『メイドさんと百合についてのアンソロジー』「さえずりメイド3本勝負」考察ーギリシャ神話・聖書と比較してみたー〈前編〉

今回は、メイドが登場する百合(ガールズラブ; GL)ジャンルのマンガ『メイドさんと百合についてのアンソロジー』に収録されている「さえずりメイド3本勝負」(七路ゆうき 作)の感想や考察、そして私が共通性を感じたギリシャ神話や旧約聖書のエピソード、他作品との比較を記したいと思います。
 記事を書き始めた当初は考察と比較を1本の記事にまとめるつもりでしたが、作品の説明と考察だけでかなり長くなってしまい、他文学との比較まで書いていると公開に時間がかかってしまうため、考察までで前半の記事とし、ギリシャ神話や聖書、他作品との比較は後半の記事に書くことにします。後編記事は後日更新しますが、もしかすると1週間以上先になる可能性があることをご承知おきいただければ幸いです。

1. 作品の概要と読んだきっかけ

⚫【作品】「さえずりメイド3本勝負」(七路ゆうき 作)
『メイドさんと百合についてのアンソロジー』(相崎うたう)より

本作品は「百合ゆり」(女性同士の恋愛感情や友情、絆、ガールズラブ、GL)ジャンルのマンガ作品で、メイドや主人(お嬢様)のいるお屋敷が主な舞台となっています。全6作が収録されており、今回取り上げる「さえずりメイド3本勝負」(七路ななじゆうき 作)は1話目の作品です。
 登場人物とあらすじは以下のとおりです。

【登場人物】
カナリアお嬢様: お屋敷の主人。一人称は「僕」。
ツグミ先輩: アトリとイスカの先輩メイド。カナリアお嬢様の意中の人。
アトリ: 新人メイド。一人称は「あたし」。仕事は足りない点もあるが、相手の気持ちを大切にしようとする。
イスカ: 新人メイド。一人称は「私」。(アトリから見て)やや嫌味なところもあるが、仕事は完璧にこなす。

【あらすじ】
天気の良いある日、カナリアお嬢様に外でのアフタヌーンティーをすすめていたツグミのところにアトリとイスカが乱入してくる。ふたりはお嬢様の部屋の掃除をめぐって喧嘩になっていた。いがみ合うふたりにカナリアお嬢様は、メイドの業務で3本勝負を提案する。
「負けた者が勝った者の言うことをなんでも聞く」
「絶対服従させるもよし なんならメイドを辞めさせてもいい」
 アトリとイスカの勝負内容は次の3本。
① 掃除
 先に掃除を終わらせた方が勝ちというルールで勝負。順調に掃除を進めていくイスカの上に本棚の本が崩れそうになり、アトリが助けに入る。ところが、崩れてきた本の中にカナリアお嬢様とツグミの写真が入ったアルバムがあり、それを眺めて夢中になっていたアトリはイスカに負けてしまう。
② お菓子作り
 お嬢様のアフタヌーンティーの準備。イスカは特製アフタヌーンティーセットを用意。一方料理が苦手なアトリは、ツグミ先輩にアップルパイのレシピを教えてもらう。アップルパイはカナリアお嬢様の好物で、アトリはツグミ先輩がアップルパイを作ったときの様子や香水の香りを覚えていたのだった。ところがアトリは、アップルパイにリンゴの芯も入れてしまう。
 第1試合、第2試合で引き分け、次勝った者に10点。
③ 代筆
 オペラ座ヴィルトゥエルの経営者の息子ダニエル氏とのお見合いの手紙に対する返事を代筆。それを聞いたアトリは言う。
「だったらあたし書けません」
「お嬢様が好きなのはツグミ先輩でしょ」
 カナリアお嬢様は真意を明かす。
「ずっとどうしようか迷っていてね 実は二人がお見合いに肯定的な手本を書いたなら 大人しくこの話を受けようと思っていた これが僕の幸せなんだと受け入れなくては ってね」
「ありがとう 僕の幸せがなんなのか 今日一日 仲良くさえずるアトリとイスカを見て やっと確信できたよ」
 結局勝負は無効になったが、お嬢様の心に寄り添うメイドになれていなかった悔しさからイスカは泣き出してしまう。アトリはイスカに、自分が来たばかりの頃にイスカに助けてもらったと慰める。イスカはすぐに立ち直り、アトリとイスカは再びライバル関係に戻るのだった。

 私がこの作品を知ったきっかけは、X(旧Twitter)でフォローしているポップミュージック創作家のあめいろ🍭(@ameiro_tearoom)さんが本作をモチーフにした新曲を創作されたという投稿でした。

