見出し画像

Boris 『W』 by 小野島大

KKV Neighborhood #108 Disc Review - 2021.11.30
by 小野島大

 Borisのニュー・アルバム『W』が完成した。前作『NO』(2020年7月発売)から1年半ぶりの作品だが、その内容には驚かされた。
 『NO』がBorisの真骨頂とも言うべき徹底してハードでヘヴィなラウド・ロックを突き詰めたものであるなら、『W』はその対極にあるようなドローン〜アンビエント〜プログレッシヴ〜シューゲーザーを極めたような静謐で繊細な世界が展開されているからだ。『NO』はTakeshiやAtsuoのルーツであるパンクやハードコアに焦点を絞った作品であり、また『W』はWATAのリード・ヴォーカル曲を軸とした、いわばWATA(=W)の内面にフォーカスした作品と言うこともできる。それゆえ、前作と今作は対になる作品であると説明されている。実際両作のレコーディングはほぼ連続して行われ、『NO』がリリースされる直前には『W』は完成していた。前作の最終曲「Interlude」から今作のオープニング「I want to go to the side where you can touch」に連なり、『NO』と『W』は合体して『NOW』となる。この連作はBorisの「今」であると同時に世界の「今」を表すのだ。
 世界を激変させたコロナ禍の中、ミュージシャンに何ができるか。ライヴもツアーも思い通りにならず閉塞感漂う状況に、彼らはとにかく前に進み、作品を作り続けることを選んだ。それがこの両極端な2枚のアルバムを生んだ。彼らは『NO』を「轟音の癒し」『W』を「ささやきによる覚醒」と称している。この極端な両面を無難に融和してしまうのではなく、違和感を残したまま鋭く対峙させる。それが彼らの方法論である。Atsuoは以前私のインタビューに答え、こう語っていた。「自分たちの表現方法とか手法のすごく端っこのほうを突き詰めていって、遠く遠くへ行くと、その反対側がイメージできることが多い。そっちの突破口みたいなものが、反対側を突き詰めることによって見えたりとかすることがある」(2019年)
 ラウドを突き詰めると静寂になり、繊細さを極めると暴虐になる。そこで彼らは決して中途半端に「真ん中」に行こうとしない。静と動、美と醜、囁きと叫び、沈黙と轟音、揺らぎと破壊、癒しと覚醒といった相反するものが同居する世界こそがBorisの目指すものであり、同時にそれはコロナで分断され孤立したまま取り残される私たちの姿でもある。『W』での優しく包み込むような響きと彩りに満ちた音は、『NO』での荒れ狂う暴虐のハードコアと表裏一体となることで、改めて世界の実相をリアルに映し出すのである。
 そして本作の注目すべきポイントは、バッファロー・ドーターのシュガー吉永がサウンド・プロデュースを担当していることだ。2020年6月にはレコーディングが終了、それからシュガーによるポスト・プロダクションの作業が行われた。以前から親交があり、いつか一緒にやりたいという希望もあって、今回のタイミングで実現した。作業を進めるにつれ、とりわけ『New Rock』(1998)のころのバッファローから受けた影響の大きさが露わになり、いわば無意識下でシュガーの音楽性にBorisの音が音が近づき、共同作業に至ったのではないか、とAtsuoは分析している。「いつも外部プロデューサーやコラボレーターとの仕事は、自分達の作品が向かっているであろう方向から変化球になることがほとんど」だが「今回は投げようとしていた方向に、そのまま飛距離が伸びたような感覚」がある、という。いわばシュガーの手によって Borisの感覚が変えられるのではなく拡張され、より研ぎ澄まされていったのである。こうしたアンビエント〜スロウ・コア的な音楽性はBorisの重要な要素のひとつだが、今作でそれは一層洗練され、さらにディープに、幻惑的なサイケデリアとして結実している。
 また、AJICO、LOSALIOSなど多方面の活躍で知られるTOKIE(b)がゲスト参加しているのも話題だろう。ふたりは本作には未収録の先行シングル曲「Reincarnation Rose」でも演奏に参加しており、さらに同曲のPVではシュガーとMETALCHICKSでのバンドメイトでもある吉村由加(ds)も加わり、艶やかな姿を披露してもいる。同曲のカプリングには『W』の「You Will Know」のフル・ヴァージョンが収められているのも見逃せない。
 本作『W』は『NO』と対になる作品ではあるが、同時にBorisの最新型を表す独立した作品でもある。そしてここで鳴らされる幽玄の境地とも言うべき音像は、さまざまな形のエクストリームな表現を突き詰め、常に時代に応じて新しい要素を盛り込んで自らの音楽を先鋭化させてきたBorisにとって、ひとつの到達点であると断言できる。私はこの美しく深く、例えようもなく蠱惑的な音に抗うことができないのだ。

2021年11月12日 小野島 大 Dai Onojima
+文中のAtsuoのコメントは特記のないものはすべて本稿のためのメール・インタビューより引用した。

画像1

Boris / W
2022年1月21日発売
KKV-127
税込 2,800円 
税抜 2,545円

収録曲
01. I want to go to the side where you can touch… (5:24)
02. イセリナの神様は言葉 -Icelina- (5:18)
03. 数に溺れて -Drowning by Numbers- (4:16)
04. Invitation (2:56)
05. 未来石 -The fallen- (4:30)
06. 善悪の彼岸 -Beyond Good and Evil- (3:51)
07. Old Projector (4:38)
08. 知 -You Will Know- "Ohayo" Version (9:20)
09. 乗算 -Jozan- (1:25)
10. ひとりごと -Soliloquy- (6:19) 日本盤ボーナス・トラック

予約ページ
https://store.kilikilivilla.com/product/receivesitem/KKV-127


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?