リレー小説 note 1 「未来ノート」

本作はリレー小説となっておりますが、連作短編であり、どこから読んでいただいても支障はありません。あなたのお好きなところから楽しんでください。そして願わくは、さまざまな世界とあなたがつながれますことを。

空音

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「ねぇ明里(あかり)、知ってる? 未来ノート!」

 桜も散って浮かれ気分が学校から去りかけた五月。そんな空気もガン無視で、香澄(かすみ)は今日もきゃいきゃいうるさい。

「知らない。何それデス○ート?」

「違うってば。そんなダークなものじゃなくて、明るいの! 輝ける未来がビューティフォーなの!」

 わからん。

「ともかく今ね、未来ノートっていうノートが噂になってるの!」

 あー出たよ「噂」。私も女子なんだけどさ、私は女子の「噂」好きってのがよくわからない。というか噂が好きなのは一部の女子でみんなそれに合わせてるだけなんじゃない?ってのが私の考え。

「どうしたのさ、明里。なんか顔死んでるよ? 未来ノートだよ? 面白そうじゃない?」

 で、この子は「一部の女子」らしい。

 てか乙女に向かって顔死んでるとか言うな。これでも私は結構ぷりちーな(手鏡キラン)……おぅ、顔死んでるじゃん。

「未来ノートはね、自分の未来を好きにできるっていう魔法のノートなの」

「え、こわ。新世界の神になれるじゃん」

「デ○ノートはもういいから!」

 香澄は自分の思ったように話ができないからきゃいきゃいムキーって憤慨。ちょっと赤くなっちゃってなんだかカワイイー。香澄に五月病ってあるのかな。

 私はねんじゅーむきゅーで五月病。五月病っていうか、単にやる気がないだけ? ぽぉって頭の中が白んで、自分が何をしたいのかも霞んでしまうような。これでもぴちぴちJKだから、おしゃれして新宿歩いてプリクラ撮って、みたいなことをするべきなのかもしれないけど、そんなことしててもムダだよねって思ってしまう自分もいる。前髪伸ばして、世界からちょっとだけ距離を置く。

 しらけてるんだよね、全部に。

 漠然とした諦めが、霧のように広がってるんだ。

「それでね、未来ノートってそもそも――」

 話半分にテキトーな相づちを打って、右耳から左耳で香澄の話を流す。未来ノートを作った時の魔女がうんたらかんたら。桃色のメルヘン話がふわふわしてて「へーすごいね」って舌先で言っては今日の放課後どうしよっかなって考えてた。

 そしてチャイム。

 時間が進んで放課後。

 未来ノートなんていう存在は私の頭の隅っこに追いやっちゃって小さく丸めてゴミ箱ポイ。

 学校帰りは買い食いをするのが私のいつも。こんな私でも好きなことがある。それが食べ物。買い食い。コンビニ寄ったりマック寄ったりファミレス寄ったりスーパー寄ったり。今日はアイスクリーム屋で一段アイス。まんまるお月様のようなカワイイストロベリーチーズ。デブる気がするけど女の子の胃はおいしいものを求めるのです。アイスをぺろりとなめちゃってイチゴの香りが鼻から抜けてチーズのまろやかさが舌の上には残ってて、私はにんまり幸せ笑顔。

 と、それを壊すかのように、突然、風が吹いた。

 春の風にしても強かった。悪魔の悪戯のような。向かいからの風を全身に浴び、髪が乱れる。舞い上がりそうになるスカートを必死に押さえた。列車が通り過ぎるかのように、やがて風は収まった。

 ……風嫌い。アイスが砂で汚れたらどうすんのさ。

 そんな心配は杞憂に終わる。薄く目を開けると以前と変わらないストロベリーチーズ。胸に落ちる安心と共にひとくちぺろりとしようと思って、そこで視界の端にある何かを見つけた。

 風が吹いた先にあったのは、一冊のノートだった。

 ノートはゴミ置き場の粗大ゴミにちょんもりと乗っかっていて、鮮やかな存在感で私を見ていた。街路樹から漏れる陽がそれだけを照らし、その姿に、思わず息を呑んでしまった。青色の、どこにでもあるようなB5ノートなのに。

