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「桜に代わるもの」を作れるか

今日はなんとなく「桜に代わるもの」について考えたことを書きます。

もうすぐ桜のシーズンですが、桜には毎年感動させられます。何が凄いって、ただ花が咲いた木があるだけで、すさまじい数の老若男女が、場所を取り合ってまで集まって宴を開きたくなるほどの魅力があることです。

日本人の約4割がほぼ毎年花見をするらしく、計算すると約5000万人。行ったり行かなかったりという人を含めると7割にも上るそうです。これほど人を魅了できるものは、なかなかありません。

わざわざ花見に行かずとも、散歩している中で満開の桜を見つけただけで、どこか嬉しく得した気持ちになります。本当に凄い力だと思います。

桜が人を集める特徴

今回は、そんな桜の凄さを、人が意図的に作り出せたら面白いのになと思ったという話です。桜のように、ただそこにあるだけで、多くの人々が観賞しようと集まってくるものが作れないか。

それで、桜が多くの人を集めている特徴を考えてみると、この3つが大きい。

 ①見た目がとても美しい
 ②鑑賞できる期間が短い
 ③日本中どこにでもある

美しいものに魅力があるのは言わずもがなですし、観賞できる期間が短いことで希少価値が上がり、さらに日本中どこでも見れるので、「さぁ、桜を見に行こう」というムーブメントが日本全体で毎年起きる。

この辺りの特徴をうまく抑えれば、似たものが作れるような気もします。

桜に似ているもの

で、人が作った、桜のような素敵なものが既に存在するか?と考えた時に、とても似ているのが「花火」です。

毎年、日本各地の花火大会に、多くの人が集まります。夜空に開く大輪の花は、桜と同様に本当に綺麗で、大抵は数十分程度で終わってしまう。これらの特徴は桜と重なります。見に行く人の数は、大きな花火大会だと約150万人。上位100の大会を合計すると約4100万人という大変大きな数字になります。

あと他にパッと思いついたのは、冬に神戸で開かれている「ルミナリエ」という美しいイルミネーションのイベント。

これは門や建物のような形に細かな電飾を散りばめて描かれるアート作品のようなもので、多くの人が集まる人気イベントです。開催期間は短く、12月上旬の10日間程度。一箇所なので人数はそこまで多くはないですが、昨年は約350万人もの人を集めています。東京ドームの収容人数が5万5000人ですから、それでも相当な数です。

このような例を見ると、桜と似ているものは作れているように見えますが、裏では莫大なコストがかかっています。隅田川花火大会は約1.5億円(古い記事ですが)、ルミナリエはなんと約5億円(神戸市HP)だそうで。ルミナリエは毎年「来年は無理かも。。」みたいな噂を聞きます。

内訳を見ると、どうも物理的に人がたくさん集まるため、ものづくり以外にも設営や警備などのコストが非常に大きいみたいです。

仮想空間でお花見するのは?

いくら人が集まる魅力があっても、それほどの規模のイベントを開催するのはあまりにリスクが大きく、コスト的には「桜と似ている」とも言い難い。物理空間という制約が、難易度を上げています。

であれば、仮想空間はどうか。VRであれば世界中で見れます。いずれ現実世界と遜色なくなるほど解像度が高まったとき、期間限定の桜を映し出せば、人が集まるのかもしれない…と想像したところで、よく考えると仮想空間で見る桜と、実際に見る桜の価値は違うという気がしたんです。

仮想空間は、あくまで人が作り上げた世界で、人がいかようにも変えられる世界。花の見た目も開花期間も自由きままに変えられる。それは本物の桜と比べると、どこかウキウキしない気がします。

桜の本当の魅力

ここでさらに桜が人を魅了する理由を考えてみると、

 ・自然が生み出している
 ・春の始まりに見られる

といったあたりが大きいのかなと。開花の起因は気温の変化ですが、そのような「自然が生み出すものは人間には制御しがたい」という印象から、開花することがより貴重に感じられます。

そしてその制御できないタイミングが、ちょうど長い冬が終わりを告げて春を迎えるときに訪れることが、より人々を高揚させる。そのウキウキ感により、結果的に宴会のようなコミュニケーションも生まれています(年度始めということもありますが)。

つまり、人がスイッチをオン/オフしていつでも制御できるわけでもないのに、春を迎える最高のタイミングで姿を現していることが、大きな魅力になっているのではないかなと。

桜に代わるものを作れるか

そう考えると、人が作るという時点で、「制御しがたい」という(一見不便に見えて)大きな価値がなくなってしまうので、本当の意味で桜と同じものは作りづらそうではあります。

ただ、敢えて「強制的に制約を作る」ことはできます。ちょっとジャンルは違いますが、仮想通貨は人が作った仮想的なものであるにも関わらず、発行上限を決めて価値を出したりしています。「制約がある」という認知があれば、それに対して人は価値を感じます。

また、別に人が桜より魅力的なものが作れないということでもありません。人が作るからこそ面白いもの、人にしか作れない綺麗なものはたくさんあります。先に挙げた花火や、ルミナリエのようなイルミネーションもそう。その複雑な光の色・形・模様などは、自然には発生しません。

むしろいずれは仮想空間で、超壮大な花火大会も、夢のようなイルミネーションも低コストで実現できるようになるわけで、その自由度や感情への刺激の強さを考えると、リアルの桜よりも強く求められるようになると思います。

有限であるという価値がなくなっても、無限の可能性が広がるってのは面白いなぁ。なんてよくわからないことを、さっき食べた蒸しパンの袋に描かれた桜の絵を見ながら考えていました。

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