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ハルジオンは雨と咲く 感想

◯感想
 現物頒布のみでやや躊躇していましたが、
 Steam配信で入手しやすくなったのでプレイしました。

 開始~読了まで約4時間。
 文章量は短編ノベル並ですが、読み応えはかなりありました。シナリオの中身が詰まっているとも言えますし、語られるテーマが多すぎてやや渋滞しているようにも見えます。

 本作は、「過去にしか存在しないヒロイン」が中心テーマですが、ヒロイン以外の人物設定や世界設定が、短編ノベルとして膨大になりすぎてしまったのだと思います。
 他の登場人物の物語展開 / 今後ぶちあたりそうな課題が、設定を読み解けば見えてくるものの、本編ではあっさりと終わってしまう、そんなもどかしさがありました。
  
 綾乃・千鶴・岡本・結月のいずれも、シナリオを動かす道具ではなく、行動原理が作り込まれており、深堀りできる余地があります。
 彼・彼女らは「役を演じる」というテーマを持っています。バンドマン・ワーカホリック・大学生・替玉の恋人と、各登場人物の状況があり、そのなかで「演じること」にどう向き合っていくのか。各視点でも読んでみたいと感じました。

 しかし、それを実現しようとすれば、短編ノベルには収まらない規模になりますし、メインの物語から逸脱しそうです。

 ヒロインは「誰かの記憶に残るためならば、演技だろうと手段を選ばないエゴイスト」です。将来確実に迎える破綻を知ったうえで、花言葉を教えたり指を噛んだり、五感のすべてを駆使して支配してきます。病室の主人公も「髪の匂いが云々…」とすっかりやられています。

 一方、他の登場人物のテーマ「役を演じることにどう向き合うか」は、ヒロインの信条と相容れません。掘り下げれば掘り下げるほど、ヒロインのエゴイズム/理不尽さが、悪い意味で目立ってしまいます。この不整合は、ノベルゲーム特有のフォーマット「個別シナリオ」に、物語が引っ張られてしまったから生まれたのかもしれません。 

 ヒロインと他登場人物でテーマのズレがあるので、本作のシナリオを楽しめるかどうかは、感傷的な文脈 ・前提・準拠を鑑賞者が持っているかに大きく依ります。「ハルジオンは雨と咲く」の本質は「狙い撃ち」のようにも見えますし、制作者もあえて意図しているのかもしれませんが。

 もし次作があればサークル名「縋想」のとおり、「もう過去の記憶に縋るしかないんだ」と鑑賞者を引きずり込み、世界の見え方を変えてしまう容赦の無さがあれば良いなと思います。次作をとても楽しみにしています。

◯余談
 本作を読んでいて、筒井康隆の「瀕死の舞台」という作品を思い出しました。「演技と死」「虚構(演技)と現実の境界」を扱う物語で、舞台上で老衰死を迎えようとする名俳優が主人公です。
 公演舞台に設置されたベットの寝たきり生活。老衰で徐々に混濁していく意識、「役のセリフ」と「自分の言葉」が同一化していく過程には鬼気迫るものがあり、「第四の壁」という言葉選びを躊躇する凄みがありました。

 フィクションで泣くことはほぼないのですが、この作品の結末では涙を流したのを覚えています。「虚構に救われる」とは、こういう事なのかもしれない。
 本作が刺さる人と、 ヒロインの動機に全く納得できない人におすすめの作品です。 


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