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ブロッコリーの匂いが部屋に充満した。
それが合図だった。作戦開始の。

僕は急いで車に乗り込んだ。

大通りを走り抜ける。
同じように、たくさんの車が走っている。

世の中のものはほとんど、魚だ。
車も鳥も、僕は魚に見える。

港に着くと、もう船が用意してあった。
「はやくしろよ。」
と、バニートウに急かされながら船に乗り込む。
こいつもまた、魚みたいな顔をしている。

「ああこれ、積んでおいてくれたんだ
ありがとう」
足元を見ると、木箱に入った大量のミモザが、
軽く見積もっても10箱はあった。

「それはいいんだけどさ。
ソーリー、お前、忘れ物とかしてないよな?」

「大丈夫だよ
ほらはやく、船を出してよ」


今度は、魚と一緒に走り抜ける。
車ではなく本物の魚。
海はなんて広くて寂しいのだろうか。

海の中でひとり泳ぐアジが、僕らを見ていた。

あの子のいる街までどれくらいかかるのか分からない。どれくらい船を走らせれば着くのか。


あの子はミモザがだいすきだった。
毎年ミモザの日には、彼女の家に必ずミモザが堂々と机の上で我が物顔をしていたものだ。

もう遅いのかもしれない。
僕がたくさんのミモザを持っていったって、あの子は家のドアを開けてくれないかもしれない。
そう思った。



だから僕はやめた。
10箱ほどあったミモザは、旅の途中ですべて海へ捨ててしまった。
それを見ていたバニートウは何も言わなかった。
ただ地平線へ落下していく夕日を見ていた。

「おんなじ人間なのに」
と思わず呟いてしまったときも、バニートウは決して僕を責めなかった。

その代わり、こう言った。
「分かり合えないことを受け入れることは、辛いけど、みんな分かり合えているふりをしているだけだよ。」

その後バニートウは僕を家まで送ってくれた。


僕と彼女は全く別の世界で生きている。
全てを分かりあえることはないのだろう。


そう思いながら眠りについた。
バニートウにばれないようにポケットに入れておいたひと束のミモザは、机の上でぽろぽろとその粒を落としている。

(fiction)


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