畑

里山の日常(仮タイトル)五

 今回、話の中で出てくる農法の分類と説明は、杉山修一著「すごい畑のすごい土」(幻冬舎新書)を参考にしています。

小野和正22歳 その二

 販売所に入ると農家の人たちが野菜を台に並べていた。この辺で採れた野菜なのだろう。ラベルには野菜名の他、生産者と地域名が書かれてある。ラベルの下の方には、最近おなじみの二次元バーコードもあった。レジには、髪をポニーテールにして、エプロンをかけた若い女性の店員がいた。

 和正は、その店員に声をかけた。
「あの、ホームページで募集広告をみたんですけど」

 事務所で待つように言われ、待っているとしばらくして野菜の絵柄のトレーナーを着た中年男性がやってきた。その男性は、渡瀬と名乗った。ここのオーナーだという。
「オーナーといっても、雇われオーナーだけどね」
とオーナーが笑う。
「インターネットで募集しているのを見て来たんですけど、何を募集しているのかよくわからなくて一度話を聞いてみようと思って来ました」
 和正がそう告げるとオーナーが済まなそうな顔になって言った。
「こんな遠くまで、わざわざ済まなかったね。ここで働きたい人を募集したんだけど、実はただこの販売所で働いてもらいたいとは思っていないんだ。ちょっと、違った目的があって……」
 そこへさっきの店員さんがお茶をもって現れた。お茶を机に置いて帰ろうとしたそのとき、オーナーが定員さんに声をかける。
「ちょうどいい機会だから、なっちゃんも話を聞いてくれるかな。今忙しい?」
 店員さんが僕の隣に座り、二人がオーナーに向き合うかたちになった。

 オーナーは、二人に語りかけるように話を始めた。
「君らがどこまでわかっているかわからないんだけど、今の農業は高齢化社会と少子化の問題で、これからどうやって続けていくかが課題なんだ」
 二人の顔を順繰りに見回しながらオーナーは話を進める。
「ここも例外じゃないよ。なっちゃんみたいにここを手伝ってくれる若者はそうはいない。そこへきて、みんな60歳を超える人たちばかりになっちゃって、後継者もいない。そんな状況にあるんだ」
「農産物販売所を作り、育てた野菜を売る場所は作った。また、道の駅も申請して人が集まれる場所も作った。でも、このままではそれほど永くここを維持できない。正直いって今までのやり方で農作物だけを売っていってもこの地域を支えていけないんだ」
ワンテンポおいてオーナは言った。
「ここまで、わかるかなあ?」
 店員さんは、大きく頷いている。地元だけによくわかっているんだろう。僕も軽く頷く。それを見たオーナーが話を続ける。
「そこで、次の手を打とうと考えたんだ。一つは、農作物の育て方にバラエティーを持たせる。従来の農業を追求し、今以上においしい農産物を作る人たちがいて、一方で有機農法を行う農家がいる。そして、自然栽培を目指している人もいる。それぞれの農法の特徴を生かした方法で、農作物をアピールして売っていく。もちろん、販売所だけじゃなく、インターネット上でもね」
 有機農法とか、自然栽培とか今までどこかで聞いたことはあるが、どういうものなのか、まったく理解できていない。そこで、僕は質問した。
「あの、どういうことですか?有機農法は何となくわかるんですけど、自然栽培って?」
オーナーは、「うん」といって頷くと説明をし始めた。
「今、日本で主に行われている農法は、三つある。一番ポピュラーなのが、慣行栽培。化学肥料と合成農薬を使う農法だ。ほとんどのお米や、野菜はこの方法で作られている。72億という世界人口を支えているのはこの農法によるところが大きい。1950年代にはじまった緑の革命以後、農業の主流になった。でも、化学肥料や合成農薬を使うことに抵抗がある人たちが結構いて、化学肥料を以前使用していた有機肥料に切り替えて作物を作る農法も行われている。それが有機栽培。」
「ああ」
 僕が、思わず頷く。うちの母も化学肥料や農薬をものすごく毛嫌いしている。そういう人向けの農法ということか。
「実は、合成農薬は生産者側にも問題があるんだ。体に害がないということなんだけど、人によってはアレルギーがあったりして、農薬をまくときに自分にかからないように防御しながら作業をしている人が案外多いんだ」
「そして、最後は自然栽培。化学肥料と合成農薬を使わずに、生物の力を使って栽培する農業だ。田んぼや畑にあまり手を加えず、自然に生えている植物たちが育つような環境で農産物を作る方法なんだよ。土の中の微生物や虫、そして小動物の力も借りる。まだ少数派だけど、一部の米や野菜をこの方法で栽培している人たちもいる。ここの地域でも何件かは試してみたいと思っている人がいるんだけど、人手が足りずにうまくいっていないんだ」
「この地域では、どの農法を使って栽培してもいいことにして、逆にそれを特徴として売っていきたいと思っている。」
「なるほど、つまりそれぞれの農法をアピールして農作物をブランド化していくんですね」
と僕は小さく頷く。定員さんを見ると、店員さんも難しそうな顔をしているが、なんか真剣に話を聞いている。
「うん、そのとおり」
 オーナーは話を続けた。

つづく

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