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日常に潜む非日常③「マイリトルゴート」【追記:20/2/5】

「子供たち、誰が来ても決してドアを開けてはなりませんよ。悪いオオカミが来て食べられてしまいますからね」

ヨーロッパの童話(大体グリム童話)に出てくる悪役は、大体オオカミだ。もちろんこれは悪い男をオオカミに擬態させたもの。
グリム童話が初めて世に出た時代は、飢饉の真っ只中。
中世の大人達は大体農作業に従事していて、子供だけが家に残り留守番をすることも少なくなかった。そしてその家を狙って強盗や性犯罪が多く起きた。恐らく「オオカミと7匹の子ヤギ」はそんな事件を元に書かれたのかもしれない。「マイリトルゴート」(2018)は、「オオカミと7匹の子ヤギ」のその後を描いている。


物語は末っ子のヤギを除いた6匹の子ヤギを平らげて眠る狼の腹を切り、憔悴しきりながらも次々と子供たちを助けていく母ヤギという些かショッキングなシーンから始まる。
けれども一番最初に食べられた子ヤギだけが見つからない。
「トルク!?トルクはどこ!?トルク………!」
ここで石で出来たタイトルが挿入。


ちなみに食べられたトルクは母ヤギがオオカミの裂いた腹を覗き込むシーンにチラリとオオカミの内部の片隅に写っている。フライヤーの画像にもバッチリと写っている。意外とすぐ見つかります。



結局トルクは見つからなかった。その代わりとして母ヤギは一人の人間の少年を連れてくる。
「マルク兄さんが帰ってきたわよ、森の中で迷ってたみたい」
少年は羊の毛皮の被り物を被らされていた。

「お兄ちゃん、お帰り!」「どこ行ってたの?」
家の中にいたのは、母ヤギによって九死に一生を得た6匹の子ヤギ達。
ただひとつグリム童話と違うのは、オオカミの胃袋の中で消化されかけ、体毛が禿げてしまい皮膚が顕になった痛々しい姿をしていた………。
確かにかつて原作を読んでる中で疑問ではあった。いくら助かったとはいえ、無傷では済まなかっただろうと。
そういう疑問点をハードな視点で描いてくれていた。
途中、2番目のヤギが違和感を覚える。
なぜ私がこの子が第二子の子ヤギかと推理したのかは、皮膚の爛れ具合(痛々しさ)で判別したからだ。長子のマルクが完全に消化されたのなら、2番目に食べられたらしきこの子は生き残った子ヤギの中では1番重傷なのでは?と思ったからだ。
「兄さんの肌、どうしてそんなに綺麗なの?一番最初に食べられたはずなのに!」
オオカミの仲間なんじゃないか?という疑いの目を向けられ、少年は家の窓から脱出しようと壁に掛けられていた✕印が貼られてある衝立に手をかける。その瞬間、衝立が裏返った。それは鏡だった。そして彼等はトラウマを思い出す。焼けた皮膚を、爛れた体毛を。特に酷かった第二子の子ヤギは小さく悲鳴を上げた。鏡を伏せ、少年は自分のフードをその子ヤギに被せた。そして、少年の腕には青いアザが……。

ここのシーンの書き方がとても上手いと感じた。言葉はなかったが、このシーンに言葉はいらない。見てるだけでほんわかと温かい気持ちになれる。

ここで最高に緊張する場面が訪れる。扉から激しいノック音が響いた。
「早く隠れて!」
子ヤギ達は思い思いの場所にスムーズに隠れる。が、家に来て間もない少年は隠れることが出来なかった。

ドアが破壊され、日が差し込む。立っていたのは、1人の細身の男性。
恐らく少年の父親なのだろう。
「ナツキ、探したよ、一緒に帰ろう」と息を切らしながらナツキを抱きしめ、なぜか押し倒す。
「パパから離れちゃ駄目って言ったろ……」
ナツキの衣類が男によってあられもなく肌蹴けていき、漸くナツキが抵抗した瞬間、男はオオカミに変貌した。
途端、隠れたはずの子ヤギ達が一斉に飛び出して、ナツキを守ろうと奮闘する。しかし所詮は子供と大人、簡単に振りほどかれてしまう。
ナツキに危機が迫る間一髪のところで、オオカミが倒れた。
帰ってきた母ヤギがスタンガンで気絶させたのだ。
わっと集まり泣く親子ヤギ達。この時、ナツキを襲った狼は元の男の姿に戻っていた。しかも下半身は半分露出してるという妙な生々しさがこの作品を一際不気味であると気付かされた。
そして、母ヤギはこのあと原作通りに……。


「私の可愛い子供たち、ちゃんと留守番しているのよ?オオカミが現れるかもしれないから、決してドアを開けてはいけませんよ」

子ヤギたちには色とりどりのカラフルなケープが着けられた。そして、ナツキを含む子ヤギたちは言いつけを守って留守番をする。出掛ける母ヤギの家の近くの沼では、スニーカーがぷかり1足浮いていた。まるで誰かが沈められたかのように……。



ナツキが1番皮膚が爛れた子に自分のケープを羽織らせてあげるシーンや、ナツキを守ろうと6匹が連携したシーンなど
10分のショートフィルムにも関わらず温かさを感じるシーンと対等して愛が故に過保護に走る母ヤギの狂気やこれまでナツキの腕にあったアザから見て取れる児童虐待などの闇が詰め込まれていて、なかなかよく練られた作品だと思った。

大まかな感想としては大人向けの童話 がしっくり来ると思う。
元々のグリム童話も描写が生々しかったり残酷だったりして、どちらかというと大人向けのジュブナイルのようなものだった。そこから長い年月を経て残酷描写をカットしたりなどして子供向けに改修させられたらしい。
作品自体はフェルトを使ったストップモーションアニメである。CGが主体の現在ではなかなか珍しい。そこだからこそ怖さと可愛らしさがギュッと詰まった作品になった。


ちなみに7/16現在、YouTubeのトレイラーを除いて本編見る術はほぼ無い。私は先月製作と監督を務めた見里朝希氏がYouTubeで2週間限定公開すると聞いて鑑賞した次第である。しかしこのまま埋もれてしまうのは勿体ない……と思ってたら
8/17に東京都写真美術館ホールにて夏休み・凱旋公演を行う模様!ヤッター!

ちなみに見里氏のショートフィルムは他にも数本YouTubeで観られます
もし気になってる方はそこから入っても良いかと


【追記】
とうとう公式で観られるようになりました!
https://twitter.com/short_theater/status/1357165762276851713?s=19

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