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誰にも話した事がない、自分の昔話をしよう 【長尾さん過去編 前編】

 さてと・・・前回中国人のイタズラ電話からの、寿司職人のような何十年も意味のない毎日同じ下積みをさせて、自分らが経験してきたルーティーンを守る為に、下には仕事を触らせず「目で盗め」「目で覚えろ」などで自分らの仕事を神聖なもののように薄汚く演出して低賃金で劣悪な環境で奴らは「使い勝手のよい労働力」を手に入れてきた、昭和のクズどもがいかにサラリーマンを含め建築もゴミしかいかなかったか、少しは考える頭が生まれつき君等にあるのならば理解出来ると思う。

だってよく考えてみ?人間はどんなに人間性能の違いがあろうとも腕二本、足二本、頭一個しか無いんだぜ?そんなに触って覚えるのに何十年も掛けてしか出来ない物事なんかある訳ねーだろ、冷静に考えてみ?
 
 
まぁ今回は一番わかり易い例えとして「寿司職人」をやり玉に上げたが、何も下積みが全て悪いとは言い切らないし、技術的に下積みを色々やっていかないと工程上出来ない技術的な仕事もあるだろう・・しかし寿司職人や料理関係の下積みは酷すぎる。
 
さて・・・ここでだ、今まで誰にも話した事がない、

● 自分の昔話・・・東京に来てから間もない頃の話をしよう

これは誰にも言ってないし、ここで初めて話すんですが、自分・・・東京に来てから5年間、西新井の左官屋にいた事があるんですよ。まず左官屋ってのは知らない人に説明すると、建物の壁や床をコンクリートやモルタルで仕上げる職業かな?
 その左官屋とは昔、20歳の頃に東京に来たての頃の更に最も最初、葛西でとある建設会社のガードマンとして仕事をした時に知り合って、仲良くなって紹介で入ったんですよ。
 
 入った時の仕事の内容は、主に建物の外壁や内壁をサンダー掛けして綺麗にして壁材を塗れるようにしてみたり、モルタルを練って塗る人までもって行ったり、まぁ普通に下積みみたいな事をやっていたんですよ。
 仕事の内容的には確かに材料を運んだりしたり体は使ったんですが別に過酷だとは全く思わなかったかなと。梅島の駅前に東武スポーツクラブのジムがあった時に週3か週4くらいで仕事終わってから狂ったかのように通ってたし。今より逆に生活に余裕はあったかなと。

 何よりその左官屋の専務・・というか社長が自分が好きで一緒に仕事に行くのが楽しかったし、全然苦にならなかったというのが大きかったかなと。
しかし・・・3年目になったある日、自分は恐ろしい事に気がついたんですよ。
確かに下積みはいくらでもしても全く苦にはならない、いくらやっても構わない・・・・だが

【 仕事はいつ触らせてくれるのか 】

・・・という疑問が浮かんできたんですよ。
2年目まではまぁ専務に尽くしてきたし全く不満はなかった・・・だがいつまでも同じ事やってるわけにもいかない・・・いかないが、全く仕事に触る暇すらない。いや壁を塗ったりする道具以外はあったんですが、左官屋の仕事をする道具があんまりなかったんですよ。あるにはあるんですが・・・それ使えるのか?・・・というのしか無かった。ホームセンターとかでも売ってはいるんですが、経済的な理由で買えなかった( ・ิω・ิ)

普通、仕事を触れる環境になるには、下に新しく人が入ってくるか、同じような社歴の人間が下積み仕事してる時に仕事を触らせて貰って覚えたり、その逆とかもあったりする環境が無いと物理的に不可能なんですよ。
しかしこの会社、やはり人手不足の会社に全てに共通する

● 人を入れないといけない危機感が全く無い、入れようとする事もしない

・・・という同じようなパターンで、この左官屋は東北の福島から上京してきた人の集まりで、全く外の人間との関わりがなく、いわゆる

「身内、親族のみの経営だったんですよ」

あ、これはこのまま居たら下は絶対に入ってこないし、下手したらこのまま何年も無駄に下仕事して飼いならされてしまうと、恐ろしくなって4年を過ぎた時にすっぱり「実家に帰るんで( ・ิω・ิ)」とか言って辞めたんですよ。今は隣の「梅島」にいるんですがね!!

 このまま専務の為に居ても良かったんですが専務も歳だし、その息子が将来的に継ぐとは思うんですが、世の中の二代目はまず会社を傾けるか潰すという事実は知っていたしその息子に人生捧げる価値は全く無かったし、下を入れないなら後々確実に潰れるだろうと。他の人も若くて50歳とかだったしこれは居てもどのみち意味はないかなと。

結果・・・息子が跡を継いだが当然続くはずもなく会社は無くなりました、ザマァ( ・ิω・ิ)

まず人を入れようとしない時点でわかりきった事。
多分あの会社にとっては自分を単なる寿司職人のような下仕事やらせる「使い勝手のいい労働力」としか見ていなかったんだろうなと。ちなみに寿司職人で聞いたような

「営業終わった後で厨房で寿司握る練習をした」

・・・とかあるじゃないですか?あれ全く意味ないよねと。
だって一人で捨てるシャリとネタで寿司握っても「誰がそれ見るの?営業終わったあとに親方に残らせて握った寿司全部監督して見てもらうの?」って話になりません?
 しかもいまの時代、昔みたいなデタラメな時代じゃないんで廃棄したシャリなんか触らせないよ衛生的に。逆に殴られますよそれ。
 さすがに自分でも全く仕事に触る暇も無くて仕事は覚えられませんでした。左官屋が現場終わったあとに勝手に材料作って壁塗るわけにもいかないし、車で現場から一緒に帰るし。

 さて、長くなりすぎたんで次回に刻みますが、自分が左官屋をやっていた1ヶ月分の給料とか、社会保険とか有給、賞与とか皆さん気になる点を次回書こうと思います。多分皆さん建築の人間とかどれだけ一般のサラリーマンと違うか誰一人知らないと思いますので。

次回・・・衝撃の自分の一日分の給料が判明!!最終話、

「誰にも話した事がない、自分の昔話をしよう 【長尾さん過去編 後編】」

・・・をお楽しみに( ・ิω・ิ)

● 2023年9月6日 長尾 亮

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