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芥川龍之介 「大学を出て、飯を食う口をさがして、そして死んでしまう」

僕はありのままに大きくなりたい。

ありのままに強くなりたい。

僕を苦しませるヴァニチーと性慾とイゴイズムとを、僕のヂャスチファイし得べきものに向上させたい。

そして愛する事によって、愛せられる事なくとも、生存苦をなぐさめたい。

このニ三日漸くChaosをはなれていたような、しずかな、そのわりに心細い状態が来た。

僕はあらゆる愚にして滑稽な虚名を笑いたい。

しかし笑うよりも先に同情がしたくなる。

恐らくすべては泣き笑いで見るべきものかもしれない。

僕は僕を愛し僕を憎むすべての〇〇〇〇〇と共に大学を出て、飯を食う口をさがして、そして死んでしまう。

しかしそれはかなしくも、うれしくもない。

しかし死ぬまで夢を見ていてはたまらない。

そして又人間らしい火をもやす事がなくては猶たまらない。

ただあくまでもHUMANな大きさを持ちたい。


書いたことは大へんきれぎれだ。

此頃僕は僕自身の上に明な変化を認める事が出来る。

そして偏狭な心の一角が愈々SHARPになっていくのを感じる。

毎日学校へゆくのも砂漠へゆくような気がしてさびしい。

さびしいけれど、僕は中々傲慢である。

                       龍
[大正四年 恒藤恭宛書簡]



 大正四年とは推定とあり、これが何月何日の手紙とは明らかではない。それにしてもまだ何者でもない天才とはかくも孤独で、百年もの長きにわたり誰にも理解されなかった天才は猶孤独であろうと驚く。


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