波、すこしだけ ―ショートショート―


 おかしいよねぇ、なんてキミはいう。

 微笑むキミ。垂れた瞳は柔らかく、口元は輪ゴムのようにへにゃらっとしている。それなのに、なぜか真っ直ぐなんだ。なにが真っ直ぐなんだろう。心?みたいなもの。

 なにがおかしいもんか。

 私はプイと顔をそらす。怒ってるみたいに。

 もちろん怒っているわけでもない。ただなんとなく、キミの困った顔が見たいだけ。でもわかっている。いくら私が困らせようとしても、キミはふにゃふにゃ微笑んで、はははとささやかに笑うだけ。まるで、子犬でも見ているように。

 子ども扱いすんなぁ。

 頬を膨らませ、私は抗議する。もちろんそんな抗議もささやかな笑いに溶けて消える。

 これでも同い年のはずなんだけどなぁ。

 アヒルボートの上に男女二人。

 湖の上、浮かぶボートは一隻だけ。

 世界は、私たちのものだった。

 おだやかだねぇ、と間延びした声。キミの声。湖よりもおだやかに。それなのに私の心はほんのすこし不安になる。

 おだやかだよ。でもちょっとだけの波があってもいいような気がする。

 キミはボートを漕ぐのをやめ、白い座席に背を預ける。

 ゆるやかな風が優しくなでる。ひとつまみの涼しさが心地よい。

 私とキミ。付き合って二ヶ月。まだキスもない。

 私のことを大事にしているのか、キスがこわいのか、そこまで私に興味がないのか。どれかっていうと、一番目がいい。だけどもう二ヶ月だよ。キスくらい、あってもいいと思うんだ。

 こういうのは私から求めるべきなんだろうか。

 アヒルボートはぷかぷかと浮かぶ。そんなに水の上が気持ちいいのかい。進みもせず、戻りもしないアヒルボート。

 はぁ。ため息ひとつ。ボートの中で私のため息が風船のように浮かんでいる気がした。ふわふわと、浮かぶそれに顔をうずめる。もっとも、物理的にじゃなくイメージとして。顔の目の前にあるような気がするんだよね、ため息の風船。

 とんでけ、風船。

 私の願いが通じたのか、すこしだけつよい風が吹いた。

 ……とんでったかな、風船。

 相も変わらずおだやかそうなキミに目を向けると、

「ちゅ」

 くちびるに触れるうすいももいろの――――。

 それから、照れくさそうにキミは笑った。

 アヒルボートはうごきだす。

 ちゃぷん、と。 

 キミの後ろでコイが跳ねた。


………………


※ショートショートのお題、待ってます!10文字程度のお題をください。

前回の作品はこちらです

作品集目次  お賽銭はこちらから。

他サイトでも活動中 

#ショートショート

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?