とにかくとても疲れた。すべてが無駄なことのようにも思えてくる。
寝ていて転んだものなしとはいう。この理屈はよくわかる。爪を燃すと狂ひになつてよ、とは聞いたこともないし、因果関係がわからない。
しかし問題は矢張りあなた自身にないだろうか?
彼の利き手はどちらで、切られられている爪は、手の爪、それとも足の爪、はたまた鷹の爪?
それに男の部屋に鏡台?
今日は何月何日?
読んでいるそばから今読んでいることが抜けていく、ざるで水をすくうような読みからは何も生まれないとさっき言ったばかりじゃないか。
言ってない?
言ったような気がしたんだがなあ。
爪はケラチン。
笑気は一酸化二窒素。
たいていの人の指は十本。
利き手の指の爪は鋏では切りにくい。
この鋏は和ばさみだろう。
クシャミ薬というのは聞かないが、当時は盛んにクシャミを引き起こす毒ガスの研究がされていた。
牧野はそのことを言っているのであろうか。
それにしても「道子は笑ひながら見てゐる」という気持ち悪さ。それはまるで新着記事に一つだけスキをつけていく馬鹿のような気持ち悪さだ。
とりあえず「彼」の話は出鱈目として、妹はまだ「化学」もやらないのに、化粧はしていることになる。
この二人は一体幾つと幾つなのだ?
それはまだ誰にも解らない。何故ならまだここまでしか読んでいないからだ。
ならさっさと続きを読めばいいだけのことじゃないか。
それもそうだ。
中板橋のおでん屋はこんぶが35円だ。
これは安いと言えば安いが、わざわざこんぶは食べないしな。
君は三島由紀夫か。「最中と菓子パン」か。
菓子ってなんだ?
そりゃ菓子にもいろいろあることは知っている。
それはシュウクリイムとは別の菓子なのか?
道子は風呂上りにどれだけ食うつもりなのだ。爪の焼けるにおいをかぎながら。
太るぞ。
もう太ってゐるのか?
完全に負けた。落ちは道子の狂気ではなかった。やはりおかしいのは「彼」の方だった。しかも最後は妹に惚れるというタブーに走っている。そうなると小指の爪を伸ばそうと思っていたことや、道子に何を見せたのかということはどうでもよくなる。
いや見せたのは、爪であろう。つまり、「彼」はアントニオ猪木のように指を伸ばした両手の甲を道子に向けたのだ。「彼」の呟きはまた耳ざとい道子にはっきりと聞き取られてしまったかもしれない。それは「彼」にとって完全なる敗北を意味する。いやむしろ「彼」は妹のあざけるような冷笑を求めるマゾヒストなのではないか。
忘れてはならないのは爪はやがて伸びてくるということだ。再び得られぬこの瞬間は二週間もたてばまたやってくるのかもしれない。その時まだ道子が「彼」を「兄さん」だと認識していればの話である。
再び得られぬこの瞬間と書いた牧野は、これが「彼」と道子の間で屡々繰り返されてきた遊びであると知っていたのかもしれない。しかしこのことはまだ誰も知らない。何故ならまだ記事を公開していないからだ。
[余談]
他人?
身内じゃないの?
牧野信一の作品は読む側の立ち位置と言うか距離感、そういうものがとりづらい感じがする。
それからまず何もつけずに召し上がってくださいってあるじゃない。あれ、絶対ソース付けた方がおいしいよ、と通りすがりの人に言われると、何と答えていいのか困る。たまにTVKでビルボードトップ40なんか観ると誰一人知らなくてギリ、テイラー・スィフトなんかが出てきてほっとするよね、と答えればいいのだろうけど。
そんな感じで。
エスケープキー長押しでいいんだよ、と上から目線で言うわけにもいかないし、テレビショッピングのタレントのように大げさに持ち上げるわけにもいかない。
レモンを絞っても美味しいですよ、とか、雨の日に助かりますねと言う感じもしない。朝日奈央の無駄に透けている衣装のようにとりとめもない。フンクイのようなものだ。