陰りゆく【side:スウィート】

■お借りしました!
・クラードさん



 疑うような素振りは見せていないし、リピスの話だってしていない。そんな状況で自らリピスの名前を出すなんて、私は怪しい者ですと自己紹介をしているようなものだ。だからこそ、そう来るのならと率直な疑問を彼にぶつけた。『お前は何者だ?』と。
 彼の回答ははぐらかすような、曖昧なものだった。リピスの幸福を奪った、リピスは彼のことを知らないし今後も関わる気はない、と。
 当然、会ったばかりの人間に全てを明かしはしないだろう。それでもここまでの彼の言動は、筋が通っておらず滅茶苦茶だ。

 ゴーストポケモンへのご丁寧な忠告に続いて、彼はこちらに何かを放り投げる。反射で受け取ったそれは虹色に輝くキーストーンだった。

「よかったらリピスに渡してあげてくれないかな」

 そう告げた男はやはり微笑んでいて、それでも細められた瞳にはどこか哀しみの色が映っていて。その様がなぜか、酷く不愉快だった。



 人の声が聞こえる。気づけば、目的地としていたチェックポイント近くまでやってきていたらしい。足元に視線をやれば、同じく人の気配を察知したのか、ミリカが嫌悪から影の色を一際濃くしていた。

「着いたみたいだ」

 男も人の気配に気づいたようだ。その視線の先を追えば、試練をしているのだろうか。カラフルな腕章をつけた人間、そしてポケモン達の姿が木々の隙間から確認できた。
 気まぐれから始まった時間が、終わる。

「じゃあ、この辺で」
「そうだね」

 暗い森の中。ランプの灯りを頼りに、立ち止まった男の姿を記憶に刻むように注視する。
 結局このクラードという男の正体は分からず終いだ。リピスに似た特徴を持つ、リピスのことを知る人物。見た目から推測するに親族なのだろうが、確証はない。しかし現状、こちらへの敵意や悪意も感じられなかった。

「貴方が何者なのかはよく分かりませんが、これ以上の詮索はやめておきます」

 この男が話さない以上、詮索は無駄だろう。これからも関わる気がないと言うのが本当なら、彼の正体が何者だろうと構わない。それはそうと、個人的に未だ納得できずにいる点が残っていた。 

「助かるよ」
「…最後にひとつだけ」

 何だい、と問い返す男は確かに微笑んでいる。最初に出会った時と同じ笑顔。なのに今は、何故笑っているのかという苛立ちさえ感じる。
 オレはずっと押し込んでいた思いを、はっきりと言葉にした。

「あいつの幸せは、あんたが決めることじゃない」

 リピスが今幸せかどうか、オレは知らない。他人の幸せなんて測れるわけがないのだから。だからこそ、幸福を奪ったなどと簡単に話す彼のことが気に食わない。
 自分が何かを言われたわけでもないのに、こんな思いを覚えたのは初めてだった。

「さっきも言ったでしょう。リピスは頭が良い。これを渡せばきっといつか貴方に辿りつく…かもしれませんね」

 受け取ったキーストーンを取り出し、その輝きを男に示す。同時に、これは彼よりもリピスに相応しいものだと感じた。
 自らのために行動できないほどリピスは子供でも愚かでもないはずだ、と思う。しかし結局のところは、男が何を隠していようと、リピスがどうしようと、部外者のオレにとってはどうでもいい話なのだ。
 ただ、男に何と言われようと、キーストーンを返却する気はもう無かった。

「それじゃ、良い一日を」

 最後はまた、笑顔を作って。ひらりと手を振って男に背を向ければ、ミリカが再び肩に飛び乗る。男との会話の中浮き上がってきた余計な思考たちを振り払って、自分を落ち着かせるようにオレは歩を進めた。
 ミリカが化けの皮を被った小さな身体を擦りつけてくるのは、甘えているのか、それとも。

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