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Faithless 『All Blessed』 10年ぶりに帰ってきたタフでクールなストリートの知性

KKV Neighborhood #61 Disc Review - 2021.01.26
Faithless『All Blessed』BMG Rights Management

Review by 与田太郎

2020年は音楽にとってとても難しい年だった。ライブもフェスもパーティーもなく、夏以降にかろうじて開催できた現場はどれも息苦しさがつきまとった。こんな状況じゃなければディスクロージャーの『エナジー』もデュア・リパの『フューチャー・ノスタルジア』も全然違う聴こえかたをしたんだと思う。この2タイトルとウォー・オン・ドラッグスの『LIVE DRAGS』、フェイスレスの新作『All Blessed』とスプリングスティーンの『レター・トゥー・ユー』は僕が2020年によく聴いたアルバムだった、それはいまも継続している。フェイスレス以外の4枚に共通しているのはこの息苦しい世界の状況からの解放であり、音楽を楽しむ現場がかならず戻ってくるという希望だった。どのアーティストもうわべだけではないエモーションを伴ったメッセージを届けてくれたし、週末ごとに行われた我が家の小さなパーティーでどれだけ僕を救ってくれたかわからない。しかしフェイスレスはもっと強くて深いメッセージを突き刺してきた、「おまえもパーティー・ピープルならこんなことなんでもないだろう」と。

彼らは2010年のリリースされた前作の『The Dance』にともなうツアーでいったん活動を終了していた。なぜまた活動を再開したのだろうか、とリリース情報を見て感じたことは、音源を聴いた瞬間に吹き飛んでしまった。フェイスレスにしかできないリアルなメッセージがすぐに伝わってきたのだ。これほどフレッシュな感覚でフェイスレスが戻ってくるとは思わなかった。パーティーができなくなって一年、いつまた再開できるかわからない今こそ必要なメッセージがシンプルなビートに乗っている。それはタフでクールなストリートの知性だ、できればこの感覚はロックに表現して欲しかった。しかし今ストリートの知性を感じさせてくれるのはほぼダンス・アクトになっている。スリーフォード・モッズにしろ舐達麻にしろ、そのベースにあるのはダンス・ビートだ。

フェイスレスは1995年結成、最初のヒットとなった”Insomnia”はトランシーなハウスにポエトリー・リーディングのようなラップがのったトラックだ。この一文でもわかるようにフェイスレスはシーンやジャンルをクロスオーバーしながら大きくなっていった。また彼らは言葉を武器にすることができた数少ないダンス・アクトだ。マキシ・ジャズのシリアスでクールなラップはフロアのオーディエンスを言葉で圧倒してきた。今作にマキシ・ジャズはいないが、若い詩人であるスーリ・ブレイクスとシンガーであるネイサン・ボールの二人が十分すぎるほどに彼の不在を埋めている、それこそタフでクールな言葉で。ロロとシスター・ブリスによるトラックも必要最小限の磨かれたビートと小ワザの効いたサウンド・エフェクト、背景として完璧でシンプルなシンセで構成されている。オープニングの”Poetry”から"Gains”をはさんで”I Need Someone”までの3曲はひとつのビートが導くストーリーであり、10年ぶりに姿を見せたフェイスレスの目に映っている世界そのものだ。僕はこの冒頭の3曲を聴いて目が覚める思いをした。僕自身も2011年あたりから、それまで15年以上続いたパーティー中心の生活から徐々に離れていたし、まして今はパーティーができない状況なのに、強烈にダンス・ミュージックとダンスに対する渇望が溢れるように蘇ってきた。

最高のパーティーは知性をドライブし、また感情のカタルシスを引き起こす。パーティーではオーディエンス人一人が主役だ、ダンス・ミュージックはリスナーが身体を自分の感覚でコントロールして踊るためにある、それこそがほかの音楽との大きな違いなのだ。踊ることは自分を取り戻すことであり、たったひとりの小さな反逆だ。だからこそビートやリフにはオーディエンスとの駆け引きがある。細かいビートの変化、ちょっとしたフィル、メインのリフとベースラインの関係、シンセ・パッドのコードの変化とメロディー、それはダンサーを突き動かし、ときに裏切り、どこかへ誘導する。ダンサーは身を委ねてもいいし、自分の感覚で先を読んでもいい、最高な裏切りもあれば予想もしなかった場所にたどり着くこともある。踊りながら自分の欲望や渇望と向き合うこともあれば、すべてを理解できたと思う瞬間もある、その繰り返しの中で掴むなにかはダンスがもたらす自分との対話でしか導けない。なによりもあの自由な瞬間をもう一度自分で作ってみたいと思った。

今年も大きな音で音楽を聴く機会があるのかはまったくわからないけれど、自分のために小さなパーティーをもういちど始めてみようと思う。もちろんセットのピークはこのアルバムに入っている”Synthesizer”だ。


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