「アトキンソン」の中小企業再編論は間違いだ

菅政権の重要な政策として、炭素ゼロ社会、デジタル化と並んで中小企業の再編成が国会答弁などで述べられている。その背後に、新設された成長戦略会議の民間議員として首相のブレーンとして知られるデービッド・アトキンソン氏がいることはよく知られている。
もちろん、アトキンソン氏は、ゴールドマン・サックス社のパートナーを経て小西美術工藝社の社長であり、アナリストだけでなく経営者としても、高い評価を得ていることは間違いない。
 しかし彼が語る中小企業再編論、とりわけその処方箋に関する提起は明らかに間違っている。国のGDPは人口に正の相関があるので日本のように人口減少が続けばGDPの低下は避けられない。これを解決するには生産性向上、とりわけ労働生産性の向上を図らなければならないと述べる。おそらくこの認識に異論を挟む人はいないであろう。そして日本の生産性向上は、とりわけ中小企業において低いので、中小企業の生産性向上を重視した政策をとるべきだ、と述べる。おそらくこの認識も大方賛成できるであろう。
 しかしながら、中小企業の生産性を悪化させている元凶が政府による手厚い保護政策であり、その後ろにある日本商工会議所をはじめとする商工団体などの圧力にあるとする議論はどうだろうか。いわばもう事業継続する意欲のない中小企業、事業が改善する見込みのない赤字垂れ流しの企業に財政的支援や補助金支援をすることによって、延命させていると述べる。これは、モラトリウム法案といわれた、「「中小企業円滑化法」を指していることは間違いないだろう。このような企業を早く退出させることは、同社にも社会的にも好ましいのだと述べる。いわゆるゾンビ企業論である。この主張も、すべての企業が当てはまるとは到底思えないがそういう実態があることは認めなければならない。
しかし、ここには非常に困難な問題があることも指摘しておかなければならない。本当に必要な企業に対してだけ助成し、ゾンビ企業を排除することは、極めて困難である。当該企業の状況を厳密に調査、審査して意思決定するのは、多くの工数と期間がかかる。それに対して国会で述べられるように厳密さを犠牲にしても迅速性を重視するならば、不必要な企業が混入することは避けられない。迅速性と厳密性は両立せず、どこかで妥協するというのがまさに実務であって、まさにガンの部位を正確に探し当てて、抗がん剤を投与するようなわけにはいかないのである。
もちろんデジタル化を進めることによって解決に近づく。企業の基本的データ、企業業績、財務状況、売り上げがこの半月以内に急激に下がったかどうか、景気の影響で業績が悪化したかどうか、会社からの申請書によるのではなく、企業の行動データをリアルタイムに把握し、AIのアルゴリスムを駆使して、補助の必要性を精確かつ迅速に判断できるに違いない。さらに言えば、一括ではなく、迅速に少額を拠出し、その成果をデータ収集し、成果によって追加補助をするというプロセスを経ることで、意欲のない経営者へのムダな支出を最小限にすることにより、より効果が上がる企業への集中的な補助を可能にする。これはまさしく情報システム開発におけるアジャイル手法でのイテレーション、すなわち短期間で反復を繰り返しながら、効率的に財政的支援を可能にする。まさに、高速にPDCAを回すと言い換えてもよいだろう。そのようなシステムに関する提起なしに、厳密性と迅速性の両立を求めゾンビ企業排除を叫ぶのは、無責任かつ非現実的な戯言としか言えない。
 アトキンソン氏の中小企業再編に関する最大の問題はその処方箋にある。中小企業の生産性の低さの原因はその規模にあり、経営者の意識に加え、人材不足、財源不足、とりわけ合理化のためのIT投資への余力がなく、生産性向上に取り組めないと述べる。したがってまず小規模企業の規模拡大による余力の創出とそれが見込めない小規模企業の退出を求め、退出した小規模企業の労働力を中規模企業に振り向け、労働流動性を図るべきだとする。その際に、最低賃金をアップすることが不可欠であり、その賃金レベルを支払えない企業は退出すべきであるとさえ述べる。
 この提起には大方の中小企業関係者は合意できないだろう。第1に、中小企業の生産性が低いことを認めたとしても、その原因が規模の小ささにあるから大きくすべきという議論は、稚拙といわざるを得ない。いうまでもなく企業の99.7%は中小企業であるし、勤労者の75%は中小企業に勤務し、GDPの約半分は中小企業であるという状況は、中小企業の経営の問題というよりも日本の産業構造に依存していることを示している。大企業は経営努力によってのみ生産性が高いのではなく、中小企業の努力が寄与して、また、中小企業が非効率性を甘んじて受け取っているからこそ、達成できている面が少なくない。
