NIKKEについてSCPtale風に書いてみた「エーテルの独白」

しばらくの間キーボードを打っていたエーテルは少し強めにEnterキーを押すと、手をキーボードから降ろして一つため息をついて天井を見上げた。研究室には主任である彼女のワークスペースが(といってもデスクを二つ並べて衝立で区切っただけの代物だったが)与えられている。そこは彼女の小さな王国であり、唯一本心でいられる場所だった。
「うーん」彼女は戸惑いとも諦めとも不平とも取れる声を発して今自分が打ったモニター内の文章を見つめた。
そこには彼女の決意表明「らしき」文章が並んでいる。彼女は白衣のポケットに右手を無意識に入れ、中をまさぐった。苦笑する。当然だが彼女に人間だった時の記憶はない。だが彼女は人間だった時もこうして白衣を着てPCモニターの前に座り、薄暗い部屋の中で思考が煮詰まってくると「喫煙」していたのではないかと勝手に推測している。ポケットの中で彼女の右手の先が何かに触れた。出してみるとどこで書いたか分からない「明日10時まで〆切」というもはや彼女にも何のメモだか分からないいびつに破られた紙片が入っていた。
「辞めてやる」彼女は限界だった。いくら人間よりはるかに丈夫にできているNIKKEとは言え、毎日3時間の睡眠、ここ数年間は休日と呼べる日は1日もなし。いや、NIKKEとしての人生が始まってから休みなどなかった気もする。1日だけ午前中に実験室内で意識がなくなったと思ったらリペアセンターで目を覚ましたことがあるだけだ。その日さえも深夜2時から実験室に呼ばれた。
そして彼女がこのMMR研究所を辞職しようと思っている理由は職場待遇が最悪というだけではない。むしろもう一つの理由の方が大きいかもしれない。彼女はモニターをスクロールし自分の打った文章を冒頭から読み返した。声に出すのは死ぬほど恥ずかしいので黙読した。
「7号へ。こんな回線使ってこんな文章送ってくるほど追い詰められてるのかもしれないって思っていい。とにかくこの回線ならあのプロトコルのゲームオタクにもばれないって思った。
私ね、もう研究所辞めようと思ってる。ずっとそう言ってきたけど今回は絶対辞める。分かってるよ。私がここ辞めたって普通に生きられないことくらいね。NIKKEは人間を守る鉄くずで私はその一つ。私には他の子みたいなすごい能力も武器もないからこの頭一つで人間を守るためにバカみたいに毎日研究しなきゃならない。新しい薬を作って実験してNIKKEを無理矢理パワーアップさせて強力なNIKKEを開発しなきゃならない。
シュエンの■■■はNIKKE造りの天才だからそこは認めるけど、強力なNIKKEを生み出すための代価がすごかった。たぶん私が知ってることを全部話したら7号みたいな甘ちゃんはすぐにシュエンの■■■■■のところへ行ってバカ正直にそんなことは止めろって怒鳴りつけると思う。バカはいいよね気楽でさ笑。
私も初めは抵抗あったよ。意外に思ったでしょ?私のこと血も涙もないマッドサイエンティストだと思ってんでしょ?でも初めは違った。実験室にね、毎日NIKKEの一部が送られてくるの。一部。分かる?コンテナが送られてきて開けると中に腕やら脚やら顔の半分やらどこだか分からない部分が無造作に押し込んであんの。それを一つずつスキャンしてダメージを調べて有効なデータがないか解析して。7号も知ってるだろうけどNIKKEってさ完全機械のロボットじゃないじゃん?ちゃんと臓器もあるし中身は生物とあんまり変わんないんだよね。人間の死体をバラバラにして箱に詰めたらこんな感じなのかも、なんてだんだん冷静になっていって、それが毎日毎日続くと、それはもうただのガッデシアムで出来た塊にしか見えなくなる。シュエンの■■が言ってる「NIKKEは鉄くず」っていうのは的確な表現かもって思った。そういうことが続くと今度は完全な形を保ってるNIKKEを見てもただの金属の塊にしか見えなくなる。侵食を受けたり思考転換を起こしたりして会話もほとんどできない子たちをデータチャンバーに放り込んでドアをロックして記憶消去シークエンスを実行してもなーんにも感じなくなった。
そう思ってたのよ。
でもね、この前さいつものように作戦から戻ってきたのか高校で落第したのか分かんないけど「廃棄」予定の子がね、私に言ったのよ。はっきり私の目を見てはっきりした口調で「おねがい、けさないで」ってね。そんなことは今まで何度もあった。データチャンバーに放り込んでドアロックして消すだけ。それを何百回とやってきた。何も思わなかった。でも何故かその子の言葉は私に届いてしまった。
