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1枚2000円以上するプロキシはMtGに何をもたらすのか

何が起きているのか?

来年で30周年を迎えるMagic: The Gathering(以下MtG)が、よりにもよってその30周年記念の製品で荒れている。
10/4 夜、β版の相当数が収録された「Magic 30th Anniversary Edition card」が発表された。

4パック$999なので1パック約$250
1パック15枚入りなので1枚約$16.6
$1 = 140円とすると……1枚2333円のプロキシだ!

その名の通りMtGの30周年記念製品なのだが、
・裏面は通常カードと異なっており、公式大会で使用不可(いわゆる金枠)
・1パック15枚入りで4パック$999
・枠は新枠と旧枠両方あるが旧枠は1パック2枚(うち1枚は基本土地)
という死ぬほど強気な価格設定となっている。4パック買うお金で最新のスマホが買える。そう書くとまだネタっぽさがあるが、1993年に発売された「Collector's Edition」なるリミテッドエディションの(金枠)コンプリートセットは「1セットで」$45だった、と聞くとどうだろう。この「Collector's Edition」収録内容とMagic 30th Anniversary Edition cardの収録内容はほぼ同じだ。今回の4パック合計60枚を5セット空けても足りないものが、たった$45で手に入ったのだ。30年という時間の積み重ねを踏まえてもなお、今回の異常な値付けが分かると思う。

当然、Twitter 等では賛否両論、というか目に付く範囲では少なくとも賛を唱える人は非常に少ない(ゼロではない)。多くは「高い」「ふざけんな」「高い」という「否」か、もしくは「まあ高いけど金枠だからコレクター向けだし、俺には関係ない」という態度だ。実際これは公式大会で使えないため、その価格が$1だろうが$999だろうが競技シーンには影響がない。

……本当に???

「ホンモノ」と「プロキシ」の差は何なのか?

今年の8月、海外でMtGのレガシートーナメントにプロキシを持ち込んで出場したプレイヤーが現れた。当然のように大会自体は失格となったのだが、その後そのプレイヤーを擁護する声が上がり始め、かなり話題となった。この経緯は以下のノートが詳しい。

この記事は大変秀逸で、この事件(?)を通じて、MtGというTCGの中でも最古参にあたる製品が抱える問題を綺麗に洗い出している。TCGの価値を「プレイ価値」と「資産価値」に分けたうえで、
・プレイ価値と資産価値は連動している。プレイ価値の変動は個々のカードの資産価値にも影響するし、逆もまた真なり
・レガシーやヴィンテージといったフォーマットは、再録禁止カードの高騰=資産価値の高騰で新規参入が非常に難しくなっており、既存プレイヤーにとってもそれが最終的にはプレイ価値の既存に繋がる(新規参入の止まったゲームは中長期的に滅びる)
・プロキシの跳梁跋扈は当然「ホンモノ」の資産価値に影響するが、プレイ価値の担保にはつながる。新規プレイヤーが死滅し、レガシーやヴィンテージといったフォーマットからプレイヤーが干上がってしまえば、プレイ価値がなくなり資産価値も減少する
という議論を展開しており、最終的には

「偽造品はアウト」であるが「プロキシはプレイ価値の担保のため融和が必要」
https://note.com/mzn_ba/n/n35462491e515

という結論に至っている。個人的にこの意見はとても賛同できるのだが、「融和」の現実的な方法がなかなか難しいと感じていた。公式大会は当然ながらプロキシはアウト。なので個人主催の非公式大会でプロキシありのものが少しずつ広まっていく、というソフトランディングな方向性を想像していた。

