また先に書いちゃって
いやいや。また先に書いちゃって。「大殿様の御隠れになる時まで」「睨み合いがずっと続いて居りました」ということは大殿様と若殿様の間では表面上はいさかいが起きなかったということになる。これはこの時点で話の展開が決まっていなければ物語に制約を加えることになり、あまりよろしくないことだ。
作家には三島由紀夫のように最後の一行まで決めてから書くタイプと村上春樹さんのように適当に書いていくタイプがある、とよく言われるが、三島由紀夫の『金閣寺』などは最後犯人を殺す予定だったものを生かしてしまった。芥川は『邪宗門』においてはさも先々まで決めて書いているようなそぶりを見せるが、おそらくそんなこともなかろう。
何故なら『邪宗門』は未完に終わっているからだ。これは先々のことがまだ決まっていないのにあれこれ制約をつけすぎた結果なのではなかろうか。
何でも好きに書けと言われるよりお題があったり、制約があったりする方が短いものなら書きやすいということがあるかもしれない。しかし芥川は『邪宗門』で長いものを書こうとしながら、何故か敢て制約を増やし続けている。
それは若殿様の性格に関しても言えることだ。万事控えめな若殿様の性格では、自分から攻めて行くことが出来なくなる。相手から攻めて来られないと事件が起きない。そうなると相手が攻めて來る明確な動機が必要になる。原則他人は他人のことなどどうでもいいので、消極的な人間には事件が起こりにくい。
なるほど口は悪いな
※「話のあとを打たせる」→「話のあどを打たせる」? 「うっせいわ」のAdoはここから。
なるほど口は悪いな。これが災いを導くという筋書きか。「づれ」とは、
つまらないものの意味なので、普通父上にはつかない。「父上づれ」と言えば「父上如き」に近いニュアンスなので、親子とは言え、昔の日本ではちょっとあり得ないくらいの言いまわしだ。
それにしても軽々しく「百鬼夜行」だの「融の左大臣の亡霊」だのを持ち出すことによって芥川は自分を追い込みすぎてはいないだろうか。お化けは一匹で沢山だ。やみくろとリトルピープルと騎士団長が一度に出てきたらやかましい。さらにどんどんお化けが出て來るとインフレーションを起こしてしまう。
また結果として大殿様をお化けの上位に据えてしまっているので、後が続かない感じがしてしまう。こういう言い方もどうかと思うが読んでいる方が窮屈になる。
性格が歪んでいないか
若殿様は単に口が悪いだけではなく、性格がかなりねじ曲がっていないだろうか。これは単に大殿様が中御門の少納言を殺害したという疑惑を持っているから、というところには納められない感じがする。
もう御代替り?
第四章でもう代替わりをしてしまう。つまり大殿様は中御門の少納言殺害事件の真相を明らかにすることもなく、また中御門の少納言家に代々継がれる大食調入食調の譜を手に入れたいきさつも明らかにならないまま、言葉少なに退場してしまったことになる。
まさに中御門の少納言の死は「が、それは先ず、よろしいと致しましても」と軽んじられ、大殿様は疑惑だけを残したまま脇役として退いていくことになる。
いや、「だけ」ではない。
もしも御門の少納言の一件がなければ、若殿様は「父上づれ」とは言わなかっただろうし、二人の関係もこじれず、また「なぜ車の輪にかけて、あの下司を轢き殺さぬ」と言うほど性格も歪みはしなかったのではなかろうか。堀川の大殿様は多くを語らぬうちに退場したが、後に怪物を一人残してきたのだ。
しかしその怪物が何をするのか、まだ誰も知らない。それは私がまだ第五章を読んでいないからだ。
[余談]
うーん。少し調べてみたけれど「あと」と「あど」の件、やはりおかしい。こんなところを芥川が勘違いする筈はないのだ。なんなら谷崎潤一郎
が注意しないものか。『邪宗門』の原稿は今、誰が持っているのだろうか。確認して直しが出来ないものだろうか。