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20220212 / CLife.

この記事は筑波大学の「成長分野を支える情報技術人材の育成拠点の形成」を目的とした科目である『enPiT』において一年間経験したアジャイル開発についてのものです.

反省の機とすると共に.得られた知見を今後チームで開発をすることになる誰かしらと共有すると共に.さらには,一年間仲間達と共に培った色とりどりの経験を,一年間開発をやりきった記念碑として供養することを目的として,ここに記します.

CLifeのビジョン

チームのことや,開発それ自体に関する悲喜こもごもについて話す前に,まずは僕たちが作ったアプリケーションである『CLife』について,説明します.

春にチームを結成し,何を作るかを決めるという段階において,僕たちが最も意識したのは「出来るだけニッチな層をターゲットにし,テックを用いて新しいビジョンを提供する」ということでした.そして,そこで打ち出されたのは「アプリケーションによって人間の行動を規定する」というとても大きなビジョンでした.

アプリケーションによって人間の行動を規定する

自分たちの生活習慣の改善,という小さな取っ掛かりをもとに打ち出されたのは,上記のようなとても大きなビジョンでした.しかし,アプリケーションによる人間の行動の規定というのは,(おそらく大多数には共感を得られないだろうとしても)6人という少なくないチームメンバーの中において議論する過程の果に,確実にその需要を期待できると踏んだのです.

明確化されないアプリケーションの形とユーザーリサーチ

とはいいつつ,そこからの開発は大変でした.上記のような大きなビジョンを打ち上げた上で,その中で自分達にできることは何なのか.それを突き詰めながらの開発というのは,今振り返ってみればとてもアジャイル向きなテーマだったようにも思えるのですが,なにせ,それをチーム外の人たちと共有するにはあまりに時間が足りませんでした.特に,ユーザーに対して提供する最も大きなコアの部分を意識しながら,実装とユーザーリサーチを繰り返していくアジャイル開発において,僕らが目指した提供価値はアプリケーションによる指示のもとに行動を決定するという「新しい生活様式」それ自体であり,それをそのまま毎授業ごとの短いレビューの時間でリサーチするのはかなり無理がありました.特に全体的な実装力に欠けていた僕らのチームにおいては,そのような最終的なビジョンを見定めながら,根底的な実装力を向上させていくという段階では,かなりチーム全体が疲労していたと思います.

CLifeのカタチ

そのような中で,僕たちが開発していったCLifeというアプリケーションは様々な方向を向いては形を変えながら,開発が進んでいきました.Fitbitのようなウェアラブルデバイスと組み合わせたらどうだろう,とか.新しいカレンダーアプリを作ろう,いやTodoListのほうがいいか,とか.そんなふうに右往左往しつつ,現在はGoogleカレンダーの拡張機能という形に落ち着いています.

ビジョンにユーザーを巻き込む

僕たちのチームが持っていた最も大きな強みは,一度起爆さえすれば自走するような,大きな物語を打ち出していたことでした.しかし,それをチーム以外の人たちと共有することはあまりうまく行きませんでした.今振り返ってみれば,この大きなビジョンにユーザーを巻き込んで,共にアプリケーションの形を探っていくという状態を作り出すことが必要だったのかなと,そう思います.

ストレスのないチームではなく,ストレスを分かち合うチームを目指して

ここからはチームについて,もう少し掘り下げて話してみます.

僕たちのチームは6人,そのうち3人は学部生であり,残りの3人は院生で中国の人たちです.普通ならどうしても垣根が出来てしまうようなチーム構成でしたが,僕たちの場合は特にそんなこともなく,かなり早い段階ですぐに打ち解けていたように思えます.それどころか,腹を割った話をするような感じで,授業で出来た開発チームとしては少し変わった雰囲気があったような気もします.なかなか楽しい雰囲気ではあったものの,開発チームとしては向いていたのかどうかは正直わかりません.あまりに垣根がないものだから,結果的にはチーム全体としてはストレスフルだったし,ピリつく場面も多少あったような気がします.ただ,そのおかげで一年間を通してかなり挑戦的なことが出来たのは良かったと思います.

チームの中での自分の立ち位置

チームの中では一応リーダー的な立ち位置でした.ただ,チーム全体を引っ張っていけるほど僕には体力がないので,どのようにしたらチームメンバーがスタンドアローンに自走して,全体的な進捗が埋めるかということをずっと考えながら,各メンバーをアシストすることに注力していたつもりです.

というわけで.enPiTとしての開発は終わりました.まだまだ終わった気がしないのはなぜでしょうか.ともかくとして,この経験を通して得られたなにかしらを投げかけながら,実装と検証を繰り返す旅は,その形を変えながら続いていき,途絶えることは決して無いのでしょう.それでは.