私さ、人間だったころの記憶はとっくにないんだけどシュエンの■■■から1回だけ聞いたことがある。私の過去について。私は人間の頃、どこかの医療系研究機関の研究員だったらしい。そこで何かの治療薬を作るプロジェクトの一員だったんだって。実験中の研究室で爆発事故が起きてその時の火事で死んだんだって。シュエンはたまにこういうことを言うの。特に上機嫌な時は気持ち悪いくらい笑顔を浮かべて研究所にやってきて、私たち研究員にも声をかけて、満足して帰っていくの。その時に聞きもしないのに向こうが勝手に話したの。もしかしたら嘘かもしれないしどうしてそんな話をしたかも分からない。私も私の過去なんてどうでもいいと思うようにした。ここではそうして自分が何なのかなんてことを考えるのをやめないと、とてもじゃないけど生きていけない。私は同じNIKKEからも嫌われて恐れられて上司からは使い捨てにされる存在で、そうでなきゃいけなかった。そうして毎日をただ無意味に過ごしてNIKKEを強くしたり怪しげな薬を作ったりして、それが私だった。そうでなければ私は要らなくなるから。そう、私は部品なのよ。部品が一つ欠けたら機械が動かなくなるから必要だけど部品だけでは存在しても意味がない。そして最悪の場合、部品が欠けたって代えればいいのよ。だから私はここをやめるわけにいかなかった。他の部品と代えられたくなかったのかな。
そんな人間のなりそこないが人間の治療薬の研究員だったなんて、おかしいよね笑
でも私は知ってしまった。昨日、シュエンの■■■がまた研究所に来た。今度はすごく不機嫌で私は意味もなく腹を3度蹴られた。転ばされて頭を踏みつけられた。その時シュエンの■■■■■■■■■が私に聞こえるくらいの声で言った。「プロジェクトが上手くいけばお前なんか要らなくなるから」シュエンはちょっと後悔したような顔をしてすぐに私に背を向けて出て行ってしまった。その時、私の頭の中で結びついた記憶がある。以前、研究にどうしても必要でシュエンの専用回線に忍び込んで会社の企業秘密ってやつを見たことがあって。厳重に守られてる領域によく分からないファイルがあった。それに何だか研究所でやってる研究も目的の分からないものが増えた。最近は特に。でも、さっきのシュエンの言葉で全てが繋がった気がする。
7号、わたしはとんでもないことを知ってしまった気がする。そしてこれを7号に知らせて何をしたいのか、どうしてこんなどうでもいい長文をダラダラと送ろうとしてるのか、自分でも分からない。でも私は7号にこれを知らせないといけない気がする。科学者が勘に頼るなんてバカなことあっちゃいけないのは分かってるけど、そう思う。
 7号みたいな人間は初めて見た。どうせ綺麗事しか言えないお人好しで甘ちゃんのお坊ちゃんなんだろうと思ってた。NIKKEを人間と平等に扱うなんてことできるわけがないしそれは今でもそう思ってる。でも7号はどのNIKKEも同じように扱うしいつも正直で本気で、7号みたいな人を「良い人」というんだろうなと初めて思った。だから私は7号にこのことを知らせようと思ってる。たぶん、いやきっと、絶対そうだ。

7号、シュエンを止めてほしい。シュエンがやろうとしてるのは」

エーテルがそこまで黙読した後でEnterキーを押した。少し考えてもう一度Enterキー。さらにもう一度。無意味な改行マークだけが増えていく。
「クソッ」短く言うと画面をスクロールしカーソルを文頭に合わせた。全文を範囲指定しDeleteキーを、押そうとして止めた。
「フン」短く鼻を鳴らし、今度は文書保存アイコンを探す。彼女はファイル名に「7号へ愛の告白」と名付けてから保存し自分専用フォルダに入れた。
彼女は15分前から携帯が自分を呼んでいるのに気が付いていた。忌々しそうに画面を開き通話を選択する。
「あーあーあーもう分かったってば。今すぐ行きますすぐ行きます行けばいいんでしょ」言うが早いか電話を切りそれをポケットに突っ込む時になぜか「タバコ」という言葉が浮かんだ。
エーテルはモニターの電源と自分専用のPCの電源を切り、電話の声の主のもとへ、彼女の「日常」へ向かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?