 私は、吸い寄せられるようにノートの方へと歩いた。

 タンスやこたつが連なる一角、電子ピアノの上にその子はいた。

『未来ノート』

 と、表紙にはマジックペンで書かれていた。

 一瞬鳥肌が立ち、ごまかすように薄く笑った。

「未来ノートって……いや、まさか」

 そうだ、今日、香澄がそんなこと言ってたっけ。未来ノート。未来を思うがままに操れる魔法のノート。時の魔女がうんたらかんたら。

 ……でも、そんなの嘘に決まってる。

 だって、こんな安っぽい普通のノート。きっと誰かが噂に乗っかって作ったんだ。

 ノートを手に取ると、やけにボロボロで使い古されているようだった。でも『未来ノート』と書かれた表紙をめくってみると、そこには何も書いていない。ぺらぺらめくったところで、一文字も。罫線さえも。

 そして気まぐれ。

 私の中に、春風でも吹いたように。

 私は何も書かれていないその白に、一文だけ、書いた。

『三段アイスが食べられる』

 書いてから、笑った。

「ははっ、馬鹿らし。こんなの子どもだましにもならないってば。あーあ、柄にもなく何やっちゃってんだろ」

 けたけたと肩をふるわせて笑い、でも心の中には何かが引っかかってて。引っかかりを無視するように、私はゴミ置き場にノートを投げ捨てた。ぱさ、と、電子ピアノの上にノートは乗った。

 きっと春が悪いんだ。春が私を馬鹿にする。もしくは、うん、香澄が悪い。香澄の馬鹿が移ったんだ。

「さて帰ろ帰ろ」

 家への道を、一歩二歩三歩、そしてうっかり躓いた。うっかり?

「おわっと…………あ」

 転ぶほどではなくて、片足でテンテンテンと進んじゃうくらいだった。けど、テンテン“テン”のところで、バランスが崩れたストロベリーチーズのアイスクリーム。すってんころりん、っていうリズムがぴったしで、コーンを置いてきぼりにして真っ逆さま。

 道には、赤とクリーム色の歪な丸ができあがった。

「ああ、まじですか……、私のストロベリーチーズ……」

 何が未来ノートだ。三段アイスどころかゼロ段アイスになっちゃったじゃん! てかアイス要素ないし! コーンにほんのり残ってるだけで……あ、うまい。いやいやそうじゃなくって!

 あー、せっかくの今日の楽しみが……。ついてない。未来ノートなんていうお遊びに付き合ったばっかりにこれだよ。神様って、私のこと嫌いなんじゃない?

 肩を落として一歩二歩三歩。

「誰か!その人を捕まえてええぇぇ!」

 と、私の背後からかすれた声が響いた。尋常じゃないとき特有の、頭にきゅわわんと響く女性の声。きっとおばあさん。私は声の先に体を向けると、今まさにニキビぶつぶつの暑苦しそうなオッサンがこっちに走ってきていた。

「なに……なになになになになになに!?」

 オッサンはきらきら光るバッグを脇に抱えている。きっとこれは、いや、絶対これはひったくりだ。

 どすどすイノシシみたいな足音を響かせて、オッサンは「そこどけ!」と叫ぶ。どけもなにも、私にはどうすることもできない。だって私はただのJKだ。格闘技なんてならってないし、武器もない。こんなオッサンと闘うくらいなら、言うこと聞いて避けちゃうのが得策、のはず。「ああ!」と泣き叫ぶおばあさんの声には耳をふさいで、突発的な竜巻みたいな現状から目を背ける。私には、何もできない。だから、何もしなくてもいいんだ。誰に伝えるわけでもない言い訳を心の中で全力で叫び、耳をふさいで目を閉じる。何も見えないし聞こえない。だから私には関係ないし、私には何もできないんだ。ああもう、今日は最悪だ。胃の中をグルグルグルグルグルグル回る不定型な何かは喉元を通って頭まで昇ってそこでグルグルがギザギザになって私の頭を隅から隅まで刺して刺して刺して刺して。

