落ちた先の赤信号【side:ミリカ・スウィート】

■お借りしました!
・リピスちゃん


 気づけば日は暮れはじめていた。一日の終わり。それは、私がマスターを独り占めできる時間の終わりでもある。
  同類ゴーストポケモン達の活動が活発になる前に、きっとあの子は戻ってくる。マスターともっと一緒に過ごしたいというのが本音だけれど、やっぱり私、あの子とは会いたくないな。彼女と出会ってしまったら、私、きっと手を掛けてしまうだろうから。

 マスターに嫌われることはしたくない。その気持ちに偽りはない。
 だけど、ボールの中に戻った後も、私の胸はちくちくと痛むばかりだった。



 長い一日がようやく終わろうとしていた。多くの人とポケモン達が集まってくる中、探していた姿が近寄ってきているのを確認し、そちらを振り向く。

「お疲れ様かしら」
「ああ、疲れた」

 リピスからの労いの言葉に、オレは溜息混じりで答えた。
 様子を見る限り、彼女たちは相当このイベントを満喫したのだろう。怪我こそしていないようだが、ビビの身体も、リピスのマントやスカートも泥や土埃で汚れていた。ああでも、髪だけは乱れていないから、きっと整え直したんだろうな。
 そういうところは、可愛いなと思う。

「特に何とも無かったのか」

 肝心な言葉を省いた質問。しかし、リピスはすぐに問われたことを理解したようだった。
 彼女は以前、エリューズ周辺の森で何者かに狙われたことがある。にも関わらず、またここに行きたいと頼んでくるのだから呆れたものだ。だから念の為、ミリカと共に周囲への警戒はしていたのだが。
 まぁ、彼女自身が今ここに帰ってきたこと自体が答えなのだろう。

「ええ。むしろ、良い出会いが沢山あったわ」
「ふーん…」

 リピスは一人で行動している間のことを話し出した。厳密には一人ではなく、オレと別行動している間、他の参加者と過ごしていた時間の話だ。嬉しそうに語る彼女の表情が、その話が嘘偽りのないものだということを裏付けている。
 全ては杞憂に終わり、彼女は案外、充実した一日を過ごせたらしい。だからこそ、彼女の話は面白くなかった。

「むかつく」

 漏れ出た小さな舌打ちと声は、背の低い彼女の耳には届いていなかっただろう。その方が都合が良い。恐らくこの苛立ちは、彼女に対してだけのものではないのだから。

「スウィート?」

 沈黙を続けていたからなのか、リピスがこちらを伺うように見上げてきた。その紫水晶の瞳は、やはりあの男と同じ色で。…ああ、やっぱりむかつくな。
 込み上げてくる不快さや苛立ちを隠すように、オレは彼女から視線を逸らせた。

「別に。…それで、どうすんの」
「どうするって?」
「良い出会いがあったんだろ」

 分かっていたことだ。彼女は、自分とは住むべき世界の違う人間だと。それなのにオレは彼女に手を差し出して、彼女もまた自らそれを取ることを選んだ。というか、あの時は取らざるを得なかったのだろう。
 今は違う。彼女は今日ここで沢山の"あちら側"の人間と出会ったはずだ。それならばきっと、今の彼女の選択肢は一つではない。

「それでもまだ、あんたはオレといたいの?」

 視線を戻して、リピスの目をしっかりと見据えた上で尋ねた。よく考えて答えろよ、という意味を眼差しに込めて。

 ――きっと既に、こいつはオレにとってどうでも良い存在ではなくなってしまった。 
 だからこそ、気に入らない。こいつも、こいつの周りの奴らも、自分のことも。

 ざわつきが収まらない胸の内は、決して彼女には見せたくなくて。こんな思いをするくらいならついて来なきゃ良かったと後悔するばかりだった。

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