パンダのプンダ、旅に出る その8

第8話「パンダのプンダ、走る」(全10話)

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 プンダは生まれて初めて恋をしました。

 アライグマの女の子、アイマに恋をしてしまいました。

 そうと気づいた途端、もうドキドキが止まりません。アイマはプンダの白い毛が大好きだと言います。いっそこのままシロクマでいてもいいんじゃないかとさえ思います。そしてアイマとずっと一緒にいられたら――。

 もちろん森の外ですので笹は食べられないかもしれません。でも笹に似た竹があります。なによりアイマがいます。パンダにわざわざ戻る必要がどこにあるのでしょう。

 プンダの中では、徐々に「パンダに戻ろう」という気分がなくなってきていました。

 そもそも、どうしてパンダに戻らなければならないのでしょう。シロクマだっていいのではないでしょうか。旅は嫌々やっていました。雨に打たれ、お腹がすいて、そしてこれから北極まで行かなければなりません。そうまでして黒模様を取り戻す必要なんてあるのでしょうか。

 ――パンダとは、一体何なのでしょうか。

 そうこう考えていますと、アイマは尋ねました。

「ねえプンダ。プンダはどうしてこんなところにいるの?」

 考え込んでいましたプンダですので、あわてて「黒模様を――」と言いかけて、「でもホントはパンダだってことはナイショだから」と思い直して、「さ、散歩だよぉ!」と答えました。

「へぇ、ずいぶん壮大な散歩なのね」とアイマは驚きます。「だったら、いつか北極へ帰るの……?」

「そ、そんなこと――」

 そんなことないよ。

 プンダが言おうとしたとき、プンダのカバンが落ちました。ポンダお手製のカバンでしたが、きっと長旅のせいで木のツルがゆるんでしまっていたのでしょう。ツルの片っ方がほどけていました。

 プンダがそれを拾おうとすると、カバンの中のお守りが目に入りました。弟のペンダが一生懸命作ってくれたお守りでした。お守りの裏には「がんばれ お兄ちゃん!」という文字があります。プンダはそれから兄のピンダを思い出しました。妹のポンダを思い出しました。みんなで笹を食べた光景を思い出しました。みんなでお話をしたことを思い出しました。みんながプンダを待っていることを思い出しました。

「あ、そうだった……。ボクはみんなと『黒模様を取り戻してくる』って約束をしてたんだ。パンダに戻りたいとかじゃなくて、みんなに会うためにパンダになるんだった」

「え?」

 ピンダのため、ペンダのため、ポンダのため。

 あたたかでモフモフなパンダの兄弟は、やはり四人がそろわなければなりません。きっと彼らも、帰りの遅いプンダを心配しているにちがいありませんから。

「ごめんね、アイマちゃん、ボク行くよ」

 と、プンダは言います。

 その言葉を口にしたら、今にも胸がはじけてしまいそうになりました。シマウマのゼブリも、こんな気持ちになったのでしょうか。プンダは、ずっっっっとここにいて、アイマとおしゃべりをしたいですし、アイマはプンダの白い毛が好きだって言ってくれますし、何よりアイマのことが大好きで大好きで大好きでしたが、しかし行かなければなりません。アイマと別れなければなりません。プンダはプンダを待つ人たちのために、パンダになるのです。

「ボク、ホントはパンダなんだ」と、プンダは打ち明けました。「だから黒模様を取り返して、家族のところに帰るんだ」胸が痛いです。「だからここにいちゃダメなんだ」目の奥が熱くなります。「だからアイマちゃんとはサヨナラなんだ」鼻水がずびずび止まりません。「だから……」

 プンダの胸の中のいろんないろいろが、ぐちゃぐちゃになってトゲトゲでズキズキで苦しくなって爆発しそうでねじれ曲がって、今にも大声を上げて泣き出しそうになって――。

 その時プンダは、あたたかくなりました。

 プンダの胸には、アイマが抱きついていました。

 アイマはやさしそうな目でプンダを見ますと、ゆっくり目を伏せました。それからプンダの胸の奥底の小さなプンダに語りかけるように、そっと言います。

「こうやってぎゅってするとね、自分のパワーをあげることができるって、あたしのおばあちゃん言ってたの。だからプンダががんばれるように、あたしの勇気を、プンダにあげるね」

 プンダの胸が、ふわっと広がるようでした。アイマの勇気が、プンダに届いてくるようでした。プンダはちょぴっとだけ泣いて、それから「ありがとう」と言いました。

 もうプンダは迷いません。

 プンダはそれからアイマにたくさんの竹をもらって、アイマにカバンを直してもらって、また「ありがとう」を言って、アイマに背中を向けて走り出しました。うしろから「また会おうね!」という声を聞いて「うん!!!」と大声で答えると、もうプンダは全力疾走です。プンダは走ります。石ころにつまずいて、息が切れて、落とし穴にはまって、雨に打たれて、竹を食べて、足が痛くなって、北へ北へ北へ、プンダは走り続け、寒くなって、まだまだ走って、北の海でウミガメたちの手を借りて海を渡って、お礼にパンダの歌を歌って、空は晴れてて、プンダの心も晴れやかで、そしてようやく北極にたどり着きました。

 プンダの胸の中では、まだアイマの勇気が燃え続けていました。

(第8話 おわり)

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