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「コロナが明けたら」の世界

ある種の合言葉のように「コロナが明けたら」「落ち着いたら」と取引先や友人と話すことが結構ある。日本国内の新型コロナ感染症の状況が日々酷くなる今、この「コロナが明けたら」の世界はどうなのか考えてみる。

「コロナが明けたら」の世界はやはり世界中の人々に有効なワクチン接種が行われ、免疫出来ていることだと思う。ウイルスに対して有効な手立てを持たないヒトは、ワクチンによる免疫以外に方法はないだろう。
手洗いやマスクも大事だが、それに加えてワクチン接種をすることである種の多層防御を施すわけだ。

恐ろしいほど早いペースでワクチン開発が進み人々への接種が進行中だが、ウイルスの感染スピード、変異株の出現スピードはこのワクチネーションのペースを上回っているように思う。
だからしばらくはこのウイルスに対しては分が悪い状況が続くだろう、年単位で。

この新型コロナウイルス感染症をある程度コントロール出来ているお手本、というか先を行くのはイスラエルだろう。感染者数だけ見れば大分落ち着いているようにみえる。
変異株の

変異株の問題もあるのでこれで安心、と言い切れないが我が国よりも先行く国であることは確かだ。ここが目指すべき「コロナが明けたら」の世界だろう。ただしゴールではない。

この先出現するかもしれない更に強力な変異株に備えて、我々人類は常にそのモニタリングとワクチン開発体制を整えておかねばならない。

ヒトは社会性を持つ動物なので、「密」になることはある種の必然だ。これを許さないこの新型感染症は、ヒトに対してそもそもの有り様を問うている。
「コロナが明けたら」と、すがるような気持ちで会話する我々には「どうか近い将来、これが収束してくれ」と願う祈りのように思える。

行政や医療機関に不平不満を述べる気持ちはわかる。だが、「どうしたら解決できるのか」という観点で、人類の叡智を結集してこの未曾有の危機を乗り越えたい。

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