マガジンのカバー画像

ラテンアメリカ映画

37
最近になってようやくラテンアメリカ映画の魅力に気付いたので、こまめに更新する予定です。あくまで予定ですが。
運営しているクリエイター

#ブラジル映画

ホアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ『The Priest and the Girl』ブラジル、悪魔の遣わせた聖人或いはメンヘラ製造機

1966年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ホアキン・ペドロ・デ・アンドラーデ長編一作目。カルロス・ドラモンド・デ・アンドラーデによる同名詩に基づく。ディアマンティーナ近郊の山岳地帯にある朽ち果てたダイヤモンド鉱山の鉱夫村に、危篤状態にある老齢のアントニオ神父の最期を看取るために若い神父がやって来た。宗教に熱心な老女たち以外の村人は活気がなく、村全体も死に体という中で、若い神父はマリアナという少女に出会う。10歳のときに裕福な商人オノラトに預けられて育てられたという彼女は、今

Paulo César Saraceni『Porto das Caixas』ブラジル、夫を絶対殺すウーマンと化した妻の復讐

傑作。Paulo César Saraceni(パウロ・セーザル・サラチェーニ)長編一作目。脚本家ルシオ・カルドーソとの共作三部作の第一篇で、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』の映画化作品。といっても前半部分の夫を殺すところまでを描いている。主人公イルマは常に凡愚で口煩い夫を殺害することを考え、そのためには手段を厭わない。特に序盤でブチギレてからは絶対殺すウーマンと化して、その沸き立つような殺意を隠そうともせず、使えそうな男たちをスカウトしては放流するを繰り返す。夫に渡された金で

クレベール・メンドンサ・フィリオ『Pictures of Ghosts』レシフェと私と映画館の歴史

2024年アカデミー国際長編映画賞ブラジル代表。クレーベル・メンドンサ・フィリオによる最新ドキュメンタリー。レシフェはブラジルの角の先端にある港湾都市であり、フィリオが40年来住んでいる故郷でもある。レシフェ南部のビーチにほど近いアパートに移り住んだ1970年代から、今に至るまでレシフェの街も自身のアパートも様々な表情を見せ、変わり続けてきた。本作品は三部構成で展開される。第一部ではフィリオの自宅があるボア・ビアジェン地区の変遷を辿る。フィリオの母親ジョゼリスは夫と別れて心機

イウリ・ジェルバーゼ『ピンク・クラウド』コロナの時代の人間生活

冒頭でこんな言葉が登場する。この映画は2017年に執筆され、2019年に撮影されたものであり、現実とのリンクは偶然である、と。この"現実"とはコロナ禍のことを指している。本作品はSF映画のはずが、その世界が早い段階で現実になってしまったタイプの珍しい映画なのだ。扱っているのはウイルスではなくピンク色の致死性ガスであり、それが突如として充満した世界で、ブラジルに暮らすある男女は唐突のロックダウン生活を迫られることになる。しかも、パーティで昨日出会ったばかりの男の家で起きたその日

ジョアン・パウロ・ミランダ・マリア『Memory House』記号と比喩に溺れた現代ブラジル批判

真っ白に光り輝く近未来風の工場で、防護服を来た男が穴の空いた自身の手袋を見て慌て始める。彼の名前はクリストバム。古くからこの地に暮らす黒人の老人である。舞台はブラジルの南部らしいが、既に流入したドイツ人のコミュニティが完成しており、元から暮らしていたクリストバムのような有色人種はコミュニティから疎外されているのだ。幾度となく無神経な侵入者たちに蹂躙される彼の家は既にボロボロで、落書きだらけの壁を剥げば壁画が眠っており、そこかしこに土着文化的なアイテムが転がっている。彼と白人た

マルコ・ドゥトラ&カエターノ・ゴタルド『All the Dead Ones』奴隷制廃止後も生き残る旧時代の価値観

2020年のベルリン映画祭コンペ選出作品行脚も終盤に差し掛かり、例年通りの悲惨さを肌で感じている。本作品は奴隷制が廃止されて11年経った1899年と1900年のブラジルはサンパウロを舞台に、コーヒー農園で帝国を築いたものの凋落した地主一家を描いている。一家の父親は未だに過去にしがみついて、自分のものでなくなった農園で働いてサンパウロの家を開けっ放しにしており、家には年老いた母親と二人の姉妹しか残っていない。ピアノ好きな妹アナは凋落によって狂ってしまい、修道女の姉マリアが母親と

クレベール・メンドンサ・フィリオ&ジュリアノ・ドネルス『バクラウ 地図から消された村』横暴な権力へのある風刺的な反抗

田舎への未舗装路を爆走するトラックが道端に落ちた木棺を轢き潰す。祖母の葬式のため久しぶりに帰郷するテレサはその衝撃で飛び起きるが、彼女を乗せたトラックは事故現場を一瞥して通り過ぎる。そもそも宇宙空間で星を眺めているファーストカットから地球に降りてきて始まる本作品は、現代のウエスタン(特に『荒野の七人』)でありモダンホラーなのだ。しかも、主人公のように思えたテレサがバカラウの村に到着すると、主人公は村そのものに入れ替わってしまう。どう転んでも奇天烈な映画には変わりない。『Nei

ペトラ・コスタ『Elena』亡き姉との想い出を受け入れるまで

ペトラには13才年の離れた姉エレナがいた。彼女は女優になる夢を叶えるべく、母親と7歳のペトラを置いて単身ニューヨークへ飛んだ。"これを使ったらいつでも話せるよ"と貝殻の片割れをブラジルに置いて。 2003年9月4日。20歳のペトラはコロンビア大学で演技の勉強を始める。周りの人間はエレナのことなんか忘れろと言ったが、ペトラがニューヨークに戻ってきたのは、もしかするとエレナを通りで見つけられるかもしれないって、希望がどこかにあったからかもしれない。 姉妹が映画に興味を持つのは