2.夢か現か

 朝ごはんはケーキ。
 昼ごはんはドーナツ。
 夕ごはんはクッキー。

 朝ごはんはストロベリーパフェ。
 昼ごはんはチョコレートパフェ。
 夕ごはんはフルーツパフェ。

 朝ごはんはクレープ。
 昼ごはんはホットケーキ。
 夕ごはんは………。

 マミは目の前に置かれたアイスクリームを見てうーんと考え込んだ。
 お菓子ばかりねだるマミに母親は「ちゃんとご飯を食べなさい」とよく怒ったのだ。
 その母親がにこにこしながらこちらを見ている。
『おかあさん、ごはんはたべなくていいの?』
『いいのよ。マミの好きなものを食べれば』
 スプーンをとってアイスクリームを食べ始める。
 「いただきますは?」といつも怒る母親がにこにこしながらこちらを見ている。
 マミはスプーンを置いて手を合わせた。
『いただきます』

 何か変だと思う。
 でも、何が変なのかわからない。

『おかあさん、マミ、カレーがたべたい』
『わかったわ』
 母親はすぐにカレーを作って食べさせてくれた。
 いつもなら、「また今度ね」って言うのに。

 何か変だ。

『おかあさん、なんかへん』
 にこにこ笑っていた母親の顔がぼやけた。
『おかあさん?』
「こんにちは、マミちゃん」
 背広を着た大人の男の人が現れた。
『おじさん、だあれ?』
「お兄さんは夢を売買する仕事をしている人です」
『バイバイ?』
「買い物です」
 大人の男の人はにっこり笑って言った。
「疑問を感じてしまったんですね。かしこい子だ。でも、疑問を感じてしまったからにはこの夢が壊れるのも時間の問題ですか」
 マミは首を傾げる。
『ゆめってなあに?』
「夜寝ている時に見るものですよ。あなたのお母さんに頼まれましてね」
『おかあさん?』
 マミは身を乗り出した。
『おかあさん、どこにいるの?』
 大人の男の人はちょっと困った顔をした。
「さっきまで、ここにいましたよ」
『でも、おかあさん、へんだったよ』
「まあ、そうでしょうね」
 大人の男の人は肩をすくめた。
「あなたのお母さんの希望は『マミの望む夢』。今回は買い手がお母さんでしたからね。こちらとしては『母親が考える娘が望んでいることの夢』しかご提供できないわけで、それではどうしてもマミちゃんの望みとズレが生じてしまうんですよ。いやはや難しいって聞いてますか?マミちゃん」
 大人の男の人の口上をぼんやり聞いていたマミは眠そうな目を向ける。
「まあ、5つの子には難しい話ですけどね」
 再び肩をすくめた大人の男の人は上を見上げた。
「ああ、ちょっとまずいですね。崩れてきた。じゃあ、マミちゃん。この夢もそろそろ限界なのでここから出ますよ」
『でるの?』
「起きますよってことです」
『おかあさんにあえる?』
 大人の男の人はまたちょっと困った顔になった。
「ご入用なら呼んでください。漠お兄さんって言えばすぐ行きますからね」

 マミはパチっと目を開けた。
「目を開けたわ!」
「マミちゃん、よかった…」
「おばあちゃん…?」
 田舎のおばあちゃんがそこにいた。
 よかったわね、看護婦さんがマミの頭を撫でてからパタパタと出ていった。
「おかあさんは?」
 田舎のおばあちゃんはちょっと顔を歪めた。
「あの女…いや、マミちゃん、おかあさんはね、ちょっとお出かけしてるんだよ。だから今はいないんだ。いいね」
 おばあちゃんが少し怖くなってマミはこくんと頷いた。

 ゆっくりお休み、と言われてもマミはなかなか眠れなかった。
 目を閉じて横を向いていると、ドアの向こうからぼそぼそと話し声がする。
「全く、自分の娘と無理心中だなんてあの女、何を考えてたんだか」
 怖い声。これはおばあちゃん。
「でも、よかったよ。マミだけでも助かって」
 怖い声。これは…おとうさん?
「だいたいあんたが他所に女作るから…」
「ば、何言ってんだよ、お袋。不倫なんかしてないって。あいつが勝手にそう思い込んでただけだよ」
「だいたい、あたしはね、あの女のこと前から気に入らなかったんだよ。神経質そうでさあ。『お義母さん』って呼ばれた日には虫唾が走ったね」
「ガス自殺だなんて古典的なことしてくれるよ全く。ガス代、いくらかかると思ってんだ。他にいくらでもやり方があったろうに。迷惑な奴だ」

 病院で過ごす夜は静かだった。
 部屋の電気が消された後、マミは窓の外をじっと眺めながら言った。
「漠お兄ちゃん」
「はい。何ですか?マミちゃん」
 振り返ると部屋の中にあの時の大人の男の人が立っていた。
「マミね、おかあさんとあいたいの。おばあちゃんもおとうさんも、おかあさんのこときらいなの」
 でも、とマミは身を乗り出す。
「マミはおかあさんのことだいすきなの」
 大人の男の人は頷いた。
「マミちゃんはお買い物したことがありますか?」
 こっくり頷いて、マミはベッドの横に置かれた箱の中からプラスチックでできたポストを取り出す。
 底の黒い栓を抜くと、中から10円玉と1円玉がたくさんでてきた。
「マミね、お金持ってるよ」
「いいでしょう」
 大人の男の人は笑った。
「これだけあれば十分ですよ、マミちゃん」

『おかあさん、ハンバーグがたべたいの』
『駄目よ。今日はカレーなんだから』
 トントンと軽快な音を立ててニンジンを切りながら母親はそう返す。
 ちょっと膨れて、マミは母親の服の裾を掴んだ。
『ハンバーグはまた今度ね』
 危ないからあっちに行ってなさい、と言って母親は鍋の中にニンジンを入れた。
『おかあさん』
『なあに?』
 にっこり笑ってマミは言った。
『マミ、おかあさんとずっといっしょにいるね』


初出:2004/05/07

#小説

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