100円玉を拾ったときは

---お金を拾ったら交番に届けましょう

子どもの頃、僕はそう教わってきた。きっとこれを読んでおられる方もそう教わったことだろう。
もちろんそれは公道や公園など外の話であり、何かしらの施設においてはおそらくその管理者に話すこととなる。学校なら先生,電車なら駅員だ。

当駅始発の電車に乗った際、座った席に100円玉が落ちていた。
きっと、前の乗客がポケットに入れていたものを落としたのだろう。

“ラッキー”

そう思って拾うことは容易い。だが、何も考えず、安直に拾ってしまっていいのだろうか。そして先述の通り、僕たちは届け出ることこそが正しいことだと教わってきたのではないだろうか。

きっと駅員のもとに持っていくのが正しい判断と言えるのだろう。
思考を停止し、今までの考え方に従うのであれば…。

しかし僕らはもう大人だ。そして、今まで誰も経験したことのない、変化の激しい時代を生き抜いていかねばならない。
であれば、今までの考え方を理解した上で、あらためて「何があるべき姿なのか」を考え、自分の言葉で話せるレベルまで分解・整理し、行動に移すことこそが正しいのではないか---

それでは今回の場合、何が最も正しい行動なのだろうか。

単純に今回取るべき行動を考えると、冒頭の記載の通り駅員に渡すべきなのだろう。
改札まで持っていき、駅員にどこで拾ったのかを伝え、渡せばそれで完了。
受け取った駅員は取りに来た人に渡せばそれで完了。みんなハッピーだ。

だが、本当にそうなのだろうか?

もう少し先まで考えてみたい。

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まず、受け取った駅員について。

「たかだか100円玉を持ってこないでほしい」
きっとそう思うことだろう。僕もそう思う。

そして、遺失物に関する書類を書くことになる。仮にそれが100円だとしても、彼(彼女)は書かなければならない。それが仕事だからだ。
そして残念ながら、物が届いてしまっているからだ。

とはいえ、落とされたのは”たかだか100円”である。そのために書類を作成することも、きちんと保管することもコストパフォーマンスが悪すぎる。

「金額で判断するのか?」と思う方もおられることだろう。だが、今回はお金だ。他の物なら“思い入れがあるかもしれない”と考えることもできるが、お金に関しては無いと考えるのが妥当だ。
死んだ爺ちゃんの形見であるということも、胸ポケットで凶弾から救ってくれたということも、現代の日本においては極めて考えにくい。

そもそも、誰のものか判断が難しくて対応に困る。

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次に、落とした人について。

ポケットなど落とす可能性の高い場所でお金を保管する人が、100円を落としたことに気付く可能性は低い。
(もちろん、“さっき入れたのに”となる可能性はあるのでゼロとは言い切れないが)

仮に気付いたとしても、100円のためにわざわざ戻ってくることも、時間をかけて降りた電車の行方を追うことも考えにくい。
よって、取りに来ないと考えるのが妥当だ。

そもそも、自分のものであることの証明が難しくて説明に困る。

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上記より、拾った100円玉を駅員のもとに届けた場合、駅員は誰も取りに来ない遺失物についての書類を作成することとなる。そして、その100円玉は永遠に保管され続けることとなる。
それがわかっているにもかかわらず、100円玉を駅員に届けることは本当に正しいことなのだろうか。

今は令和だ。昭和でもなければ平成でもない。働き方改革が叫ばれる時代だ。
その現代においては、他の業務もある中で、誰も取りに来ない遺失物についての書類を作る時間とエネルギーは極めて不毛であると考えるのが妥当だし、そう考えられるべきである。

そうなると、『届けない』ことこそが正しい判断だと考えることができるのではないだろうか。

届けないことで駅員の貴重な時間が守られる。駅員はハッピーに違いない。
さらに、不要な人件費を抑えることもできる。鉄道会社もハッピーだ。

そして駅員の時間に余裕が生まれると、サービスの質が向上する。
駅員のサービスの質が向上すると、乗客がハッピーになる。

そしてその乗客たちは各々の行き先でそのハッピーを周囲に分け与えていき、いずれは日本中に、そして世界中へと広がっていくことだろう。。。

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「落ちている100円玉を届けない」

それは、名もなき一市民による小さなアクションに過ぎないかもしれない。

しかし、たったそれだけのことで、世界中にポジティブな影響を与えることができる。

そして、一人一人の行動の積み重ねが、明日のハッピーな世界を作っていくのだ。

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今、自らが行おうとしている行為が、どれだけ世界に影響を与えていくのか---

その大きさに身震いをしながら、僕はその100円玉をそっと財布にしまったんだ。

日本を、そして、世界をハッピーにするために。

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