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芥川龍之介 短歌「Fragment de la vie」
Fragment de la vie
Ⅰ
夜をあさみかなしかる子はおち方の空をながむと花火見にけり
風かよふ明石ちゞみのすゞしさに灯もけさばやとといふは誰が子ぞ
つとひらくふところの鏡空のむた花火をうつすふところの鏡
ぬばたまの夜空もとほくかつきゆる花火を見るとかなしきものか
とく帯の絽はうすけれどこの情うすしとばかり思ひたまひそ
夏ながら翡翠もさむしさりなげに眉ひそめつゝ鬢をかくとき
つりしのぶ二上りなしてふる雨の中にいささか青めるあはれ
きこゆるは人の歔欷(さぐり)か夜こめて秋づくままになけるみみずか
かざす袖の絽こそうすけれ空のむたちり落つる花火透き見ゆ
わが恋もかかれと見守る遠花火しかすがかなし暗にちるとき
きりぎりすなくや夜ふかくものうげにこのたをやめのかごとするとき
口ずさむ竹枝の歌のあはれさにみづから泣くと云ひにけらずや
ふためかす蝙蝠(かははり)の羽くろぐろと絽の羽織するわれを思ひね
見まじきは蝙蝠安の頬つぺたと夕まつ空にとべる物の怪
うたひやむ新橋竹枝みづからを吉井勇に擬すと哂ひそ
Ⅱ
みつみつし久米はしなしな夏蝉の紗の羽織着てゆきにけるかも
酔ひぬれば節を拍ちつゝ涙して李白をうたふわれをこそ見め
夏まひる菊池は今かひたすらに虱ひねりて綺語を書くらむ
越の海岸の松ふく浜風の光りを恋ふと行けり松岡
浪枕旅にしあれば成瀬はも思出(もひづ)とすらむ日本の女
Ⅲ
蚊をはらひ又蚊をはらひわがペンの音ききすます夜ふかみかも
黄色(わうじき)の灯もこそゆらげ蚊をはらふわが手ゆ出でしいささかの風
夜ふかくひとり起き出でてのむ水の音あはれを知る人もがな
[大正五年八月十七日 恒藤恭宛]
【余談】
芥川龍之介君の『偸盗』はまだ未完だ。従つて十分なことを言ふことは出来ないが、『芋粥』『半巾』『運』などゝ比べると、もつと巧みにその客観化の手腕を見せたやうな作であつた。勿論、作中人物の内部の心理で、事件を運んで行つた形は、巧みなやうであつて実は巧みでない。それに、沙金といふ女の心理、(未完だからよくはわからないが)それを取り巻く婆さんや兄弟の心理、その自他融合が余り深くぴつたりとは行つてゐない。好い加減な程度で、逼真の度が足りない。しかし、これは矢張、前に言つた至難境であるから止むを得ないことだ。
そうなんだよな。『偸盗』が〆切に間に合わないから未完になったとするなら、余りに惜しい。
おっしゃる通り。
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