Starry sky ―ショートショート―

ひさびさにショートショートを書いてみました。

 

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 星空きらりの本名も星空きらりだけれど、彼女はそれを芸名だ、と言い張る。星空きらりは今をそれほどときめくわけでもないコスプレイヤーだ。今年で三十五になる彼女は、だからどうしたって自分の本名を明かせない。だってそうじゃないか、三十五のババアが星空きらりだ。それってもう、犬にネコって名前を付けてるようなもんじゃないか。だから星空きらりは本名を明かさない。その代わり、芸名として星空きらりを名乗っている。それだったら許される。と、彼女は思っている。

 星空きらりの朝は早い。スズメがチュンチュンする前に起きて、コスプレ衣装を作るのだ。星空きらりなんて名前でありながらも、夜型よりは朝型だった。なにしろ、最近、歳のせいで夜更かしができなくなっている。それに夜更かしをすればお肌のうるおいがうんたらかんたらとテレビでやっていた。だから星空きらりの朝は早い。

 星空きらりの作るコスプレ衣装は、困ったことに今のコスプレイヤーの主な層のほとんどが知らない。二十年ほど前に自分が熱狂し、愛し、夏場のチョコレートのようにどれどれと溶けていたフェイバリットなアニメは、実のところ今の若い子たちはだれも見ていないのだ。せいぜいタイトルを知っているくらい。主人公の名前なんて知らない。それだというのに星空きらりは、ここをこんなにもマニアックにしたら誰が気づいてくれるのかしらウフフ、と思っている。むろん、誰も気づかない。ちまちまと色んな布を継いで接いで、星空きらりは自分のコスプレ姿を夢想した。

 星空きらりが始めてコスプレに手を出したのは、彼女の母が趣味のひとつでも作らんかいと叱ったからだった。星空きらりは未だ独身だ。趣味さえあれば彼氏のひとりやふたり、余裕綽々で作れるだろうと母は言う。趣味。思えば星空きらりには趣味と呼べるものがなかった。しかしそのせいで恋人ができるわけではないのだ。彼女はそれを自分の名前のせいだと考えている。星空きらり。もしも幼い頃に許嫁やら何やらをしていたのならまだしも、中学、高校にもなると星空きらりなんてなんだかとってもヘンテコに思えたのだ。ヘンテコな名前の女を口説こうとする男などいないだろう。彼女はもう、恋人を作ることに関しては諦めていた。しかし母からの提案をむげにするわけにもいかず、趣味というものを作ってみようと考えた。で、小さい頃にアニメが好きだったことを思い出し、彼女は言った。コスプレしよう。

 星空きらりはコスプレをしてしまえばなんだか星空きらりとしてでも生きていけるんじゃないかと思ってた。仮面でも付けるかのように、べつの自分になれるという快感が、たしかに存在していたのだ。星空きらりがまず手始めにやったコスプレは魔法少女だった。魔法“少女”だなんて三十五のババアが何を言うんだと自嘲しつつも、自分で仕立てた(そこまで立派でないが)コスプレ衣装に袖を通したとき、星空きらりは確かに星空きらりになった。魔法だって使えるし、空も飛べる。鏡に映った自分は不格好かもしれないが、なんだかやけに胸の奥の方がほくほくしていた感覚を彼女は忘れない。自分じゃない自分になれる。本当の星空きらりになれる。歓喜と共に跳ねたところ、足をひねった。全治一週間であった。

 星空きらりはこうしてコスプレの道に足を踏み入れたのであったが、こうしてみると普段の自分がたいそう情けなく思えてくるのであった。コスプレをしてこそ本当の星空きらりだ。となると、コスプレをしていない自分は一体誰なのだろう。星空きらりは考え考え考え、それでもよくわからなかったのでコスプレをした。

 星空きらりに彼氏ができたのは、コスプレを始めて二年経った頃だった。この頃にはもう三十七となった星空きらりは、まさか自分に彼氏ができるなどとは思いもしなかった。きっかけは実に些細なもので、星空きらりの派遣先で出会い、偶然にも古いアニメの話で盛り上がったためだった。今までそのような経験に乏しかった星空きらりは、うきうきとしてしまった。男とその後いろいろあり、お付き合いとなった。人生初の恋人である。そして星空きらりは、コスプレを辞めた。

 星空きらりはそれほど早く朝に起きるようなことはしなくなった。今まで早朝には衣装を作っていた星空きらりだったが、そのコスプレもしなくなったのだ。その代わり、夜遅くまで起きた。彼氏曰く、星空きらりの体はとてもエロティックである、と。三十七年もの間、処女を守り続けてきた星空きらりである、そのようなことを言われたためしは一度もなかった。どう返事をしたらよいのかわからぬまま、胸の奥がほくほくするのを感じていた。そして初めて体を重ねた。己の股に自分以外の何ものかが入ってくる感覚はたいへん奇妙で、膜が破れる痛みに彼氏の髪の毛を十本ばかし引き抜いた。

 星空きらりが星空きらりでなくなったのは男との交際を半年続けてからだった。男は彼女にプロポーズをした。ありきたりで、なんの変哲もないプロポーズだった。星空きらりは小さく頷いた。そしてその晩も体を重ねる。これまで何度としてきたためか、初めほどの痛みを感じることはなく、また、彼氏の髪の毛を引き抜くこともなかった。それでも事後には擦れた痛みがじんわりと残っていた。翌日、星空きらりの名が変わった。木村きらり。それが星空きらりの新しい名だった。男は、これから一緒に歩いて行こうな、とお日様のような清々しい笑顔で言った。星空きらりは、そうだね、と答えた。

 星空きらりは、またコスプレを始めた。


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※ショートショートのお題、待ってます!10文字程度のお題をください。

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