2.留守番電話

大家さんから電話がかかってくることはない。

もちろん大家さんが亡くなったわけではない。ひとつ屋根の下に住んでいるわけで、用があればドアをノックするだけだ。僕以外にも部屋を借りている人はいる。特別ではなく空気のようにあっさりした近所付き合いだ。

毎朝箒の音が聴こえてくる。お向かいさんかもしれない。大家さんかもしれない。どちらも犬を飼っているが一緒に散歩に行くということはないようだ。越してから一度も見ていない。お向かいさんとも挨拶する。こちらもあっさりしたもので深入りはしない。

留守番電話が入っていた。普段着信には滅多に気が付かないのでメッセージが録音されるとメールで知らせが来るようにしている。知らない番号からだった。要件を再生してみる。

大家さんが物件を売却し新しくオーナーとなりました。つきましては......

うすうす予感はしていたが大家さんは旅行へ行ったのではなく家を売って引越したのだ。手際が良い。

12月になると寒くなるので大掃除をするなら10月が最適だといわれる。大家さんもいい歳だ。古いアルバムやら着ない洋服やらガラクタの類を大量にゴミに出していた。あれは大掃除でもなく断捨離でもなく引越し準備だった。

庭木が短く切りこまれ大事にしていた植木がなくなった。通路は通りやすくなり冷たい風が吹き抜ける。サッパリ感を残して僕の大家さんは引越した。