例えば、大企業の債務支払いが、手形など日本特有の制度によって、60日あるいは90日にも長期に達していることは、周知の事実である。これは世界にもまれである。インボイスによる即日支払いが世界の潮流であり、これを実施してこなかった日本の商習慣が中小企業の生産性を低下させていることは言うまでもない。
さらに言えば、近年のクラウドサービスの普及により、IT環境の整備はもはや先行的な投資ではなく、月数千円から数万円で実施できるデジタル化、無料のサービスから試行できる市場環境からすれば、もはや投資余力の有無によって、生産性が議論できるわけもなく、多くの場合、身の丈、にあったIT化が現実化しいている現在、その大きな阻害要因は、経営者の認識不足以上に、リベートや複雑な税制など、発注企業の商習慣や制度、規制によることが大きい。つまり日本全体として、中小企業の生産性問題を解決すべきであって、決して、中小企業の経営問題に還元してはならない。まさに、国上げての支援、デジタル化に向け経営者の背中を押すことこそ、不不可欠と考える。
第2に優れた中小企業の規模拡大にむけ、再編を促し、最低賃金を支払えない企業の退出を促すという思想は、ナチスドイツの根を同じくする選民主義、すなわち自分たち優れた民族だけが生き残ればよいとする考えに通じるものであり、危険な思想といわざるを得ない。とりわけ地方においては、企業のほとんどが中小企業という地方自治体は少なくない。また、サプライチェーンの下請けであるとともに、地域社会の担い手であり、地域において重要な役割を期待されている中小企業は少なくない。商店街が郊外のモールによって、シャッター街になってしまうことで、さびれてしまった駅前商店街は少なくない。その結果、暗くなり治安も悪化した例も多い。地域においては黒字化赤字かではなく地域に貢献する中小企業が少なくない。単なる切り捨てが及ぼす影響は、決して少なくないのである。黒字企業だけ残れば、黒字企業がより成長すればよいという考えは地方都市を疲弊させてしまうに違いない。問題はそう簡単ではない。まさしく私たちがとるべき方向は、赤字企業を切り捨てるのではなく一社でも多くの赤字企業を成長路線に乗せることにある。
さらなる問題は中小企業を統合再編させる手段として中小企業同士あるいは大企業による吸収などを促すとする考え方であり、M&Aなどを推奨することにある。
中小企業に対して、他の企業が、とりわけ事業承継が困難な場合に、他の企業の支援を受けて事業継続できることは有効な手段の一つであることは間違いない。それによって、重要な資源で社員や技術、ケイパビリティを維持できる意義は大きい。しかし、そこには統合再編がうまくいった場合という条件が付く。全く規模が異なる企業同士の合併吸収は多くの課題がある。全く異なる企業文化、社内システムの統合に伴なうコストは予想以上に大きい。デユーデリが十分行われるとは思えず、事前準備も大企業同士の合併に比べれば、不十分な準備、社内了解の不十分さによって、資本の論理だけではうまくいかなことが、これまでにも数多い。
原理的に言えば、1+1が2を上回ることが、まさしく統合の利益である。しかしもし2に満たないのであれば、統合のコストを下げるために1を下げるしかない、いいかえると統合後が1.7であるならば、0.3を切らないかぎり、統合の利益は、見込めない。すなわち、切り捨てることになる。これらの不利益は政府主導で行われようが、多少の補助金を支払ったとしても、解決にはならない。統合に際してのビジネスモデルが描けてなかったからである。そこに必要なのは、十分な支援機能であって、資本の論理ではない。
このようにアトキンソン氏の提起は、現状認識こそ同意できものの、その処方箋は、まったくの机上の空論、実現性の乏しいものである。もちろん、アトキンソン氏が優れた経営者であることを疑うものではない。しかし名選手、必ずしも名コーチ、名監督とならないことは常識である。名経営者がこうすれば経営が成功すると提言することが、常に、どの企業にも当てはまる保証はない。技術だけでなく、人心掌握、各選手からの求心力も必要である。
日本の中小企業の支援機関、関係者たちを敵に回して、その協力が得られないのであれば、彼の処方箋は、一歩たりとも実現しない。なぜなら、明らかに間違っているからである。私たちが何よりすべきことは切り捨てでなく、一社でも成長路線に乗せるべく、支援を強化することだからである。そのためには何より中小企業同士が相互に学び合い、成長することを援助しあうことで経営者の意識向上へ背中を押すことが必要である。
まさしく、「自助」「共助」「公助」である。


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