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人生邂逅 ・まなび編         ◆仏教読書会から -30

歎異抄 梅原猛 著 後述解説より 

梅原先生の解説によると、

「宗教というものは、決して幸福なる人間の幸福なる遊びではない。信仰は苦悩の中に確証される。」とあります。

他力本願念仏宗の開祖である法然聖人 と 親鸞聖人は、後鳥羽上皇の時代 体制派から無実の罪で流罪に処せられるのですが、

親鸞は、迫害と苦悩の共同性を通じてはじめて、法然聖人の後継者であることを自覚し名乗りを上げるのです。

また、親鸞の信仰のありかたは、「弟子をひとりももたずさふらう」とあるように、無教会的信仰集団と呼ばれ、教団的思想を否定するものであったのです。

しかしその精神は、後を継いだ覚如以降の本願寺教団形成の過程において無残にも消え失せることになります。

これこそが歎異抄の名の意味するところ。で、

親鸞精神が失われようとするのを嘆き、信仰を聖人在世の昔に返そうとするために書かれたと言われています。

今年は親鸞聖人生誕850年にあたり、親鸞聖人にまつわる様々な特別公開などがされています。
そうした機会に、本願寺教団のその後の繁栄を目にするにつけ、聖人の嘆きに想いが至るのです。

ただ、皮肉なことに、教団が繁栄したことで信徒を増やし、親鸞聖人の教えが今日まで多くの人に伝えられてきた。ともいえます。

けっして望んだ姿ではなかったのですが、 

この現実を親鸞聖人はどう思っているのでしょうか?


視点をかえてみると

これは、企業にも同じようなことが言えそうです。

創業者の想いを受け継いで企業を発展させることの難しさはしばしば目にするところです。

ソニー設立趣意書にある 

不当なる儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、いたずらに規模の大を追わず」

には、この親鸞聖人の精神に通ずるものがあるように思えるのです。

ソニーについていえば、

創立後77年。売り上げ規模11.5兆円 従業員11万3千人の大企業にまで成長したのですから、素晴らしいとしか言いようがありません。

たしか以前 2000年ごろだったと思うのですが、
設立趣意書に変わるものを作ろうとして、結局はとん挫したように記憶しています。

間違っていたらすいません。

「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」
に始まる設立趣意書に勝るものはない。ということでしょうか。

わたしには、ほかにも特に心に残る一文として

「従業員は厳選されたる、かなり少員数をもって構成し、形式的職階制を避け、一切の秩序を実力本位、人格主義の上に置き個人の技能を最大限度に発揮せしむ

が、あります。

それにしても、

会社が設立趣意書を厳格に守り通していたなら、私がその一員に加えてもらえたかどうか甚だ怪しいところです。

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