 そんな私の肩に、ぽん、と手が置かれた。

「ひょぉうぃぃやっはー!?」

 視界のあちこちがパチパチしてて、何が起こったのかわからない私に、手を置いた主は「ありがとうねぇ」と優しく言った。それは、あのおばあさんの声だった。

 やがて目が慣れると、おばあさんの後ろで気絶しているオッサンが見えた。オッサンは、私が落としてしまったストロベリーチーズアイスクリームを踏んづけ、滑って転んだのが見て取れた。

「ありがとうねぇ」とおばあさんはまた言った。

 いや、私がやったんじゃ……。そう言おうとしたけど、思うように口が動かなかった。

「お礼をさせてはくれんか? あなた、何か欲しいものは?」

 …………。

「……三段アイス」



「お母さんお母さんお母さんお母さん!やばいの!たいへんなの!まじやばいの!」「なにさ明里、帰ってきて早々うるさいわねぇ。あんた日本語で喋りなさい」「叶ったの!」「はぁ?」「未来ノート!お母さんこれ見て!」「何このノート」「未来ノートだってば!ほら、この1ページ目。ここに三段アイスが食べられるって書いたら」「え、どこ?」「ほら、ここ!真ん中にこんなにおっきく……」「どこ?」「ここ!」「……どこよ。何も書いていないじゃない

「え?」



 三段アイスはおいしかった。最後くらいになると溶け出してきて手がべとべとするし頭がキーンってするしで、良いことづくしではなかったけど。

 私はノートを抱え、家まで帰るとお母さんにノートを見せた。でも、不思議なことにお母さんは私が書いた文字が読めなかった。ちなみにお母さんの前でも『今日の夕飯はカレー』と書いたけど「ペンのインクが出ないの?」とお母さんは言った。夕飯はカレーだった。そして今度はお母さんに「何か未来で起こって欲しいことを書いて」と言ったらお母さんはノートに何かを書いて(私はそれが見えなかった)数分後にお父さんが帰ってきたら「あら、ホントに早く帰ってきた」とお母さんは目を丸くした。

 どうやら、この未来ノートは本物らしい。未来ノートに書いたことは本人しか読めない。もしかすると、このノートがボロボロなのは色んな人の手を渡ってきたからなのかも……。

 でも、どうしてこんなにすばらしいノートを手放しちゃうんだろう?

 部屋の机に置かれた未来ノート。端は、ぱやぱや、とスレていて、表紙の『未来ノート』という文字はちょっぴり薄くなっていて。これを手にした人は、どんな未来を描いたんだろう。

 どうしても私には、私の未来というものがとてつもなく遙か彼方にあって、私とはまるで関係のないもののように思えた。

 私は、思いつくままに、『彼氏ができる』と書いた。



「付き合ってください!」
「まじですか!」

 善は急げというものの、早いものが善なのかは私は知らない。

 翌日のこと。学校の玄関をくぐると、やけにもじもじしている男子がいた。トイレでも我慢してるんだろうか、と思って見ていると、彼は私の方へツカツカツカと歩いてきて、前述の小っ恥ずかしいことを言ったのだ。

「ど、どうして私なの?」

「その……なんだかよくわからないんですけど、その、とても好きで! っていうか、好きって感情に理由はないと思います!」女子か!「明里さんのことを考えていると、胸がきゅぅって苦しくなって」だから、女子か!「好きって気持ちが抑えきれなくなったんです!」もう、いっそ清々しいよ!