そこに例の「Magic 30th Anniversary Edition card」である。なんと公式が新規にプロキシを刷るという。しかもとんでもない高値を付けて。しかしこの異常な価格も、前段のプロキシをめぐる現状を踏まえると納得がいく。もしこの30th 製品の目玉であるパワー9やデュアルランドといった高額カード(のプロキシ)が安値で市場に出回れば、既存の「プロキシ市場」は破壊され、レガシーやヴィンテージフォーマットのプレイヤーの間でより一層プロキシが浸透することになる。先述の「Collector's Edition」に収録されているBlack Lotus は晴れる屋通販でなんと70万円かつ売り切れとなっている。当然公式大会で使えないプロキシだが、そもそもBlack Lotus なんかヴィンテージでしか使えず、かつ1枚制限である。そして現在テーブルトップのヴィンテージの公式大会がどれほど開かれているのだろうか。「ホンモノ」ですら公式大会では大して使う機会はないのだ。にもかかわらず、この値段である。

もはやMtGの一部のカードは「公式大会で使えない」ということは、そのカードの価値をゼロにしないのだ。先ほどのnote の言葉を援用すれば、プレイ価値の低さに対して過剰に資産価値を持っているカードが(しかもそれなりの数)存在するということだ。今や「ホンモノ」と「プロキシ」は「資産価値」という地平において地続きであり、カードの裏面の違いのようにきっぱり分けられるものではない。そしてそのことは巡り巡ってプレイ環境にも影響を及ぼす。家庭用プリンタで刷ったプロキシ有の非公式大会がバンバン開かれるようになったらおそらく公式はそれらを取り締まるだろう。ではCollector's Edition や今回の30th 記念製品のいわゆる「公式プロキシ」(とホンモノ)だけ許される非公式大会は? 推奨はしないだろうが、黙認するだろう。レガシーやヴィンテージといったフォーマットのプロキシ問題は、「公式がプロキシを刷る」というハードランディングによって解決されていくのかもしれない。

もちろん、「公式はプロキシ問題を解決するために高額な30th 製品を作ったんだ!」などと主張するつもりはない。「なぜこんな製品を作ったのか」という「Why」の話をするならば、当然答えは「儲かるから」だろう。もちろん「なぜこんなに高いのか」については収益性に加えて既存の「公式プロキシ」の市場価格を睨んだ可能性はある。重要なのは理由ではなく、結果だ。同様に今後公式はことあるごとに今回のような金枠カードを刷るようになるかもしれない。もちろん「非公式大会で使ってね」と公式は言わないだろうが、結果としてそれは公式プロキシとして資産価値の高騰が参入障壁となっているフォーマットを支えるだろう。近年、大麻が一部の国や地域で合法化されている背景には、「流通しすぎて取り締まれないので合法化して税金取ったほうがまだマシ」という消極的な理由がある。同様に公式プロキシありの非公式大会は黙認という形で「公認」されていく可能性がある。

すでに金枠のBlack Lotus が数十万円で取引されている以上、公式プロキシは「ホンモノ」と「紙切れ」の間で言えば「ホンモノ」寄りにいる。今回のような「公式プロキシ」が刷られ続ける限り、その距離は徐々に近づいていくだろう。それがMtGというTCGの価値を維持するのか毀損するのかはたまた向上させるのかは分からない。というのもそれは結局「儲けたい公式」「中古市場を壊してほしくないカードショップ」「数百万単位の金を掛けずにレガシーやヴィンテージを遊びたいユーザー」3者の望んだ結果だろうからだ。仮にそれが紙のTCGの終わりの始まりだとして、そこに悪役はいない。異なる立場の人間や組織がそれぞれの利益を追求した結果、発生する事態だからだ。個別最適の集合が全体最適にならないというアレだ。

仮定に仮定を積み重ねてしまったが、要は今回の30th 製品がプレイヤーに全く関係ないかというと、「長い目で見れば」そんなことはないのでは、ということが言いたかった。繰り返しになるが、それが良い方向に行くのかどうかは分からない。ただ10年後、今回の30th 製品は歴史の転換点として振りかえられる可能性がある。その時にMtGが今より盛り上がっていることを祈りつつ、30th 製品は指をくわえて眺めていようと思う。

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