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腎臓から見た、1人と1匹の夏(ネタバレ、追記有〼)

2、3年程くらい前か、「ひとりぼっち惑星」というアプリがTwitterで流行った。
ところにょり氏が制作したアプリで、ひとりぼっちの主人公がアンテナを集めて同じアプリで遊ぶ他のユーザーのメッセージをランダムに受信したり、自分だけのメッセージを他の誰かに発信出来る。ただそれだけの至ってシンプルなゲーム。
基本は作業系なのだが、このゲームはなかなか放置が出来なかった。効果音、特にBGMのピアノがとても綺麗だったのを覚えている。時間泥棒にはうってつけのアプリだった。
そのところにょり氏が新作を発表した。それが今回プレイしたアプリ「renal summer」である。
※この記事にはアプリのネタバレがあります

アプリを開くと、こんな表示がなされる。

『あなた は いぬ の じんぞう です
いぬ は じんふぜん に なって おり よめい いくばくも ありません
けつえき の かたまり を こわし どくそ を とりのぞく こと で あなた は いぬ を すこし だけ ながいき させる こと が できます
おじいさん と いぬ は あなた と おなじ じかん を いきて います
すきな じかん に かれら の せいかつ を みまもり ましょう』

……ある所にご老人と犬が暮らしていた。完全な自給自足、慎ましやかで素朴だが幸せな生活を送っている。
しかし犬は前述の通り末期の腎不全で、余命幾ばくも無い。プレイヤーは犬の腎臓となり、血液の塊(ブロック)を壊し、ささやかながら犬の延命を図るのが目的だ。
あくまでも『延命』である。100日後に死ぬ爬虫類よろしく、このゲームではどうやら犬の死は避けられないようになっているらしい。
やはりこのゲームも基本は好きな時に見に行けるようになっているが、完全な放置系ではなくどちらかと言うと作業系。何より犬には『死』という避けられない時間制限がある。

プレイ画面はこんな感じ。
プレイヤーはこの色違いになったブロックをひたすらタップして壊していき、左の余命ゲージを伸ばしていく。
それをゲージが満タンになるまでひたすら繰り返す、至って単純な作業。
なのだが蓋を開けてみればゲージの伸びは遅いし、多数のブロックを消さなければならないし、時間が経つ毎に伸ばせるゲージの量に制限がかかる。死は少しづつではあるが、確実に犬を蝕んでいく。
時々緑色のブロックが1個落ちてくるのだが、この広告ブロックがなかなか厄介である。

広告ブロックは放置しているとランダムに色を変えるが、狙ってタップすると、このような注意書きが出る。横にあるボタンで課金すると消える。
この時○を選択して血圧を上げると20回くらいタップしてやっと消えるブロックが1発で消えていくのである種の爽快感があるのだが

腎不全末期の人(この場合は犬)に対して血圧を上げることがどういうことを意味するかは、言わなくてもご理解頂けるだろう。

ご老人と犬の生活は毎日決まった時間に始まり、決まった時間に終わる。
大体22時には寝て5時には起きているという生活サイクルを崩すことなく暮らしている。アプリはリアルタイム進行なのでその時間帯によってご老人と犬の生活が覗ける。
アプリをダウンロードした初日の夜、犬は夢の中で身も軽やかに走り回っていた。多分元気だった頃の自分を反芻しているのだろう。まるで走馬灯のように。
そしてわたしはこの時画面を横にして見るべきだったと後悔した。

ゲームを始めた夕方に比べて、左側のゲージがほんの少しだけ、黒く削れているのがお分かりだろうか。
前述の通り、このゲームは犬の『延命』が目的だ。しかしプレイヤーが犬に出来ることは、ブロックを消して延命させることだけ。残された時間が刻一刻と迫っているのを嫌でも見せつけられる。

2日目
ご老人と1匹の朝は早い。朝起きてすぐ、隣りにある牧場小屋の家畜に餌を与えに行く。
昨夜夢の中で元気に走り回っていた犬は、ゆっくり歩いて老人の後をついていく。

寝ている間に満タンにしておいたゲージはかなり削られており、灰色の部分を満タンにするまで20分近くタップし続けた。ゲージの伸びが明らかに昨夜より遅くなっている。これだけで犬に猶予がないことを嫌でも分からされてしまうのがキツイ。
しかしこのスクショから睡眠時間短いのバレてしまうな。

