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車っぽい

パンザマスト展が終了した。
パンザマストのシリーズを扱う4度目の展示で地元を扱う写真と共に場所に応じて行ったり来たりしている気がする。

展示の会期中、友人がステートメントを読み「東海林くんにとって、このシェルターって車っぽいよね。」と言ってくれた。その意味をずっと考えていて少しだけ言葉に残そうと思う。

身体は車そのもの、つまり車体でそれを駆動するためには装備が必要で(タイヤとかその他にも)それは行きたい場所やその時の状況に大きく影響される。これは制作や展示に似てて、扱うテーマや場所に応じて求めることや必要なものが変化する。それらを前に進める為に絶対に必要なガソリンは根底にある作品と向き合う動機なんかに置き換えらそうな気がする。
車は1人にもなれるし誰かとも一緒に乗れる。色んなサイズがあり僕の車は大勢は乗せれない。これは作家のスタンスにも似ている気がする。僕は少なくても乗せれる人数の人達に向けて作品を見てもらうことを続けているのかも知れない、と思う。
行きたいところにいける、誰かが乗ってきたり誰かが降りていったりする。僕自身はまだ車を降りる気はない。


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