リスタート【side:ナガレ】

■お借りしました!
ミハネちゃん



 その日は充実していた。再会したミハネは、七年前とは違い声が出せるようになっていて、そんな彼女と言葉を交わすことが楽しかった。
 七年前の僕が彼女にどう接していたかまでは思い出せなかったが、当時の僕は間違いなく辛辣な態度をとっていたことだろう。唯一、星空の下で泣いていた彼女の姿はよく覚えている。
 そのことから僕のことは彼女に忘れ去られている、もしくは嫌な記憶として残っているものだと思い込んでいた。だから彼女が覚えていてくれたことが純粋に嬉しかったし、笑顔で話ができたことに安心した。

 だからこそ、だ。
 別れ際の彼女の告白は衝撃的なものだった。思考が止まって、朧気だったあの日の記憶が一気に蘇る。

 息が詰まりそうだった。出るはずの声が出ない、とはこういうことなのかと痛感した。こういう時はいつも頭をフル回転させてかけるべき言葉を考えるのだが、今回はとても考えられそうにない。というよりも、既に結論は出ていた。
 ――だってそれは、悪いのはどう考えたって。

 友達になってほしい。最後にそう告げたミハネの笑顔はどこかぎこちなく、声は震えていた。その様子はまるで今日声をかけた時、そしてどこか、初めて出会った時の彼女のようで。
 二色の蒼眼が涙で滲んでいることに気づいてしまったら、黙ってなんていられなかった。

「ごめん!」

 彼女に向かって、頭を深く下げた。頭上から彼女の困惑の声が聞こえる。その声に悲しみの色が混じっているのに気づいて、はっと顔を上げた。
 そうだ。これじゃまるで、彼女と友達になることを断ったみたいじゃないか。

「あ、いや、今のは!友達になりたくないって意味じゃなくて!」

 七年前に比べればマシになった、と思っていたが、全くそんなことはなかった。いつだって僕は一番肝心な言葉が足りていない。
 慌てて訂正したものの、ミハネは当然、まだ不安を拭いきれていない様子を見せていた。その様子に罪悪感が増すが、それでもきちんと向き合わないといけない。きっと先程の彼女と同じように。
 もう勘違いさせないようにと、心を落ち着けた。

「えっと……話してくれてありがとう。おかげで全部思い出せた。だからまず、僕にも精算をさせてほしい」

 負い目を感じないで、と先に伝えてくれた彼女には申し訳ないと思う。それでも、謝らずにはいられなかった。こんな気持ちを抱いたまま友達になるのは、自分が許せなかったから。

「あの時、君とは友達になれないって思ったのは本当だ。いや……なれないっていうより、ならない方が良いって。僕と一緒にいたら……きっとまた泣かせてしまうと思ったから」

 七年前。泣いているミハネを前に、僕は何も出来なかった。優しく声をかけることも、明るく元気づけることも出来ず、落ち着くまで待つことしか出来なかった自分が不甲斐ないと感じていた。

「友達になりたくないとは思ってなかったよ。むしろ、……けど、僕も自分に自信が無かったら……」

 今更弁明したところで、何も変わらないかもしれないけれど。

「悪く捉えられても仕方ない言い方だったと思う。だからそれで苦しい思いをさせてたなら、ちゃんと謝りたいんだ。……ごめん」

 再び、頭を下げる。ミハネの顔は見られないが、僕が謝罪したことで、きっと彼女はまた罪悪感を感じてしまうかもしれない。震えた細い声が聞こえて顔を上げれば、予感は的中していた。

「そんな……悪いのは勘違いしてたわたしで……!」

 また薄らと目元に涙を浮かべている。その様子が先の彼女の話を聞いた時の自分と……なんとなく似ているな、と感じた。
 だからこそ、この思いは変わらない。

「気にしないで。……これでやっと、僕も言えるから」
「え……?」

 安心させるように少し笑ってみせたものの、きっとぎこちない笑顔になっていたに違いない。当然だ。緊張のあまり手が震えている。
 それでも、ちゃんと伝えたい。七年前は誰にも伝えられなかった言葉。気の利いたことは言えない。面白いことだって言えない。そんな僕の、素直な思いを。
 ミハネをまっすぐ見据えて、口を開いた。

「僕で良かったら……こちらこそ、友達になってほしい」

 ――それにしても。
 改まって伝えるとなると、やはり気恥しさはあるもので。僕はすぐに彼女から目を逸らしてしまって、その代わりに、控えめに手を差し出した。

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