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東京大学不合格体験記

東京大学に落ちた。それはとても、とても悲しいことだ。僕は反省をせねばならない。僕の何がよくて、何がダメで落ちたのか、それを反省しなくてはならない。だから、僕は僕の受験勉強の軌跡を振り返ろうと思う。

思えば、僕が東京大学を志したのは高校2年生の時だった。それまでは高校を卒業した後で和歌山に草庵でもこしらえて世を救う意志を持った英雄が訪れてくるのを待とうと思っていた。そういう諸葛亮みたいな生き方に憧れた。なぜ和歌山なのかというと、和歌山は交通の便が終焉を迎えているクソ田舎なので、英雄くらいしか足を踏み入れないと思ったからだ。でも、高校2年生の秋にすべてが変わった。

あの日、僕はいつものように常人離れした色の髪の毛を持つ女の子が多数登場するゲームをプレイしながら、変なイラストが左下で定期的に動く配信動画を観ていた。その変なイラストはつい最近飲食店の豆板醤だかガラムマサラあたりを舐めたらしくて、そのことを謝罪していた。そのイラストはなんかのモンスターの血族とかいうファンタジーっぽい設定が用意されていたのに、普通に人間の飲食店で変な調味料をペロペロした話が出てくるのも変な話だなと僕は思った。それはともかく、コメント欄に謝れてえらいという声が寄せられると、どういうわけかそのイラストが怒り出して死ねバカ、とか謝罪はインプレッションが美味しいからするの、とか言ってオーディエンスを罵っていた。僕には意味がわからなかったが、そういう意味のわからないことで怒れることはとてもすごいと思った。僕は諸葛亮みたいにすごくなりたいから、そのイラストの学歴を調べた。そうしたら、東京大学卒とあったので、僕はすごくなるために東京大学を目指すことにしたのだった。

それからの日々はまさしく地獄だった。まず最初に取り掛かったことは、ドラゴン桜という漫画を読むことだ。東大受験に関係ある漫画らしいので、是非読むべきだと思った。そこで、東大は簡単だと表紙の男が言っていたので、僕は安心して勉強はせずSid Meier’s CivilizationⅥをプレイして一年を過ごそうと思った。でも、その後にドラゴン桜は全て嘘だと主張するまとめサイトを閲覧して僕は目が醒め、まじめな東大対策に取り掛かった。

面接対策は重要だと思った。僕は文系だったけど、東大で一番すごい理三というところは面接があるらしいので、すごい男なら理三にできることをできなきゃダメだと思って面接対策を始めた。たとえばこんな具合だ。
「こんにちは。今日はどうやって会場までいらっしゃったのですか?」
「こんにちは。家から近かったので歩いて来ました。徒歩57分です。途中、列車の中で東京大学さんの広告を見つけてうれしい気分になりました。」
「なぜ、文系になろうと思ったのですか?」
「理系が気持ち悪いと思ったからです。特に医者はこの世で最も気持ち悪い職業の一つです。医者ほど気持ち悪いものは、この世には他に自民党しかありません。」
「なるほど。ご縁があれば追って連絡を差し上げます。今日はありがとうございました。」
僕のイマジナリー面接官が最後に感謝を述べるほど素晴らしい問答だったと思う。これで、僕は他の受験者が身につけていないスキルを身につけたので、他のライバルより優位に立ったはずだ。

とりわけ、僕が一番力を注いだのは共通テスト対策だ。聞けば、東大の合格点は例年300点台だという。でも、共通テストの満点は900点だ。つまり、ここで400点とかを取ってしまえば、二次試験など問題にならない。こんな簡単なことに気付かないライバルたちに哀れみを覚えつつ、僕は共通テストを意識した猛勉強をして、12月には合計400点が取れるようになっていた。何故だか志望校判定はEだったけど、予備校の妬みに違いなかったので無視した。拝金主義の彼らは、再三薦めた二次試験対策講座を僕が一切受講せず金を支払おうとしない破天荒(注:「今までそれを成し得た者がいないことを初めて行う」という意味で用いており、誤用ではない)に怒っているのだろうと予想した。ここまで世の中の暗部を見通せる僕は天才ではないかと思った。僕はこのように世の中の闇に恐れを抱かず、それを暴く勇気と知性を備えているので、例えば人権団体が弱者救済と称して公金をこっそり懐に入れていたりだとか、そういう不正を見抜くことができる。

共通テストが終わった後、自己採点をしたら450点が取れていた。驚くべき高得点だ。もはや、勝ったも同然だった。どの学部に出願するか迷ったが、法律だとか経済だとか、そういう世俗的なことに触れてしまうと僕が生来持つ賢いパワーが失われてしまうと考えたので、消去法で最も俗っぽくない文三に出願した。予備校からの電話が必死に足切りがさァ❗️とか訴えていたが、また空虚な脅しで僕を惑わそうとしていることが目に見えていたので、黙って切った。日本の受験業界のあまりの凋落ぶりに、僕は思わず天井を仰いだ。

結局、当然足切りとかいうやつを食らうことはなく僕は二次に進んだ。合格確実なのが判っていたので、僕はテキトーにやり過ごした。受験における、こういう無意味な時間が僕はほんとうに嫌いだ。無意味な時間といえば、試験後の軟禁もヤバかった。こんな人権侵害を平気で行うなんて、と思うと僕はこの東京大学というやつへの期待が急速に薄れていくのを感じた。

僕が受験のことなんかすっかり忘れていた二週間後あたりに結果が出たけど、そこで僕は不合格だと知った。共通テストだけで合格最低点をゆうに上回っていたのに、意味がわからなかった。そうか、人を悪辣な陰謀で陥れようとするものは、予備校だけではなかったのか。莫迦らしいことだが、僕はようやく、その時になって気付いた。僕は俗世に、今一度、酷く幻滅した。

こうして書き綴ってきたが、結局、僕は何を反省すればよかったのだろう。僕は常に正しい道を歩んできた。僕が合格できなかったのは、僕のせいではなく、予備校のせいであり、そして他ならぬ東京大学のせいであったというのに。僕は間違っていないのに。

それからというもの、僕は当初憧れていた通り和歌山に籠って晴耕雨読の生活を送っている。いつか必ず、劉備のように世を憂い立ち上がる英雄が我を訪ねると信じて。昔からの夢が叶って、今は幸せだ。


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