撫子
君が生まれるまでの話。
▽創作100%
▽読まなくてもいいやつ
◆ ◆ ◆
真っ直ぐな瞳、真っ直ぐな信念。
幼い頃から刑事に憧れ、一切の娯楽を断ち、努力を重ねてきた。めでたくもその努力は実り、私は16歳という若さにして国際警察に就任。ナデシコというコードネームも貰った。そして配属先は、アローラ地方。『UB対策チーム』という、いわゆる特殊部隊らしい。
カッコイイと思った。何より、夢が叶ったことが誇らしかった。ここで先輩に教わりながら精一杯やろう、そう決意した。
――彼に出会うまでは。
「紹介しよう。彼が君の先輩であり、チームリーダーの…」
「稀生一極(きなりいつき)、コードネームはアインツね。よろしく、サイカチャン!」
「…はい?」
直属の先輩は、私の憧れていた“刑事”のそれとは何もかも違っていた。金色の髪はわざと無造作に整えられ、耳にはピアスをつけている、若い青年。仕事中なのに女性を口説き、仲間と戯れる。これが俗に言う“チャラ男”というやつか。国際警察のくせにその態度、当時の私にはふざけているようにしか見えなかった。
『UB対策チーム』の仕事は、アローラ地方を脅かす未知の生物、UBの保護や駆除がメインとなる。彼らは強大な力を持つため、こちら側もトレーナーとして相応の腕前がないと太刀打ちできない。また、かなりの危険が伴うため、国際警察の中でも特にバトルの実力を持つ者たちのみで構成されているはずだ。そのリーダーということは、有能な人物であるはず、なのに。
「どうしてあんな人がリーダーなんですか!」
「一緒に仕事していれば、いずれ分かるさ」
新人の私はまだどうこう言える立場ではない。他のメンバーに言われ、渋々共に仕事をこなした。
彼は、自分のポケモンを出して闘う、ということは少ない。その代わり、メンバーに指示を出す。彼の指示が的確で無駄がないことに、すぐに気づいた。味方への損害も、UBへのダメージも最低限に抑え、平和的解決に導く。周りをよく見て最善を尽くす。これが彼のやり方で、才能なのだ。
仕事をこなすたびに、彼は私を褒めた。最初は素直に喜べなかったけど。仕事にも、仲間にも優しくて真剣でいる彼のことが、段々輝かしく見えてきてしまって。いつの間にか私は、特別な感情を抱くようになっていた。でも、どうしても気持ちに素直になれず、つい可愛げのない態度をとってしまっていた。
「アインツ、本命がいるんですって!」
そんな噂が舞い込んできたのは、私がこのチームに入って3年が経った頃だった。
3年も近くで見ていたから分かるが、彼の軟派癖ならばいつものことだ。これまで数々の女性を本気にさせた前科がある。私も想いを伝えていないだけでその1人…なのかもしれない。でも、彼の本命なんて話は、今日が初めてで。
失恋した、と思った。
先輩のことを避けるようになった。彼を本気で好きになってしまったのに、彼には別の相手がいるのだと思うと、苦しくて仕方なくて。少しでも気が緩むとダメになりそうで、顔も見られなくなってしまった。
察しのいい彼のことだから、すぐにバレてしまったのだろう。
彼を見かけて逃げ出したところ、腕を掴まれてしまった。
「どうして逃げるんだ?」
「大した理由じゃないです、察してください」
「分からないから聞いてるんだ… 昨日までは普通に接してくれていたのに」
そうなんだ。私は先輩にとって、普通の存在だったんだ。
私にとってはずっと前から、特別なのに。
それが分かったなら、もう、どうにでもなってしまえばいい。
「稀生先輩が好きだったんです」
空気が凍る感じがした。逃がすまいと掴んでいた彼の手から力が抜けたことが分かった。動揺しているようだが、それは私も同じで、依然彼の顔は直視できない。
言いたいことだけ言って、このまま去ってしまおうと、そんなことを考えていたのだ。
「気づかなかったんですよね。他に本命がいるんでしょう。どうぞその人とお幸せになってください。私のことは、忘れて」
「本命は君なんだが」
私が顔を上げるよりも早く、抱きしめられた。強く、強く。
時が止まったような、そんな感覚がした。ただ、彼の体温と心臓の音だけはしっかりと感じていた。
「俺が好きなのは君なんだ、才花」
彼の声はいつも以上に優しい。想いが通じあったのがとにかく嬉しくて、愛おしさが止まらなくて、涙が零れ落ちた。幸せを噛み締めるように、ずっと彼の愛に浸り続けた。
この現場を同僚に目撃されるまでは。
……それから、4年後。
私の名前は“稀生才花”となり、仕事も生活も、彼と共にするのが当たり前になっていた。新しい生命も授かった。
私と彼の色を混ぜた、鮮やかなオレンジ色の瞳を持つこの子に。たくさんの人に愛されるように、という、愛と想いを込めて。
「千花」
この子のことをずっと側で見守っていこう。二人でずっとそんなことを話していた。
家族三人で暮らせるなどと、呑気なことを考えていたのだ。
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