あめいろさんの曲も素晴らしいので、ぜひ聴いてみてください!✨

⚫ カナリアと林檎の幸福論(作詞,作曲,編曲 ameiro)

https://t.co/82RAt9QdEo

※追記:2024年6月9日現在、niconicoが大規模なサイバー攻撃を受けており、上記リンクから動画を閲覧することができない状態となっています。
念のため、niconico運営から復旧のアナウンスがあるまではリンクへのアクセスは控えていただくよう推奨いたします。

 私は百合作品に触れたことがほとんどなかったのですが、「カナリアと林檎の幸福論」をきっかけに元作品も読んでみたいと思い、電子書籍を購入しました。(AmazonのKindle版でも読めるそうですが、私はhontoの会員でhontoポイントを貯めているので、hontoで購入しました。)
 「さえずりメイド3本勝負」作中ではカナリアお嬢様とツグミの間に百合概念が発生していて、アトリとイスカの間に百合が生まれる展開があるのか、読者に期待させる結末となっています。

2. 感想・考察

⚫ 作品について

イラストのタッチが少女マンガ風だったこともあり、百合と言っても恋愛というよりは友情要素が多めのように感じたので、初めて百合ジャンルに触れる方も読みやすいように思いました。
 本作には林檎や鳥のモチーフが登場し(登場人物の名前が鳥にちなむ)、甘い林檎の香りが漂う庭園を舞う鳥たちが穏やかにさえずるような情景が目に浮かびます。メイドが仕えるお屋敷が舞台ということもあり、なんとなく西洋文学・西洋美術的なモチーフを連想させるような世界観だと感じました。
 アトリとイスカは作中では喧嘩ばかりしているような印象ですが、本当に仲が悪かったらそもそもこんな勝負で相手にしないでしょうし、アトリが崩れかけた本からイスカを助けたり、イスカがアトリの目の前で弱みを見せて泣き出したりすることはありえないと思うので、ライバルのような関係性なのだと思います。心のどこかではお互いを尊敬し合っているようでいて、「相手への配慮」が強みのアトリと「仕事の要領の良さ」が強みのイスカはいざというときに相補い合えるような、両者にとって大切な関係でしょう。
 また、お金や名声、権力が手に入りそうなヴィルトゥエルの玉の輿に乗ることよりも、今目の前にある幸せ、ツグミとの甘やかな時間を選ぶカナリアお嬢様の生き方に心を打たれました。代筆の試合でアトリとイスカを試しつつもお見合い話を受ける覚悟も胸の内に秘めていて、アトリの返答を受けて自分の正直な気持ちを再認識し、それを大切にできるカナリアお嬢様はとても芯の強い子なのだと思いました。(作者はここまで意図していないかもしれませんが、その芯の強さはアトリがアップルパイに入れてしまった「リンゴの芯」につながるかもしれません。)

⚫ 読了して考えたこと

個人的なことですが、私は英語に関する学問を専攻して語学業界に(消費側としても働く側としても)携わっているにもかかわらず、留学や海外経験がありません。語学業界は海外志向や外向性を良しとする価値観で動くビジネスなので(そうでないと語学学習の動機づけが説明できず、ビジネスとして成立しなくなる)、語学界隈でそうした外向きの価値観にさらされながらプライベートで地元志向の界隈にどっぷり浸かる現状に矛盾を感じ、葛藤することもありました。カナリアお嬢様の「ありがとう 僕の幸せがなんなのか 今日一日 仲良くさえずるアトリとイスカを見て やっと確信できたよ」という言葉にあるように、そしてあめいろさんの楽曲の「地位や名誉に憧れて 箱庭を出なくてもいい」という歌詞にあるように、名声を追いかけて外へ外へと飛び出していくことだけが理想的な生き方ではないのだと、実は自分の将来を見直すきっかけにもなりました。
 「井の中のかわず大海を知らず」ということわざがありますが、「井」を世界の全てだと思い込んでいる蛙は「大海」という広い世界を知らないため、自分の可能性に気づくことができず一生を終えます。しかし「大海」とはどんな世界なのかを事前にリサーチし、大海では得られない幸せが「井」の中にすでにあることを知っている蛙は、必ずしも不幸とは言えないのではないでしょうか。
 ただし、たとえば飛鳥時代や奈良時代の知識層の日本人が海外(中国の隋や唐)に積極的に(そして命がけで)渡航して中華圏の文物を採り入れたり、明治時代の知識人がヨーロッパに留学して西洋の概念を輸入したりして、それが日本の近代文化の礎を築いたように、あるいは現代でも音楽や美術、料理などを専門的に学ぶ人がヨーロッパに留学して修行することがあるように、日本を脱出して海外に行くことがキャリアアップにつながる世界が存在することも事実でしょう。限りある人生の旅程の中にどのようなプランを組み込み、どのような景色を映し、広い世界をどう歩いていくのかに正解はなく、その人の価値観によるところが大きいのかもしれないなと思っています。


<前編は以上です。>
~後編記事もお楽しみに!~

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