【内密出産】は何が問題なのか?

・事案
 「赤ちゃんポスト」で知られる熊本の慈恵病院は、新しく「内密出産」の仕組みを導入した。2022年1月、10代女性が同制度を利用して、氏名を同病院の新生児相談室長のみに公開して出産した。当該女性は子供の特別養子縁組制度の利用を望み、今のところは自分で育てる意向はない。病院側は出生届を出す意向だが、母欄を記載しない意向である。同病院の新生児相談室長は母を知っているのに、病院が母欄を空欄にして出生届を出すことについて法的な疑義があるとして、同病院は熊本地方法務局に質問状を出した。

・補足
 子を戸籍に記載する手続きには、出生(しゅっしょう)届と棄児(きじ)発見調書というものがあります。これまでの「赤ちゃんポスト」は「捨て子(棄児)を引き取る」仕組みだったので、戸籍の記載は棄児発見調書によりされていました。本件の内密出産では、病院で出産しているため、病院が出生届を出すことができる(戸籍法56条)点に違いがあります。しかし、戸籍法が病院に出生届の届出義務を課している趣旨は、例えば父が明らかでない子で、出産時に母が死亡してしまうような事例について、出生届を出すことができる者が居なくなっては子の利益に反するから、事情をよく知った病院が出生届を出すことができるとしたものです。すなわち、母が出生届を出すことができる状況であるのに、病院が出生届を出す、しかも母を秘匿して出すことについては、現行法の戸籍法が意図していない事態と言えます。

・本来判断すべきは誰?
 なお、戸籍の届書を受理する権限は市町村長にあります(法定受託事務)。それゆえ、提出された出生届の受理に関しては届出予定地の熊本市長が責任を負うべきであって、「国は可能な限り明確な回答を出してほしい」などとコメントしている大西一史熊本市長は職務放棄をしていると、私個人的には怒っています。せめて熊本市経由で照会しろよと。

・何が違法なのか?
 ここで違法性の検討をします。まず、出生届の届出義務は母親にあります(戸籍法52条)。これを怠っているので母親には義務違反があります。
 病院は出生届をすること自体に違法性はなく、むしろ法律通りと言えます(戸籍法56条)。しかし、ここで言う「出生届をすること」というのは、届出すべき事項を正確に記載してすることを要すると考えられます。通常であれば、カルテ等を基に、母親の名前や本籍を調べて届出をすることが求められていると考えられます、テキトーな申請が許されるわけがありません。しかし本件は例外中の例外であって、母親の個人情報は明かさないことを条件に新生児相談室長のみが管理しています。これを「病院が母親の個人情報を把握している」とまで言えれば、母親欄を記載しない出生届は違法(刑法157条:公正証書原本不実記載罪)と言えそうです。もちろん、違法状態であるのと、事件が立件され院長等が逮捕されるというのは別次元の話です。
 この点、報道では、母親の情報を公開することは医師の守秘義務に反するのではないかと言う指摘がありますが、医師の守秘義務(刑法134条)は「正当な理由がないこと」をその要件としていますので、母親との約束を破ることにはなりますが、出生届に正しい記載をすることは医師の守秘義務には反しないと考えられます。

・子の国籍について
 本件は国籍の問題もあります。というのも、日本国籍は原則的に父母両系主義を採っています(国籍法2条1号)ので、母親が日本人で無ければ子に日本国籍は与えられません。例外として、棄児については出生地主義が採られている(国籍法2条3号)のですが、子を棄児として手続きをすすめる「赤ちゃんポスト」の仕組みとは異なり、内密出産は棄児ではありませんから、母の国籍も重要になります(本件では子の母親は日本人だろうと推察されますが)。

・私の意見
 棄児発見調書に準じて、母欄の記載が無くとも出生届を受理すべき。
・理由
 自宅出産して「赤ちゃんポスト」を利用する事例と、病院で「内密出産」する事例を区別する理由がどこにもない。母親欄の記載を強制すれば、病院の母親からの信頼は裏切られ、リスクのある自宅出産が選択されかねない。刑法上の問題や国籍上の問題は確かにあり、今後の国会で法律を検討する必要がある(具体的には、棄児と同様の取り扱いをする方向に改める)が、法検討がされるまでは偉い人が責任をとって、現場では棄児同様の取り扱いをするようにするのが一番良い方法であると考えられる。

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