3.大家さんと僕とインターネット

パソコンに詳しいんだ、じゃわかんないとこ聞けちゃうね

僕は年の瀬に引越した。大家さんに挨拶へ行ったのは夜だった。寒いなか玄関のドアから出てきてくれたのを覚えている。自己紹介すると大家さんはパソコンを使うそうだ。失礼ながら年齢の印象からすると意外だった。正直、面倒だなという感じが顔に出ていたかもしれない。一瞬無言になった後「何でも聞いて下さい!」と引きつる笑顔で答えたが、時すでに遅し。

僕の部屋に入ると何もなかった。テレビも冷蔵庫も洗濯機もベッドも布団も何もない。引越し直後では当たり前かもしれないが、数年その状態が続いた。そういえば不動産サイトのコピーに「シンプルな生活ができます」と書いてあった。まさにシンプル。その日、僕は寝袋で寝た。

僕の部屋にはパソコンはあったがインターネットはなかった。仕事は別に借りた事務所でする。部屋ではインターネットはしない。今思えば結構ストイックな生活だが、それはそれで快適ではあった。

大家さんにパソコンを教えてと言われたことはない。初対面で僕の話を盛り上げてくれただけだったのだ。野暮な大家さんではないのだった。

部屋の更新を2回ほどした頃、部屋にインターネットを引かせてもらった。事務所を引き払ったのだ。大家さんは工事は全然構わないと気持ちよく許可してくれた。今更ながら長い留守をする前にした大家さんとの会話が思い出される。

前インターネットの工事をされたけど、どこに申し込んだんですか。

得意分野の質問だけにわかりやすく説明した。特に店子が引越した後の再工事コストについて伝えた。大家さんがすでにインターネットを使っていることは知っていたので、他の住人がインターネットを導入するのだなと思ったのだ。

今考えると引越先で大家さんがインターネット契約をするための質問だったのだ。そうと知っていれば違ったアドバイスをしたのにと後になって気がつく。