日本版・バーチャルオンリー型株主総会の導入へ
2021年2月5日、「産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律案」(産競法改正案)が閣議決定され、その中に日本版バーチャルオンリー型株主総会を可能とする改正が含まれているというニュースがありました。
経産省「産業競争力強化法等の一部を改正する等の法律案」が閣議決定されました(2021年2月5日)
https://www.meti.go.jp/press/2020/02/20210205001/20210205001.html
ハイブリッド型バーチャル株主総会
本論に入る前に、ハイブリッド型バーチャル株主総会のこれまでの議論をごく簡単に紹介しておきます。主には、2019年8月に経産省に設置された「新時代の株主総会プロセスの在り方研究会」が主導するものですが、株主総会の電子化等の議論の中で、オンラインを利用した株主総会の運営に関する論点等が整理され、2020年2月、「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」がまとめられました。その後、(これは偶々という面がありますが)コロナ禍が深刻化する中で、「実施ガイド」に沿って、実際にハイブリッド型で株主総会を実施する会社が相当数現れました。
経産省「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」を策定しました
https://www.meti.go.jp/press/2019/02/20200226001/20200226001.html
経産省での議論はさらに進み、2020年7月22日には「新時代の株主総会プロセスの在り方研究会報告書」がまとめられ、さらに、パブコメも経て、2021年2月3日、「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド(別冊)実施事例集」が策定されました。
経産省「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド(別冊)実施事例集」を策定しましたhttps://www.meti.go.jp/press/2020/02/20210203002/20210203002.html
バーチャルオンリー型株主総会を求める声
もっとも、「実施ガイド」は依然として「リアル株主総会」の場が設定されることを前提としていました(それ故に「ハイブリッド型」という名称になっています)。「実施ガイド」での「バーチャルオンリー型株主総会」の位置付けについては、会社法の解釈上難しい面があるとの見解が示されているとして、中長期課題とされていました(4頁)。
一方、コロナ禍の影響もあり、また諸外国ではバーチャルオンリー型株主総会がすでに実現していることから、日本においてもバーチャルオンリー型株主総会を実現できるような制度を早期に導入すべきであるという声がかなり高まっていました。
(参考)経団連「株主総会におけるオンラインの更なる活用についての提言」(2020年10月13日)
https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/092_honbun.html
このような流れを受けて、政府が2020年12月1日に取りまとめた成長戦略会議の「実行計画」では、「我が国においても、来年の株主総会に向けて、バーチャル株主総会を開催できるよう、2021年の通常国会に関連法案を提出する。」との一節が含まれることになりました(16頁)。
成長戦略会議「実行計画」2020年12月1日
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/seicho/pdf/jikkoukeikaku_set.pdf
産競法の改正へ
ご承知のとおり、並行して、令和元年改正会社法の施行に向けた議論も進んでおり、その改正内容には、株主総会資料の電子提供制度の導入なども含まれています(ただし、電子提供制度の施行日はまだ少し先です。)。
私の周囲でも、バーチャルオンリー型株主総会を実現する障壁は、主に、会社法において総会の招集に際して「総会の開催場所」を定めることが必要とされていること(同法298条1項)にあると考えられているため、真正面からバーチャルオンリー型株主総会を実現するためには、この点に関する会社法改正が必要になるはずで、そうすると令和元年改正会社法との関係が難しくなるのではないか(したがって早期には困難)という意見があり、一方では、「総会の開催場所」の解釈だけの問題であるから、法務省がこの解釈に関する何らかの指針等を公表することでも足りるのではないか等の意見もあり、様々な議論がありました。
この点、今回のニュースを見ると、産競法における特例として規定を設けるということになったようです。後述のとおり、経産大臣及び法務大臣の確認を要件とすることで、一定の正当性を確保するという格好になっているようですが、会社法の特例として、上場会社一般を対象としており、適用範囲が広くなる可能性がある規定を設けて良いかについては、賛否両論があるところかもしれません。
それはともかくとして、以上のような経過で、今回の産競法の改正案が提示されるに至ったということですが、ここで、閣議決定された改正案の条文を具体的に見てみましょう。
第四節 場所の定めのない株主総会等の活用
第66条第1項 金融商品取引法第二条第十六項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社(略)は、株主総会(略)を場所の定めのない株主総会(略)とすることが株主の利益の確保に配慮しつつ産業競争力を強化することに資する場合として経済産業省令・法務省令で定める要件に該当することについて、経済産業省令・法務省令で定めるところにより、経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けた場合には、株主総会を場所の定めのない株主総会とすることができる旨を定款で定めることができる。
バーチャルオンリー型株主総会は、日本法の下では「場所の定めのない株主総会」という名称になったようです(その前提の会社法の議論は長くなるので割愛しますが、個人的には「バーチャルオンリー型株主総会」にして欲しかったところです)。ただ、この規定だと、一旦、バーチャルオンリー型株主総会を可能とするような定款の定めを設けるための定款変更決議が必要(したがってリアル株主総会は一旦必要)になるのですが、ここは附則3条において一定の手当てがなされています(川井先生に教えていただきました)。
附則
第3条第1項 附則第1条第1号に掲げる規定の施行の際現に金融商品取引法(略)第2条第16項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社(以下この条において「上場会社」という。)である株式会社又は同号に掲げる規定の施行の日(以下「第一号施行日」という。)から二年を経過する日までの間において上場会社となった株式会社が、第一号施行日から二年を経過する日(当該日までに上場会社でなくなった株式会社にあっては、上場会社でなくなった日)までの間に第一条の規定(同号に掲げる改正規定に限る。)による改正後の産業競争力強化法(次項において「新産競法」という。)第66条第1項に規定する経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けた場合には、当該株式会社は、当該期間においては、その定款の定め(株主総会又は種類株主総会の場所の定めがある定款の当該定めに限る。)にかかわらず、その定款に同項の規定による定めがあるものとみなすことができる。
このように、新産競法の施行日から2年間は、新産競法第66条第1項の「経済産業大臣及び法務大臣の確認」を受ければ、定款に当該定めが「あるものとみなすことができる」ということになり、定款変更を経ずとも、この制度が利用可能になる余地が設けられています。(したがって、2年以内にこの制度を利用してバーチャルオンリー型株主総会を開催し、その株主総会において、新産競法第66条第1項の定款の定めを置く旨の定款変更決議を行うという会社が出てくるのではないかと【訂正:思いましたが、このみなし規定に基づいて招集される株主総会では、当該第66条第1項の定めを設ける定款変更の決議をすることはできないとのことでした((附則3条2項)。】。
現時点では、新産競法第66条第1項の「経済産業省令・法務省令で定める要件」や「経済産業大臣及び法務大臣の確認」としてどのようなものが想定されているかは分かりませんが、この定め方によって、この制度が実務的にも利用可能なものになるかどうかが決まってくるだろうと思います。
まだまだ議論されるべき箇所は多いと思いますが、個人的には、日本においてもバーチャルオンリー型株主総会を早期に導入すべきという意見を持っていますので、具体的な形としてこのように見えてきたことについては歓迎したいと思っています。