お月様
眠れない時は、窓辺に腰をかけて風に当たる。
夜の風がそっと抱きしめてくれているみたいで安心するんだ。
その日は大きな満月が出ていた。
ぴかぴかに光っていて、まるでホットケーキみたい。
綺麗だなあ。
「ちょっとお嬢さん、早く寝ないと風邪をひくよ」
え。誰。誰かいるの。まさか何者かが不法侵入したの!?
「そう慌てないで。上を見てごらんよ。私だよ」
言われた通りに上を見てた。目玉が飛び出るかと思った。
満月が喋っていたのだ。ちゃんと目も鼻も口もある。
頬もオレンジ色だ。なんなら青い三角帽子までつけている。
月って…喋るの?
「普段は話さないけどね。今日は君が寂しそうだったから、特別さ」
なんだこの月は。紳士的なのか上から目線なのか、よく分からない。
でも優しそうな表情や喋り方からして、悪い月ではないと思った。
ねえお月様。なんで私が寂しそうだと思ったの?
少し間を空けて、月は答えた。
「なんでって、君はいつも、布団の中で泣いているだろう?」
この月、全部見てたのか。誰にも見られてないと思っていたのに。
「親や友達には言えないんだろう。私に話してみてくれないかな」
まあ、この月になら話してもいいかも。顔も良いし。
「じゃあ、聞かせて」
🌕🌖🌗🌘🌑🌒🌓🌔🌕
私ね、ときどき、本当に愛されてるのかなって不安になるの。
お父さんとお母さんに何か言われたり、叩かれてるわけじゃない。
妹も生意気だけど、かわいいとこだってある。
心から親友って呼べる子だって、少ないけどいるわ。
その親友のうちの1人はね、いつも私に『大好き』って言ってくれて
ぎゅーって抱きしめてくれるの。頭も撫でてくれるの。
私はそれが嬉しくて、つい『もういっかい』って言っちゃう。
あの子は優しいから、何度だってやってくれる。
『貴方が必要なの』って言ってくれたこともあったわ。
それでも愛されてるか不安になってしまうの。
私って、欲張りなのかな?
🌕🌖🌗🌘🌑🌒🌓🌔🌕
「そんなことを考えていたんだ。気づいてあげられなくてごめんね」
貴方が謝ることじゃないわ。
貴方はいつも見ていてくれたもの。
「許してくれてありがとう」
「…あのね、これから不安になったら、私に話して欲しいんだ」
いいの?
「うん。君が寂しい時には、私が埋めてあげるから」
ありがとう。
…ねえ、お月様。
「なんだい」
ぎゅってして?
「いいよ」
満月の腕がするりするりとこちらに伸びてくる。
伸びて、伸びて、どんどん伸びて。
ついに私を捕まえた。
ふわりと身体が浮く。
それは『ぎゅっ」ではなくて、お姫様抱っこだった。
ねえ、重くないの?
「大丈夫さ。むしろ痩せてるんじゃない?ちゃんと食べてるの?」
言いたい放題ね。
ごはんくらい3食ちゃんと食べてますっ。
「よかった」
お月様は、カラカラと笑いながら言った。
「今夜はこのまま、ゆっくり眠りなさい」
うん。ありがとう。
おやすみなさい、お月様。
🌕🌖🌗🌘🌒🌓🌔🌕
明くる朝目覚めると、私は布団の中にいた。
お月様、帰っちゃったのかな。
昨日少し話しただけなのに、どうしてこんなに寂しいんだろう。
枕元に目をやると、黄色いリボンが付いた青い袋が置いてあった。
ふわふわで少し大きめのホットケーキのクッションが入っていた。
まだ何か入ってたりするのかな。
ほんの少しだけそんな期待をしながら、袋の中を探ってみる。
と、小さな紙切れのようなものに触れた。
拾って開いてみると、そこにはこのように書いてあった。
お嬢さんへ
昨日は私に話してくれて、そして一緒に眠ってくれてありがとう。
次の満月まで、残念だけど君とはお別れだ。
袋の中にホットケーキのクッションが入っているだろう?
辛い時には、それを見て私のことを思い出して欲しいんだ。
夜を共にしてくれたお礼だ。受け取ってくれ。
お月様より
止めどなく溢れる涙をクッションに押し付ける。
ぴかぴかで、優しくて、力持ちな貴方。
また、会えるよね。