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剥がれ落ちた糖衣【side:???・スウィート】

■お借りしました!
・リピスちゃん


 ユイト。
 彼が自ら告げたその名前は、酷く懐かしいもので。私はその事実に驚き、同時に、――強い喜びを感じていた。

 今まで貴方が隠し続けてきた名前。
 貴方と私だけが知っている、“本当の貴方"の名前。
 それを他の誰かに打ち明けるなんて。

 彼の人格は、未だに変化し続けている。あとは、時間の問題だろう。これ以上手を下すつもりはない。私はその様子を、彼の行く末をただ見届けたいだけ。
 彼はようやく、求めていたものを見つけられたのかもしれないのだから。



「呼びやすいわ。ユイトって」

 一体何が面白いのか。特に意味もないだろうに、リピスはまたその名前を呼んだ。

 "ユイトそれ"は確かに、俺の名前だ。

 誰かにその名前で呼ばれた覚えなんて一度もないが、不思議とすんなり認識できたのだから間違いないのだろう。まぁ、これまで誰にもこの名前を教えたことはなかったし、呼ばれたことがないのも当然なのだが。

 始まりは、ただの警戒心だった。
 頭を強く打ったような感覚。見知らぬ場所、見知らぬ大人達。おまけに記憶は断片的で曖昧。これがどういう状況か、とか、何も分からない自分のことを知りたい、とかいう思いは当然あった。しかし、それ以上に。目の前の人間たちが信用できなかった。
 だから、自分の名前は覚えていないということにして隠すことにした。そうして、スウィートというニックネームを与えられたというわけだ。
 そこからは惰性だ。名前がひとつあれば困ることもない。スウィートとして過ごす生活にもすぐ慣れてしまったし、このまま真名は死ぬまで秘めてやろうと思っていた。

 それなのに、リピスにはそれを教えて呼ぶことを許した。理由は至極簡単だ。
 あんたなら分かるだろ。
 これは、あんたのことを死ぬまで離す気はないという、ただの意思表明なのだと。



 リピスに寄りかかって来られたところで、特に重くはない。ただ、都合のいい壁扱いされていることは気に入らなかった。そもそもリピスの方から勝手に来たのだから、俺が退くことでケーキが崩れたとしてもこいつの自業自得だ。それならやはり今すぐ退いてしまえばいい、のだが。

「…………」

 こいつ、食べるのが遅い。前々からわかってはいたが、それにしても今日は遅すぎる気がする。単に一口が小さいのか、それとも味わって食べているのか。何より、さっきから何をそんなに楽しそうな表情をしているのか。
 そんなことを考えながら、俺は退くこともせず、肩口に視線をやってリピスを観察していた。そのことは、すぐ彼女にも勘づかれてしまったようで。

「ユイト?」

 リピスは一口分のケーキを食べる直前で静止して、不思議そうにこちらを見上げた。何故見てるんだといった意味の問いかけだろうが、そんなの、理由なんてひとつしかない。
 フォークを持っていた彼女の手を掴む。そのまま少し顔を近づけるようにして、彼女が口に運ぼうとしたケーキを、自分の口へ運んだ。

 ……こっちの味も、悪くない。 

「あ……!」
「さっさと食べないからだ」

 適当に言い訳しながら、リピスの手を解放してやる。ふと彼女の表情を見れば、流石に突然のことで動揺したのだろうか。その様子に、口元が微かに緩んだ気がした。

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