二十七話
春がやってきた頃、一之瀬家は新たなる生活へと変わりつつあった。
大学受験に合格したジョンスは春から京極春歌と同じ大学へと進学する。
奈々も芸能界で名が売れてきたため、東京へと引っ越すことが決まった。
理恵はというと・・・妊娠したことが発覚した。
順風満帆なように思えるが長男の真人だけは違っていた。
受験に失敗したあと、二駅離れた塾へと通うこととなった。
塾から帰ってくると静かな家に帰ってくる日々が続いていた。
というのも理恵は学校とジフンの店を朝から晩まで往復し、ジョンスは京極家へ入り浸っていて帰ってくるのは夜遅く、奈々はもう引っ越してしまっていない。
唯一相手のいない真人だけが一人で過ごすようなものだった。
そんな日常が3か月ほど過ぎたとき、家族全員が集まることになった。
一之瀬家の食卓には京極春歌の姿もあった。
「それじゃ、ご飯にしましょう。春歌ちゃんもどんどん食べてね」
「はい・・・ふふっ」
ジョンスの隣にぴったりくっついて春歌は微笑む。
真人はうつむいて目を合わそうとしなかった。
テーブルに並べられた韓国料理を口に運ぶだけだった。
しばらく談笑が続く。
大学生活の話しや東京での芸能活動、そして生まれてくる子供の話し・・・
「お話があります」
理恵が赤ん坊のことを話したとき春歌が箸をおいた。
ジョンスも同じようにしてテーブルの下で二人は指を絡めた。
「俺達の子供ができた」
「まぁ! ほんとに!?」
「でかした」
理恵が喜び、ジフンはうなずく。
「それで子供が生まれる前に結婚しようと思う」
「春歌さんはそれでいいの?」
「はい。ジョンスと結婚したいです」
「そう・・・わかったわ」
「すればいいじゃないか。で、京極家は?」
「わたしのほうから説明しています。両親ともに喜んでくれていて、結婚に賛成だといってくれています」
「よかったね、お兄ちゃん」
奈々も祝福する。
たった1人、まだ心残りのある真人だけ無言だった。
「それで相談があるんだ」
「なんだ、言ってみろ」
「この家で春歌と暮らしたい。赤ちゃんもいるから」
「赤ん坊は大事だからな。ここに住むといい」
「ありがとうございます」
「そうか、春歌さんが娘になるのか・・・」
「は、はい、これからよろしくお願い致します」
その日の夜、真人は眠れなかった。
あまりに気分が悪く喉が渇いて仕方がなかった。
水を飲みに一階へと降りる。
グラスいっぱいに注いだ水を一気に飲んだ。
そのときだった。
「おっ、真人じゃないか、寝れないのか?」
会いたくない男に会った。
「喉が渇いただけだよ」
ジョンスと久しぶりに言葉を交わしたような気がした。
「そっか。なぁ、まだ起きてるのか?」
「なんだよ、きゅうに」
「急じゃないだろ。なぁ、春歌のことだけどさ」
どこか勝ち誇ったような言い方に聞こえる。
「結婚するんだよな」
「まあな。そこなんだけどさ、真人・・・春歌とセックス、させてやろうか?」
「なっ!?」
「お前だってまだ心残りあるだろ? さすがに結婚した後はどうかなと思うけどさ・・・まだしてないし」
春歌をモノ扱いするジョンスへの憤りが増してくる。
それと同時に春歌との記憶がよみがえってきて心のなかがぐちゃぐちゃになっていく。
「ねぇ、まだ?」
春歌がやってきた。
「いまさ、真人に言ってたんだよ。春歌とセックスさせてやるって、な?」
「ええっ!? ジョンス・・・そういうのは」
「そうだよな、春歌だっていやだよな」
そうさ、こんなの間違ってる。
「春歌はイヤなのか?」
「えっ・・・あっ・・・ううん。ジョンスがそうしたいならいいよ」
「じゃ、決まりだな。真人、最後に一回だけ抱かせてやるよ」
強引に決めると春歌の腰を抱くようにして階段を上がっていく。
「真人、早く来いよ」
「あ、ああ」
今夜春歌を抱いて全部忘れよう。
そう思いながら階段を上っていく。
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