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ラテンアメリカ映画

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最近になってようやくラテンアメリカ映画の魅力に気付いたので、こまめに更新する予定です。あくまで予定ですが。
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#ベルリン映画祭

リラ・アヴィレス『夏の終わりに願うこと』メキシコ、日常を演じようとする家族の悲しみ

大傑作。2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。2024年アカデミー国際長編映画賞メキシコ代表。リラ・アヴィレス(Lila Avilés)長編二作目。前作『The Chambermaid』も中々面白かったが、完全に忘れていたので反省。7歳の少女ソルは母親と共に、父トナの誕生パーティを祝うため、祖父の家にやって来た。トナは恐らく末期癌のようで、大人たち全員が"恐らく今回のパーティで最後になるだろう"と認識している。誰もそれを口には出さないが大人たちはピリついていて、家の中の

ナタリア・ロペス・ガヤルド『Robe of Gems』メキシコ、奇妙に交わる三人の女性の物語

2022年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。カルロス・レイガダスやアマト・エスカランテといった同時代のメキシコ人監督の作品で編集を務め、夫レイガダスの『われらの時代』では彼の妻役として出演していたナタリア・ロペス・ガヤルドの初監督作品。レイガダスは本作品の共同プロデューサーとして参加しているが、どこかのタイミングで彼とは離婚したらしい(どこにも載ってないがググると元妻と出てくる)。本作品には三人の女性が登場する。一人目のイザベルは物語の主人公で、家族とともにメキシコの田舎にあ

ナタリア・メタ『The Intruder』アルゼンチン、夢からの侵入者よ去れ!

傑作。2020年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ようやく最後の作品。吹き替え女優として活動しながら(冒頭では片言の日本語で話すSM映画の吹き替えをしている)合唱団にも参加している主人公イネスは、恋人レオポルドとの旅行中に機内で奇妙な悪夢を見る。それは幼い頃から度々遭遇する悪夢だった。レオポルドに夢について問い詰められた夜、彼はホテルのバルコニーから飛び降りて死んでしまった。その後、高い声が出にくくなり、奇妙な音が自分の喉から出ているのではないかと疑い始めると当時に、現実と夢

アロンソ・ルイスパラシオス『コップ・ムービー』メキシコシティの警察官についての物語

ベルリン映画祭コンペ部門に選出された一作。"刑事の映画"と題されたメキシコのドキュメンタリーと聞けば、麻薬カルテルとのドンパチやら汚職やらを想像するが、本作品は摩訶不思議な構造で以てそんな幻想を砕いてくる。例えば、冒頭では女性警察官テレサを乗せたパトカーの車載カメラの映像が流れる。彼女が車道を歩いていた男を注意した際に、男はもの凄い剣幕でズボンのポケットに手を伸ばしながらコチラに近付いてくる。ああこりゃ銃撃戦かと思ったら、男はスマホを取り出す。かと思ったら、怪しい車に近付いた

マルコ・ドゥトラ&カエターノ・ゴタルド『All the Dead Ones』奴隷制廃止後も生き残る旧時代の価値観

2020年のベルリン映画祭コンペ選出作品行脚も終盤に差し掛かり、例年通りの悲惨さを肌で感じている。本作品は奴隷制が廃止されて11年経った1899年と1900年のブラジルはサンパウロを舞台に、コーヒー農園で帝国を築いたものの凋落した地主一家を描いている。一家の父親は未だに過去にしがみついて、自分のものでなくなった農園で働いてサンパウロの家を開けっ放しにしており、家には年老いた母親と二人の姉妹しか残っていない。ピアノ好きな妹アナは凋落によって狂ってしまい、修道女の姉マリアが母親と

Camilo Restrepo『Encounters (Los conductos)』髭面ノ怪人、夜道ヲ疾走ス

夜の道をバイクでひた走る髭面の男。誰もいない真夜中のトンネルを白い電灯が煌々と照らし、光の届かない夜は真っ赤に染め上げられている。長らく短編映画を製作し続けてきたコロンビアの映画作家 Camilo Restrepo の初長編作品であり、今年のベルリン映画祭のエンカウンター部門に選出された作品でもある。冒頭である男を射殺した髭面の男ピンキーが、夜に逃げ回り、昼は仕事をするという実に奇妙な映画で、特に夜のシーンはフィルムで撮影されたレトロな色調と陰影が相まって、近未来のディストピ