3日目

ブロック部分に毒素と思われるドットが少しずつ現れ始める。
血液ブロックを消すにはこの毒素ドットも消してブロックを消さなければならない為、血圧を上げるかの迷いを生じさせる。前述にも書いたが腎不全末期の人(犬)に血圧を上げさせるのは、大変な負荷をこの犬に強いることになる。
このゲーム最大のキモはこの辺りかもしれない。しかし血圧を上げないとブロック消しに時間がかかる。二律背反の中プレイヤーは血圧を上げるか否かの選択を迫られる。

犬が寝静まった頃、ご老人は寝る前に、昼頃にドローンから届いた部品で何かを作っている。少しばかり作業した後、電気を消し、老人も眠りにつく。

夢の中での犬は、とても元気だった。
恐らく死期を、若干ながら悟っているのだろう。夢の中で犬は飛ぶように地面を駆け、食事も残すことなく食べ、大好きな老人に腹を撫でてもらっている。
もうこれだけで涙腺に来る(ババアは涙腺が脆い)。

4日目

毒素ドットがカビのように増え始めた。そして回復出来ゲージもどんどん削られている。恐らくゲージの進み具合と右上のドット(経過日数)からして、余命は恐らく1週間だろうか?

5日目

前述の通り、広告を見る以外にも血圧を上げることが出来る。下の数字(血液ブロックを消した時に貰える経験値)を使って若干ブロックを消しやすくすることが出来る。動画広告も消せる(このゲームの課金要素はここだけ)。
ちなみにここにも気になるドットを発見した。2回血圧を上げる度、1つ輪が作られる。数からして30回上げられるようだ。
体力ゲージが初日から数えて1/3を切った。腎臓生活もそう長くはなさそうだ。

日に日に衰弱していく犬。とうとう食事も口を通さなくなった。けれども腎臓は何も出来ない。ただ黙々と罪悪感を持ちながら血圧を上げて、ブロックを消して、ささやかな延命を手伝うだけ。夢の中で犬はご老人と遊んでもらっていた。現実とのギャップがあまりにもかけ離れ過ぎていて、完全にこれは犬の走馬灯なのだと思い知らされてしまった。

6日目

初日に比べて明らかに衰弱した。餌も二口、三口しか食べられなくなり、歩く速度も大分遅くなった。
食事時にブロックを消していると懸命に餌を食べようと努力する犬が酷く切ない。まだ元気だよ、まだ大丈夫だよと言わんばかりに。そろそろ腎臓としての夏が終わる。

今日の夢は子犬の頃の夢だろうか。ご老人と安楽椅子に座り、ユラユラと揺れていた。もう犬の夢を覗き見することも今日で終わりになる。ゲージももう半分黒くなり、開始時に比べると回復量も少なくなった。そろそろご老人と犬とのお別れの時間が刻一刻と近付いてくる。

7日目

犬は衰弱しきっていたが、それでもヨタヨタとご老人の後ろをついて行った。それでも殆ど伏せている時間の方が長くなった。
ブロックのドットも完全に黒くなった。回復できるゲージも半分を切った。
7日目のドットが点灯した途端、場面が切り替わった。
夕食の支度をしていたご老人が、今まで夜な夜なひっそりと組み立てていた装置をさあ仕上げだと言わんばかりに組み立てていたのである。その日、犬の夢は見られなかった。代わりにご老人が休憩もせずにずっと作業していたのを見ていた。
夜中にチラリと気になって見に行ったら、本当に寝ずに作業していた。

最終日

朝になっても、昼になってもご老人は機会を組み立てる手を止めなかった。腎臓は絶え間なくブロックを消していく。この日は本当に作業だった。時間を少し置いてはブロックを消しゲージを増やす。無心だった。完全に意識は腎臓に向かっていた。
そしてドットが点灯する時間になった頃、ご老人は機械を完成させた。

ご老人は犬を抱き抱えて、機械の中へ入れる。そして犬が入った機械をずっと、ずっと見つめていた。
そしていつも聞いていたあの曲と、エンディングロールが流れる。

これはご老人が読んでいた新聞の一部である。
ご老人は知っていたのだ。この時代のペット医療では犬を救えない事を。だから犬用コールドスリープ装置を購入して、1人夜な夜な組み立てていた。昼間になると毎日ドローンがご老人の元へ荷物を届けていたのは、これの部品だ。

