暗視スコープ ―ショートショート―

 お題「月に導かれて」
(お題提供者 ふるさわ さま)


「これやるよ」と彼は“メガネ”を手渡した。

 そのメガネとは――。

「暗視スコープ?」

「ああ、どうやら試作品らしいんだが、すげーハイテクでさぁ、真っ暗でも昼間と変わりないくらい明るく感じるっていう魔法のメガネってわけよ」

「……はあ。なんでそんなものをお前が持ってるんだよ」

「俺の知り合いに軍関係のやつがいてよ、こいつの性能を試してくれって言われたわけなんだが……俺ってば、ほら、メガネかけてるじゃん。暗視スコープ+メガネってのはもうダブルメガネなわけよ。だから俺の代わりにお前が使ってみてくれねーかな? もちろん無料で」

「……俺に使わせてどうするんだよ」

「そりゃあ、さっきも言ったじゃねぇか。メガネの性能を確認するためだって。だから……うーん、来週の夜にまた会おうぜ。そんときにでもそいつを使ってみての感想を聞かせてくれよ」

「はあ」

 というわけで、俺の手には例の“暗視スコープ”なるメガネが残った。形状は普通のメガネと何ら変わりない、銀縁のものだった。それをためしに掛けてみるものの……。

「うーん、やっぱ太陽が出てるうちじゃ効果がないのか……」

 本番は日が暮れてからのようだ。幸運なことに暗視スコープのレンズには度が入っていない。気分としては伊達メガネだ。俺は暗視スコープを掛けたまま夜を待った。


「……ん?」

 暇つぶしに自宅で本を読んでいると、気づけば眠っていたようだった。ただ、外は明るいしそんなに時間は経っていないだろう。

 そこで時計を確認してみると、

「え?」

 午後の八時を回っているのだった。

 八時……ということは真っ暗でなければいけない。だというのに部屋の中は昼間のように明るかった。時計が壊れているのか、とは考えたものの、電波時計だからそんなズレがあるとは思えなかった。

 ああそういえば、変なメガネを掛けてたっけ。

 思い至ってメガネを外すと、見違える(比喩でなく!)景色に腰を抜かした。

 黒なのだ。前も後ろも左も右も、どこもかしこも黒で塗りつぶされている。墨汁を辺り一面にこれでもかとばかりに飛ばしたような有様だった。良くもこんな状態で本を読めていたもんだ。改めてメガネを掛けると、景色はもとの明るさを取り戻した。

「こりゃあいい」

 まるで自分が特別な力でも得たかのように、俺の中では不思議な感情がわき上がってきた。面白い。これを使って町に出てみよう。どれだけ暗かろうと、俺にはすべてが見えているのだから。

 思い立ったが吉日だ。俺は迷わず外へと出た。

 暗視スコープがただのメガネと同じ形状になっているのが良かった。そのために人から怪しまれるようなこともない。そしてその「バレない」という気持ちが、俺の心に火を点けた。

 夜、女性は無防備になる。昼間であればしないような体勢も、日が暮れてしまえば一転する。たとえば自転車に跨がる際、本来であればスカートに気をつけるものだが夜になるとそうではない。きっと彼女らの中には「夜だったら誰にも見えない」という甘さがあるのだろう。

 ほら、今だってノーガードでしゃがんでいる女性発見。どうやら靴紐を結んでいるようだが……スカートからタイツ越しのパンツが覗いていた。俺は下心丸出しでそれを凝視する。

 夜はいい。男子よ、夜こそ外へ出ろ。月の光が俺たちをオオカミにするのだ。空を見れば、輝く月があった。しかし暗視スコープで見たそれは、昼の太陽と何ら変わりが無いように思えた。

 そして次の日も、俺は外に出た。

 このような毎日が続き、しだいに会社も休み始め、昼も夜も関係なく外に出ていた。俺にとっては昼も夜も関係ない。寝たいときに眠り、起きたいときに起きる。こうして考えてみると、どれだけ「夜」というものに支配されて生きてきたのだろう。俺は今、その支配の外にいるのだと、強くそのことを感じていた。

 プルルルルルル。

「ん?」

 俺のスマホに電話が来ていた。暗視スコープを俺に渡した例のあいつだ。今日も野外で下心を剥き出しにしていた俺だったが、さすがに電話を無視するほどのクズじゃない。

 それに出ると、『おい、約束忘れたのか?』というあいつの声が聞こえた。

「約束? それって来週の夜の……」

『そりゃ今日のことだよ。どうした、頭でもおかしくなったか?』

「え?」

 そのままスマホの画面で日付を見てみると、約束の日付が表示されていた。つまり、あれからもう一週間が経ったというのだ。

『おいおい、しっかりしてくれよな』

 ……ということは、今はもしかして、夜なのか……?

 俺はおそるおそるメガネを外すと、そこには何もなかった。一面の無。ひたすらの闇。これほどの闇があったろうか。さながら目が見えなくなったかのような感覚だった。どれだけ目をこらそうと、自分の手さえ見えないのだ。

 や、やばい。

 そう感じていると、ふいにメガネを持っていた手に何かが引っかかった。そういえば、ここには木があった。その枝に引っかかったのだろう。

 かつん、と音を鳴らしてメガネは落ちた。慌てて俺はメガネを手探りで探す。しかし何も見えない俺だから、メガネがどこにあるのかさえわからなかった。

『おい、どうしたんだ?』

 電話はもう後回し。スマホの画面は光っていたのでなんとか識別できる。俺は電話を切った。

 そしてメガネ探しを再開する、が。

 めしゃり、という不気味な音が、俺の足の下からなった。たとえば金属とガラスのような素材を踏んだかのような……。

 手探りすると、バラバラな何かがあった。

 そして視界は、みるみる真っ黒に染め上げられていった。帰り道も、どうすれば良いのかもわからない。何も見えない。

 ゆいいつ、頭上で月だけがぼんやりと輝いていた。


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