [1] 柳亭種彦写

 このくらい捻らないと。


[余談]

 やはりそうなるか。ついているついていないに関係ない読み方は難しいのか。


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