ひとまず、わたしの腎臓としての夏が終わった。
わたしは犬の延命を願った。そしてそれは、ご老人も同じだった。延命を願ったからこそ、この選択をしたご老人を、わたしは責めたくない。
奇しくも腎臓としての生活を終えたこの日は祖父の命日だった。本当に偶然だった。

腎臓業に疲れたとき、画面を横にして彼らの生活を覗いていた。ご老人の後を健気に付いて歩く犬、生活音、虫の声、時折流れる切なげなBGMを通して腎臓となったプレイヤーは
生命の儚さと犬に対する愛おしさ、共に日常を送れることへの奇跡を感謝する。
ちなみに筆者は今までペットを飼ったことがないのに、懸命に生きる犬に感情移入し過ぎてDLするのを躊躇っていた。
かつて森鴎外の『高瀬舟』の病に侵された弟を苦しみから救済するために殺害した主人公に感情移入し過ぎて読むのを断念したことがある位に私は感受性が豊かである。(誰も言ってくれないので自分で言う)
やらぬ後悔よりやる後悔である。私は犬の腎臓として残暑を過ごすことにした。

『犬って、人間と違って本当に痛い時とかさ、鳴かないんだよ。だから病気とかに気付いた時には、もう手遅れになってたりすることがある』

ゴールデンレトリバーを飼ってる知り合いから聞いた話だ。ペットが亡くなってから病気に気付いた、なんて話もザラだ。
ひとつの命を最後まで看取る事は、大変でとてもお金がかかるけど、その代わりにとてもかけがえのない思い出をくれる。ペットを可愛がる人は数入れど、最期まで見届けてあげられる人は何人いるだろう?色々な事情で世話を見切れなくなって手放す人も少なくはないが、決して生き物はアクセサリーでは無い事を改めてここに伝えたい。ペットには『飼い主』以外居ないのだから。

【ここから真エンディングのネタバレです】

wifiを切り、機内モードにして携帯の時計を進める。時間は、10年後。

一瞬だけ、6日目に見た夢を過ぎらせて、2030年の夏へ。

犬の毒素まみれで死にかけていた腎臓の血液ブロックは次第にいつもの明るい赤色のブロックへ変わっていき、半分以上尽きていた寿命ゲージもグングンと急上昇。どうやら透析用ナノマシンは無事に実用化し、犬も死の淵から生還した。ご老人と腎臓の夢は叶えられた。

目覚めた犬はトコトコと歩き出す。待っていてくれたご老人の元へ。
けれどご老人がいつも座っていた椅子に座っていたのは、今まで見たことがないロボットだった。

犬に気が付いたロボットは、犬の元へ歩み寄り、犬を撫でる。
まるで生前のご老人かのように。犬は腹を見せて撫でられている。ロボットをご老人と認識したのか、抵抗もせずに。
そして可愛いスペシャルサンクス付きの、スタッフロールが再度流れる。

ここまで見て、「命」とか「エゴ」とかそういうものをズン…と感じさせられた。10年越しの切ないお話を見せてもらった。
なぜ10年後か?と聞かれると、ご老人の読んでいた新聞(広告)に『透析用ナノマシン 2030年に実用化』と書かれた記事があったのだ。ご老人は最後の望みとして、これに賭けたのだろう(スクショ失敗した)。

ここで改めて、腎臓としての夏が終わった。

時間を戻してアプリを再起動させると、コールドスリープに入った犬の夢が見られる。1つ緑色のブロックを消す毎に、ご老人が読んでいた新聞の広告が読める。

遊びきりのアプリなので、もうこれ以上腎臓の役目はない。元気で居てくれればそれでいい。腎臓とご老人の願いは10年越しに叶えられた。
けれども、まだ暫くアプリを消せそうにない。このアプリを見る度に、腎臓として過ごした夏を思い出したい。1週間という短くも濃い期間を過ごした彼らの日々をもう少しだけ手元に置いておきたい。元腎臓のささやかなわがままを聞いてくれ。

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