「あなた名前は?」

「一年の斉藤信吾です!」

 ふむ、サイトーくんか。まあ、ルックスは悪くない。男の子にしてはカワイイ方かな? 一年ってことは私の一個下か。彼氏と言うより弟みたい。

「わかったわよ」

「え」

「付き合ってあげるわよ」

 私が言うと、サイトーくんは「ひゃっはー!」だなんて奇声を上げてダンスをした。その姿は嘘偽りなく喜びに満ちていて、見ているこっちまでもが嬉しくなった。

 どうやら未来ノートの効果はすさまじいもので、私、明里は人生初の彼氏ゲットらしいです。



 それから一ヶ月、私はサイトーくんと恋人みたいなことをした。水族館に行ったり、ファミレスでひとつのパフェを食べたり、パスタ作ったり、手をつないでみたり。

 どれも未来ノートに書いて、それが実現してきた。

 今日は、『公園デートをする』。

 梅雨入り前の六月。日曜日だけど公園には人がいない。遊具はほとんどが撤去されて、ブランコとシーソーだけが寂しく残っていた。私はそのブランコのひとつに腰掛けて、ゆっくりと前後に揺れる。風を少し体に浴びて、長くなってきた前髪に触れた。

「明里さん、もう少しで梅雨ですね」

 サイトーくんは私の背中を優しく押す。そのたびに、くあぁんくあぁん、とブランコは揺れた。

 サイトーくんは、一度だってキスを求めたことがない。それは彼の性格ゆえかもしれないけど、どうしてか、私にはその理由がなんとなくわかっていた。サイトーくんは、人形なんだ。私が未来ノートに描く物語の、いち登場人物に過ぎない。私がノートに書かなければ、彼はキスをしようとしない。

 私が書きさえすれば、キスしてくれるってことなのかな?

 攻略本を見ながらゲームをしているみたいに、手段と目的が逆転しているような、そんな居心地悪さがそこにはあった。決められたレールの上ではダンスなんてできない。アドリブのない演劇なんて、息苦しいだけだ。

 ブランコは、止まった。

 そこから下り、彼の顔を見て私は告げた。

「別れましょう」

 それは、ノートに書いた言葉ではなく、私自身の言葉だった。

「そ、そんな……」

 サイトーくんは一瞬の間に顔が青白くなる。いくらノートに導かれたとは言え、彼はきっと私のことを心の底から愛していたのだと思う。彼との時間はつまらなくなんてなかったし、彼のこんな顔はみたくはない。でも、やっぱりそれは、私が彼のことを好きということにはならないのだ。

「ごめんなさい。きっとサイトーくんにとっては不条理でわけのわからないことかもしれない。でも、これは全部悪い夢だったの」

 私は、鞄からノートを取り出すと、そこに『サイトーくんの私への好意が消える』と、書いた。

 これがたぶん、最善なんだと思う。

 冷えた鉄のようにサイトーくんは冷静になると、「そうですよね」と愛想笑いをして踵を返した。彼は、すがりつくようなまねもせず、一陣の風のように立ち去った。その背中に、涙が出てしまったのはなぜだろう。

 もう未来ノートは使わないことを、私は決めた。


 

 翌日、私はゴミ置き場にいた。きっと、すべてはここから始まった。ならば、終わりもここに収束するべきなんだ。

 できることなら、私自身の意思で、彼と付き合いたかった。

 もう、サイトーくんみたいな人は出したくない。

 未来は、自分の手で手に入れたい。

 未来ノートを、捨てた。



「あっれー、どうしたの明里、その髪型?」

「おはよ、香澄。なに? 私がこういうことしちゃ悪いの?」

「そうじゃないよ、うんうん、そうじゃない。でもちょっと意外だったんだよな―。明里って、なんだか世界に諦めてるっていうか、拒絶?してるみたいだったから」

「なにわけわかんないことを」

「ううん、なんでもない! 明里、似合ってるよ」

「あっそ」

 私は前髪を切った。

 前が、よく見えるように。

「そうそう明里、最近流行りの噂でさあ――」

 言いかける香澄を遮って、私は言った。

「ねえ、今度海に行こうよ。梅雨が終わったらさ」

「…………」香澄は物珍しそうに私を見つめ、言った。「うん、行こう。行こうよ海。そうだね、まずはそれまでダイエットですな!」

 私は「うん。がんばってみる」と笑った。


〈了〉


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この物語がどのように「つながる!」のか、私も一読者として楽しみにしています。


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